上 下
27 / 41

第27話 ナズールの悲劇

しおりを挟む
 あれから私はアゼルという勇者と、ラブリアという天使と共に馬車に乗って、どこへと移動していた。

 この馬車はあのクラトスと呼ばれた男性が私を国から追い出すために用意したものらしい。
 とはいえ、アゼルとラブリアが私に見せたいものというのは国外にあるらしく、その移動手段としてはちょうどよかったらしい。

 そうして、馬車に乗りながら、数日ほど私は彼らと旅をすることになった。
 幸い、道中はそれほど険しい場所を通ることなく、時折、休憩地点となる宿や街について休息を取っていたので、それほど不便はなかった。
 アゼルにしても、ラブリアにしても私に対して親身に接してくれたため悪い気はしなかった。

 だが、目的地について訪ねる度に、二人は揃って気まずそうな顔を向けた。
 その時は決まって、ただ一言「着けば分かる」とだけ答えた。

 私はそんなふたりの反応を見て、言い知れぬ不安と、同時に恐ろしさを感じていた。
 それを知ってはもう後戻りできないような、そんな感覚を。

 そうして、王都を飛び出してから数日。
 馬車はようやく、目的地となる場所に到達した。

「――着いたみたいです」

 アゼルがそう呟くと、一足先に馬車の外に降りて、周りを確認した後、私へと手を差し伸べる。
 しかし、その瞬間、彼の表情はこれまでになく真剣なものになり、その眼差しも今まで以上に厳しいものとなっていた。。

「七海さん、覚悟しておいてください」

 そう宣言するアゼルの瞳に私は一瞬気圧されるが、ここまで来て彼らが私に何を見せたいのか、その真意を確かめるべく、彼の手を取り、馬車の外へと出る。

 そこで見たのは――地獄の跡であった。

「なに……これ……」

 それはかつて街であった何かが残骸となり破壊された後。
 足元には無数の瓦礫と共に死体が転がり、その体には様々な武器が朽ち果てたまま突き刺さっていた。

 死体はすでに白骨化したものばかりであったが、その骨の形状からそれが人間のものであるというのは直ぐにわかった。
 そして、その人間の死体と重なり合うように朽ち果てていた奇妙な形状の骨。
 頭蓋骨に角のようなものがあるもの。腕が四本存在する骨。あるいは背中から翼の骨が生えたもの。
 それらは人間のものでないと理解できた。
 そして、なぜそれらの死体が人間の死体と重なり合うように無数に転がっているのか。

「ここはかつて……人間の王国だった場所です」

 アゼルが呟いたそのセリフに、私は静かに息を呑んだ。
 人間の王国。それがこのように滅び去った原因。
 そんなものは足元に転がる戦いの後を見れば一目瞭然であった。

「魔族に……滅ぼされたの……?」

 小さく呟く私に対し、アゼルの隣にいたラブリアが静かに否定する。

「いいえ、正確には少し違います~。ここは“魔王の手によって滅ぼされた国”です~」

 その答えを聞いた瞬間、私は胸が深く傷んだのを感じた。
 見渡すとその国の広さは私がいたルーデリア王国の首都よりも遥かに広大であった。
 そして、そこに広がるのは無数の瓦礫と死体の山。
 まさに地獄の戦場跡であった。

「“ナズールの悲劇”。この国の名前を取って、そこで起きた出来事の事を我々はそう呼んでいます。ここで死んだ人の数は何十万と登ります」

 悲劇。まさにそう言っていい出来事がここでは起こっていた。
 歩くたびにあちらこちらで無残なまま殺された人達の亡骸が目に入った。

 瓦礫と化した家の中では、先程まで食事をしていたのであろう料理の数々や生活臭がそのまま朽ち果てて残っていた。
 また別の場所に目を向けると、そこには瓦礫に押しつぶされた小さな子供の腕が骨だけとなり残っていた。
 その腕の先には、その子が大事に抱えていたのであろうクマのぬいぐるみがズタズタなまま転がっていた。
 私はそれを見た瞬間、これまでにない嗚咽感と同時に胸の痛さにうずくまる。

