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〈オアシス騒乱編〉
25. 聖女の戦い
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夜も更けてきた。
喧騒が収まらなかったオアシスも、いよいよ静寂に包まれ始める。
私とハリー様は、見世物小屋のテント近くにある無人テントで息を潜めていた。
時折、貴族を連れたローブ男性がテントから出ていく。
監視の上で停留所に送り届けているのね……。
「すでに三組も出て行っていますわ。早急に手を打たないと」
「リーダーの名前は、ヘルモーズ……でしたっけ」
「はい」
「名前から察するにバトラックスの人間ですね。おそらく元軍人でしょう」
「とても強そうでした」
「大丈夫。僕は負けませんから」
ハリー様が笑顔で私に笑いかける。
自信に満ちた殿方って、とても頼もしいわ。
「バトラックスの軍人は、魔法を敬遠する傾向があります。おそらく剣での勝負になるでしょう。であれば、僕が有利です」
私達が取り決めた作戦は次のようなもの。
まず、私が単身でテントへ戻って説得を試みる。
もちろん彼らが受け入れるはずないので、私に注意をうながすのが目的。
頃合いを見計らって、ハリー様がテント内へ突入。
アルウェン様の拘束を解き、お二人に敵を制圧していただく。
連中と人質の分断は、アルウェン様の魔法があれば可能とのこと。
作戦の成否は、私がいかに敵の注意を引けるかにかかっている。
「ザターナ嬢。決行の前にこれを」
ハリー様は懐から何かを取り出して、私に差し出した。
「これ、通魔石じゃありませんか!」
「それを懐に忍ばせておいてください。外からテント内の音を拾えれば効率がいい」
「これで聖都の誰かに連絡は取れないのですか?」
「無理です。通魔石の通信範囲は、せいぜい2~3km程度ですから」
「そうですか。やはり私達がやり遂げなければなりませんね」
「はい」
私がテントを出ようとすると、ハリー様が声をかけてくる。
「ザターナ嬢。もしあなたの身に危険が生じた場合は――」
「私の安全を優先する必要はありません。人質の皆さんを助け出すことが最優先であること、忘れないでください」
「……わかりました。僕も覚悟を決めます」
「そのために知恵を絞ったじゃありませんか。きっと完璧、たぶん大丈夫です!」
「ですね!」
私はカーバンクルちゃんをハリー様に預けて、見世物小屋のテントへと向かった。
すぐに見張りの人達に見つかって、テントの中へと連れ込まれる。
……ここからが、私の戦いだ。
◇
テント内は客席が撤去されていて、ずいぶん広くなっていた。
人質の皆さんは、後ろ手に縛られて座らされている。
アルウェン様は……声を出せないように猿轡までされているわ。
「まさか自分から戻ってくるなんてね」
最初に話しかけてきたのは、オードリー様だった。
彼らのリーダーである口髭の人――ヘルモーズは舞台の上。
部下のローブ連中は、人質に目を光らせている。
「思い直して、説得に戻りました」
「説得?」
「あなた達のやり方は間違っています。すぐにオアシスの近衛師団に投降し、ラディアト忌光石を隠している場所を公開してください」
「あたし達はもう後には引けないの」
「このままでは、何千人……いいえ。何万人も死ぬかもしれません」
「必要な犠牲よ」
「歴史上、類を見ない大罪人になるのですよ!?」
「承知の上だわ」
「あなたのファンが悲しみます。オードリー様!」
「あたしの女優人生なんて、秩序ある正しい世界のためなら喜んで捨てるわよ」
……なんてことを言うの。
「あなたにとって、舞台のお仕事はそんな程度のものだったのですか」
「何も知らない小娘が! 知ったような口を聞くんじゃないよっ」
突然オードリー様が激昂したので、びっくりしてしまった。
今の、気に障る発言だったのかしら。
でも、舞台上のヘルモーズも含めて、一気に私へと注目が集まったわ。
こうなったら、オードリー様に徹底的に絡んでやる!
「舞台では、あなたは希望に満ちた歌をうたい、人物を演じると聞きました。それなのに、こんな破滅的な計画に与するなんて!」
「ガッカリしたって言いたいの?」
「憧れの人が道を踏み外すのを見て、悲しくないファンがどこにいますか!」
「……ファン、ね。あんた、実際にあたしの舞台を観たことある?」
「えっ。……あ、ありません」
オードリー様は深く溜め息をついた。
舞台を観ていないのに、ファンだと名乗ったことに呆れられた?
