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〈オアシス騒乱編〉
21. 聖女の動物愛護精神
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あれからハリー様は姿を消してしまった。
アルウェン様と合流した後、少し捜してみたけど結局見つからずじまい。
準特命大使の権限で特等席を用意してもらったため、ずっとハリー様を捜しているわけにもいかず、私はアルウェン様と見世物小屋へと入ることになった。
「……」
「ザターナ嬢、顔色が優れませんね」
「見世物小屋を勧めてくれたハリー様も、観るのを楽しみにしていた弟くんもいないのに、私達だけこの場にいるのが申し訳ないと言うか……」
今さらながら、罪悪感が湧き起こってくる。
あんなにストレートに拒絶するべきじゃなかったかなぁ……。
「何があったか存じませんが、このテントにいる間は悩み事は忘れて、世の珍獣の姿を楽しもうじゃありませんか」
「……そうですわね」
しばらくして、客席の奥に用意されていた舞台へと人が登った。
道化師のような出で立ちの男性――この見世物小屋のオーナーかしら。
「レディース・エーンド・ジェントルメェーン! ようこそ我がテントにいらっしゃいました。これよりオアシス名物、ムスタファの見世物小屋の開演を宣言いたします!」
オーナーさんに向かって、客席の人々が一斉に拍手を送り始めた。
私もアルウェン様も、周りの方々にならう。
「私どもは四半期に一度、オアシスにて見世物小屋を開いております。今宵は、マゴニア大陸を冒険して手に入れた三匹の幻獣を紹介いたしましょう!」
拍手が続く中、舞台に三つの檻が運ばれてきた。
それは鳥籠のような形をしていて、子供が一人入るくらいのサイズ。
加えて、檻にはシーツがかぶせられており、客席からだと中の様子が見えないようになっている。
「ご紹介する幻獣は、閉演後に競売を行います! ご興味のある方は、ぜひとも競売にもご参加ください!」
競売まで開かれるのね。
お金持ちの殿方が盛り上がりそうな演目だわ。
「それでは、順々に開帳して参りましょう!!」
オーナーさんの合図で、檻を包んだシーツが一枚ずつ剥ぎ取られていく。
一台目の檻が露になると、まず最初に大きな植木鉢が目を引いた。
鉢の中には、何やら大根のようなものが埋まっているけど……あれが幻獣?
「こちらが、人間のように歩き回る魔法植物マンドラゴラでございます!」
……マンドラゴラ。
たしか〈マゴニア魔物図鑑〉にも書かれていたわね。
土に埋まっているところを引き抜くと、悲鳴を上げて人間を殺してしまうとか。
「このマンドラゴラはお年を召していて、土から引っこ抜いても短いうめき声しか上げませんのでご安心を!」
オーナーさんが言うと、客席から一斉に笑いが起こった。
今の、そんなに面白かったかしら?
「続いて、こちらの檻をご開帳しましょう!」
二台目の檻からシーツが剥ぎ取られた直後、私は思わず身を乗り出してしまった。
「昔から本の挿絵で有名ですので、皆様すでにおわかりでしょう。有翼小型魔法種族フェアリーです!」
客席の御仁達から、感嘆とした声が漏れてくる。
止まり木に腰かけるその姿は、まさしく本の挿絵で見るフェアリーそのもの。
翼は美しく、お顔は精巧なお人形のように可愛い。
オドオドした様子で客席を見渡しているのが少し気になるけど、本物のフェアリーちゃんを見れるなんて感激だわっ!
「そして、最後は希少中の希少! 話題沸騰間違いなしっ!!」
オーナーさんが合図して、三台目の檻のシーツが剥がされた。
檻の中には――
「んんっ!?」
――まん丸に固められた羊毛のような物がちょこんと置かれていた。
「おい、丸まってちゃ困るよ!」
オーナーさんが檻を軽く小突いた。
でも、中に入っている丸い玉はピクリとも動かない。
あれも幻獣なのかしら……。
「こらっ!」
オーナーさんが何度か檻を蹴ると、丸い玉がパカッと割れた。
どうやら、柔らかい体を玉のようにして身を丸めていただけみたい。
元の姿に戻ったそれは――
「歴史上、数度しか確認されていない宝石モンスター、カーバンクルですっ!!」
――めちゃくちゃ可愛かった。
額に輝く真っ赤な宝石。
真っ白く艶のある綺麗な毛。
手のひらに乗る程度のこじんまりとした体。
パチクリして客席を見入っているつぶらな瞳。
そして、ベリーキュートな猫口……っ!
