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ターミガン視点

前編

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 バチン、と音を立てて魔道具がプスプスと煙を上げた。
 ……ああ。またか。

「また壊してんのか、お前。まあもうボロだったからいいけどよ」
「好きで壊してんじゃないわよ!」

 はー、と盛大なため息を吐きながら、今しがた壊れた魔道具を指でつつく。
 これは灯りをつける魔道具だ。魔道具につけられている魔石に込められた魔力がある間は灯りが点く仕組み。
 ……なんだけど。

「なんであたしの魔石だと壊れるのよぉ~~~」
「そりゃ魔石に込めた魔力と相性が悪いんだろうよ」
「あたしのと相性がいいのなんて見たことないわよ!!」

 世界中のあらゆる魔道具が集まると言われる魔塔に勤め始めて五年経つけど、未だにあたしの魔石に合う魔道具がない。
 では自作すれば良いのでは?と思ったそこのあなた。それはそうなんだけど、残念ながらあたしには設計センスというものがないようで、設計図を見た歴戦の先輩方すら「やりたいことは分かるんだが、ちょっとこの構造は…うーーん」って言われるほどなんだよ。

 魔塔は、魔道具や魔法薬の国際研究機関だ。
 こんなところに入れるのはよっぽど優秀な人か、よっぽど変人か、もしくは重罪を犯した犯罪者、禁忌魔法薬や禁忌魔道具で重症を負った人だけになっている。
 …ま、言い方は悪いけど研究者かモルモットしかいないってわけだ。

 ちなみにあたしは魔具士…の見習い。
 本来なら五年も勤めれば一人前だけど、理由はさっきもあったあたしの魔石だ。

 魔術士や魔具士の体内には、魔力がある。
 人によって魔力量も性質も千差万別なそれを、魔石に込めて、生活等を便利にさせるために作られた魔道具と呼ばれるものに組み込んで使う。
 この世界に住む者すべてが魔力を持ってるわけじゃないし、人によって扱える属性が異なるからだ。

 この世界の魔法には属性があり、火・水・土・風の四属性、それから光と闇の特殊属性の全部で六属性ある。精霊魔法もそれに準じており、それぞれの属性を持つ精霊がいる。
 けれど、魔力を持つ者たちはたいてい、一ないし二属性ぐらいしか扱えない。
 なかには全属性適正セクステュープルなんて奴もいるけど、そんなの稀有にも程がある。

 …あたし?あたしはね。

「かーっ、しかし勿体ねぇ。お前、水と風属性の適正があんのに生み出せるのが雷だけなんてよ」

 そう。ダブル属性なのに、あたしはそれぞれの属性魔法を出すことができない。普通なら、属性ごとに魔力が分かれて体内を巡ってるはずなのになぜかあたしは属性同士の魔力が混ざり合ってて分離できないそうだ。
 あたしだってどうしてこうなってるのか知りたいぐらいだ。

 そんなあたしの魔力を込めた魔石を動かせる魔道具が、今のところひとつもないのが現状なのである。

 魔具士は、魔道具を作るほか魔道具自体のメンテナンスや機能改良、魔石に魔力を込め直すメンテナンスも仕事のうちだ。
 魔道具のメンテナンスや改良については及第点をもらっているけれど、その他がてんでダメ。
 だからあたしはいつまで経っても見習いのまま。雑用ばっかりで、時々手伝いのときにこうやって試させてもらうだけ。

「はあ~。どーしよ」
「魔道具のメンテナンス一本で食ってくしかねえだろ」
「そうだけど、それじゃ店をもてないじゃん!せっかく魔塔に入れたのに!」
「それこそ仕方ねーだろ…っと」

