命の対価

桜庭 葉菜

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命の記憶 1

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「起きて」

 そのたった短い言葉に、俺の意識ははっきりと呼び戻された。

 目の前にいたのは死神。

 あたりは白くて何もない。

「俺は、ついに死んだのか?」

「まあ、そうだね。空の上に行く前に最後に通る場所って感じかな」

 つまり、これが俺と死神の最後の時間ってことか。

「ありがとう」

 まずはそれを言うべきだと思った。

「いえいえ」

 案外素直にお礼を受け取ってくれた死神。

「俺の話を、聞いてくれるか?」

「キミの最後の望みとあらば」

 そう言って、相変わらずの笑みを浮かべる。

 つられて俺もいたずらな笑みを浮かべた。

 なにから話そう。

 そう思って最初に浮かんだのはやっぱり――

「琴音は、元気かな」

「ボクが見た感じ、まあ大丈夫そうだよ。キミのことは誰にも話してないし、もちろん、忘れているわけでもないよ」

 良かった。

「母さん父さん、雅也、裕貴、佐倉さんは?」

「キミから頼まれたことはうまくやったよ。みんな、キミが思っているほど悲しんではいない」

「そっか」

 話したいことも、聞きたいこともたくさんあったはずなのに。

 何から話せばいいのか、どう話していいのかがわからなくて。

 俺はゆっくりと下を向く。

「琴音……」

 何も考えず、涙と一緒に零れ落ちた。

「もっと話したかった。手をつなぎたかった。もっと抱きしめて、もっと、もっと……」

 最期に抱きしめたあの瞬間が忘れられない。

 もう二度と会えないなんて。

 もう二度と触れられないなんて。

 掌に流れ落ちる涙。

 冷たさも温かさも、何も感じない。

 それなのに、胸だけは苦しいほどに痛みを感じている。

 広げた両の掌。

 その隙間を零れ落ちる涙を見つめていると、突然、その中に光るものが現れた。

「これ、は……」

「カノジョからのプレゼント」

 その光に触れると、俺の頭の中を一瞬にして大量の映像が駆け巡った。

 そしてその映像がすべて記憶に刻まれ、再びその光に目をやったとき。

 淡く光っていただけのそれは、やがて銀色の小さなものへと変身していた。

「ペンギンの、ブックマーカー……」

 死神のほうを見る。

「そして、ボクからの最後のプレゼント」

 死神は、一度もこちらを見てはくれなかった。
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