上 下
37 / 41

第37話 最も大事な代償

しおりを挟む
「あ、あなたが……黒竜、様……なの?」

 震える声で、そう問いかけたのは私の隣にいたスイレンであった。

「うむ、その通りじゃ。ああ、ちなみにこの姿は仮の姿じゃ。本来の姿はお主らの想像通りドラゴンじゃが、その姿はあまり他人に見せたくないのでな。普段からこの姿でおる。まあ、今ではこちらの姿の方が馴染んでおるが」

 そう言って黒竜は近くの岩に座ると、私達を観察するように眺める。
 それは先程までの少女とは感じられる威圧感が全く異なっていた。

「さて、では儂の試練を乗り越えたことで、お主らの望みを叶えてやろう」

「ま、待ってください。試練って一体……?」

 上機嫌に話す黒竜に対し、私は思わず説明を求める。
 すると黒竜は一瞬、驚いたような顔を向け、すぐさま噴き出すように笑う。

「ふふふ、面白いことを言う奴じゃのう。先程のお主とあの竜とのやり取りじゃ。あそこでお主は出会ったばかりの儂と自らの望みを秤にかけて、儂を譲り渡すという選択肢をしなかったであろう? あれこそ、儂が求めた答えじゃ。というのも、あそこで自分のために少女を差し出すような軽い奴ならば、その者が求める願いも代償も儂の奇跡には見合わぬということじゃ」

 そう言って種明かしをしてくれる黒竜に対し、私は文字通り狐に化かされたような感覚を味わっていた。
 つまり、これまでの全ては私を測るための黒竜の試練。
 それにまんまと乗らされていたということであった。

 思わぬ試練の内容に惚けつつも、とりあえず黒竜のおメガネには叶ったようである。
 とは言え、騙されていたことに変わりはなく、どこか釈然としない部分はあったが、向こうにとってそれは愉快な部分であったのか、こちらを興味深そうに覗きながら、その口元には笑みを浮かべていた。

「では、改めてお主の望みを聞こう」

 そう言って、こちらのセリフを待つ黒竜に対し、私は迷うことなくここに来た目的を告げた。

「パパに、魔王につけられた傷を癒してください」

 私が告げたその願いに対し、黒竜は笑みを浮かべて告げる。

「いいじゃろう」

 その答えに私とスイレンは思わず顔を見合わせ、手をつなぎ、その場ではしゃぎ出す。だが、

「じゃが――」

 そんなこちらの歓喜を打ち消すように黒竜が人差し指を一本立てて告げる。

「その奇跡を叶える代償として、お主の『大事なもの』を捧げてもらう」

 それを口にされた途端、私は全身が強張るのを感じた。

「……ええ」

 分かってはいたけれど、その『代償』という言葉に私は強い不安と恐怖を感じずにはいられなかった。
 それは一体、どんな代償なのか?
 やはり、私の命なのか?
 それを想像した途端、私は覚悟していたにも関わらず足が震えているのに気づく。
 だが、ここまで来て、それを撤回することは出来ない。
 私はなんとか震える体を支えながら、次なる黒竜の言葉を待った。

「そうじゃな、では――――」

 しかし、次の瞬間、黒竜から要求された『代償』に対し、私は思わず言葉を失った。

「そんな……!」

 見ると隣にいたスイレンまでもが、その代償の恐ろしさに全身を震えさせていた。
 無論、それは私も同じであり、スイレンと同じ、いやそれ以上に体が震えているのを感じていた。
 そんな私達の様子を黒竜はまるで楽しむかように眺め、問いかけてきた。

「どうするのじゃ? この条件を飲むのならば、魔王の傷を癒そう。もしも、出来ぬというのなら、諦めて今すぐ山を降りるがいい」

 そう言って山のふもとを指す黒竜に対し、しかし私は唇を噛み締め、迷うことなく一歩を踏み出す。

「――いいわ。その条件、飲んであげる」

「ほぉ」

「!? 七海、ダメ! ダメだよ、そんなの!」

 私が黒竜からの提案を受け入れると同時に、隣にいたスイレンが私の裾を掴んで、それを止めようとする。
 見ると、その顔は私以上に悲痛な痛みに耐えるようであり、瞳からは涙がこぼれ始めていた。
 そんなスイレンの姿を見て、私自身胸を痛める感覚を味わう。
 だけど、それでも私はこの場において何が重要なのかを噛み締めるように、スイレンへ、そして自分自身へと言い聞かせる。