 カァン、カァン、カァンと三回鐘が鳴り響く。
 この鐘の音と回数は外から誰かが帰ってきたんだな。
 窓際に寄って、見上げる。

 ―― 地鳴りの音とともに、目の前に広がっていたが奥に下がっていく。
 上を見上げれば、いつもは魚がゆうゆうと泳ぎ回っているのに今は空がぽっかりと見えた。今日は曇天か。つまらない。
 魔塔の結界が消え、外からやってきた者たちが乗った船がふわりと浮く。魔塔の敷地内にある発着場に、魔法によってスッと下りていく。
 いつ見ても、この光景は壮大だなと思う。

 魔塔は、海の中にある。
 じゃあ呼吸とかはどうしているのかというと、そこはやっぱり魔道具によって保たれている。
 魔塔の敷地をぐるりとドーム状に結界が張られていて、普段は海の中に鎮座しているのだけれど、こうやって外界への出入りがあるときだけ結界で海を割り、珍しく外からも見えるようになるのだ。
 …まあ、タイミングよく開かれたこの場所に来れたとして、普通の船は滝のようになったところから重力に従って落ちていくし、仮に浮かべたとしても許可がない船は魔塔に近づけないようになっている。
 扱っているものがものだけに、セキュリティも厳重なわけだ。

 今日も今日とて、帰ってきた者たちが魔塔の発着場に入ったのを確認してから、ドームの結界が徐々に復活していきながら海の結界が解かれた。
 ドドドと音を響かせながら、海が元の形に戻ろうと魔塔の周囲に迫る。魔塔の敷地の端からドーム状に伸びていく結界の膜ももうすぐてっぺんでくっつきそうだ。


 ―― そのときだった。


 閃光。
 耳をつんざくような轟音。
 衝撃。


 我に返ったときは、窓際にいたはずのあたしは部屋の中央まで転がってたし、棚の中にあった魔道具たちは床に散らばっていた。
 まだ耳鳴りが酷い。そういやアイツは…と思って見回したら、本棚にぶつかったようで頭から本を被っていた。動いてるから大丈夫だろう、うん。

 ウゥ~!と緊急サイレンが鳴り響く。
 ふらつく頭のまま、訓練通りに担当する禁忌魔道具が保管されている部屋へと走った。
 禁忌魔道具とはいえ、歴史に名を刻んだ重要な魔道具。それが壊れたとあったら大変だ。修理するにも大量の書類などを発行し、各国に通知したりしなければいけないんだから。
 案の定、保管部屋の床には禁忌魔道具が転がっていた。
 魔石は外してあるから誤作動することはないけど、万が一ということもある。

「悪い!遅くなった!」
「よし、手順通り始めよう!でもちょっと頭ふらついてるんだわごめん!」
「マジか!」

 二人一組で破損したものがないか確認したり元の戸棚に戻したりして、バタバタと過ごす。

 だから、外で何が起こって決定したのかなんて、知らなかったのだ。


 ◇


 バタバタも収まって、休憩しようとした矢先に魔塔主から呼び出された。
 魔塔主からの呼び出しは、どんな大事な研究をしていても呼び出しが優先される。絶対者だ。
 あたしが呼ばれることなんて絶対ないと思ってた。だって、魔塔に入ったときに一度フードを被ったまま対面しただけだったし。

 呼び出し先の部屋に入ると、フード付きのローブを羽織った男がいた。
 顔は見ないけど直感で「あ。この人が魔塔主だ」と理解した。

 そして、その魔塔主から言われた言葉が、理解できなくて混乱した。

「……え、あの」
「うん。まあもう一回聞きたくなるよね。君がこの方のお世話をするんだよ」

 さらっと魔塔主に言われた言葉に混乱する。
 魔塔主がこの方、と仰った美丈夫はベッドに横になって眠っている。
 きんきらプラチナブロンドに、寝顔もイケメンだ!!ってなるほどの、イケメン。王子様みたい。ベッドからはみ出しそうな身長。体の上に置かれた腕はがっしりとしてて筋肉がついてる。

 …え。どうしてあたし?っていうかこの人だれ!?