すべてにおいて、完璧な造形をしているわ!
「伝説に恥じない美しい姿に、皆様ご興味を抱かれたことでしょう!」
その姿を見て興奮したのは、私だけではないみたい。
客席のみんなが、感嘆とした声を上げているわ。
そりゃあ、あの柔らかそうなお腹をモフモフしたら、絶対気持ちいいでしょうからね!
「紹介は以上になります。それでは、三匹それぞれに何かやってもらいましょう」
その後、オーナーさんは檻の中の幻獣でパフォーマンスを始めた。
マンドラゴラは、植木鉢の土から引っこ抜いてうめき声を上げさせ、客席の笑いを誘い。
フェアリーちゃんは、檻の中を軽快に飛び回らせて、客席から拍手を送られ。
カーバンクルちゃんは、目の前にボールを転がされて――
「何してるんだ、ボールを拾うんだよ!」
――いるにも関わらず、お尻をつけたまま何もしようとしない。
オーナーさんは何度もカーバンクルちゃんの前にボールを転がすも、一切の反応を見せない。
気づいていて、あえて無視しているように見えるわね。
「皆さま、申し訳ございません。カーバンクルは性格に難ありで、なかなか私の言うことも聞いてくれず……」
それからもパフォーマンスは続いた。
でも、カーバンクルちゃんだけはどうしてもオーナーさんの命令を聞かずに、ツンとした態度を崩さなかった。
他の二匹は命令を聞いているのに、この子だけは徹底的に無視してるわね……。
「言うことを聞かんかっ!」
痺れを切らせたオーナーさんが、格子の隙間からステッキを入れてカーバンクルちゃんを小突いた。
いくらなんでも、それは可哀そうだわ!
「何してる!? 開演前は、ボールを掴んで遊んでいただろうがっ!」
オーナーさんが怒鳴りつけても効果なし。
カーバンクルちゃんは、ふてぶてしい顔をそっぽに向けている。
「いいかげんにしろ、この毛むくじゃらめっ!」
オーナーさんがステッキでガツガツとカーバンクルちゃんの頭を叩き始めた。
さすがにもう黙っていられないわ!
「ちょっとお待ちください!」
私は思わず席を立ち、声を張り上げてしまった。
「ザターナ嬢!? な、何を……」
隣に座っていたアルウェン様が、ギョッとした様子で私を見上げる。
余計な騒ぎを起こして、ごめんなさい。
でも、あんな小さい動物がいじめられている姿を見て、放ってはおけないの!
「その子は嫌がっているように見えます。無理にパフォーマンスをさせる必要はないのではなくて!?」
「お嬢さん。これは当方の管理下にある商品ですので、口出し無用です」
「商品とは言いますが、カーバンクルも立派な生き物でしょう! ぞんざいに扱うのは可哀そうです!」
「モンスターは生活動物保護法の適用対象外です。何を言われる筋合いもございませんよ!」
法律を盾にするなんて、陰険な人ね。
そもそもそんな法律、私は知りませんけど!
モンスターであれ何であれ、弱い動物をいじめる行為に何も感じないのかしら。
客席の殿方達も黙って座っているだけで、憤りのひとつもないの!?
「ザターナ嬢。モンスターの扱いは世間的にはこんなものです。しかも、彼らにしてみればこの後の競売の件もありますし、これ以上は……」
「ならば、そのカーバンクルは私が引き取ります! あんな酷い目に遭わされているのに、この場の誰もそれを咎めようともしない。そんな人達に買われるなんてあまりにも哀れですもの!」
私が啖呵を切ると、途端に周囲がざわつき始めた。
私としてもちょっとマズイかなーとは思ったけど、後悔先に立たず。
こうなったら、このまま私の主張を貫いてやるわ!
