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番外編

第三話 元悪役令息と主人公

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 ―― 王立ソリューズ魔法学園。

 全寮制のこの学園は、十六歳時点で魔力ある者を集めてしっかりと教育させるためにある。
 入学基準が「魔力があるか」なので、貧富を問わず平民も入学することができる。
 しかし身分制度はしっかりと反映されており、爵位を持つ貴族はハイグレード、平民はローグレードに分かれ、そこからさらに実力に応じてクラスが分かれる。

 当然、リオルは人間に扮したメディフェルアとともにローグレードAクラスに振り分けられた。

 魔力操作は幼い頃からの練習量によって質が変わる。
 貴族は幼い頃から教育を施される恩恵もあって、平民よりはレベルが高いと言われていた。

 しかし、ウォーレン教会は子どもの保護活動の一環で魔力操作を合間に取り入れ始めた影響でリオルが生まれる前よりは平民のレベルも上昇した。
 ウォレスから「リオルは魔力量も、魔力操作も素晴らしい」と褒められるほど、リオルは保護された教会支部では一番の成績だった。
 
(たぶん、メディの指導のおかげだろうな。結構スパルタ気味なところがあったから)

 遠い目をしながら、リオルは思う。
 メディフェルアはリオルを甘かしつつ、厳しく容赦なかったのである。まるで飴と鞭だった。


 リオルは十年以上、メディフェルアと一緒にいて分かったことがある。

 メディフェルアはふくよかな外見と雰囲気から大人しく、ほんわかした性格に見えるが実は真逆と言っても過言じゃないほど活発だ。あと、発想が物騒。

 この学園でも、特にハイグレードに属する貴族の子息子女なんかは闇属性に忌避感を覚えているようで、ちょっかいを出されることがある。
 だからこのことは、メディフェルアには知られてはいけないとリオルは目の前の男子の言葉に咄嗟に思った。

「ねぇ、なんでグランツ家の養子になってないの?」

 男子寮のロビー。
 そこからハイグレード、ローグレードそれぞれの部屋に分かれるため、寮の中ではここだけは貴賤問わず集まる場だ。

 入学早々、リオルに話しかけてきたのはアルス・ヤディール男爵令息だった。メディフェルアがだと気にしていた生徒である。
 リオルもメディフェルアがなんとなく気にしているのは理解していた。だが、この突拍子もない質問に戸惑うしかない。

(…それにしても、なんで養子?しかもグランツ伯爵家?)

「…あの、質問の意図がよく」
「だって君、本当は僕と同じようにグランツ伯爵家に引き取られるはずだったでしょ?なのになんで平民のままなの?」

 この人は、なんで僕が幼い頃に貴族に引き取られそうになっていたのを知っているのか。
 リオルの頭の中がすっと冷える。

 リオルら一家が教会に保護されていた理由は、ウォレス神父からリオルを引き取ろうと画策している貴族がいると教えてもらったからだ。
 そのとき、教会の保護制度がちょうど発表された頃だったから世話になったのだと。

「…あの、分かりません。僕は両親とともに教会にいましたから」
「え~~?変だなぁ。そもそも、そんな制度なかった気が…」

 弱った、とリオルは口を噤む。
 この場から離れたいのだが、こういう場合身分が上の人間から許可をもらわないと離れられない。しかも、軽々には下の身分から声をかけてはいけないことになっている。
 貴族階級同士であれば多少は目を瞑ってもらえるだろうが、リオルは平民だ。下手すると手打ちされる可能性がある。
 学園入学で喜んでくれた両親やウォレス神父、何よりメディフェルアに入学早々問題を起こしたと思われたくない。

「これじゃシナリオ崩壊じゃん。悪役令息いないなんて…」

 考え込んで何か呟いているようだが、リオルにはよく分からない。
 周囲も何事かと見るようになり、リオルの髪色を見て表情を変える生徒もでてきた。

(…早く、部屋にいきたい)

