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本編
第十一話 やだなぁ。ここにいるの、誰だと思ってるの?
しおりを挟む「…メディ、いなくなるの?」
途端、リオルが迷子のような表情を浮かべた。
んんん、可愛い。可愛いよリオル。さすが推し。
ふわりとリオルに近づいて、よしよしとリオルの頭を撫でる。
『うーん、あと三十年ぐらいはいる予定だったんだけどねぇ。神様も、あんまりひどいようならプチってしていいって言ってるし』
「…っ」
リオルも、その他全員も顔色が悪くなった。
そりゃそうだ。今、この場に立っている人間によってこの国の命運が決まるようなもんだから。
『ああ、でもプチってしてもリオルたちには影響ないと思うよ。精霊たちに好かれてる人間は守られるから』
この国にいる素直な闇属性の子らは言わずもがな。
だってフランソワたちの近くには闇属性の下級から上級の子たちが心配そうに漂っている。もちろんユリウスの傍にもだ。
リオルは私が直々についている。リオルのご両親も精霊に好かれる好人物。
と、くれば。
精霊たちが寄り付かない連中しか、プチってされないわけで。
アルスたちの傍には精霊なんてひとりもいない。
辛うじて、学園長の傍にひとりいるぐらいだ。それぐらいは清々しいほどに誰もいないし、ここにいる子たちも近づこうとしない。
「どうして…なんで…だって、だって神様も精霊王も僕の味方になるはずなのに…」
ぶつぶつと呟くアルスのその言葉は私の耳に届いた。
ほぅ。なるほど。アルスも転生者だったのね。
まあ、だからといってあの蛮行を許すわけがないけれど。
手元に東屋にあった鳥かごごと転移させた。
中に囚われていた子は目を点にさせている。急に転移させてごめんよ。
アルスは大きく目を見開いた。
『待たせてごめんねぇ。本当は呪いをかけた人間が解除すれば、一番良かったんだけど…もう、いいね』
「王よ、それは確か本人でないと解除できないはずですが、王なら可能なのでしょうか?」
『うん、できるよ。条件さえ揃えばユリウスでも、誰でも。ただねぇ、他人が解除すると本人への揺り返しが酷いからやり方を公にしなかっただけで。一応待っていたんだよ』
「え、ちょ…待ってくれ!!」
この鳥かごを作ったジャックが声をあげる。
だがもう遅い。
他人による解呪方法は簡単。
呪いというのは、糸のようなものだ。それを解いていくだけ。解けなかったら呪いは強まるんだけど。
呪いということもあって糸のこんがらがりようは凄まじいんだけど、それは呪いの強さにもよる。
鳥かごで「闇の精霊を外に出さない」呪いは、対して強くない。だから糸もそんなにこんがらがってない。
我精霊王ぞ?こんなん目を瞑ってでもできるわ。
はいちょちょいのちょい。
解いた糸が宙に舞い、消えた ―― 次の瞬間、ジャックが突然苦しんで吐血した。
ボタボタと口から血が溢れ、ジャックはその場で膝をつく。
アルスが悲鳴を上げた。おいお前、生粋のお嬢様たるジェーンは悲鳴を飲み込んだぞ。
「ジャック、ジャック!!」
「あ、が…ッ、う…!」
鳥かごの蓋を開ける。
中から闇の精霊が、勢いよく飛び出した。ぴぃ、ぴぃと元気よく鳴きながら飛んで、それからユリウスの前で浮遊する。
ユリウスは恐る恐る、手を差し伸べた。その差し伸べられた手に乗ると、その子はぴぃとひと鳴きしてユリウスの手にすり寄る仕草を見せた。
…あ、ユリウスがなんか感極まってる。
ふふ、気にかけていたもんねぇ。
『ユリウスの相棒になりたいなら、もうちょっと力つけないとねぇ』
『がんばる!』
