命の対価

桜庭 葉菜

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叶えたかったこと 2

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「そっか……」

 当たり前だ。

 昨日、再び死神に記憶を奪ってもらったんだから。

 思い出せるわけがない。

「ことね」

 それでも今度は何か確かなものがあるように、彼女の名前を呼ぶ。

「この話が終わったらさ、俺の家に行って欲しいんだ」

 俺の言い方に戸惑う鈴木さん。

 そうだよな、急にそんな事言われても、困るよな。

「勝手なお願いでごめん。何も聞かずに、行って欲しい」

 もう俺が帰れないなんてこと、言えないから。

「わかった」

 鈴木さんは全てを飲み込み、ただそれだけ言ってくれた。

「ありがとう」

 よかった。

 これで俺の伝えたいことの1つは伝え終わった。

 俺の話を聞き終えた鈴木さんが、優しく細めた瞳で前を見据える。

「私とこうちゃんが出会ったのは小学4年生の頃でさ、こうちゃんがここで私に逆上がりを教えてくれたのが最初なんだ」

 逆上がり──

 ついこの間、涙を流しながら告げられたそのことを、愛おしそうに話す鈴木さん。

「ここに、2人で座ったんだ」

 こっちを見た鈴木さんと目が合う。

 この距離感に不思議と懐かしさを感じる。

 ああ、これはその時のもの。

「だからね、文化祭の日、私にりんごジュース買ってくれて嬉しかったんだ」

 そう言われてまずよぎったのは、つい最近、泣かせてしまった彼女に体育館裏でりんごジュースを渡した記憶ではなく、女の子がりんごジュースを両手で持つ姿。

 何も、覚えていないはずなのに。

「あとはね、そうだなぁ……」

 目線を前へと動かしたその先を遅れて見つめる。

 数人の子供たちが相変わらず遊んでいる。

 あれ、俺が来てすぐの時よりも人数が増えているような──

「そう。それから私たちは7人で遊ぶようになったんだよ」

 鈴木さんは視界に入る子供たち1人1人に当てはめるように、名前を上げる。

「それからこの前会ったひろゆきくんに、私とこうちゃん」

 そこまで言われて、俺は気がついた。

 目の前の子供たちは6人しかいなかったのだ。

 あと1人。

 俺たちの中にいたはずのあと1人が、いない。

「こっちこいよ!」

 不意にそんな声が聞こえると、女の子が現れた。

 なんだ、隠れていたんだ。

 男の子に手を引かれてみんなの輪に入る女の子。

 これで7人だ。

 子供たちはみんな笑っている。

 鈴木さんは、女の子の手を引いた男の子のことを優しく見つめていた。

 鈴木さんにとって、俺はあの男の子だったのかな。

「それからね、」

 彼女の瞳は段々とキラキラ光り始める。

「中学に上がった後にこうちゃんが家の鍵を忘れて帰れなくなって。
私のお母さんの家に来たこともあったんだよ」

 全く見覚えの無いマンションに、俺と琴音との思い出。

「ほんとに、ほんとうに、なんにも……覚えてないのかな……?」

 目の前の男の子を見ていたはずの瞳が俺に向けられる。

 こぼれ落ちた涙。

 ずっと俺に向けられ続けていたもの。

 何を見ても、どこに居ても、鈴木さんは、ずっと。
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