でも、あなたの舞台を観るためにオアシスまで足を運んだのは事実なのよ!
「そうなんだよ。あたしの舞台は金持ちしか見られない。あたしの名が売れてからは、小さい劇場に立つことができなくなったんだ」
「それって良いことでは?」
「ちっとも良かないよ! あたしの舞台は金持ち連中だけのものじゃない。セントレイピアのすべての人達に観てほしいのに、貴族どもがあたしをステータスのひとつにしちまったんだ!!」
「ステータス?」
「あつらえられた綺麗な服。豪華絢爛な箱馬車。見上げるほどの豪邸。彫像、絵画、何十人もの使用人。それらはすべて、貴族どもが自分の社会的地位を誇示するためのもの。その中に、ある日の時間潰しとして、女優オードリー・ブラッドレーの舞台が加えられたんだ。あたしが命を懸けて創り上げる舞台が、貴族どもの休日のためだけに消耗される代物に成り下がったんだよ!?」
……すごい。
彼女の声から、身振りから、圧巻の熱量が私へと伝わってくる。
これが舞台女優……!
それだけに、わからない。
今しゃべっているのは、オードリー様本人なのか、それとも舞台の人物を演じているのか。
「あたしは貴族が仕切る社会じゃ籠の中の鳥なんだよ。どんな退屈な脚本だって、あたしが舞台に出れば満席さ。でも客席に並んでる連中は、本当の意味であたしの舞台を観たいなんて思っちゃいないんだ。それが、無性に腹が立つ! 許せない!!」
「個人的な苛立ち……思い込み。それが積もり積もって爆発した結果、あなたは今ここにいると言うことですか」
「否定はしないよ。貴族中心主義をぶっ壊したいって信念の原動力は、そこから来ているわけだからね」
「……恵まれた人の言い分だわ」
「なんだって?」
「あなたが、もし本当に自分の舞台をセントレイピアのすべての人達に観てほしいと思っているのなら、いくらでも方法はあるはず! あなた自身、貴族に庇護されているご自身の立場に甘んじているのでしょう!!」
「言ってくれるね……っ。小娘がっ!」
オードリー様が引きつった笑みを浮かべた。
私も熱が入って、彼女を本気で怒らせちゃったみたい……。
「少し落ち着かないか、二人とも――」
舞台の上から、ヘルモーズが話に割り込んできた。
「――オードリーも強い信念を持った上で、我々に協力しているのです。それはわかってやってくれまいか、お嬢さん」
これは願ってもないチャンスだわ。
ヘルモーズが私に注意を払ってくれたら、ハリー様が一層有利になる!
「ヘルモーズさん、でしたわね。お名前から察するにバトラックスの方なのでしょう。バトラックスは、セントレイピアとシルドライトとは険悪な関係のはず。両国の国境沿いにあるオアシスであなたが決起したこと、何か意味があるのではなくて?」
「自分がバトラックスのためにこんな真似をしているとお思いか……」
「違うのですか?」
「そんなことは有り得ないと断言する! あくまでこの計画は、自分が見てきた世界の誤りを正すための行為。それ以上でも、それ以下でもない!!」
「口ではなんとでも言えますわ」
……なんだか、私に対する新世界秩序の人達の視線がきつくなってきた気がする。
どうやらヘルモーズ、本気でその考えみたい。
でなければ、彼の仲間達がここまで敵意を込めて私を睨むわけがないもの。
「ヘルモーズ様、お待ちを。この子、少々おかしいわ」
……?
おかしいって、何のこと?
「どういうことだ、オードリー」
「この子、さっきから……。いいえ、初めて会った時から感じてたんだけど」
オードリー様が私に近づいてきて、指先で顎をすくい上げた。
「わ、私の何がおかしいのです……?」
「あんた……演じているわね?」
「!?」
「舞台女優として命を懸けてきたからかしらね。相手が素かどうか、なんとなくわかるのよ」
……!!
それってつまり、私が聖女を演じているのを看破したということ……!?
「演じるとか、素とか、よくわかりませんけどっ」
「あからさまに動揺してるくせに、よく言うよ。ヘルモーズ様、気をつけて。この子、手ぶらでここに戻ってきたわけじゃなさそうだわ」
「……!」
私が聖女を演じていることに気づいたというより、裏があると察したんだわ。
せっかく注目を一身に集められたのに、このままじゃいけない!
「誰かテントの外を調べてこい」
恐れていたことが……!