「さっき、雷が落ちてきたでしょ」
「あれ雷だったんですか!?」
「そう。で、雷が落ちた先で倒れてたのがこいつ、雷神ライゼルド」

 らいじん。

「目を覚まさないから状況は不明だけど、所見ではどうも魔力が枯渇してるようなんだ。しかも回復速度が異様に遅い。神は不老だけど不死じゃないから、このままだとちょっとマズい。だから魔力を融通して復活させなきゃいけないんだけど、そもそもの前提として他人の魔力を融通する場合の注意事項って知ってるよね?」
「…相性があります。同じ属性同士の魔力でないと、受け付けない」
「そのとおり。ところがどっこい、こいつの魔力は雷で、ある二属性を良い塩梅に混じった状態じゃないといけないんだよ」

 雷。
 二属性が良い感じに混ざった状態の魔力。

「………あたし?」
「そう。この魔塔では君以外適合しない。同じ水と風属性を持つ者は大勢いるが、君のように魔力から属性同士が混ざってるのはいないんだ。うーん。これは属性の定義を変えるよう関係各所に進言すべきか…?」
「で、でも適合するかどうかなんてまだ」
「君の魔石を使わせてもらったよ。ほら」

 ぽんと渡されたのは、確かにあたしが魔力を込めた魔石だ。
 でも今は中の魔力がすっからかんになってて、その輝きは失われている。
 …初めて見た。あたしの込めた魔力が、なくなった魔石だなんて。

「でもこの魔石に込められた魔力程度では、回復させることはできない。だから君が直接魔力を注いで、回復させるんだ。今やっている研究等は一旦中断しなさい」
「…はい。分かりました。けど、魔力回復薬を服用させた方が早いんじゃ」
「相手が人だったらそうなんだけどねぇ。神に服用させてよいかの検証もできてない物を本神から許可もらえない状況では、服用させるわけにはいかないよ」
「あ、それもそっか…」
「こいつの祭司官は……たしかいないんだったな。あー…まあ、代わりが中央大神殿からたぶん来るはずだから、それまで世話全般よろしく」

 説明するだけ説明して、魔塔主はふらりと部屋を出ていった。

 …うっそでしょ、この神様の世話まであたしがやんのか。
 神様って食ったり糞したりするのかな…そこまで面倒みなきゃいけないのは、ちょっと。
 ああでも魔塔主の命令だし……腹括るかぁ。

 まずは、魔力の回復からだな。
 魔力を持つ者にとって魔力は体力みたいなもんだから、それがすっからかんになると動けなくなって最悪死ぬっていうし。
 さすがに神様見殺しにはできない。

 緊急時の他人からの魔力の供給方法はシンプルだ。
 溺れた相手に息を吹き込むように口から魔力を注ぐ。つまりキス!!
 相手がある程度回復すれば両手を掴んで、ゆっくりと魔力を相手に向かって流し込むだけなんだけど、相手の魔力が枯渇してる場合で、薬も飲めない状況になると回復が間に合わない。
 手で流すのもキスするのもやると相手の魔力状況もモロバレになるので、魔力の相性が良いかつ、仲の良い人同士か緊急の場合しか本当にしない。

 あ~~~、あたしのファーストキス……さようなら。
 まあ、この神様イケメンで良かったと思うしか無い。タイプじゃないけど。

 深呼吸して、寝ている神様の唇にそっと自分の唇を押し付ける。
 目を閉じてゆっくりと魔力を流し込んでいった。…うわ、ほんとに魔力ほんの少ししか残ってない。よくこれで生きてるな。
 でもこの神様の魔力、やっぱり神様だからかすごく綺麗だ。外見も魔力も綺麗ってどんだけ。これで性格まで品行方正だったら完璧じゃん。

 流せる分だけ流して、一息ついて顔を上げる。
 今日はもうこれ以上はあたしが保たないな。
 でもまだ神様の魔力を回復させたとは言い難い。満タンまではオーバーだけど、せめて四分の一ぐらいまで回復させないと、自力回復に時間かかっちゃう。今は…十分の一くらい?