 そんなときだった。

「そこのふたり」

 凛とした声につられてリオルとアルスがそちらを見ると、鮮やかな水色の髪を持つ男子生徒がそこにいた。
 制服には基本、入学年度に応じて襟元に記章がついている。学園支給の制服のためこれは貴族平民問わず同じだ。貴族はそこから更に制服に刺繍などを施すため平民と全く同じではないが。
 その記章は、彼が現在三学年であり、制服に刺繍が施されていることから貴族であることがリオルでも分かった。
 ただ、アルスと顔見知りではないらしい。アルスは困惑した表情を浮かべている。

「ハイグレード三学年Aクラス所属のミラン・グランパスだ。…さきほど、我が家の名が出たが何の話だ」

 アルスの表情が一瞬強張った。
 だが次の瞬間には苦笑いを浮かべる。

「いえ、グランパス伯爵家が養子を迎えたと小耳に挟んでましたが、勘違いのようでした。申し訳ありません」
「事実無根だな。噂が流れているなら否定してくれ」
「はい。それでは、失礼いたします」

(なんだったんだ、あれ)

 さらっといなくなったアルスをリオルは呆然と見送っていると「君、」と声がかかり我に返る。
 リオルに声をかけてきたのはミランだったようだ。
 思わず背筋が伸びた様子のリオルに、ミランは表情を変えずに淡々と尋ねた。

「変な言いがかりを受けたようだな。大丈夫か?」
「はい、何を言ってるのかよく分からなかったですけど…」
「…まあ、十年以上前に養子を検討していたのは本当だが、どこから漏れたのやら」

 ぼそりと呟いたミランの言葉にリオルは背筋が震えた。
 グランパス伯爵領は、リオルら家族が住んでいた町も含まれていた。ウォレス神父の誘いで比較的大きな街であるウォーレンにある教会で保護されたという経緯がある。
 普通、子どもが生まれたら領主へと届けを出す。そこから知ったグランパス伯爵がリオルを探していたのだろうとは想像に難くない。

(…ウォレス神父様、いや教会様々だな)

 あの保護制度がなければおそらく、グランパス伯爵家に引き取られていただろう。

「まだ入寮してきたばかりで、準備があるだろう。戻ると良い」
「はい。ありがとうございました」

 頭を下げて、リオルは本来の目的である部屋へと戻っていく。
 ―― その道すがら、ふと足を止めた。

(……そういえばあの人、僕のこと普通に見てたし、普通に話してた)

 闇属性特有のこの黒い髪を見て嫌悪や侮蔑の色を浮かべることは多い。それは貴族になるとさらに顕著になる。
 リオルは思わず振り返る。すでにミランはこちらに背を向けて、ハイグレードの生徒が住む部屋がある棟に向かっている。

 黒髪だから、闇属性だからと関わりを嫌う人も多い。
 自分の家名が出たから声をかけてきたとは思うが、それならアルスにだけ話しかけてリオルのことは無視すれば良いはずだ。それなのに、彼はやらなかった。

 リオルは、ミランの後ろ姿が見えなくなるまでぼうっと見つめていた。
 きっと彼との交流など、もう今後はないだろう。だからなんとなく、彼の姿を目に焼き付けておきたかったのだが、このときのリオルはどうしてこうしたかったのか理解できずにいた。


 ◇◇


「……まさか高評価トップ五のキャラ全員攻略開始してるとか、ないわー」
「メディ?」
「んーん。独り言」

 入学後、しばらくして。
 ハイロー共有で使用しているカフェテラスで食事をとりながら、どこかを眺めて呟いたメディフェルアの視線をリオルは追う。
 そこにはアルスを中心に人が集まっていた。制服からしてハイグレードの生徒ばかりである。

 初日にアルスに絡まれたあとも、彼はしつこかった。

『ねー!なんで中庭に来ないの!?イベント逃しちゃったじゃん!』
『リオルは悪役令息だったはずなんだから、いくら平民になったといってもイベントはこなしてもらわなきゃ困るよ!』

 イベントってなんだ。
 悪役令息ってなんだ。

 そもそも、アルスが言っている中庭はハイロー共有スペースにある迷路庭園ではなくハイグレード学舎の中庭のことらしい。
 ハイグレード学舎には許可がない限り、ローグレードの生徒は入れない。逆も然り。
 連日、理由のわからない絡まれ方をしてリオルはここ数日ずっと頭痛がしている。だがこのやり取りをメディフェルアに知られると大事になることは直感で理解していたので、リオルは黙っていた。
 同室で同じ属性のトールやジャミトフらは心配してくれているものの、リオル含め平民では貴族であるアルスを拒否できない。