ヘルモーズが、仲間に外の確認を指示してしまったわ。
通魔石で状況は把握しているはずだから、ハリー様が見つかることはないはず。
でも、ヘルモーズの警戒心が強まって、不意打ちによる有利が得られなくなってしまった。
どうしよう。どうすれば……!
不意に、アルウェン様に目を泳がせた時――
「!!」
――私は、彼の背中の影で小さな羽がパタパタしているのを見た。
あの羽はフェアリーちゃんだわ!
よくよく見れば、アルウェン様はあの子を監視から見えないようにしている。
きっと手首に結ばれた縄を解いている最中なんだ……!
アルウェン様が動けるようになれば、外に注意が向いている今が逆にチャンス。
絶対に彼の動きを悟られてはならない!
なら、私も覚悟を決めるわ!
「私は、セントレイピアはトバルカイン子爵家の娘ザターナ! 聖女です!!」
聖女であることを明かして、意地でも注目を維持する!!
「聖女だって!? あんたが……?」
「たしかに、今の聖女はザターナという名前だったと聞いた覚えがあるな。だが……」
ヘルモーズが舞台から降りてきた。
あらためて間近で見ると、なんて大きいのかしらこの人……!
顎をめいっぱい上げて、ようやく顔が見えるくらいだわ。
「あなたが本物の聖女だと証明する方法はありますか?」
「……市長さんから、準特命大使のブローチをいただいています」
「そんなもの聖女でなくとも、ツテがあればどうとでもなるでしょう」
そ、その通り……!
証明する方法なんてあるわけが……。
「ヘルモーズ様。この子が本物かどうかなんて簡単に証明できるわよ」
「そうなのか?」
「聖女の奇跡を使わせてみればいいの」
「なるほど。たしかにその通りだ」
うっ……嘘……!
聖女の奇跡を使えって……そんなこと言われたら……。
「聖女には、女神の言葉を伝える〈聖声《せいせい》〉の他にも、言葉で相手を従わせる〈聖圧〉という奇跡が使えたはず」
そう。その通り。
一般には知られていない奇跡だけど、聖女の本に書いてあったわ。
そしてこの状態は、すでに私が何者なのか答えが出てしまっているようなもの……!
「ならば、それを使ってもらえばいいわけか」
「いいえ。その必要はないわ」
「なぜだ?」
「だって、そんな力が使えるならとっくに――」
その時だった。
私がオードリー様とヘルモーズを見る視界の隅で、アルウェン様が拘束を解き放って立ち上がったのは。
「メタルモ・マヲミ・キノシト・イガワ・テタ・ヨゼカ!!」
テントの中に、激しい風が渦巻いた。
喧騒が収まらなかったオアシスも、いよいよ静寂に包まれ始める。
私とハリー様は、見世物小屋のテント近くにある無人テントで息を潜めていた。
時折、貴族を連れたローブ男性がテントから出ていく。
監視の上で停留所に送り届けているのね……。
「すでに三組も出て行っていますわ。早急に手を打たないと」
「リーダーの名前は、ヘルモーズ……でしたっけ」
「はい」
「名前から察するにバトラックスの人間ですね。おそらく元軍人でしょう」
「とても強そうでした」
「大丈夫。僕は負けませんから」
ハリー様が笑顔で私に笑いかける。
自信に満ちた殿方って、とても頼もしいわ。
「バトラックスの軍人は、魔法を敬遠する傾向があります。おそらく剣での勝負になるでしょう。であれば、僕が有利です」
私達が取り決めた作戦は次のようなもの。
まず、私が単身でテントへ戻って説得を試みる。
もちろん彼らが受け入れるはずないので、私に注意をうながすのが目的。
頃合いを見計らって、ハリー様がテント内へ突入。
アルウェン様の拘束を解き、お二人に敵を制圧していただく。
連中と人質の分断は、アルウェン様の魔法があれば可能とのこと。
作戦の成否は、私がいかに敵の注意を引けるかにかかっている。
「ザターナ嬢。決行の前にこれを」
ハリー様は懐から何かを取り出して、私に差し出した。
「これ、通魔石じゃありませんか!」
「それを懐に忍ばせておいてください。外からテント内の音を拾えれば効率がいい」
「これで聖都の誰かに連絡は取れないのですか?」
「無理です。通魔石の通信範囲は、せいぜい2~3km程度ですから」
「そうですか。やはり私達がやり遂げなければなりませんね」
「はい」
私がテントを出ようとすると、ハリー様が声をかけてくる。
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「私の安全を優先する必要はありません。人質の皆さんを助け出すことが最優先であること、忘れないでください」
