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〈ある貴公子の憂い編〉
08. 嫉妬の熱は炎よりも熱く
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「な、なにしやがるっ!?」
「こんな小さな女の子に、なんて酷いことするの!!」
……やってしまった。
私はアルウェン様の指示や、ルーク様の覚悟を無視して、乱暴される女の子を助けてしまった。
「いきなり殴りつけやがって! なんだてめぇは!?」
凄んできても、怖がってやらない。
今の私はダイアナではなく、聖女ザターナ。
力なき者のために身を呈して戦うのは、聖女の務めだもの!
「頬が腫れちまったよ。この責任、どう取ってくれるんだ!?」
「責任は俺が取ろう」
「は?」
「どう取ってほしい? 金か? 仕事か? 望むものを言えよ」
私を睨みつけていた男が、急に腰を抜かしてしまった。
怯えた顔で、私の後ろ――ルーク様を見上げている。
「ルーク様?」
私が後ろに振り返ると、彼はニコリと優しい笑みを浮かべていた。
まさか、このお顔に怯んだわけじゃないわよね……?
ルーク様は、手にしていた通魔石へと口を近づけて状況を伝達する。
「すまない、アルウェン。事故があって男を拘束することになった」
【見ていましたよっ! 我々もすぐに向かいます!】
……う~ん。
ごめんなさい、みんな。
◇
結局、あの場所にいたのはフードの男だけだった。
私達は彼を駐屯所へと連れ帰り、今は騎士団が尋問を行っている最中だ。
「ザターナ嬢、思いのほか無茶する方だったんですね」
「お恥ずかしい限りです……」
「男にビンタかますご令嬢なんて、初めて見ましたよ!」
「面目ございません……」
……うぅ。
ハリー様とアトレイユ様が、私をからかってくる。
私の行為が、よほどおかしなものに映ったみたい。
そりゃあ殿方を引っぱたくような淑女なんて、そうそういないでしょうよ。
「笑いごとじゃないぞ、二人とも。ザターナの勇気ある行動が、一人の少女を救ったんだ。素晴らしい決断だった」
「でも、これで黒幕の手掛かりが断たれてしまったら……」
「その時はその時だ。私がきみを守ってやるさ」
ルーク様が私に励ましの声をかけてくれた。
そう言ってくれると、嬉しい。
「べ、別にザターナ嬢を馬鹿にしたわけじゃないぞ!」
「そうですよ! そういう一面もあるんだな、という話をしただけですっ」
アトレイユ様とハリー様が、慌てた様子で弁明してくる。
別に気にしてなんていませんよ?
むしろ、さっきから私の背中をチクチク刺してくるヴァナディスさんの視線の方が気になるわ。
その時、アルウェン様が部屋へと入ってきた。
顔色が曇っていると言うことは――
「すみません。黒幕の手掛かりはほとんど掴めませんでした」
――そういうことよね……。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いいえ! あの場では、ザターナ嬢が誰よりも正しい判断をなさいました。気を落とさないでください」
「ありがとう、アルウェン様」
「それに、まったく手掛かりがないというわけでもありません」
アルウェン様が、手に持っていた紙を私達へと差し出した。
「あの男は、拉致犯から荷物を受け取って金を払うだけの役回りでした。ただの物乞いですが、金とこの手紙を受け取って、指示通りに動いていたようです」
手紙には、今日の日付と時刻と場所、そして今アルウェン様がおっしゃった通りのことが書かれていた。
「まさに指示書だな。これは誰から?」
「一昨昨日、路上で目を覚ましたら傍にこの手紙と金が置いてあったそうです」
「そうか。この手紙から依頼主までたどり着くのは、困難だな……」
そう言いながら、ルーク様が手紙を手に取る。
すると――
「……まさか! 嘘だろう……!?」
――突然、ルーク様が顔色を変えた。
明らかに動揺している。
「ルーク様、どうしたのですか?」
私の声にも反応せず、彼は手紙を見下ろしたまま、おののいている。
しばらくすると、彼は――
「この筆跡は、レイアのものだ」
――手紙を握り潰して、言った。
「レイア? レイアって……まさか……」
私の脳裏に、銀髪の美しい女性の顔が思い起こされる。
「過去、私は何度も彼女と手紙のやり取りをしたことがある。これは、間違いなくレイア・マリアン・フォース・セントレイピアの筆跡だ!!」
部屋の中の誰もが、衝撃の事実に身を強ばらせていた。
そして私は、彼女から言われた言葉を思い出す。
『分不相応な振る舞いばかりしていると、思わぬ苦汁を味わうことになるかもしれませんわよ?』
あの言葉って、こういうことだったの!?
