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〈オアシス騒乱編〉
22. ニュー・ワールド・オーダー
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「外の警備兵はどうした! なぜ賊の侵入を許す!?」
舞台の上で、オーナーさんが声を荒げる。
でも、ローブの男性に刃物を突きつけられるや、すぐに口を閉じてしまった。
「オードリー様。私、状況が理解できないのですが」
「あら。ずいぶん冷静ね」
「冷静じゃありません。けっこう混乱してます」
「あらそう? いたずらに人を傷つけるつもりはないから安心しなさい」
オードリー様はそう言うけど、行動と言葉が一致していないわ。
「あなた方は何が目的なんです……!?」
「それは、彼の話を聞いてくれればわかるわ」
彼……?
言ったそばから、オードリー様が入り口へと顔を向ける。
ちょうどテントの外から、背の高い殿方が入ってくるところだった。
「ムスタファ氏を始め、この場の皆様には無作法をお許し願いたい――」
身長2m近くはあろうかという体格に、口髭を蓄えた精悍な顔つき。
腰には長剣を帯びていて、同じローブ姿でも他の人達よりずっと強そう。
「――自分はヘルモーズと申します。新世界秩序の長を務めている者です」
「何のつもりだ! まさか私の興行を潰しに来たのか!?」
「そうではありません。しかし、結果的にそうなってしまうことは否定できない」
「な、なんだとぉ~!?」
この人が、オードリー様やローブの人達のリーダー?
賊にしては、ずいぶん礼儀正しい人のように見受けられるけど……。
口髭の人が指先をパチンと慣らすと、杖を構えた男性が小声でブツブツとしゃべり始めた。
「エマ・タリサ・レツヘトモ・ノジンナヲ・キシイノノ・モノカ――」
これ、魔法の詠唱だわ!
「――ヨィレィ・セノメユ・ルレムワ・タリムネ!!」
杖から青白い光が放たれたかと思うと、それに照らされたオーナーさんがバタリと倒れてしまった。
「騒がしいので、外の警備と同じくお眠りいただいた。抵抗さえしなければ、誰も傷つくことはありません。……抵抗さえしなければ、ね」
口髭の人が、ギロリと私を睨みつけた。
……いいえ、違う。
彼の視線は私の後ろ――アルウェン様へと向けられたものだわ。
振り返ると、彼が腰の剣に手をかけているところだった。
「アルウェン様、ダメですっ」
「し、しかし……!」
「対話ができる相手ならば、言葉でもって戦うべきです!」
「……わかりました」
アルウェン様は剣の柄から手を離した。
その直後、周りのローブ男性に剣を取り上げられ、両膝をつかされて拘束されてしまった。
……ごめんなさい。
「いい子だね。あんたみたいなクールな女が、将来大成するんだよ」
耳元で、オードリー様が私を誉めそやす言葉をかけてくる。
憧れの女性からの賛辞も、この状況では嬉しくない。
「……何のために押し入ってきたのか、理由をお聞かせいただけますか?」
「もとよりそのつもりですよ。お嬢さん」
口髭の人は、客席の人達から武器類を取り上げた後、舞台へと登った。
「我々、新世界秩序は、今の時代に腐敗を招く貴族中心社会を、根底から崩壊させるために活動しています」
その発言に、テント内がざわついた。
貴族中心社会を崩壊させる?
ずいぶんと大それたことをお考えなのね……。
「この場にはセントレイピアやシルドライトを始めとした、各国の貴族階級の方々がいらっしゃるでしょう。そんな方々にこそ聞いてほしい!
人間の脅威となるモンスターの多くが駆逐されて数百年。
……悲しいかな。
新時代を迎えた人間の新たな敵は、同じ人間でした。
黄金時代を経て、人間同士の争いは凄惨を極めました。
ようやく国々が今の形に落ち着いた頃、過去の戦争で既得権益を手に入れた者達が貴族と称して、世の中の価値を選抜し始めたのです!
外面こそ豪華絢爛に飾り立てる都!
その影で、持たぬ者達がその日暮らしを強いられる日々!
ひとたび貧民街に赴けば、無秩序が人々を支配している。
明日のために男は人を殺し、女は体を売る!
さらには、子供が盗みを働いて食い扶持を稼ぐ始末!
こんな世界が在り続けて良いのだろうか!?
……断じて、そんなことは許されないっ!!