 ふと、集まっている中にひとり目を引く女子生徒がいるのにリオルは気付いた。
 深緑の髪に薄紫の瞳。数年前にリオルが路地裏で出会ったジェーンだ。彼女の近くにヴァネッサもいるから確かだろう。

(…? なんか、)

 親しげに周囲と会話しているものの、アルスに話を振られるとジェーンはどこか線を引いたような態度になっている。微笑んでいるものの、周囲に向けるそれとは微妙に異なるような。
 妙な違和感に内心首を傾げていると、一緒に食事をとっていたフランソワが大きくため息を吐いた。

「凄いわよね、あの集団」

 リオルとメディフェルアの視線が、集団からフランソワに向けられる。彼女のアッシュグレーの髪が揺れた。
 その声が小さいのは、あの集団には高位貴族も含まれているため少しでも聞こえにくくするためだ。変に聞こえるといいがかりをつけられてしまう。

 アルス含めたあの集団は、カフェテラスをだいぶ占拠しつつ、食べてはいるもののお喋りに夢中だ。
 席がなくて諦めて去っていった生徒たちもおり、リオルも小さくため息を吐いた。

「何がしたいんだろうな」
「さあ。でもわたし、あの中に混じりたいとは思えないわ」

 言いながらさくり、とフランソワはパンを口にした。
 リオルはくるくるとフォークにパスタを巻き付けながら「僕も思えないよ」と小さく答えた。メディフェルアはもくもくと食べている。


 ふと、リオルの視界の端に見たことのある水色が引っかかった。
 そちらを向けば、ミランがひとり食事を摂っている。その傍を、水の中級精霊がふわふわと浮いていた。周囲の生徒は気にせず会話や食事をしていることから、あの精霊は姿を隠している状態なのだろう。
 リオルは元々精霊と親和性が高く、隠れている精霊も視ることができた。

 そしてその精霊はまるで親の仇かのようにギッとあの集団を睨みつけていた。
 ―― いや、正確にはただひとりだと、リオルは気付いた。名前は分からないが、アルスにデレデレしている男子生徒ただひとりに向けられている。

 リオルはこの時点では知る由もないが、彼がジャック・ビュエラ侯爵令息だ。
 ミランの婚約者であり、グランパス伯爵家への婿入りの立場である。メディフェルアやアルスが認識しているゲーム上ではリオルの婚約者となる男子生徒であった。

 だが、現実のリオルにとってはただの無関係な生徒である。

(あそこまで精霊に睨まれるなんて、よっぽどあの精霊の相棒である人を傷つけてるんだなぁ……ん?)

 ばちり、とリオルと精霊の目が合った。
 その次にリオルの隣にいるメディフェルアに視線が向けられる。メディフェルアも見ていたようだが、気まずそうにそっと視線を外した。

(…あれ?なんで?)

 リオルが今まで見てきていた限り、メディフェルアは極力他の精霊からのお願いに答えていたはずだ。
 それなのになぜあの精霊から視線を反らしたのだろう。
 もう一度リオルが精霊を見れば、精霊は泣きそうな表情でうるうると涙を溜めている。

 ここでメディフェルアが視線を反らしたのは、自力で何とかしろ、というメッセージであった。
 だがミランの精霊はこの時点では、そこまで力はない。ミラン本人からも釘を刺されているため何もできない。
 悔しい、という感情でいっぱいだったのが表情に現れたのだ。

「…メディ」

 それを見たリオルは同情した。してしまった。
 もちろん、ミランが眉間に皺を寄せながら時折、アルスたちの光景を見ていたのもある。その表情がどこか寂しそうだと思ったのもある。

 メディフェルアはリオルのお願いに弱い。
 何も言わなくともメディフェルアはリオルの願いを察してしまう。
 ムス、と口を尖らせたままメディフェルアは答えた。
 
「……ゼラディール通りにある、リリーのプリン二個」
「ありがとう。一緒に食べに行こうね」
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