「お嬢さんは少々気が立っていらっしゃる。警備の者、誰か彼女を外に連れて行って差し上げなさい!」
近くにいた警備兵が、私へと迫ってきた。
アルウェン様がとっさに立ち上がり、彼らから私をかばってくれる。
「ちょっと待ってください! 何もこんな大事にしなくとも」
「きみはそのお嬢さんの連れかね? ならば、場を乱さないように注意してやりたまえ。淑女にあるまじき行為だぞ!」
なんですってぇ~!?
殿方に文句を言うことが、そんなに不届きなことだとでも言うの!
「準特命大使とは言え、テントの責任者に意見を強要する権限はないぞ!」
「人間としての尊厳の話をしているのです。弱き者を守らずして、集団の長など務まりませんよ!」
「うぬぬ。小娘が私に説教するのか! なんなんだ、おまえは!!」
聖女です! ……とは言えない。
混乱を招いたことで、周りからの視線が痛くなってきたわ。
でも、このまま引っ込んだらカーバンクルちゃんを助けられない。
「ええいっ! 埒があかん。興行の邪魔になるから、さっさとつまみ出せ!」
「ぼ、暴力反対っ! 市長さんに訴えますよ!?」
「興行の邪魔をしておきながら何を勝手な!」
……う~ん。
これはどうやらつまみ出されてしまいそうね。
無念だわ。
「待ちな!」
その時、女性の澄んだ声がテントの中に響いた。
声の主は、客席から立ち上がると――
「あたしもその子に賛同するよ。ムスタファさん、あんたのやり方はちょいと不愉快だよ!?」
――私の味方になってくれた。
まるで深い海のような藍色の長い髪が、サラリとなびく。
長身でスタイルも良く、目を見張るほどの美人だわ。
「あ、あなたは……っ!」
……あら?
彼女を見たオーナーさんの様子がおかしいわね。
「息抜きに覗きに来たってのに、大の男が女の子をいびってるところなんか見ちまったら、放っちゃおけないからねぇ!」
「ぬぐぐ……!」
「ムスタファさん。ここはあたしの顔を立てて、カーバンクルのパフォーマンスは取り止めといかないかい?」
準特命大使の私にも引かなかったオーナーさんが、彼女に気圧されている。
この女性、一体何者なの……?
「……わかりました、オードリー女史。矛は収めますので、なにとぞご容赦を」
え……。
オードリー女史って……?
もしや、あの女優のオードリー!?
「そういうわけだ、お嬢さん。カーバンクルは引っ込めてくれるって言うから、とりあえず落ち着こうか」
「あ、あの、あなたは……オペラ女優のオードリー様、ですかっ!?」
「ん? そうだけど」
嘘。信じられない。
天才女優のオードリー様に会えるなんて、感激だわ……っ!
「私、ファンなんですっ」
「あっはっは! そうかいそうかい。嬉しいねぇ、こんな可愛いファンがいてくれて」
そう言うと、オードリー様が私の肩を叩いた。
「あたしも、あんたのファンになりそうだよ。この場であんな啖呵を切れるなんて、大したタマじゃないか!」
「オードリー様のお褒めに預かるなんて、光栄ですわ!」
「……で、喜んでもらってるところ悪いんだけどさ」
「はいっ!」
オードリー様は私の肩に手を回すと――
「人質になってくれないかな」
――いつの間にか持っていた刃物を、私の首へと押し当てた。
「……はい?」
あれ……?
どうして私、憧れの大女優に刃物を突きつけられてるの?
「ザターナ嬢に何を……っ!?」
「おっと、動くんじゃないよ優男さん!」
オードリー様が私の首元でナイフを動かして、アルウェン様をけん制する。
その直後、テントの中に全身真緑のローブに身を包んだ男の人達が入ってきた。
しかも、全員が剣やら斧やら物騒な武装をしている。
「一体何者です、あなたは!?」
私のせいで身動きの取れないアルウェン様が、オードリー様に問いただす。
「あたし達は、新世界秩序。今の腐った世界をぶち壊そうと足掻く者達の集いさ」
味方だと思った人が、敵だった……?