新世界秩序は、狂ってしまったこの世界を、秩序ある正しい世界へと回帰させるため、今の時代に立ち上がったのです!」
口髭の人の演説が終わるや、ローブ男性達が一斉に拍手を送る。
囚われの身となっている私達は、口を閉じたままその光景を見届けるしかない。
でも、ただ一人、毅然と抗議した殿方がいた――
「それは理想論だ。理想だけでは、世界を変えることなんてできやしない!」
――アルウェン様だわ。
「もちろん、理想を叶えるための準備もある」
「暴力での解決は、過去の過ちを繰り返すだけだ!」
「勘違いしているな。そちらのお嬢さんも先ほどおっしゃったように、我々は暴力ではなく対話を求めている」
「貴族が話し合いの場に降りてくると思っているのか!?」
「世界の為政者達を、対話の場に引きずり出すための計画はすでにある」
「馬鹿な。そんなことできるわけが……」
アルウェン様が呆れた顔を見せた。
たしかに、口髭の人の言うことは理想論だと思う。
貴族社会の崩壊なんて大言としか思えないけど、どんな計画があるのかしら?
「……その計画、どんなものか気になります」
我慢できずに、口髭の人に訊ねてしまった。
気になるとつい知りたくなってしまう、私の悪い癖……。
「マゴニア大陸に築かれた通商路を断絶させる。それにより、各地の人流と交易をいったん停滞させるのです」
通商路の断絶?
各地の人流と交易の停滞?
聞いておいてなんだけど、私にはチンプンカンプンだわ。
「馬鹿な。そんなことは物理的に不可能だっ」
アルウェン様が話に割り込んできた。
「なぜそう言い切れる?」
「通商路の広さをわかっていない。すべての街道で町から町への封鎖を行うなど、それこそ圧倒的な武力でもなければ不可能だ!
「それが可能なのだよ。我々は、その力を手に入れた」
口髭の人が再び指先を鳴らすと、ローブ男性の一人が舞台に上がっていって、彼に小箱を手渡した。
その箱が開かれると、緑色の鈍い光を放つ鉱石が露に。
「それは……まさか、ラディアト忌光石!?」
「まさしく」
「なぜ、そんな物が!」
「我々はすでに、大量の忌光石を通商路の要所に隠してある。街道を往く馬車の利用者には、すでにその効果が表れている者もいるだろう。もしかしたら、このテントの中にも……」
客席から悲鳴に近いざわめきが起こった。
アルウェン様も石を目にして以降、ひどく動揺している。
「アルウェン様。あの石をご存じなのですか? 一体、彼らは何をしようとしているのです?」
「……ラディアト忌光石は、生物をじわじわと衰弱させていく猛毒を放つ石です。発症したが最期、回復不可能で残酷な死を待つばかりとなるため、悪魔の呪いと呼ばれています」
「悪魔の呪い……」
「しかも石の毒は、人から人へと伝染します。シルドライトで初めて発掘された時、広範囲で何千人もの人間が死に至った記録が残っています」
「そ、そんな石がこの世に存在するなんて……」
「彼らはその石を、通商路――すなわち、このマゴニア大陸で網の目のように広がっている街道へとばら撒いたと言っているのです。それが事実なら、これ以上ない大量殺戮の予告だ……っ」
つまり、街道に猛毒を仕掛けて、物理的に移動を遮断しようというわけ?
そんな無茶苦茶な計画、実現できるものなの!?
