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〈サーチ・オブ・ザターナ編〉

74. 親衛隊の逆襲

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「おぬしら、ずいぶん派手な登場をしおるなっ!!」

 トールくんが嬉々とした顔で親衛隊を見上げている。
 一方で、将軍とスキルニルさんは、カーバンクルちゃんとその背中の親衛隊を渋い顔で睨みつけている。

「白いドラゴン! 将軍、あれは」
「額の赤い宝石……情報にあった通りだな。カーバンクルの変異体か」
「ただの擬態と思っていましたが、まさか実際に飛行能力を備えているとは」
「しかも、招かれざる客まで引き連れてこようとはな……!」

 カーバンクルちゃんの背中から、親衛隊の五人が降りてくる。
 その時になって、彼らとは別にもう二人背中に乗っていたことに気がついた。

「やれやれ。空を飛ぶなど、老体にはこたえるわい」
「フラメール様!」

 そのうち一人はフラメール様だった。
 彼女はカーバンクルちゃんの背中を降りるや、私にウインクする。

「無事でよかったよ、聖女様」
「もう一人の方は……?」
「ああ、紹介しよう。わしの雇い主のイヴァルディ殿じゃ」
「雇い主? もしや、錬金術師工房の……」

 最後にカーバンクルちゃんの背中から降りてきたのは、筋骨隆々のご老人。
 見た目こそ、しわの深いおじいちゃんだけど、背筋もピンと伸びていて、口元には長い髭を蓄えていらっしゃるわ。 
 しかも、背丈ほどもある銀色の剣を抱えている。

「……黒髪か。おまえさん、もしやワークワークの民かね」
「わくわく?」

 イヴァルディ様が、珍しいものを見るかのように私を見入ってくる。

「はるか東の果てにあるとされる島国よ。その地には黒い髪の民が住まうと聞き及んでいるが、俺も実物は初めてお目にかかる」

 東の果ての島国?
 ワークワーク?
 黒い髪の民?
 ……どれも初めて聞く話だわ。

「イヴァルディ殿。その話、興味が尽きないが――」

 ルーク様の声で、私は我に返った。

「――詳しい話はこの場を収めてからだ」

 そうだわ。
 彼の言う通り、今はそんな話をしている場合じゃない。

「イヴァルディ。おぬし、聖女側そちらへつく気か?」
「トールよ。俺ぁ、この国の軍にはほとほと愛想が尽きた」
「ならばどうする?」
「この出会いもえん。俺はこの若造どもと新たな地へ旅立つ!」
「セントレイピアへ亡命する気か」
「こっちよりは楽しく過ごせるだろうよ。それと、最近軍に納品した俺の傑作――銀色の剣こいつも返してもらってきたわ」
「……だそうじゃ。どうする、将軍?」

 トールくんが訊ねると、激昂した様子で将軍が叫ぶ。

「ええいっ! この際、反乱分子は皆殺しにしろ!!」
「やれやれ。数少ない友を手にかけるのは気が引けるが……仕方あるまい」

 トールくんが剣を水平に構えて迫ってくる。
 それを受けて、イヴァルディ様と親衛隊が武器を構え、さらにカーバンクルちゃんも低い声で威嚇を始めた。
 その時――

「むうっ!?」

 ――砦の壁を破って、ラグナレクが姿を現した。
 丘陵を転げ落ちていったとばかり思っていたのに、まさか這い上がってきたの!?
 
「ちぃっ! こやつ、相手が違うのではないか!?」

 ラグナレクは私達には見向きもせず、トールくんへと突っ込んで行く。
 彼は避けることもせずに、真正面からラグナレクの突進を受け止めてしまった。
 あんな小柄な体で、自分より何倍もある巨体を止めるなんて……。

「何をしているラグナレク、標的は総統フューラーだ!」
「ギギギギギッ」
「うぬっ。まさか……」

 将軍が命じているにも関わらず、ラグナレクはトールくんへの攻撃を止める気配がない。
 もしかして、将軍の声が届いていないの?

「将軍! どうなっとるんじゃ、こいつは!? 言うことをきかせいっ」
「ちっ。懸念していたことが……。どうやら暴走状態に陥ったか」
「なんじゃとぉ!?」

 ラグナレクの八つの目が真っ白い輝きを放つ。
 またあの雷攻撃をする気だわ!
 金色の巨躯を青い光が駆け回り始めた時――

「グルルルァァァッ!!」

 ――カーバンクルちゃんが口から吹いた炎が、ラグナレクへと直撃した。
 激しい炎は、その体を焼きながら奥へと押しやっていく。
 あと少しで転落というところで、ラグナレクの周囲に発生した稲光が炎を掻き消してしまった。