「ルーク様、これは少々……いえ、かなり厄介なことに……」
「その通りだ、アルウェン。レイアが聖女に――ザターナに危害を加えようと画策したのなら、王族であっても許されることではない!」
「この事実を知っているのは、私を含めてこの場の六人だけです――」
この場の六人。
アルウェン様に、ルーク様、アトレイユ様、ハリー様。
そして、ヴァナディスさんと私、か……。
「――報酬役の男が消えたことを知られれば、王女殿下は何らかの手を打ってくるかもしれません。陛下の第四子である彼女に大きな力はありませんが、それでも支持者は大勢います」
「事が荒立つ前に、決着をつけねばなるまいな」
ルーク様の手から、ポトリと丸まった手紙が落ちる。
「私がレイアに事実確認する。アルウェン、きみも同行してくれ」
「承知しました」
「すまないが、内々で進めたい。アトレイユとハリーは、このことを決して他言しないでくれ」
ルーク様の言葉に、アトレイユ様もハリー様も無言で頷く。
私は、顔をしかめるルーク様に居ても立っても居られなくなり、つい言ってしまった。
「私も同行します!」
その言葉に、ルーク様を始めその部屋の全員が目を丸くした。
「狙われたのは、きみなんだぞ」
「ですが、命を狙われたわけではありません。髪の毛を切れという指示は、きっと私への嫌がらせのようなもの。それ以上でもそれ以下でもないと思います」
「それはレイアを問い詰めなければわからない!」
「彼女の怒りを買う理由があったのなら、私はそれを謝りたいのです」
「おおよその見当はつく……っ。きみはおそらく関係ない」
「えっ。そうなのですか? 私もおおよその見当がついていたのですが」
「えっ。なんだって?」
ルーク様が目を丸くしている。
どういうこと?
ルーク様にも心当たりがあると言うの?
私はてっきり、昨日の名前の呼び方で機嫌を損ねたせいだと思っていたわ。
でも、昨日の今日で、今回のことを仕組むのは無理よね……。
「本当に同行するつもりですか、ザターナ嬢」
「はい。ご迷惑とは重々承知ですが、連れて行ってください」
「ルーク様、どうなさいますか?」
「……言っても聞かぬご様子だ。こうなれば、ザターナにも同行してもらおう」
ルーク様は観念したと言わんばかりに、私へと苦笑を浮かべる。
ワガママを言ってごめんなさい。
それでも私、王女殿下の真意を知りたいんです。
◇
その日の正午。
私とアルウェン様は、ルーク様に連れられて離宮の通路を歩いていた。
「ずいぶん警備が手薄ですね」
「そうなるように仕向けた。以前から離宮の蔵書を増やしたいと要請があったので、一度に大量の本を届けてやったのさ。ここの警備も本の搬入に回さないといけないほどにな」
「なるほど。だから大量の本を積ませた馬車も一緒に連れてきたのですね」
「もっとも、私でなければこんな簡単にはいかなかったろうがね」
ルーク様とアルウェン様が、離宮突入時の種明かしを話している。
離宮には、あれだけの本を収める書庫があるのかぁ。
……羨ましい。
「レイアには、常に侍女が帯同している。戦闘訓練を受けているボディガードだ」
「留意しました」
「部屋に飛び込み次第、まずは彼女らを制圧する」
「御意」
二人が話しているうちに、王女殿下のお部屋へとたどり着いた。
「ザターナ。扉を開いた後は、私が呼ぶまで廊下に待機しているんだぞ」
「は、はい」
物騒な話をしていたので、不安になってくる。
誰も怪我をしなければいいけど。
「行くぞ!」
ルーク様が扉を蹴破り、アルウェン様と共に中へと飛び込んだ。
女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、声はすぐに止んで――
「入ってきていいぞ、ザターナ」
――ルーク様が普段と変わらない声で、私を呼んだ。
恐る恐る部屋に入ると、床に組み伏せられている侍女達と、顔を真っ青にして立ちつくす王女殿下の姿があった。
「あ、あなた……ザターナッ!?」
私を目に留めると、王女殿下が動揺した様子で私の名前を叫んだ。
「なぜ我々がこの場にやってきたのか、わかるな」
「……そう。そういうこと」
ルーク様は、取り押さえた侍女をアルウェン様に任せて、王女殿下の前へと進み出た。
彼女は、今にも泣きそうな顔でルーク様を見上げている。