「さ、さすがに大言が過ぎますわ。そもそも、その石が通商路各地に隠されたという証拠だってありません」
「本物は、今ここにある石だけだと?」
「そう考えるのが自然ではなくて? マゴニア大陸って広いですわよ」
「この時間を選んだのは、まさにそれを証明するためでもあるのです。そろそろですよ、お嬢さん」
「え?」
ちょうどその時、客席で倒れる人が現れた。
それはまだ年若い殿方で、地面にうずくまって苦しそうにうめいている。
顔面蒼白で全身を震わせているなんて……明らかに普通じゃないわ。
「シルドライト出身者なら、もうおわかりでしょう。その男の症状が忌光石の毒によるものだと言うことが」
口髭の人の言葉を契機に、テント内が一気に沸き立った。
「たしかに俺、昼過ぎから体調が優れないんだよ!」
「今朝、停留所の厩舎で倒れている馬を見たぞ!」
「待ってくれ。それじゃあ妻が倒れたのもその石のせいなのか!?」
「あなた、青白い顔をしてるわよ!?」
……いけない。
もう収集がつかなくなってきているわ。
「どうやら……嘘ではないようですね」
「貴族社会を破壊するのです。準備は十全に整えていますよ」
「あなた達は無差別に大陸中の人々を殺そうとしているのですよ! 貴族社会の崩壊どころか、世界が滅びてしまいかねない!!」
「それは誤解ですよ、お嬢さん。滅ぼすのは世界ではない。悪しき秩序と旧体制なのです――」
開いていた箱を閉じ、口髭の人が続ける。
「――とは言え、計画はこの場にいる貴族階級の協力があってこそ完成する」
「どういうこと?」
「今しがた自分が話した事実を、国に戻って為政者へと伝えてほしいのです。国のトップが無能でない限り、彼らは自ら進んで通商路を断つでしょう。そうなれば石の犠牲者も抑えられ、彼らを対話の場まで引きずり出す交渉が可能になる。石の隠し場所は、自分しか知らないのですから」
「通商路が断たれてしまったら、小さな町や村落はどうなります!? 交易に頼っている場所では、飢え死ぬ民が出てきますよ!!」
「大事を成すため、止むを得ない犠牲です」
「ふざけているっ!!!!」
何を身勝手なっ!
この男は、正しい世界への回帰だとか耳触りの良い謳い文句を使っているけど、妄言を吐くだけの異常者だわ!
どんな理想を掲げようとも、大量殺戮の道を選ぶなんて正気じゃない!!
「貴族階級の方々には、順々に停留所の馬車へと向かっていただく。ただし、あくまで口を開くのはご自宅に戻ってから。テントの外の人間に、ここで聞いた話を伝えられては困りますので」
「私達を開放してくれるのですか?」
「ええ。ただし、連れ合いの方を人質に預からせてもらいます。それと、人道主義が行き過ぎている方にも残ってもらいましょうか。お嬢さん?」
私のことはテントから出さないつもりね。
……正解だわ。
私がテントの外に出たら、まっさきに市長さんのもとへ駆け込むもの。
「オードリー。お嬢さんに手縄を」
「了解。少しの間だけ辛抱しておくれよ、お嬢ちゃん。これも世界のためなのさ」
「あなた達は間違っています! 犠牲の上に成り立つ平和など仮初めのもの。仮に計画が成功しても、未来に大きな禍根を残しますよ!?」
「あらまぁ。この子ったら、聖女様みたいなこと言うのね」
そう言われて、私はドキリとした。
もし、ここで私が聖女であることを告白したら、説得に応じてくれる?
……いいえ、それはないわね。
当代聖女の名前をいいように利用される可能性が高いわ。
「ザターナ嬢。お逃げを」
「え?」
アルウェン様が、小声で私に話しかけてきた。
「この連中の話、何かがおかしい」
「ちょっと優男さん。この状況で女に無理を強いるのは、紳士としてどうなの?」
オードリー様が、私とアルウェン様の間に割って入ってきた。
その時、アルウェン様が――
「ロレア・キフ・テツナトバ・イヤ・ヨゼカ!!」
――唐突に魔法の詠唱を始めたものだから、驚いた。
「なぁっ!?」
彼の周りに発生した旋風に吹き飛ばれ、オードリー様が地面を転がる。
さらに、その旋風は見えない刃となってテントの内側を吹き荒れ、舞台の檻や、天幕を切りつけた。
「魔法素質持ちだったか!」
口髭の人が剣を抜こうとした時、裂かれた天幕が彼の頭から覆いかぶさった。
さらに檻の格子扉が外れたことで、フェアリーちゃんとカーバンクルちゃんが飛び出してきて、客席をパニックに陥れる。
……逃げるチャンスだわ!
私は倒れているオードリー様をまたいで、テントの入り口へと走った。
途中、私を取り押さえようとするローブ男性達がいたけど――
「うわっ」「ぎゃっ」「なんだっ!?」
――全員、何かにぶつかって転んでしまった。
それは白いまん丸の玉――カーバンクルちゃんだった。
カーバンクルちゃんは、衝突の反動を利用して私の肩にポトリと着地すると、じっと私の顔を覗き込んでいる。
「あなた、どうして!?」
……答えは返ってこない。
でも、助けられたわ!