 まだ、神様は眠っている。
 これからのことを考えると、頭が痛くなった。


 ◇


 それから数日、ずっと眠ったままのライゼルド様にキスで魔力を供給した。
 大人、しかも男性の世話って大変だわ。力がない体、めっちゃ重い。

 二日目ぐらいから、意識はないけど少量の水はスポイト代わりのストローを使って少しずつ口に入れれば、飲んでくれることは分かった。
 定期的に水と、あと冷ました野菜スープを飲んでもらう。
 体を拭いたりとかもやったけど、その、うん。そこと下の世話だけは研究仲間に拝み倒してやってもらった。なんか哀れみの視線を向けられたけど、仕方ないじゃんか。
 乙女だぞ、こちとらピカピカな処女だぞ!異性のあそこなんて直視どころか触ることなんてできるか!!

 世話を始めて七日目。
 ある程度回復したから、方法を変えて両手を掴んで魔力を送り込んでいるときだった。掴んでいる両手がぴくりと動いた。
 思わず、瞑っていた目を開く。すると、ゆっくりとライゼルド様の目が開くのが見えた。


 ―― あ、オッドアイなんだ、この人。黄金色と紺碧色だ。まるで夜空のような。


「……お、まえは…?」
「魔塔所属、見習い魔具士の通称”ターミガン”です。名前は魔塔に入ったら隠す決まりなんで、ターミガンって呼んでください」
「……たーみがん」
「最低限の魔力は回復できたっぽいですが、まだ動けないと思います。もう少し休んでください」

 ふ、とまたライゼルド様の瞼が落ちた。両手の力も抜けたから、寝たんだろう。
 …うん。魔力もやっと三割まで回復したな。これなら、自然回復しやすくなるだろう。
 キスでの供給時に意識戻らなくてよかった。

 それにしても、さっき見たライゼルド様の目、すごく綺麗だったな。
 あのお顔でオッドアイだなんて、この辺に女性がいたらキャーキャー騒がれそう。魔塔にも女性はいるけど、みんな研究一筋だから大丈夫でしょ。



 ……そう思っていたあたしは、甘かった。



「ターニャ!!」
「ひぃっ!」

 バァン!と派手にドアが開いた。
 手元が狂うだろ!と振り返ると同時にげんなりした。

「ライゼルド様、見てください私が開発した魔道具でして!」
「ライゼルド様!ああ今日もお美しい、そのお美しさの秘訣を!」
「ライゼルド様!!」

「だあーーー!!ここはあたしの研究室だ、散れッ!!」

 わしっとドアの前でとっ捕まってた人を掴んで、部屋の中に放り投げた。
 個人の研究室は、主の許可がなければ入室は不許可が原則。だから群がってた研究員たちは渋々と撤退していった。「ターミガンばかりズルい」って、あたしだって好きでそうなってるわけじゃないわ!!
 この研究室だって、本当なら共同研究室から始まるのにすっ飛んであたし個人に与えられた。魔塔主から「ライゼルド様の回復のため」って仮で与えられたもの。…あたしの、実力じゃない。

 ドアを締めて鍵をかけて、ぐるり、と室内を振り返れば、ソファでぐったりとしてるもの。

「ライゼルド様、何回言えばいいの!あんたが一歩外に出たらああなるって分かってるでしょうが!」
「仕方ねェだろ、あいつら部屋にまで来やがんだから!ターニャも俺の部屋で待っててみろ、怖ェから!」
「だからってなんであたしの研究室なのよ!あたし最近みんなから睨まれてるんですけどぉ!それとあたしはターミガン!ターニャじゃない!」
「呼びにくいんだよそれ!どうせターニャって名前この塔にはいねェからいいだろ!お前の傍が一番居心地がいいからに決まってんだろ!!」