「……わかりました。僕も覚悟を決めます」
「そのために知恵を絞ったじゃありませんか。きっと完璧、たぶん大丈夫です!」
「ですね!」
私はカーバンクルちゃんをハリー様に預けて、見世物小屋のテントへと向かった。
すぐに見張りの人達に見つかって、テントの中へと連れ込まれる。
……ここからが、私の戦いだ。
◇
テント内は客席が撤去されていて、ずいぶん広くなっていた。
人質の皆さんは、後ろ手に縛られて座らされている。
アルウェン様は……声を出せないように猿轡までされているわ。
「まさか自分から戻ってくるなんてね」
最初に話しかけてきたのは、オードリー様だった。
彼らのリーダーである口髭の人――ヘルモーズは舞台の上。
部下のローブ連中は、人質に目を光らせている。
「思い直して、説得に戻りました」
「説得?」
「あなた達のやり方は間違っています。すぐにオアシスの近衛師団に投降し、ラディアト忌光石を隠している場所を公開してください」
「あたし達はもう後には引けないの」
「このままでは、何千人……いいえ。何万人も死ぬかもしれません」
「必要な犠牲よ」
「歴史上、類を見ない大罪人になるのですよ!?」
「承知の上だわ」
「あなたのファンが悲しみます。オードリー様!」
「あたしの女優人生なんて、秩序ある正しい世界のためなら喜んで捨てるわよ」
……なんてことを言うの。
「あなたにとって、舞台のお仕事はそんな程度のものだったのですか」
「何も知らない小娘が! 知ったような口を聞くんじゃないよっ」
突然オードリー様が激昂したので、びっくりしてしまった。
今の、気に障る発言だったのかしら。
でも、舞台上のヘルモーズも含めて、一気に私へと注目が集まったわ。
こうなったら、オードリー様に徹底的に絡んでやる!
「舞台では、あなたは希望に満ちた歌をうたい、人物を演じると聞きました。それなのに、こんな破滅的な計画に与するなんて!」
「ガッカリしたって言いたいの?」
「憧れの人が道を踏み外すのを見て、悲しくないファンがどこにいますか!」
「……ファン、ね。あんた、実際にあたしの舞台を観たことある?」
「えっ。……あ、ありません」
オードリー様は深く溜め息をついた。
舞台を観ていないのに、ファンだと名乗ったことに呆れられた?
でも、あなたの舞台を観るためにオアシスまで足を運んだのは事実なのよ!
「そうなんだよ。あたしの舞台は金持ちしか見られない。あたしの名が売れてからは、小さい劇場に立つことができなくなったんだ」
「それって良いことでは?」
「ちっとも良かないよ! あたしの舞台は金持ち連中だけのものじゃない。セントレイピアのすべての人達に観てほしいのに、貴族どもがあたしをステータスのひとつにしちまったんだ!!」
「ステータス?」
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……すごい。
彼女の声から、身振りから、圧巻の熱量が私へと伝わってくる。
これが舞台女優……!
それだけに、わからない。
今しゃべっているのは、オードリー様本人なのか、それとも舞台の人物を演じているのか。
「あたしは貴族が仕切る社会じゃ籠の中の鳥なんだよ。どんな退屈な脚本だって、あたしが舞台に出れば満席さ。でも客席に並んでる連中は、本当の意味であたしの舞台を観たいなんて思っちゃいないんだ。それが、無性に腹が立つ! 許せない!!」
「個人的な苛立ち……思い込み。それが積もり積もって爆発した結果、あなたは今ここにいると言うことですか」
「否定はしないよ。貴族中心主義をぶっ壊したいって信念の原動力は、そこから来ているわけだからね」
「……恵まれた人の言い分だわ」
「なんだって?」
「あなたが、もし本当に自分の舞台をセントレイピアのすべての人達に観てほしいと思っているのなら、いくらでも方法はあるはず! あなた自身、貴族に庇護されているご自身の立場に甘んじているのでしょう!!」
「言ってくれるね……っ。小娘がっ!」
オードリー様が引きつった笑みを浮かべた。
私も熱が入って、彼女を本気で怒らせちゃったみたい……。
「少し落ち着かないか、二人とも――」
舞台の上から、ヘルモーズが話に割り込んできた。
「――オードリーも強い信念を持った上で、我々に協力しているのです。それはわかってやってくれまいか、お嬢さん」
これは願ってもないチャンスだわ。
ヘルモーズが私に注意を払ってくれたら、ハリー様が一層有利になる!