私は彼を乗せたまま、テントの外へと躍り出た。
舞台の上で、オーナーさんが声を荒げる。
でも、ローブの男性に刃物を突きつけられるや、すぐに口を閉じてしまった。
「オードリー様。私、状況が理解できないのですが」
「あら。ずいぶん冷静ね」
「冷静じゃありません。けっこう混乱してます」
「あらそう? いたずらに人を傷つけるつもりはないから安心しなさい」
オードリー様はそう言うけど、行動と言葉が一致していないわ。
「あなた方は何が目的なんです……!?」
「それは、彼の話を聞いてくれればわかるわ」
彼……?
言ったそばから、オードリー様が入り口へと顔を向ける。
ちょうどテントの外から、背の高い殿方が入ってくるところだった。
「ムスタファ氏を始め、この場の皆様には無作法をお許し願いたい――」
身長2m近くはあろうかという体格に、口髭を蓄えた精悍な顔つき。
腰には長剣を帯びていて、同じローブ姿でも他の人達よりずっと強そう。
「――自分はヘルモーズと申します。新世界秩序の長を務めている者です」
「何のつもりだ! まさか私の興行を潰しに来たのか!?」
「そうではありません。しかし、結果的にそうなってしまうことは否定できない」
「な、なんだとぉ~!?」
この人が、オードリー様やローブの人達のリーダー?
賊にしては、ずいぶん礼儀正しい人のように見受けられるけど……。
口髭の人が指先をパチンと慣らすと、杖を構えた男性が小声でブツブツとしゃべり始めた。
「エマ・タリサ・レツヘトモ・ノジンナヲ・キシイノノ・モノカ――」
これ、魔法の詠唱だわ!
「――ヨィレィ・セノメユ・ルレムワ・タリムネ!!」
杖から青白い光が放たれたかと思うと、それに照らされたオーナーさんがバタリと倒れてしまった。
「騒がしいので、外の警備と同じくお眠りいただいた。抵抗さえしなければ、誰も傷つくことはありません。……抵抗さえしなければ、ね」
口髭の人が、ギロリと私を睨みつけた。
……いいえ、違う。
彼の視線は私の後ろ――アルウェン様へと向けられたものだわ。
振り返ると、彼が腰の剣に手をかけているところだった。
「アルウェン様、ダメですっ」
「し、しかし……!」
「対話ができる相手ならば、言葉でもって戦うべきです!」
「……わかりました」
アルウェン様は剣の柄から手を離した。
その直後、周りのローブ男性に剣を取り上げられ、両膝をつかされて拘束されてしまった。
……ごめんなさい。
「いい子だね。あんたみたいなクールな女が、将来大成するんだよ」
耳元で、オードリー様が私を誉めそやす言葉をかけてくる。
憧れの女性からの賛辞も、この状況では嬉しくない。
「……何のために押し入ってきたのか、理由をお聞かせいただけますか?」
「もとよりそのつもりですよ。お嬢さん」
口髭の人は、客席の人達から武器類を取り上げた後、舞台へと登った。
「我々、新世界秩序は、今の時代に腐敗を招く貴族中心社会を、根底から崩壊させるために活動しています」
その発言に、テント内がざわついた。
貴族中心社会を崩壊させる?
ずいぶんと大それたことをお考えなのね……。
「この場にはセントレイピアやシルドライトを始めとした、各国の貴族階級の方々がいらっしゃるでしょう。そんな方々にこそ聞いてほしい!
人間の脅威となるモンスターの多くが駆逐されて数百年。
……悲しいかな。
新時代を迎えた人間の新たな敵は、同じ人間でした。
黄金時代を経て、人間同士の争いは凄惨を極めました。
ようやく国々が今の形に落ち着いた頃、過去の戦争で既得権益を手に入れた者達が貴族と称して、世の中の価値を選抜し始めたのです!
外面こそ豪華絢爛に飾り立てる都!
その影で、持たぬ者達がその日暮らしを強いられる日々!
ひとたび貧民街に赴けば、無秩序が人々を支配している。
明日のために男は人を殺し、女は体を売る!
さらには、子供が盗みを働いて食い扶持を稼ぐ始末!
こんな世界が在り続けて良いのだろうか!?
……断じて、そんなことは許されないっ!!