私は今、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
アルウェン様と合流した後、少し捜してみたけど結局見つからずじまい。
準特命大使の権限で特等席を用意してもらったため、ずっとハリー様を捜しているわけにもいかず、私はアルウェン様と見世物小屋へと入ることになった。
「……」
「ザターナ嬢、顔色が優れませんね」
「見世物小屋を勧めてくれたハリー様も、観るのを楽しみにしていた弟くんもいないのに、私達だけこの場にいるのが申し訳ないと言うか……」
今さらながら、罪悪感が湧き起こってくる。
あんなにストレートに拒絶するべきじゃなかったかなぁ……。
「何があったか存じませんが、このテントにいる間は悩み事は忘れて、世の珍獣の姿を楽しもうじゃありませんか」
「……そうですわね」
しばらくして、客席の奥に用意されていた舞台へと人が登った。
道化師のような出で立ちの男性――この見世物小屋のオーナーかしら。
「レディース・エーンド・ジェントルメェーン! ようこそ我がテントにいらっしゃいました。これよりオアシス名物、ムスタファの見世物小屋の開演を宣言いたします!」
オーナーさんに向かって、客席の人々が一斉に拍手を送り始めた。
私もアルウェン様も、周りの方々にならう。
「私どもは四半期に一度、オアシスにて見世物小屋を開いております。今宵は、マゴニア大陸を冒険して手に入れた三匹の幻獣を紹介いたしましょう!」
拍手が続く中、舞台に三つの檻が運ばれてきた。
それは鳥籠のような形をしていて、子供が一人入るくらいのサイズ。
加えて、檻にはシーツがかぶせられており、客席からだと中の様子が見えないようになっている。
「ご紹介する幻獣は、閉演後に競売を行います! ご興味のある方は、ぜひとも競売にもご参加ください!」
競売まで開かれるのね。
お金持ちの殿方が盛り上がりそうな演目だわ。
「それでは、順々に開帳して参りましょう!!」
オーナーさんの合図で、檻を包んだシーツが一枚ずつ剥ぎ取られていく。
一台目の檻が露になると、まず最初に大きな植木鉢が目を引いた。
鉢の中には、何やら大根のようなものが埋まっているけど……あれが幻獣?
「こちらが、人間のように歩き回る魔法植物マンドラゴラでございます!」
……マンドラゴラ。
たしか〈マゴニア魔物図鑑〉にも書かれていたわね。
土に埋まっているところを引き抜くと、悲鳴を上げて人間を殺してしまうとか。
「このマンドラゴラはお年を召していて、土から引っこ抜いても短いうめき声しか上げませんのでご安心を!」
オーナーさんが言うと、客席から一斉に笑いが起こった。
今の、そんなに面白かったかしら?
「続いて、こちらの檻をご開帳しましょう!」
二台目の檻からシーツが剥ぎ取られた直後、私は思わず身を乗り出してしまった。
「昔から本の挿絵で有名ですので、皆様すでにおわかりでしょう。有翼小型魔法種族フェアリーです!」
客席の御仁達から、感嘆とした声が漏れてくる。
止まり木に腰かけるその姿は、まさしく本の挿絵で見るフェアリーそのもの。
翼は美しく、お顔は精巧なお人形のように可愛い。
オドオドした様子で客席を見渡しているのが少し気になるけど、本物のフェアリーちゃんを見れるなんて感激だわっ!
「そして、最後は希少中の希少! 話題沸騰間違いなしっ!!」
オーナーさんが合図して、三台目の檻のシーツが剥がされた。
檻の中には――
「んんっ!?」
――まん丸に固められた羊毛のような物がちょこんと置かれていた。
「おい、丸まってちゃ困るよ!」
オーナーさんが檻を軽く小突いた。
でも、中に入っている丸い玉はピクリとも動かない。
あれも幻獣なのかしら……。
「こらっ!」
オーナーさんが何度か檻を蹴ると、丸い玉がパカッと割れた。
どうやら、柔らかい体を玉のようにして身を丸めていただけみたい。
元の姿に戻ったそれは――
「歴史上、数度しか確認されていない宝石モンスター、カーバンクルですっ!!」
――めちゃくちゃ可愛かった。
額に輝く真っ赤な宝石。
真っ白く艶のある綺麗な毛。
手のひらに乗る程度のこじんまりとした体。
パチクリして客席を見入っているつぶらな瞳。
そして、ベリーキュートな猫口……っ!