「! 七海さん、大丈夫ですか!?」

 すぐさま私に駆け寄るアゼルに支えられるまま、私はなんとか立ち上がった。
 だけども、私の胸の内に渦巻いている苦しみは一向に取れなかった。

 パパは言った。
 目的はあくまで世界征服。破壊や虐殺ではない。世界を統一するためにやっていると。
 その言葉を信じていたかった。信じたかった。

 けれども内心、どこかで想像していた。
 もしも、それが娘である私を気遣うための嘘だとしたら。
 自分のやっていることを娘に咎められないよう、真実の一部を隠していたとしたら。

 パパは魔王。
 それを知った瞬間に、どこかでこの可能性に気づいていた。
 魔王である以上、世界を支配するために人間の国や命をどこかで奪っていると。
 それも僅かではなく、文字通り都市一つ、国一つをまるごと滅ぼしたのではないのか。
 そこにいる何万、何十万という命を自分の目的のための犠牲としたのではないのか。

 気づいていながら、そうであって欲しくはないと目を伏せていた。
 けれど今、私の目の前にある現実はそれが事実であったと告げていた。
 仲のいい夫婦がいた。幼い子供がいた。無関係な人間がたくさん住んでいた。
 それでも構わずパパはここを滅ぼした。
 一切合切容赦なく全てを平等に皆殺しにした。

 それを知った瞬間、私は知らず涙を流していた。
 もっと早くに気づくべきだった。そして――パパを本気で止めるべきだったと。
 そんな私を支えながら、アゼルは優しく私の肩に手を置いた。

「……ご理解、頂けたでしょうか~?」

 顔を上げると、そこには悲痛な表情のラブリアが立っていた。
 彼女もアゼルも同じように深い悲しみと絶望の表情をしており、それを見た瞬間、私は流していた涙を拭き取る。

「……何を、すればいいの……」

 恐る恐る問いかける私に対し、ラブリアは静かに答える。

「ここから南に魔王が結界を施した洞窟があります~。その最深部に魔王を唯一傷つけることが可能な聖剣が眠っています~。ですが~、魔王はその剣で自分が危害を加えられるのを恐れて強力な封印を施しています~」

「封印……」

 小さく呟く私に対し頷くラブリア。

「ええ、ですが安心してください~。封印を解く方法は存在します~。それこそが封印を行った魔王本人による解除、あるいはその血を受け継ぐ何者かによっても封印は解かれます~」

 そこまで聞いて私はなぜこの二人が私を求めたのか理解した。
 隣を見ると、アゼルも私と同じように頷いていた。

「そう、聖剣の封印を解くには魔王の血を受け継いだ君でなくてはダメなんだ。封印はどんなに強力な天使や勇者でも解くことは出来ない。けれど、君が僕達と同行してくれれば――」

「魔王を倒せる剣の封印が解ける……」

 私の言ったセリフに静かに頷くアゼルとラブリア。

 正直、私は未だに少し迷っている部分があった。
 魔王とはいえ、それは私の父親であることに代わりはない。
 けれども、この惨状を見てなお、何もせずにいることは出来なかった。
 なによりも肉親が間違った事をしているのなら、それを止めるのも大事な人の役割ではないのか?
 それにパパがこのような事を始めたきっかけは他の誰でもない私の責任でもあったのだから。

『この世界で何かの目的を見つけるのもいいかもしれませんよ』

 その瞬間、ふと頭に浮かんだのはイブリスが呟いたそのセリフ。
 その時はまだ何をするべきか、何をしたいかは決まっていなかった。

 けれど今、私の中には確固とした目的が生まれた。

 魔王(パパ)を止める。
 それがきっと、この世界に転生した私の本当の役目だったんだ。

 それを自覚した時、二人が差し伸べた手を私は迷うことなく握り返すのだった――。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

処理中です...