新世界秩序は、狂ってしまったこの世界を、秩序ある正しい世界へと回帰させるため、今の時代に立ち上がったのです!」
口髭の人の演説が終わるや、ローブ男性達が一斉に拍手を送る。
囚われの身となっている私達は、口を閉じたままその光景を見届けるしかない。
でも、ただ一人、毅然と抗議した殿方がいた――
「それは理想論だ。理想だけでは、世界を変えることなんてできやしない!」
――アルウェン様だわ。
「もちろん、理想を叶えるための準備もある」
「暴力での解決は、過去の過ちを繰り返すだけだ!」
「勘違いしているな。そちらのお嬢さんも先ほどおっしゃったように、我々は暴力ではなく対話を求めている」
「貴族が話し合いの場に降りてくると思っているのか!?」
「世界の為政者達を、対話の場に引きずり出すための計画はすでにある」
「馬鹿な。そんなことできるわけが……」
アルウェン様が呆れた顔を見せた。
たしかに、口髭の人の言うことは理想論だと思う。
貴族社会の崩壊なんて大言としか思えないけど、どんな計画があるのかしら?
「……その計画、どんなものか気になります」
我慢できずに、口髭の人に訊ねてしまった。
気になるとつい知りたくなってしまう、私の悪い癖……。
「マゴニア大陸に築かれた通商路を断絶させる。それにより、各地の人流と交易をいったん停滞させるのです」
通商路の断絶?
各地の人流と交易の停滞?
聞いておいてなんだけど、私にはチンプンカンプンだわ。
「馬鹿な。そんなことは物理的に不可能だっ」
アルウェン様が話に割り込んできた。
「なぜそう言い切れる?」
「通商路の広さをわかっていない。すべての街道で町から町への封鎖を行うなど、それこそ圧倒的な武力でもなければ不可能だ!
「それが可能なのだよ。我々は、その力を手に入れた」
口髭の人が再び指先を鳴らすと、ローブ男性の一人が舞台に上がっていって、彼に小箱を手渡した。
その箱が開かれると、緑色の鈍い光を放つ鉱石が露に。
「それは……まさか、ラディアト忌光石!?」
「まさしく」
「なぜ、そんな物が!」
「我々はすでに、大量の忌光石を通商路の要所に隠してある。街道を往く馬車の利用者には、すでにその効果が表れている者もいるだろう。もしかしたら、このテントの中にも……」
客席から悲鳴に近いざわめきが起こった。
アルウェン様も石を目にして以降、ひどく動揺している。
「アルウェン様。あの石をご存じなのですか? 一体、彼らは何をしようとしているのです?」
「……ラディアト忌光石は、生物をじわじわと衰弱させていく猛毒を放つ石です。発症したが最期、回復不可能で残酷な死を待つばかりとなるため、悪魔の呪いと呼ばれています」
「悪魔の呪い……」
「しかも石の毒は、人から人へと伝染します。シルドライトで初めて発掘された時、広範囲で何千人もの人間が死に至った記録が残っています」
「そ、そんな石がこの世に存在するなんて……」
「彼らはその石を、通商路――すなわち、このマゴニア大陸で網の目のように広がっている街道へとばら撒いたと言っているのです。それが事実なら、これ以上ない大量殺戮の予告だ……っ」
つまり、街道に猛毒を仕掛けて、物理的に移動を遮断しようというわけ?
そんな無茶苦茶な計画、実現できるものなの!?