生まれが下級でも中級、上級と成長することはある。
ただ、それ相応の努力が必要だ。たいていの下級精霊は努力が嫌いだから、成長するのは少数だけどね。
「あの…メディ、いえ、精霊王」
恐る恐る、フランソワが話しかけてきた。
うんうん。ちゃんと言い直したのは偉いよ。私は君と過ごして楽しかったし名前を呼んでもいいとは思ってるけど、まだちゃんと許してないからね。
あとでちゃんと許可しよう。
『なぁに?』
「グランツ様が、目を覚まされました」
『お』
「ミラン先輩!」
そちらに目をやれば、ミストとリオルが抱きついてポロポロと泣いている。
それを苦笑いしながらあやしてるミランが目に入った。
…火傷痕が痛々しいな。顔の左半分、体の左半分に痕が残っている。多少皮膚が引きつってるんだろう、その笑みもちょっと歪だ。
ミランに近づけば、私に気づいて一瞬目を見開いたものの、すぐに察したようで頭を垂れる。
「…私の命を救うため、カリスタ様にお力添えいただいたとのこと。感謝いたします、王よ」
『推しから泣きながら助けてって言われちゃねぇ。まあ、個人的に君のことも気に入ってるし』
「…泣きながら」
きょとんとしながら未だグスグスとしているリオルを見て、それからミランはほんの少し、嬉しそうな表情を浮かべた。口元も目元も緩んでいる。
…おやおや?そういえば、リオルめっちゃミランに懐いてたな。ミランも邪険にしなかったし。私には嫌な顔をしたことあったけど、リオルにはなかったような?
苦笑いを浮かべながらリオルの涙を拭ってやるミランの眼差しはとても優しい。
ふーん。ほー。
…ま、私はリオルが幸せになるならいいんだよ。
グランツ伯爵はちょっと気に食わないけど、今のミランなら当主をどうこうできるかもしれない。
ゲームのミランだったら、任せられなかったなぁ。
『…もしかして知ってた?フランソワ』
「え…ええ。まあ。気づかれてなかったんですね」
『リオルが幸せならそれでいいからね』
「……私が、飛び出さなければ」
ぎゅ、と布を握り込んで、泣きそうな表情を浮かべて俯いてしまった。
まあ、そうね。でも飛び出したのはミランが先だったと思うよ。
ミランも気にしてないと思うけど、私が言うことじゃないし。
『あとでミランと話せばいいよ。機会がなかったら作ってあげる』
「…はい。ありがとうございます」
―― さてこの場をいい加減そろそろ収めないと。
ミランも、フランソワたちも布一枚だし。女の子たちは可哀想だ。
と思っていたらジェーンとヴァネッサが動いてくれていたらしい。みんなに毛布が追加されていた。素晴らしい。
『ユリウス、ジェーン』
「はい」
「なんでしょうか?」
『私たちが移動できる場所って、ある?』
お互い顔を見合わせて、考え込むふたり。
後ろの方でギャーギャーなんかうるさいから、一番うるさい奴の声を一時的に聞こえなくする魔法をかけた。
ああ、静かになった。
「メディ、やりすぎじゃ…」
『命まではとってないから優しい方だと思うよ?…リオル、前にも言ったけど、精霊と人間の常識は違うからね』
まあ前世人間ですから?
だから歴代精霊王や普通の精霊に比べれば、人間の常識に沿った判断をすることが多いけど生まれてこの方私は精霊。精霊の気質というか本能も持ってるので、精霊の常識を優先することもある。
今回は精霊の本能を優先した、ただそれだけ。
移動先を考えていたふたりは結論が出たらしい。
「…大講堂はどうでしょうか?あちらは寮にも近いところにありますわ。部屋に戻りやすいかと」
『おけおけ。じゃあそのとおりに』
「ユリウス殿!ジェーン嬢!」
もーまた邪魔者?