すべてにおいて、完璧な造形をしているわ!
「伝説に恥じない美しい姿に、皆様ご興味を抱かれたことでしょう!」
その姿を見て興奮したのは、私だけではないみたい。
客席のみんなが、感嘆とした声を上げているわ。
そりゃあ、あの柔らかそうなお腹をモフモフしたら、絶対気持ちいいでしょうからね!
「紹介は以上になります。それでは、三匹それぞれに何かやってもらいましょう」
その後、オーナーさんは檻の中の幻獣でパフォーマンスを始めた。
マンドラゴラは、植木鉢の土から引っこ抜いてうめき声を上げさせ、客席の笑いを誘い。
フェアリーちゃんは、檻の中を軽快に飛び回らせて、客席から拍手を送られ。
カーバンクルちゃんは、目の前にボールを転がされて――
「何してるんだ、ボールを拾うんだよ!」
――いるにも関わらず、お尻をつけたまま何もしようとしない。
オーナーさんは何度もカーバンクルちゃんの前にボールを転がすも、一切の反応を見せない。
気づいていて、あえて無視しているように見えるわね。
「皆さま、申し訳ございません。カーバンクルは性格に難ありで、なかなか私の言うことも聞いてくれず……」
それからもパフォーマンスは続いた。
でも、カーバンクルちゃんだけはどうしてもオーナーさんの命令を聞かずに、ツンとした態度を崩さなかった。
他の二匹は命令を聞いているのに、この子だけは徹底的に無視してるわね……。
「言うことを聞かんかっ!」
痺れを切らせたオーナーさんが、格子の隙間からステッキを入れてカーバンクルちゃんを小突いた。
いくらなんでも、それは可哀そうだわ!
「何してる!? 開演前は、ボールを掴んで遊んでいただろうがっ!」
オーナーさんが怒鳴りつけても効果なし。
カーバンクルちゃんは、ふてぶてしい顔をそっぽに向けている。
「いいかげんにしろ、この毛むくじゃらめっ!」
オーナーさんがステッキでガツガツとカーバンクルちゃんの頭を叩き始めた。
さすがにもう黙っていられないわ!
「ちょっとお待ちください!」
私は思わず席を立ち、声を張り上げてしまった。
「ザターナ嬢!? な、何を……」
隣に座っていたアルウェン様が、ギョッとした様子で私を見上げる。
余計な騒ぎを起こして、ごめんなさい。
でも、あんな小さい動物がいじめられている姿を見て、放ってはおけないの!
「その子は嫌がっているように見えます。無理にパフォーマンスをさせる必要はないのではなくて!?」
「お嬢さん。これは当方の管理下にある商品ですので、口出し無用です」
「商品とは言いますが、カーバンクルも立派な生き物でしょう! ぞんざいに扱うのは可哀そうです!」
「モンスターは生活動物保護法の適用対象外です。何を言われる筋合いもございませんよ!」
法律を盾にするなんて、陰険な人ね。
そもそもそんな法律、私は知りませんけど!
モンスターであれ何であれ、弱い動物をいじめる行為に何も感じないのかしら。
客席の殿方達も黙って座っているだけで、憤りのひとつもないの!?
「ザターナ嬢。モンスターの扱いは世間的にはこんなものです。しかも、彼らにしてみればこの後の競売の件もありますし、これ以上は……」
「ならば、そのカーバンクルは私が引き取ります! あんな酷い目に遭わされているのに、この場の誰もそれを咎めようともしない。そんな人達に買われるなんてあまりにも哀れですもの!」
私が啖呵を切ると、途端に周囲がざわつき始めた。
私としてもちょっとマズイかなーとは思ったけど、後悔先に立たず。
こうなったら、このまま私の主張を貫いてやるわ!