「グルルッ」

 不意に、カーバンクルちゃんが私へと顔を傾けた。
 金色に輝くその瞳を目にして、思わず見入ってしまう。
 なんて荘厳で優しい目をしているのだろう。

「カーバンクルちゃん?」

 彼は正面に向き直ると、そのままラグナレクへ向かって走りだした。
 そして、ラグナレクが振り上げた前足に噛みつくや、取っ組み合いになりながら砦の外へと落ちていってしまう。

「カーバンクルちゃんっ!」

 思わず走り出そうとした私を、アトレイユ様が止めた。

「どいてくださいっ。あの子が!」
こいつは・・・・俺に・・任せろ・・・
「え?」
「あいつの目、俺にはそう言っているように見えたけどな」

 砦の外で、火の粉と青い光が散っているのが見える。
 続いて聞こえてくる、カーバンクルちゃんの咆哮とラグナレクの不快な声。
 ここからだと二匹の姿は見えない。
 けど、彼らは外で戦いを続けているんだわ。

「あいつの面倒は俺が見てくる。きみの大事なペットだしな!」
「アトレイユ様……」
「だから軍神はおまえに譲るぜ、ルーク!」

 アトレイユ様がルーク様の肩を叩く。
 その時、イヴァルディ様が銀色の剣をアトレイユ様へと差し出した。

「あの怪物、尋常なき頑強さを持つと見た。こいつを使え」
「ずいぶん綺麗な剣だな」
「俺の傑作――ミスリルの剣だ。おまえさんが真の剣士なら、こいつで斬れぬものはなかろうよ」
「ミスリルか! いいね、使わせてもらう」

 ミスリルと言えば……。
 切れば鋭利、叩けば堅固、その見た目は星の輝き。
 そう称えられるほどの武具を作り出せる伝説の金属だわ。
 黄金時代ゴールデン・エイジの英雄達がこぞって追い求めたと本に書いてあったもの。

 アトレイユ様が武器を持ち換えていると、今度はフラメール様が彼に話しかける。

「あのラグナレクとやらは、アラクネを現代の錬金術で無理やり蘇生改造したもののようじゃ。つまり、やつは体内に蓄えられた魔法エネルギーのみで動いておる」
「要するに、消耗させてエネルギー切れにすればいいのか」
「そうじゃ」
「なら、いつぞやの女王マザーよりは楽な相手だ」

 アトレイユ様は私を一瞥するや、ミスリルの剣を持って走りだした。
 そして、カーバンクルちゃん達の落ちた先へと飛び降りていく。

 それと同じくして、私達に向かって炎が走ってきた。
 その炎の発生源は――

「不意打ち御免!」

 ――スキルニルさんからだった。
 でも、その炎は私やザターナ様に届く前に、空中高くへと舞い上がって霧散してしまう。
 今、私達を守ってくれたのは下から吹き上げてきた突風。
 これは、風の魔法だわ。

「女性の顔に炎を向けるとは、なんと卑劣なやからだろう」
「……風の魔法ですか。それもかなりの魔法素質マージセンスをお持ちのようだ」
「貴様の相手、私が務める。文句は言わせん」

 アルウェン様が、周囲に風をまといながらスキルニルさんへと近づいていく。

「ケサキ・ヒヲ・キテガワ・デメツ――」
「ヨセ・ラドオ・ヲオノ・ホリヨロ――」

 同時に二人が魔法の詠唱を始めた。

「――ノソヨ・イレイセ・ノゼカ!!」
「――クブイ・ノソヨ・イレイセ・ノヒ!!」

 スキルニルさんの手から、炎がとぐろを巻いてアルウェン様へと迫る。
 炎は吹き荒ぶ風によって舞い上がり、アルウェン様に届くことなく火の粉を散らして消え去った。
 それどころか、その風は刃となってスキルニルさんの体まで切り裂いていく。
 軍服の破れた布が周囲に散る中、彼は背中から倒れ伏した。

「軍服の下に鎖帷子くさりかたびらとは用意がいいな」
「は、ははっ……。これほど精度の高い風魔法、初めてお目にかかりますよ」

 起き上がったスキルニルさんは顔を真っ青にしていた。
 それでも戦意は衰えていないよう。
 立ち上がって早々、ボロボロになったローブを脱ぎ捨て、新たに詠唱を始める。

「……ヘイムダル将軍。さっきからずっと隙をうかがっていますよね?」
「むっ」

 次いで、ハリー様が将軍へと向かって歩き始めた。

「彼女達には近づかせませんよ。僕が代わりにあなたの剣を受けて差し上げます」
「小僧、私に決闘を挑むとでも言うかっ!?」
「いいえ、これは制裁です。僕の大事な人を怖がらせたことへのね」
「生意気なっ」

