命の記憶

桜庭 葉菜

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私の記憶 3

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 気がつけば桃子も涙を浮かべていた。

「桃子は泣かなくていいんだよ……」

 私はもう一度笑顔を作ろうと努力する。

「琴音は、泣いていいんだよ」

 桃子に優しく微笑まれ、私はまた泣いてしまった。

 周りの人はきっと私のことを変な目で見ていると思う。

 でも今だけは、どうか泣かせてほしい。

 これで泣くのは最後だから──

 人目も気にせず泣いて、ようやく涙が枯れてきた。

「桃子、ありがとう」

 夏休み中、こうちゃんのことでたくさん支えてくれて、ありがとう。

 きっともう、桃子は覚えていないのだろうけど。

「そろそろ塾、いかなきゃだよね」

「本当だ! 急がなきゃ!」

 桃子は大急ぎで帰り支度を始めた。

「じゃ、ごめん! また連絡するね!」

 そう言って走ってお店を出て行った。

 私はどうせ家に帰っても暇なのでもう少しだけ1人でここにいることにした。

 スマホを取り出すと1件、通知が来ていた。

 お母さんから何時に帰ってくるのかという至って普通の連絡。

 そういえば何時に帰るか言っていなかった。

 あと30分くらいしたら帰ろうかな。

 そう思ってちょっぴり多めに見積もり、あと1時間くらいと返事をした。

 スマホを仕舞おうとした時、そこについているキーホルダーに目がいった。

 ピンク色に白の水玉模様が入ったリボンのキーホルダー。

 映画を見に行った日、こうちゃんにもらった、最初で最後のプレゼント。

 あの時は本当に嬉しくて。

 次桃子に会った時に絶対報告しようと思っていたのに、それももう叶わなくなってしまった。

 この思い出は誰にも共有できない私だけのものになってしまった。

 1人になると、やっぱりこうちゃんのことばかり考えてしまうんだな。

 隣に誰もいないカウンター席で1人寂しく思う。

 本当にこうちゃんは居なくなってしまったんだ。

 桃子は文化祭のことを覚えていないようだったし。

 本当に本当に、私だけの記憶になってしまったんだ。

 きっとこの先、何度もこうちゃんのことを思い出すだろう。

 楽しかった思い出も、悲しかった思い出も。

 それでも私は立ち止まることなく前に進めると思う。

 桃子が、死神さんが──こうちゃんが。

 逃げ出しそうだった私に最後まで向き合ってくれたから。

 私に後悔をさせないでくれたから。

 なんだか笑みが溢れてきた。

 キューッとする愛おしい気持ちで胸がいっぱいになる。

 気がつけば桃子が帰ってから30分経っていて、私は帰り支度を始めた。

 最後に少しだけ残っていたグラスの中身を一気に飲み干し、カフェを出る。

 まだ口の中に残る、ほんのり優しいりんごジュースの甘みが、私の心に染み渡った。
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