 ぜいぜいとお互い肩で息をしながら言い合いをして、結局あたしもソファにずるずると座り込んだ。
 それから数分して「…お茶飲みます?」「…飲む」とやり取りをしたので、ノロノロと準備を始める。


 ライゼルド様が目を覚ましてから一週間。
 意外とこの神様、王子様みたいな顔してんのに口が悪い。
 そして、この神様の美貌に軒並み魔塔の人員が魅了された。聞いて驚け、女性のみならず男性までもだ。
 この神様とまともに会話できてるの、魔塔主かあたしぐらい。なんで。

 仕方なく、ライゼルド様のお世話係は継続中。
 中央大神殿から来るはずの、代わりの世話係はまだ来ない。

 ライゼルド様いわく、神一柱につきひとり、祭司官と呼ばれる神官が就くことになっているそうだ。
 本来なら神様と直接やり取りするのは祭司官だけとなっていて、神様が直接、神官でもないあたしのような人間とやり取りするのはあまりないことだという。 

 そしてなんとこのライゼルド様には、祭司官がいない。

「いい加減祭司官決めたらいいんじゃないのー」
「サクッと決められたら苦労しねェよ…俺見て平気な奴そうそういねェんだから」

 なんでもライゼルド様と顔を合わせただけでライゼルド様に傾倒する候補多数。
 ライゼルド様至上!創世神様等目に入らない!って状態に陥ったため、物理的に至近距離に雷落としたぐらいにライゼルド様ブチ切れ。お父君である、創世神エレヴェド様を貶されたのが頭に来たそうで「祭司官なんぞいらねェ!!」と宣言されたため、中央大神殿側は四苦八苦してるらしい。

「俺もエレヴェド様親父みたいな顔が良かった」
「…あの、世界各地の大神殿にあるエレヴェド様の神像って実際のエレヴェド様にそっくりなの?」
「あ?ありゃ多少美化してるな。親父はもうちょい、あっさりした顔してる。髪と目を誤魔化しゃ人間に紛れられるぐらいだぞ」

 言ってはなんだけど、エレヴェド様の神像って優しげな表情だけどカッコいい、可愛い、綺麗とかなくて…うん、本当に優しそうな顔なんだよ。
 それよりももうちょっとあっさりしてるって……平凡な顔つきってこと?
 やだ、ちょっとエレヴェド様に親近感出たかも。

「…イケメンも大変だねぇ」
「親父んとこの祭司長と同じこと言うな」

 顔を顰めてお茶を飲むライゼルド様を改めて見る。
 起きたライゼルド様はぱっと見スラッとした方だった。チュニックにズボンとブーツというシンプルなスタイルなんだけど、チュニックの裾や首元に細かく、美しい刺繍が施されてるから違和感がない。全身に程よく筋肉がついていて、意外と力持ち。
 顔も一言で表すなら「美しい」というほかなく、声も落ち着くような低い声だから、物語にいるような王子様だからキャーキャー言われるのも分かる。

 …でもなぁ。好きなタイプじゃないし。

「あたし、どっちかっていうとエレヴェド様の神像ぐらいが好みだな」
「そう言ってた奴も大体コロッと変わってたんだがな…」
「ライゼルド様、歩く魅了になってんじゃないの?この魔塔に魅了魔力検知器あるから、やってみる?」

 冗談半分、興味半分のつもりでそう笑って言ったら、ライゼルド様が真顔になった。
 うわ、イケメンの真顔怖い。

「…んなもんあるのか?」
「え?うん。大侵攻が終わったあと、開発されたやつ。ある一定のレベル以上の魅了効果があるものとか、一定量の魅了する原材料が入ってる薬を見分けたりするのがあるけど…え、やる?」
「…そうだな。やる。どうすりゃいいんだ」
「え、あ、うん。その専門部署に申請すれば使える…あ、でもライゼルド様が行くと混乱するか。でも大型だからあたしの研究室に持ってこれないし…魔塔主に話を通してみるよ」
「ん。頼んだ」