「さ、さすがに大言が過ぎますわ。そもそも、その石が通商路各地に隠されたという証拠だってありません」
「本物は、今ここにある石だけだと?」
「そう考えるのが自然ではなくて? マゴニア大陸って広いですわよ」
「この時間を選んだのは、まさにそれを証明するためでもあるのです。そろそろですよ、お嬢さん」
「え?」
ちょうどその時、客席で倒れる人が現れた。
それはまだ年若い殿方で、地面にうずくまって苦しそうにうめいている。
顔面蒼白で全身を震わせているなんて……明らかに普通じゃないわ。
「シルドライト出身者なら、もうおわかりでしょう。その男の症状が忌光石の毒によるものだと言うことが」
口髭の人の言葉を契機に、テント内が一気に沸き立った。
「たしかに俺、昼過ぎから体調が優れないんだよ!」
「今朝、停留所の厩舎で倒れている馬を見たぞ!」
「待ってくれ。それじゃあ妻が倒れたのもその石のせいなのか!?」
「あなた、青白い顔をしてるわよ!?」
……いけない。
もう収集がつかなくなってきているわ。
「どうやら……嘘ではないようですね」
「貴族社会を破壊するのです。準備は十全に整えていますよ」
「あなた達は無差別に大陸中の人々を殺そうとしているのですよ! 貴族社会の崩壊どころか、世界が滅びてしまいかねない!!」
「それは誤解ですよ、お嬢さん。滅ぼすのは世界ではない。悪しき秩序と旧体制なのです――」
開いていた箱を閉じ、口髭の人が続ける。
「――とは言え、計画はこの場にいる貴族階級の協力があってこそ完成する」
「どういうこと?」
「今しがた自分が話した事実を、国に戻って為政者へと伝えてほしいのです。国のトップが無能でない限り、彼らは自ら進んで通商路を断つでしょう。そうなれば石の犠牲者も抑えられ、彼らを対話の場まで引きずり出す交渉が可能になる。石の隠し場所は、自分しか知らないのですから」
「通商路が断たれてしまったら、小さな町や村落はどうなります!? 交易に頼っている場所では、飢え死ぬ民が出てきますよ!!」
「大事を成すため、止むを得ない犠牲です」
「ふざけているっ!!!!」
何を身勝手なっ!
この男は、正しい世界への回帰だとか耳触りの良い謳い文句を使っているけど、妄言を吐くだけの異常者だわ!
どんな理想を掲げようとも、大量殺戮の道を選ぶなんて正気じゃない!!
「貴族階級の方々には、順々に停留所の馬車へと向かっていただく。ただし、あくまで口を開くのはご自宅に戻ってから。テントの外の人間に、ここで聞いた話を伝えられては困りますので」
「私達を開放してくれるのですか?」
「ええ。ただし、連れ合いの方を人質に預からせてもらいます。それと、人道主義が行き過ぎている方にも残ってもらいましょうか。お嬢さん?」
私のことはテントから出さないつもりね。
……正解だわ。
私がテントの外に出たら、まっさきに市長さんのもとへ駆け込むもの。
「オードリー。お嬢さんに手縄を」
「了解。少しの間だけ辛抱しておくれよ、お嬢ちゃん。これも世界のためなのさ」
「あなた達は間違っています! 犠牲の上に成り立つ平和など仮初めのもの。仮に計画が成功しても、未来に大きな禍根を残しますよ!?」
「あらまぁ。この子ったら、聖女様みたいなこと言うのね」
そう言われて、私はドキリとした。
もし、ここで私が聖女であることを告白したら、説得に応じてくれる?
……いいえ、それはないわね。
当代聖女の名前をいいように利用される可能性が高いわ。
「ザターナ嬢。お逃げを」
「え?」
アルウェン様が、小声で私に話しかけてきた。
「この連中の話、何かがおかしい」
「ちょっと優男さん。この状況で女に無理を強いるのは、紳士としてどうなの?」
オードリー様が、私とアルウェン様の間に割って入ってきた。
その時、アルウェン様が――
「ロレア・キフ・テツナトバ・イヤ・ヨゼカ!!」
――唐突に魔法の詠唱を始めたものだから、驚いた。
「なぁっ!?」
彼の周りに発生した旋風に吹き飛ばれ、オードリー様が地面を転がる。
さらに、その旋風は見えない刃となってテントの内側を吹き荒れ、舞台の檻や、天幕を切りつけた。
「魔法素質持ちだったか!」
口髭の人が剣を抜こうとした時、裂かれた天幕が彼の頭から覆いかぶさった。
さらに檻の格子扉が外れたことで、フェアリーちゃんとカーバンクルちゃんが飛び出してきて、客席をパニックに陥れる。
……逃げるチャンスだわ!
私は倒れているオードリー様をまたいで、テントの入り口へと走った。
途中、私を取り押さえようとするローブ男性達がいたけど――
「うわっ」「ぎゃっ」「なんだっ!?」
――全員、何かにぶつかって転んでしまった。
それは白いまん丸の玉――カーバンクルちゃんだった。
カーバンクルちゃんは、衝突の反動を利用して私の肩にポトリと着地すると、じっと私の顔を覗き込んでいる。
「あなた、どうして!?」
……答えは返ってこない。
でも、助けられたわ!
私は彼を乗せたまま、テントの外へと躍り出た。
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