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〈追憶の黄金時代編〉
幕間Ⅴ~ヴァギンス男爵家のアルウェン~
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その日、ヴァギンス家の書斎では張り詰めた空気が流れていた。
「……息子が久々に帰ったのに、労いの言葉もなしですか」
「私に息子などいない」
「父さん。いつまでそんなことを言っているのです」
「今すぐ出ていけ。おまえはヴァギンス家の人間ではない」
「私はヴァギンス家のアルウェンです」
「アルウェンはもう死んだ。おまえはアルウェンではない」
「……酷い言いようだな」
アルウェンは深い溜め息をついた。
父親と顔を合わせるたび、彼は冷たい態度でもって自分を迎える。
いつものことだが、やはり辛い。
聖都の騒乱が落ち着き、久々の暇を与えられたアルウェンは、ヴァギンス男爵家に戻ってきていた。
父への挨拶のために書斎を訪れたアルウェンだったが、彼は息子に背を向けたまま、机にかじりつくように職務に勤しむだけだった。
「私は王国騎士団の金等級騎士になりました」
「だからなんだ」
「国境防衛戦では、バトラックスの軍神トールを追い払いました」
「それがどうした」
「つい先日のセントレイピア騒乱でも、聖女様と共に戦い、大いに貢献したと自負しています」
「それは結構なことだな」
「……私は、ヴァギンス家の長男として立派にやっているはずです」
「長男として? 寒気のする冗談を言うな」
「あなたはそうやって私を……見ようともしない!」
「見ておるよ――」
ヴァギンス男爵がアルウェンへと向き直る。
「――軽蔑の眼差しでな」
その言葉通り、父が息子を見る眼差しは酷く冷めたものだった。
アルウェンはその目と向き合うことができず、思わず顔を背けてしまう。
「……また来ます。父さんもご自愛ください」
書斎を出た後、廊下を歩いているとフェアリーがアルウェンの肩にとまった。
彼女は心配そうな顔で、アルウェンの頬を撫でる。
「心配してくれてありがとう、リリ」
リリとは、アルウェンがフェアリーに与えた名前だ。
オアシスでの一件以来、フェアリーはアルウェンに懐いてしまい、聖都までついてきてしまった。
放り出すわけにもいかず、結局アルウェンはフェアリーを保護することにして、共に暮らす家族として名を与えたのだった。
リリは、ヴァギンス男爵の態度にだいぶ立腹していた。
「父さんは悪くない。悪いのは私なんだ。だから、仕方がない」
アルウェンは玄関で執事に見送られながら、ヴァギンス家の屋敷を出た。
過去、家を出て門扉まで中庭を歩く時、アルウェンはいつも孤独に苛まれていた。
しかし、今はリリが傍にいてくれるので、深い孤独は感じない。
「アスラン様のお家は上手くやっていけそうだけど、私の家はダメそうだ」
ペベンシィ家の確執は、アルウェン自身がその目で見た。
そして、宮廷の遺構へと乗り込む前、ペベンシィ伯爵家を出る際にアスランと彼の父親が和解の一歩を踏み出していたことも察した。
伯爵が聖女を見送る際、私の息子を頼みます、と言ったことをアルウェンは忘れられそうにない。
「父が私をあんな風に思ってくれることはないだろう。でも、それも覚悟の上だった。だから……仕方がないんだ」
リリは悲し気な顔を見せるや、アルウェンの肩から飛び立つ。
アルウェンはリリの後を追うようにして門扉をくぐり、馬車へと乗り込んだ。
客車で身を休めるや、アルウェンはリリに語りかける。
「私の帰る場所はどこなんだろうな。ヴァギンス家に居場所はなく、かといって騎士団も居にくい。ザターナ嬢のもとだけが私の居場所だと思っていたのに――」
リリはじっとアルウェンの言葉を聞き入っている。