 お茶を飲み干したライゼルド様がごろりと寝転がる。
 …まだ魔力は全回復したわけじゃないから、疲れやすいらしい。
 そういえば、ここ二日は八割ぐらいまで回復してるんだけど、次の日になると三割まで減ってるんだよね…魔力も使ってないはずなんだけど…神様だと何か違うのかな。
 だからまあ、毎朝手を繋いで供給してるんだけど。

 手紙に事情を書いて、塔内の手紙のやり取りに使っている魔道具を取り出した。魔道具のパネルにある番号を打ち込んで、手紙を入れた窓を閉めると「ギィ!」と音を出してシャカシャカと走り出した。
 ……うん。傍から見れば腹の大きいクモだよな。
 これが世界に広まればもっと郵便事情は改善するんだろうけど、まだ一般人が使うには複雑過ぎ…というのは表向きで、万人受けできない外観になってるから公開できてない代物だ。
 開発した研究員はすごい人なんだが、デザインに関してはからっきしのようで…今はデザインに特化してる研究員とあーだこーだ言いながら改善してる最中。


 ……あたしも、魔道具を生み出したい。
 デザインでも、開発でも。どれかに特化している研究員でも自分の魔石で魔道具を動かす最低限のラインはクリアしてる。あたしは、それすら出来ていない。
 目の前に置かれた、ごく一般的で、どんな魔石でも灯りを点ける魔道具ですら動かせない。

 悔しい。虚しい。
 向いてないんだろうか。でも、だって、あたしは魔具士になりたかった。

 夢がある。
 あたしは赤ちゃんの頃、教会の前でモンスターに襲われた夫婦に抱かれていた。お父さんとお母さんはその後助からず、あたしはそのまま孤児院へ。そのとき、お父さんの遺品だと持たされたブレスレットがある。
 ブレスレットに組み込まれた宝石のようなものは格納型の小さな魔道具らしいんだけど、壊れているのか誰も開けることも、中身を見ることすらできなかった。
 だからあたしの夢は、この魔道具を直して、この中にある何かを見ることだ。
 格納型の魔道具は壊れても、直せば中のものを取り出すことができる。きっとこの中にあたしの何かが分かるはずだ。
 せめて、両親の顔が分かるものがあればいいな。


 ◇


 魔塔主からの返事は意外と早かった。
 指定された日時は真夜中で、その時間帯に魔塔主が魅了魔力検知器を貸し切り研究すると申請していて、助手としてあたしを指名したそうだ。
 これであたしが魅了魔力検知器がある研究室に入っても問題はなくなった。
 問題はライゼルド様だけど……まあ、神様だし、この研究室の主もライゼルド様信奉者になってたし、バレても大丈夫かな。

「ってことで、今日の夜中行くよ」
「いや早ェな。言い出したの昨日じゃねェか」
「魔塔主も気にしてるっぽいからねぇ。優秀な研究員が軒並みメロメロになってるから」
「…俺だって好きでこうなってんじゃねェよ」

 苦い顔してるけど、それすら様になってるからヤバいな。
 でも本当に困ってるんだな~。神様でも困ることってあるんだ。
 神様だからなんでも解決できるって思ってたけど、そうでもないんだ…意外。

 じっと見てるあたしの考え事に気づいたのか、呆れたような表情を浮かべた。うわ、イケメン。

「親父ですら万能じゃねェよ。特に俺は雷神だからな」
「じゃあ雷の神様って何が出来るの?」
「主に雷落として作物の収穫量を増やす」
「え、地味…っていうか雷落ちると収穫量増えるの!?」
「…ちったァ勉強しろ、そのオツムには何が入ってんだ?」

 あァ?とグリグリと頭を撫で回される。クッ…手を払おうにもめっちゃ力強い…!
 呆れたようなため息と共に、その手はポンポンとあたしの頭を撫でた。
 ライゼルド様を見上げれば、苦笑いを浮かべてる。

