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第一部ヴァルキュリャ編  第三章 ロンダーネ

「綺麗」な理由

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「なるほど、経緯は分かった。まずはアイドから説明をして貰うかな?」


 ほどなくして戻ってきたタクミさんは、お茶を飲みながらでもいいかな、と俺らをローテーブルへ促した。
 その時点でなんとなく、俺には結末が見えたような気がした。
 

「説明も何もねぇよ。あれは俺の副業だ。人の良さそうな持ってる奴らから少し恵んでいただく。トラブることもない訳じゃねぇから、身を守るために薬を使ってる。タクミも知ってるだろ。はぁぁあっっ(わざとらしいため息)。あっ、そちらの皆さん、タクミは知ってるんだよぉ~」


 皆の視線がタクミさんに集まる。
 まぁ、想定内だよな。
 折角整って生まれた綺麗な顔を、ニヤニヤ得意気に歪めるアイドも想定内だ。
 

「手癖が悪いのは俺が知り合った時からなんだ。めるように勧めてはいるんだが、こいつの苦労も知ってるからなぁー。足を洗えるように、本業ではなるべく支援してるつもりなんだけどねぇ、まだ足りないか」

「足りるとか足りねぇーとか、仕事ってそーゆーもんじゃねぇーだろ? ……タクミがいっぱい仕事くれるから、最近は気が向いた時しかしてねぇよ」


 ドキュメンタリー番組で見た、非行少年や犯罪少年の更正保護事業を思い出してしまった。
 タクミさん、そんなことまでしてたのか。
 これは、俺達には何も出来ない流れだよな。
 殺すなんて論外だし、犯罪者として突き出すのも……。


「事前に説明しなかったのは結果として悪かったな。俺の見える範囲ところでやったことはないし、念のため寝る時は俺の部屋で目を光らせとくつもりだったから、言わなくても問題は起こらないだろーと、まぁ、面倒から逃げたわけだ。さて、アセウス達の話を聞こうか。皆はアイドをどうしたい?」

「……」


 誰も言葉を発しない。
 いや、これ、無理だろーっ。
 俺はもーどーでも良くなったし。


「足りるとか、足りないとかじゃないって、どーゆうことですか? アイドさんは、なんで俺達から、エルドフィンから青い塊を盗ろうと思ったんですか」


 あぁ、そーいえば、そんな疑問を抱いたっけ?
 金も金目のものもあったのに、なんであんな得体の知れない塊をって。
 アセウスのまっすぐの視線を前に、アイドはこれみよがしにキョドってみせた。
 何度もタクミさんに目で助けを求めては、イケオジスマイルに負けてを繰り返す。


「……お前、仕事したことねぇーのかよっ」

「! ありますよ」


 ちーんっ
 可愛いゴングの鳴る音が聞こえた。
 厨ニ少年VSバーサス天使。
 しかし、この勝負はどうだろう。
 ……アセウス、お前、仕事したことあるって言えるのか?
 部隊入りを蹴って、そのまま放浪の旅だろ。
 どちらかといえば放蕩生活では。 
 それ以前に、物盗りを仕事というのはどーかとも思うが。
 
 
「それで説明しねぇーとわからねぇのかよっ」
 
「説明してください」
 
「説明してあげてよ、アイド」

「なんでだよっっ」

「そーゆー場なんだよ、今この時間は。そーそーある場じゃぁない、サービスしてやって」


 ちっっ!!
 盛大に舌打ちが聞こえた。
 アイドの顔芸も激しさを増してくる。
 折角の美形が勿体ない。


「お前は仕事やってて誇りプライドって生まれねぇーのかよっ! 普通生まれんだろっ。誇りプライドだ、腕前だ。自分の審美眼と掠め盗る技術が腐っちゃいねぇか、確かめてなきゃ誇りプライド持てねぇだろーがっっ!」
 
「……腕試しだってゆーんですか」

「腕試しじゃねーよっ。本気の仕事だ。捕まっちまったけど」


 アイドはジトレフに向けて忌々しそうに舌打ちをした。
 うんうん、あれは忌々しかった。
 アセウスは黙ってしまったし、ついでなので聞いてみよう。


青い塊あれは価値があるものなのか?」


 実は、アイドにずっと聞きたかったことだ。
 何度も邪魔が入ったけど。
 もしかしたら、アイドは何か知ってるかもしれない、なんて。


「お前話聞いてたのかよ? それを確かめるために盗ったんだろが。頭ん中までおぎょーぎ良くなっちまったのかぁ~」

「いっちいちうるせぇなぁーっ! 価値がありそーに思った理由があるんだろ、それを聞ぃてんだよっ。結局盗れてねぇ癖にっ。身内の男しかいねぇ場でイキられてもこっちが困るわ! 斜に構えてカッコつけてねぇーでポンポン答えろよっ」

 
 はっっ!!!!
 と気づいた時はもう遅いものだ。
 ふるふると震えながら赤面するアイドの表情に、自分が何をしてしまったのか気づかされる。

 しまった。
 顔芸につい、また釣られてしまった。
 言わんでいい本心が……。


「あっははははーっっ」


 盛大にタクミさんが笑い出す。
 続いて控え目にアセウスも笑い出す。
 陽キャとはなんでこーすぐに笑うのか。全く理解できねぇー。


「ぷははっくっはっはははっっアイドっっ、諦めろ、お前の負けだっははははっ。ちょっ、ちょっと、カッコつけすぎたなっっぷははははっ。ほんっと、エルドフィン面白いわっあはははっやべーっツボに入ったっははっ」

「か、かっこつけてなんかねーしっ。なんなんだよ、まぢこいつらっ」


 白い肌を桃色に染めて、アイドは頭を搔きながら伏せた。
 ふんわりした金髪だけがキラキラとこちらを向いている。
 ほんとは俺も結構恥ずかしかったが、俺以上に恥ずかしい奴がいると思うとダメージが緩和された。
 タクミさんの爆笑が収まりかけた頃、ぽそりとアイドが呟き始めた。


「……綺麗だったんだよ。多分今まで見た石の中で一番、綺麗なんじゃないかと思ったんだ」


 誰も想定してなかった答えだと思う。
 

「それは、俺も見てみたいなぁー」


 タクミさんの優しい声が響いた。
 アイドは突っ伏したままだし、
 タクミさんは笑い疲れたといった感じでお茶をすすっているけど、
 目を閉じたら、アイドの頭を優しく撫でているタクミさんが見えてくる。
 そんな声だった。


「そーゆー時は、言ってくれれば良いのに。見せるくらい、別に……なぁ、エルドフィン? ジトレフだって、咎めないよなぁ?」


 アセウスが気まずそうに問い掛ける。
 まぁ、そうなるわな。


「私は任務中だ。任務以外に優先されることはない。お二人が良いことに私が口を出す筋もない」


 予想通りの結末だったな。
 俺はアセウスの表情を見て、立ち上がった。
 ここ・・までは予想してなかったけど。
 だってまさか、換金目的じゃないとか思わねぇだろ。
 そんな子どもみたいな理由でなんて。
 俺は荷物袋からそれを取り出して戻ると、ふわふわキラキラ光る金髪の前に置いた。
 青い光が影を落として、海の中にアイドの黄金きんの髪が揺れているように見えた。


「好きなだけ見ろよ、綺麗だから。やんねぇけどな」

 
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