「ヘルモーズさん、でしたわね。お名前から察するにバトラックスの方なのでしょう。バトラックスは、セントレイピアとシルドライトとは険悪な関係のはず。両国の国境沿いにあるオアシスであなたが決起したこと、何か意味があるのではなくて?」
「自分がバトラックスのためにこんな真似をしているとお思いか……」
「違うのですか?」
「そんなことは有り得ないと断言する! あくまでこの計画は、自分が見てきた世界の誤りを正すための行為。それ以上でも、それ以下でもない!!」
「口ではなんとでも言えますわ」
……なんだか、私に対する新世界秩序の人達の視線がきつくなってきた気がする。
どうやらヘルモーズ、本気でその考えみたい。
でなければ、彼の仲間達がここまで敵意を込めて私を睨むわけがないもの。
「ヘルモーズ様、お待ちを。この子、少々おかしいわ」
……?
おかしいって、何のこと?
「どういうことだ、オードリー」
「この子、さっきから……。いいえ、初めて会った時から感じてたんだけど」
オードリー様が私に近づいてきて、指先で顎をすくい上げた。
「わ、私の何がおかしいのです……?」
「あんた……演じているわね?」
「!?」
「舞台女優として命を懸けてきたからかしらね。相手が素かどうか、なんとなくわかるのよ」
……!!
それってつまり、私が聖女を演じているのを看破したということ……!?
「演じるとか、素とか、よくわかりませんけどっ」
「あからさまに動揺してるくせに、よく言うよ。ヘルモーズ様、気をつけて。この子、手ぶらでここに戻ってきたわけじゃなさそうだわ」
「……!」
私が聖女を演じていることに気づいたというより、裏があると察したんだわ。
せっかく注目を一身に集められたのに、このままじゃいけない!
「誰かテントの外を調べてこい」
恐れていたことが……!
ヘルモーズが、仲間に外の確認を指示してしまったわ。
通魔石で状況は把握しているはずだから、ハリー様が見つかることはないはず。
でも、ヘルモーズの警戒心が強まって、不意打ちによる有利が得られなくなってしまった。
どうしよう。どうすれば……!
不意に、アルウェン様に目を泳がせた時――
「!!」
――私は、彼の背中の影で小さな羽がパタパタしているのを見た。
あの羽はフェアリーちゃんだわ!
よくよく見れば、アルウェン様はあの子を監視から見えないようにしている。
きっと手首に結ばれた縄を解いている最中なんだ……!
アルウェン様が動けるようになれば、外に注意が向いている今が逆にチャンス。
絶対に彼の動きを悟られてはならない!
なら、私も覚悟を決めるわ!
「私は、セントレイピアはトバルカイン子爵家の娘ザターナ! 聖女です!!」
聖女であることを明かして、意地でも注目を維持する!!
「聖女だって!? あんたが……?」
「たしかに、今の聖女はザターナという名前だったと聞いた覚えがあるな。だが……」
ヘルモーズが舞台から降りてきた。
あらためて間近で見ると、なんて大きいのかしらこの人……!
顎をめいっぱい上げて、ようやく顔が見えるくらいだわ。
「あなたが本物の聖女だと証明する方法はありますか?」
「……市長さんから、準特命大使のブローチをいただいています」
「そんなもの聖女でなくとも、ツテがあればどうとでもなるでしょう」
そ、その通り……!
証明する方法なんてあるわけが……。
「ヘルモーズ様。この子が本物かどうかなんて簡単に証明できるわよ」
「そうなのか?」
「聖女の奇跡を使わせてみればいいの」
「なるほど。たしかにその通りだ」
うっ……嘘……!
聖女の奇跡を使えって……そんなこと言われたら……。
「聖女には、女神の言葉を伝える〈聖声《せいせい》〉の他にも、言葉で相手を従わせる〈聖圧〉という奇跡が使えたはず」
そう。その通り。
一般には知られていない奇跡だけど、聖女の本に書いてあったわ。
そしてこの状態は、すでに私が何者なのか答えが出てしまっているようなもの……!
「ならば、それを使ってもらえばいいわけか」
「いいえ。その必要はないわ」
「なぜだ?」
「だって、そんな力が使えるならとっくに――」
その時だった。
私がオードリー様とヘルモーズを見る視界の隅で、アルウェン様が拘束を解き放って立ち上がったのは。
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書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
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