「お嬢さんは少々気が立っていらっしゃる。警備の者、誰か彼女を外に連れて行って差し上げなさい!」
近くにいた警備兵が、私へと迫ってきた。
アルウェン様がとっさに立ち上がり、彼らから私をかばってくれる。
「ちょっと待ってください! 何もこんな大事にしなくとも」
「きみはそのお嬢さんの連れかね? ならば、場を乱さないように注意してやりたまえ。淑女にあるまじき行為だぞ!」
なんですってぇ~!?
殿方に文句を言うことが、そんなに不届きなことだとでも言うの!
「準特命大使とは言え、テントの責任者に意見を強要する権限はないぞ!」
「人間としての尊厳の話をしているのです。弱き者を守らずして、集団の長など務まりませんよ!」
「うぬぬ。小娘が私に説教するのか! なんなんだ、おまえは!!」
聖女です! ……とは言えない。
混乱を招いたことで、周りからの視線が痛くなってきたわ。
でも、このまま引っ込んだらカーバンクルちゃんを助けられない。
「ええいっ! 埒があかん。興行の邪魔になるから、さっさとつまみ出せ!」
「ぼ、暴力反対っ! 市長さんに訴えますよ!?」
「興行の邪魔をしておきながら何を勝手な!」
……う~ん。
これはどうやらつまみ出されてしまいそうね。
無念だわ。
「待ちな!」
その時、女性の澄んだ声がテントの中に響いた。
声の主は、客席から立ち上がると――
「あたしもその子に賛同するよ。ムスタファさん、あんたのやり方はちょいと不愉快だよ!?」
――私の味方になってくれた。
まるで深い海のような藍色の長い髪が、サラリとなびく。
長身でスタイルも良く、目を見張るほどの美人だわ。
「あ、あなたは……っ!」
……あら?
彼女を見たオーナーさんの様子がおかしいわね。
「息抜きに覗きに来たってのに、大の男が女の子をいびってるところなんか見ちまったら、放っちゃおけないからねぇ!」
「ぬぐぐ……!」
「ムスタファさん。ここはあたしの顔を立てて、カーバンクルのパフォーマンスは取り止めといかないかい?」
準特命大使の私にも引かなかったオーナーさんが、彼女に気圧されている。
この女性、一体何者なの……?
「……わかりました、オードリー女史。矛は収めますので、なにとぞご容赦を」
え……。
オードリー女史って……?
もしや、あの女優のオードリー!?
「そういうわけだ、お嬢さん。カーバンクルは引っ込めてくれるって言うから、とりあえず落ち着こうか」
「あ、あの、あなたは……オペラ女優のオードリー様、ですかっ!?」
「ん? そうだけど」
嘘。信じられない。
天才女優のオードリー様に会えるなんて、感激だわ……っ!
「私、ファンなんですっ」
「あっはっは! そうかいそうかい。嬉しいねぇ、こんな可愛いファンがいてくれて」
そう言うと、オードリー様が私の肩を叩いた。
「あたしも、あんたのファンになりそうだよ。この場であんな啖呵を切れるなんて、大したタマじゃないか!」
「オードリー様のお褒めに預かるなんて、光栄ですわ!」
「……で、喜んでもらってるところ悪いんだけどさ」
「はいっ!」
オードリー様は私の肩に手を回すと――
「人質になってくれないかな」
――いつの間にか持っていた刃物を、私の首へと押し当てた。
「……はい?」
あれ……?
どうして私、憧れの大女優に刃物を突きつけられてるの?
「ザターナ嬢に何を……っ!?」
「おっと、動くんじゃないよ優男さん!」
オードリー様が私の首元でナイフを動かして、アルウェン様をけん制する。
その直後、テントの中に全身真緑のローブに身を包んだ男の人達が入ってきた。
しかも、全員が剣やら斧やら物騒な武装をしている。
「一体何者です、あなたは!?」
私のせいで身動きの取れないアルウェン様が、オードリー様に問いただす。
「あたし達は、新世界秩序。今の腐った世界をぶち壊そうと足掻く者達の集いさ」
味方だと思った人が、敵だった……?
私は今、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
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