「――彼女はどうやら、彼女じゃない」
窓の外の街並みを眺めながら、アルウェンは独り言ちる。
「きみは一体、誰なんだ?」
「……息子が久々に帰ったのに、労いの言葉もなしですか」
「私に息子などいない」
「父さん。いつまでそんなことを言っているのです」
「今すぐ出ていけ。おまえはヴァギンス家の人間ではない」
「私はヴァギンス家のアルウェンです」
「アルウェンはもう死んだ。おまえはアルウェンではない」
「……酷い言いようだな」
アルウェンは深い溜め息をついた。
父親と顔を合わせるたび、彼は冷たい態度でもって自分を迎える。
いつものことだが、やはり辛い。
聖都の騒乱が落ち着き、久々の暇を与えられたアルウェンは、ヴァギンス男爵家に戻ってきていた。
父への挨拶のために書斎を訪れたアルウェンだったが、彼は息子に背を向けたまま、机にかじりつくように職務に勤しむだけだった。
「私は王国騎士団の金等級騎士になりました」
「だからなんだ」
「国境防衛戦では、バトラックスの軍神トールを追い払いました」
「それがどうした」
「つい先日のセントレイピア騒乱でも、聖女様と共に戦い、大いに貢献したと自負しています」
「それは結構なことだな」
「……私は、ヴァギンス家の長男として立派にやっているはずです」
「長男として? 寒気のする冗談を言うな」
「あなたはそうやって私を……見ようともしない!」
「見ておるよ――」
ヴァギンス男爵がアルウェンへと向き直る。
「――軽蔑の眼差しでな」
その言葉通り、父が息子を見る眼差しは酷く冷めたものだった。
アルウェンはその目と向き合うことができず、思わず顔を背けてしまう。
「……また来ます。父さんもご自愛ください」
書斎を出た後、廊下を歩いているとフェアリーがアルウェンの肩にとまった。
彼女は心配そうな顔で、アルウェンの頬を撫でる。
「心配してくれてありがとう、リリ」
リリとは、アルウェンがフェアリーに与えた名前だ。
オアシスでの一件以来、フェアリーはアルウェンに懐いてしまい、聖都までついてきてしまった。
放り出すわけにもいかず、結局アルウェンはフェアリーを保護することにして、共に暮らす家族として名を与えたのだった。
リリは、ヴァギンス男爵の態度にだいぶ立腹していた。
「父さんは悪くない。悪いのは私なんだ。だから、仕方がない」
アルウェンは玄関で執事に見送られながら、ヴァギンス家の屋敷を出た。
過去、家を出て門扉まで中庭を歩く時、アルウェンはいつも孤独に苛まれていた。
しかし、今はリリが傍にいてくれるので、深い孤独は感じない。
「アスラン様のお家は上手くやっていけそうだけど、私の家はダメそうだ」
ペベンシィ家の確執は、アルウェン自身がその目で見た。
そして、宮廷の遺構へと乗り込む前、ペベンシィ伯爵家を出る際にアスランと彼の父親が和解の一歩を踏み出していたことも察した。
伯爵が聖女を見送る際、私の息子を頼みます、と言ったことをアルウェンは忘れられそうにない。
「父が私をあんな風に思ってくれることはないだろう。でも、それも覚悟の上だった。だから……仕方がないんだ」
リリは悲し気な顔を見せるや、アルウェンの肩から飛び立つ。
アルウェンはリリの後を追うようにして門扉をくぐり、馬車へと乗り込んだ。
客車で身を休めるや、アルウェンはリリに語りかける。
「私の帰る場所はどこなんだろうな。ヴァギンス家に居場所はなく、かといって騎士団も居にくい。ザターナ嬢のもとだけが私の居場所だと思っていたのに――」
リリはじっとアルウェンの言葉を聞き入っている。
「――彼女はどうやら、彼女じゃない」
窓の外の街並みを眺めながら、アルウェンは独り言ちる。
「きみは一体、誰なんだ?」
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