「――大丈夫だよ、スイレンちゃん。こんな代償でパパが治るのなら安いもの。私にとって一番大事なのはパパが元気になること。それに比べればこんなの全然大したことじゃないから」

「……七、海……」

 そう言って自らの心に決別するように私はスイレンに告げ、再び目の前の黒竜に向かい合い、それを口にする。

「――やって」

「よかろう」

 そして、それを黒竜もまた受け入れ、彼女が右手を上げると同時に眩い光がこの場を照らし、そこから発生した光は天を貫き、遥か遠くの――魔王城のある場所へと消えていった。

◇   ◇   ◇

「……やはり、この城の守りを固めたのは正解でしたね」

「だな」

 一方、魔王城に残ったイブリスとグレンは城壁の上より、魔王城へと迫る軍勢を前にそう呟いていた。
 その数、まさに地を埋め尽くすほどであり、なによりも厄介なのはそれを率いる勇者にあった。

「ザインガルドの王にして、序列第二位の勇者クラトス」

 その名を呟いた瞬間、イブリスは自らの背筋が凍るのを感じた。

「少し前からザインガルドの勇者に動きがあり、軍を動かしているという話しでしたからね。しかも魔王様が傷つき動けない今、この機を逃すはずがありません」

「へっ、上等じゃねぇか。それくらいじゃねえとこっちも張り合いがないぜ」

 遥か地平を埋め尽くす軍を前にしてもグレンは恐るどころか、その身に武者震いを起こしながら両腕に燃え盛る炎を宿す。

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、あのクラトス相手に勝算はあるのですか?」

「……さあな」

 イブリスからの問いに対し、グレンはいつもとは全く違う冷静な態度でそう呟いた。
 彼を知る人ならば、そのような曖昧な答えをすることに驚いたであろう。
 しかし、それほどにこの地へ侵攻している相手が手ごわいことを意味していた。

「あいつは魔王様ですら認める強敵だからな。正直、オレでも相手するのが精一杯だろうよ。だからま、奴の相手はオレが引き受けるとして、あとの連中は……」

「ええ、わかっています」

 そう言ってイブリスはクラトスの隣に立つ白い羽を生やした天使を、これまでにない形相で睨みつける。

「他は私が相手致します」

◇   ◇   ◇

 一方で軍を率いて魔王軍と対峙するクラトスはその顔を不快に歪ませていた。

「その話は本当なんだろうな? 天使よ」

「はい~。事実ですわ~。今現在、魔王は聖剣の傷によって瀕死の状態です~。彼と魔王軍にトドメを刺すなら今しかありませんわ~」

 あれから転移した天使ラブリアは真っ先に軍を率いて移動をしていたクラトスと合流し、これまでの経緯を彼に話していた。

「まあ、その代償にあなたの弟さんが亡くなったのは残念ですが~」

「フンッ」

 しかし、ラブリアからのそんな訃報に対し、クラトスはくだらないとばかりに鼻を鳴らした。

「あのようなクズが死んだところで私には関係ない。私が興味があるのは魔王のみ。貴様のようなコウモリめいた天使の戯言を間に受けるほど私は単純ではない。奴が本当に生きてるのか、死んでいるのか、それはこの眼で確かめさせてもらう」

「どうぞご自由に~。私も、この機会に魔王軍を一気に殲滅するだけですので~」

 そう言って彼の隣で翼をはためかせ、移動するラズリアに対しクラトスは一瞥だけを送り、そのまま自らの愛刀を抜き、目の前にそびえる魔王城を指す。

「全軍、侵攻開始ー!」

 その宣言と共に、クラトス率いるザインガルドの軍と魔王軍とのかつてない苛烈な戦がここに幕を開けた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

処理中です...