そちらを見れば、テオドールが真っ青な表情で私を見て、それからユリウスとジェーンへと向き直った。
…そう。私に用があるけど、声をかけられないことは理解してるんだね。
「た、頼みがある。王にどうか伝えてくれ。アルスを抑えてほしいと」
「殿下…」
「半狂乱状態になって手がつけられないんだ。どうにかフィリップたちが抑え込んでいるが、これ以上は…」
「私たちが近づけば余計暴れる気がするがな」
「……そこは、私たちが責任をもって抑え込む。どうか」
私に向けて頭を下げるテオドール。
その向こうでは、乱闘かと言わんばかりに暴れるアルスを抑え込もうと四苦八苦している攻略対象者たちがいた。
学園長たちも手を貸しているようだけど、主人公と位置づけられていただけあってアルスは魔力の扱いが上手い。
「…ヤディール殿を抑えてほしいと、テオドール殿が願い出ていますが。いかがされますか?」
『私がやる義理はないねぇ』
「…っ、そ…」
「でも、このままだと学園を半壊させそうな勢いですわね」
うぅん。それは困るかな。
確かにあの暴れようはヤバい。さっきミランたちにぶつけようとした魔法をもう一度使われたら、学園長たちでも防ぎきれないだろうし。
リオルたちが学ぶ場を壊されるのも、なんだかなぁ。
『…リオル』
「なに?」
『力を貸してあげるから、アレ眠らせようか』
「え…僕で大丈夫かな」
「ヤディール家から抗議がきたらグランツ伯爵家が対応しよう。王の力があれば、あれほど暴れる相手でもなんとかなると思う」
「カリスタ公爵家も一言添えておきますわ」
「ツェルンガ皇子からの口添えもあれば、万全だろう」
テオドールに視線に向けられる。
テオドールはぐ、と一瞬怯むものの「…テオドール・グランディスの名において、此度の行為は救助行為であり彼には何も咎はないと宣言しよう」と回答が出た。
よし。王家(グランディス王家、ツェルンガ皇家)とカリスタ公爵、グランツ伯爵家の声があればリオルに難癖つけられないだろう。
リオルの背にふわりと回って、魔力を流す。
『いつも通りだよ。イメージして、彼が眠る様を。深い、深い眠りに誘われて休む様を』
リオルが手のひらを前にかざすと、魔法陣が展開される。
実行する魔法によって陣の術式が変わるから、今、何の魔法を放とうとしているのかは分かる。
ふ、とアルスの血走った目がこちらに向けられた。
悪鬼のように表情を歪め、封じられ音にならぬなにかを叫び、光魔法をなんとか放とうと魔法陣が展開される。フィリップたちがそれを邪魔しようとしたが、それよりもアルスの方が早かった。
魔法陣の構築、術式の高度さ、発動の速さ、発動されたその魔法の威力。
ここまで拗れなければ、魂が歪んでいなければ、シナリオを知らなければ、輝かしい未来が待っていたというのにね。
ユリウスとフランソワたちローグレードの生徒たちが咄嗟に前に出て、闇魔法を放った。
とにかくなんでもいいから魔法の威力を削ごうと考えたのだろう。
ミランとジェーンはリオルを守る位置で陣取って、少しでもこちらに影響がないように皆を含めて防御魔法を展開した。
『やだなぁ。ここにいるの、誰だと思ってるの?』
片手をリオルの肩に置いたまま、もう片方の手をかざす。
瞬時にこちらに向かってくる魔法の周囲に多数の魔法陣が展開された、と同時に魔法がかき消える。
アルスが大きく目を見開き、なにか叫んでいる。
リオルの魔法が完成して、矢のように放たれた。
それは逃げようとしたアルスを射抜き、アルスの体が地面に崩れ落ちる。
……さ。終わったようだから、移動しようか。
フィリップたちがアルスに集まる中、テオドールだけは動かずにこちらを見て、頭を下げた。
彼のつむじを見つつ、転移魔法を使ってリオルたちと大講堂に転移。
ちょっとは改心したのかね、テオドール。
それはそうとジェーンに婚約破棄を叫んだことは、許せないけど。
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