 ハリー様も将軍も一息で間合いを詰めるや、剣を打ちつけ合った。
 鍔迫り合いが続くかと思えば、両者とも即座に剣を斬り返して、何度も空中で打ちつけ合っている。
 私には、二人の間で火花が散っているようにしか見えない。

「……やれやれ、どいつもこいつもはやりおって。で、わしの相手はおぬしということかの、ルークとやら?」
「軍神トール。この場を借りて、貴様に一対一の決闘を申し込む!」
「決闘か! これは大きく出よったわ」
「彼女の前で二度と遅れは取らん。我が奥義、魔法剣を受けてみよ!」

 ルーク様が剣を振りかぶると、その刀身にともっていた炎が一気に大きくなる。
 しかも、その炎は以前アラクネを斬った時よりも白く輝いて美しい。

「自らの剣に火魔法を付与エンチャントさせているのか。黄金時代ゴールデン・エイジの仲間達を思い出すわ!」

 トールくんが剣を構えて、ルーク様と向かい合う。

「この騒動が決着したら、きみの真の名を教えてくれ」
「えっ」
「その時こそ、今まできみに伝えられなかったことを伝えるよ」

 そう言い残して、ルーク様はトールくんへと斬りかかった。
 私はその背中をじっと見送るばかりで――

「ルーク様……」

 ――だけど、胸の中はなぜか熱くなっていた。

「これがあなたの親衛隊?」
「! ザターナ様、声が……」
「思いのほか早く戻ったみたい」

 ザターナ様の声が聞けたことで、私はホッとした。
 一方、彼女は私達の周りで戦う親衛隊を見渡している。

「みんな、あなたのために命を懸けてくれているのね」
「そ、それは……ちょっと違います。聖女様のためです」
「いいえ。彼らががんばるのは、あなたのためでしょ――」

 ザターナ様が私へと笑いかけてくる。
 その笑みは、とても嬉しそうで。
 でも、どこか寂しそうで。
 羨ましげでもあるようにも感じられた。

「――いい男達じゃない」
「……はい。とても素敵で、私にはもったいない殿方ばかりです」

 ……って、そう言えば!
 お一人だけ、私達のそばで腕組みしてるだけの人がいるんだけど。

「アスラン様」
「なんだ」
「みんな戦っておられるのですが、あなたは何を?」
「僕は護衛役だ。近づいてきたやつをポーションガンで吹っ飛ばす!」

 ……この方ったら相変わらずね。
 でも、そのブレなさがこう言う時には心強いわ。

「それより、そろそろ決着がつくな」

 アスラン様の言う通り――

 砦の外で、巨大な炎に空中へと巻き上げられたラグナレク。
 カーバンクルちゃんの背に乗ったアトレイユ様が、空中を落下するラグナレクの頭部へとミスリルの剣を深々と突き立てるのが見えた。

 魔法合戦を繰り広げるアルウェン様とスキルニルさん。
 吹き上がったつむじ風へと巻き込まれて、瓦礫へと叩きつけられたスキルニルさんは、起き上がることはなかった。

 ハリー様と将軍の戦いは、途中からハリー様が圧倒。
 剣をはじき落された将軍は、刀身の腹で顔面をはたかれて白目を剥いた。

 ――次々と決着がつき始める。
 それは、ルーク様とトールくんの決闘も例外ではない。

「さすがの軍神も、魔法剣で斬られては無事では済まないようだな」
「くっくっ……。大した男よ、ルーク。おまえの若さで、そこまで魔法剣を磨いた者は黄金時代ゴールデン・エイジにもおらんかったぞ」

 トールくんの受けた刃傷からは、勢いよく炎が吹いている。
 ルーク様の魔法剣で斬られると、傷口がいつまでも炎に焼かれ続けるのね。
 一方のルーク様も、全身傷だらけだわ。

 彼らにはお互い余力がない。
 ルーク様は当然として、トールくんにもこれ以上傷ついてほしくない。
 どうか、二人とも生きて戦いを終えられますように――

「女神様!」

 ――私は、女神エルメシア様へと心底祈った。

「決着をつけるとするかの」
「望むところ!」

 ルーク様とトールくんが、同時に床を蹴る。

「はあぁぁぁっ!」「とあぁぁぁっ!」

 何度、目を閉じたいと思ったことか。
 でも私には、彼らの意地を最後まで見届ける義務がある。
 だから目はつむらない。

「……っ」

 交差の瞬間。
 先に剣を振り抜いたのは、ルーク様だった。

「成長の止まったこの体を恨んだことはない――」

 トールくんは振り下ろし損ねた剣を取り落し。

「――しかし、あと一歩分距離リーチが足りんかったのは……悔しいのう」

 ルーク様の前に倒れた。
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