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契約の代償 3
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当たり前だ。
だが俺の話はここから始まる。
「いや、俺の命はお前にやる」
死神が初めて疑問の色を見せた。
俺は今、自分の命をタダで渡そうとしているのだ。
いや、記憶を奪われたままの俺はむしろ損をしている状態だ。
だがもちろんタダで渡す気はない。
「その代わり、その対価を俺に決めさせてほしい」
死神は斜め下を向き、珍しく黙ったまま一人考えてからその視線を戻した。
「記憶を奪う以外に要求が?」
「俺は俺が死んだことで悲しむ人がいなくなってほしい」
「でもキミが死んだことを取り消すことはいくらボクでもできないよ」
「なら俺が生きていたことを残すことは出来るか?」
死神は再び考え出した。
こいつが俺の事でここまで真剣に考えるなんて。
もちろん、俺のためではなく、俺の命欲しさのためなのだろうが、それでも構わない。
「明確な記憶としては残せない。人間で言ったらキミが夢に出てきたとか、その程度のものしか」
「それで十分だ」
俺のそれぞれへの想いがたとえ一瞬の夢くらいのものであっても伝わってくれればいい。
それで少しでも悲しみが減ってくれるのなら。
「それともう1つ」
「なんだい?」
「どうにか鈴木さんだけでも俺との記憶を残すことはできないか?」
再びの沈黙。
だが否定をしない辺り、無理難題ではなさそうだ。
そして、俺の命はどうやらそこまでのお願いを聞いてくれるほどの価値はあるらしい。
「それに関してはキミの命だけじゃ無理だね。でも方法がないわけじゃあない。
本来死神は生きている人間とは契約を結ばない。だが特別に彼女に契約を持ちかけるよ。ただ、それに乗るかは彼女次第かな。それでも?」
「構わない。ありがとう」
死神が小さく笑った。
こいつと一緒に過ごすようになって約1年。
初めて見る、とても満足そうな笑い方だった。
「じゃあ、最後にこれだけ聞いておかなきゃね」
そう言って顔色が一瞬で変わる。
「君の、命をもらう瞬間の話さ」
これが、最後の話。
俺が本当に叶えたい望みのために払う代償の話。
「本当にいいの?」
俺の話に、死神の方が躊躇いを示す。
「わからない。でも、俺にはこれしか思いつかなかった」
「そっか」
悲しさ、寂しさが含まれたような言い方。
「キミは、キミなんだね……」
かすかに聞き取れるかどうかの小さい声。
「今日はボクと話をする?」
それを聞き返す暇も与えずに、珍しい提案をしてきた。
「今日くらいは話そうか」
そのまま夜中まで、俺は死神と話をした。
俺の事故の時のこと、俺とすごした1年間のこと。
奪われた記憶に関することは何1つ話してはくれなかったが。
その中で、死神は1度も『死』という単語を出さなかった。
思えばこいつの口からその言葉を聞いたのはこの1年でたった2回。
1度死んだ俺に、そしてまたいつ死ぬか分からない俺に、こいつはずっとその言葉を使わずにいてくれたんだ。
だからだろうか。
俺はなんの恐怖も感じていなかった。
明日死ぬという恐怖を、微塵も。
だが俺の話はここから始まる。
「いや、俺の命はお前にやる」
死神が初めて疑問の色を見せた。
俺は今、自分の命をタダで渡そうとしているのだ。
いや、記憶を奪われたままの俺はむしろ損をしている状態だ。
だがもちろんタダで渡す気はない。
「その代わり、その対価を俺に決めさせてほしい」
死神は斜め下を向き、珍しく黙ったまま一人考えてからその視線を戻した。
「記憶を奪う以外に要求が?」
「俺は俺が死んだことで悲しむ人がいなくなってほしい」
「でもキミが死んだことを取り消すことはいくらボクでもできないよ」
「なら俺が生きていたことを残すことは出来るか?」
死神は再び考え出した。
こいつが俺の事でここまで真剣に考えるなんて。
もちろん、俺のためではなく、俺の命欲しさのためなのだろうが、それでも構わない。
「明確な記憶としては残せない。人間で言ったらキミが夢に出てきたとか、その程度のものしか」
「それで十分だ」
俺のそれぞれへの想いがたとえ一瞬の夢くらいのものであっても伝わってくれればいい。
それで少しでも悲しみが減ってくれるのなら。
「それともう1つ」
「なんだい?」
「どうにか鈴木さんだけでも俺との記憶を残すことはできないか?」
再びの沈黙。
だが否定をしない辺り、無理難題ではなさそうだ。
そして、俺の命はどうやらそこまでのお願いを聞いてくれるほどの価値はあるらしい。
「それに関してはキミの命だけじゃ無理だね。でも方法がないわけじゃあない。
本来死神は生きている人間とは契約を結ばない。だが特別に彼女に契約を持ちかけるよ。ただ、それに乗るかは彼女次第かな。それでも?」
「構わない。ありがとう」
死神が小さく笑った。
こいつと一緒に過ごすようになって約1年。
初めて見る、とても満足そうな笑い方だった。
「じゃあ、最後にこれだけ聞いておかなきゃね」
そう言って顔色が一瞬で変わる。
「君の、命をもらう瞬間の話さ」
これが、最後の話。
俺が本当に叶えたい望みのために払う代償の話。
「本当にいいの?」
俺の話に、死神の方が躊躇いを示す。
「わからない。でも、俺にはこれしか思いつかなかった」
「そっか」
悲しさ、寂しさが含まれたような言い方。
「キミは、キミなんだね……」
かすかに聞き取れるかどうかの小さい声。
「今日はボクと話をする?」
それを聞き返す暇も与えずに、珍しい提案をしてきた。
「今日くらいは話そうか」
そのまま夜中まで、俺は死神と話をした。
俺の事故の時のこと、俺とすごした1年間のこと。
奪われた記憶に関することは何1つ話してはくれなかったが。
その中で、死神は1度も『死』という単語を出さなかった。
思えばこいつの口からその言葉を聞いたのはこの1年でたった2回。
1度死んだ俺に、そしてまたいつ死ぬか分からない俺に、こいつはずっとその言葉を使わずにいてくれたんだ。
だからだろうか。
俺はなんの恐怖も感じていなかった。
明日死ぬという恐怖を、微塵も。
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