「ま、肥料なんかで代替できるから、人の営みでの必要性は減ってきてるんだけどな」
「へぇ…」
「昔は、戦神いくさがみとして求められることが多かったな。今はモンスターと対峙する際の加護を求められることが多い」
「戦…」

 直近での戦といえば、あれしかない。

 ヒースガルド帝国による世界大侵攻。
 深く、広く魅了効果を発揮する魔導具を開発してしまった小国ヒースガルド公国は、その魔導具を利用して領土を拡大していったという。
 …終戦したのは、あたしが生まれるずっと前だ。そこから内戦はちょいちょいあるものの、大規模な世界大戦はないと聞いてる。

「…そういや、誰彼構わず俺を見たら使いもんにならなくなったのはヒースガルドのが終わったときからだな。あのときはようやっと重い腰を上げた親父の力も借りて、神人一体となって無我夢中で抵抗した後だったか」

 ぽつりと呟いたその内容に首を捻る。
 ということは、ヒースガルド大侵攻以前までは普通だったということだ。
 …あれ?そういえば、研究が手につかなくなった研究員の中には下の世話手伝ってくれた人もいたよね。あのときは普通だった。ライゼルド様に心酔する様子はなかったように思う。

 思わず、手を伸ばしてライゼルド様の顔を掴んでこちらに向けさせた。
 大きく見開かれたライゼルド様のオッドアイの瞳が大きく見開かれる。

「お、おい?」
「ちょっと黙って」

 ローブのポケットから分厚くゴツいメガネを取り出してかけて、カチカチとダイヤルを回す。それから、ライゼルド様の瞳を覗き込むようにギリギリまで顔を近づけた。
 この分厚いメガネは魔道具の一種だ。魔石の代わりに自身の魔力を魔道具に流して効果を活性化させることもできる。普段は、魔道具に流れる魔力の確認に使うことが多い。
 でも、別の用途もあって、魔道具に呪い等が付与されて余計な改造が加えられていないかの確認にも使える。それは人も例外じゃない。

 ―― じっと見ているとチカチカと、右の黄金色の瞳の奥で何か反応があった。

「…ライゼルド様、右目の方に何かかけられてる」
「……」
「精霊魔法の類ではなさそうな反応…魔法のような…でも反応は呪いに近い。もしかして、誰彼構わずライゼルド様に心酔するようになってるのって、ライゼルド様と目が合った時なんじゃない?」

 ぱ、と顔を離して体を元の位置に戻したあと、閃いた考えをライゼルド様に嬉々として伝えたけど反応がない。
 振り返ってみると…あれ、ライゼルド様が片手で顔を覆ってる。それに顔が赤い?

「ライゼルド様?」
「……んでもねェよ。俺の右目だと?」
「うん。このメガネ、魔道具の魔力経路の確認や、何らかの改造や呪いが加えられてないか確認できる魔道具なんだけど…人に対しても確認できるんだ。で、見たら明らかに、右目にライゼルド様以外の魔力で何かがかけられた形跡があった。ライゼルド様は何か覚えない?」
「……あるには、ある。が、親父からの加護は俺の素地を一時的に上げるのと、別のやつから相手の能力を可視化する一時的な加護だったはずだ。んな人を魅了するような効果はねェよ」
「でもライゼルド様、元からイケメンで格好いいし、綺麗だし、体格もがっしりしてて男らしいし。能力じゃなくて、元々の素地を底上げする加護なら、ライゼルド様がめっちゃ魅力的に見えるんじゃない?」

 まあ、詳しくは魔塔主が調べてくれるだろうけど。
 そう考えていると、ライゼルド様から盛大なため息が聞こえた。どうしたのかと見れば、頭を抱えてる。

「…どうしたの?」
「……なんでもねェよ」

 変なライゼルド様。
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