「ルーク。どうして、わたくしを拒絶し続けるの?」
「なぜ報復の矛先をザターナに向けた。憎いのは私だろう」
「そうよ、あなたが憎い。でも、愛しているのっ」
王女殿下がルーク様へとすがりついた。
でも――
「触れるなっ!」
――彼は、無慈悲にも彼女を払い除けた。
「わたくしが第四子だから? あなたの野望の力になれないから!?」
「罪を認めて、ザターナに詫びるんだ」
「嫌よ」
「私がきみに会いにきたのはそのためだ。でなければ、きみと顔を合わせる理由はない」
「そんな……っ!」
今までの一連の流れ、まるで小説の中の出来事みたい。
でも、おかげで何がどうしてこうなったのか、なんとなく読めてきたわ。
「……第四子として遅くに生まれたわたくしには、兄や姉のような強い地盤がない。いつかは政治的な都合で、有力者の殿方に嫁ぐだけの身――」
王女殿下が、涙を流しながら私を睨みつける。
憎悪――彼女の眼差しは、その言葉通りの感情が宿っているように感じられた。
「――ならば、せめて相手はわたくし自身で選びたい。そのくらいの自由、わたくしにあってもいいのではなくてっ!?」
それがあなたの願いだったのね。
でも、彼はそれを望まなかった。
……。
私は、心の内に何か熱いものが煮えたぎってくるのを感じ始めた。
「ルーク。あなたにとって、わたくしは宮廷の情報を引き出すための道具でしかなかったの?」
「すでに民は飢え始めている。貴族達だけでなく、宮廷にも腐敗が拡がっている今、それを正すには生半可な権力ではダメなんだ」
「わたくしには無く、聖女にはそれがある……というわけ」
「この国の未来のため、俺は誰に恨まれようと成し遂げなければならない使命がある。その結果、地獄へ落ちる覚悟も俺にはある」
「わたくしも地獄へお供したかった――」
不意に、王女殿下は懐に手を入れた。
そして。
「――先に向こうでお待ちしていますわ。愛しいお方」
短剣を取り出し、自らの喉へと当てた。
「! やめ――」
ダメだ。
ルーク様の声では、間に合わない。
「レイアッ!!」
私はとっさに彼女の名を叫んだ。
呼び捨て――それはもう、王族に対して無礼極まる呼び方だ。
でも。
「……ザターナ……」
だからこそ、彼女は手を止めてくれた。
直後、私は無言でルーク様の前まで歩み寄り――
「天・罰っ!!」
――その頬を、思いきり引っぱたいた。
「……!? 何を……っ」
「あなたの傲慢が! レイアを傷つけたっ!!」
「な……!」
「理由なんて関係ない! 野望なんて知るもんですか! 女の子を泣かせるような男性に、国の未来がどうとか語る資格ないわっ!!」
私は今、とんでもない暴言を侯爵のご子息にわめき散らしてる。
でも、この熱い感情はもう止められない。
「誰かのために、別の誰かを犠牲にするなんて許されない! 全部まとめて救う気概を見せるのが、国を引っ張る人間の務めです!!」
「まさに……聖女らしい言葉だな……」
「先代聖女のお言葉です。国立図書館より貸し出された本で読みました」
「……俺が検閲した本かもしれないな」
ルーク様はしばしの沈黙の後、へたり込むレイア様へと向き直った。
「すまなかった、レイア。……許してくれ」
その言葉を聞くや、彼女はナイフを取り落とし、泣き崩れた。
◇
この後、レイア様は宮廷審問会にかけられ、私に対する罪を告白した。
……ルーク様のことは一切、伏せた上で。
彼女へ課せられた罰は、王位継承権の剥奪と、辺境への追放。
事が事だけに審問会の内容は秘匿され、その経緯を知るのはご家族と、この時レイア様の部屋にいた人間のみ。
私は、部屋を連れ出された時のレイア様のお言葉――
「迷惑をかけましたね、ザターナ。ごめんなさい……ありがとう」
――それをずっと忘れられずにいる。
「こんな小さな女の子に、なんて酷いことするの!!」
……やってしまった。
私はアルウェン様の指示や、ルーク様の覚悟を無視して、乱暴される女の子を助けてしまった。
「いきなり殴りつけやがって! なんだてめぇは!?」
凄んできても、怖がってやらない。
今の私はダイアナではなく、聖女ザターナ。
力なき者のために身を呈して戦うのは、聖女の務めだもの!
「頬が腫れちまったよ。この責任、どう取ってくれるんだ!?」
「責任は俺が取ろう」
「は?」
「どう取ってほしい? 金か? 仕事か? 望むものを言えよ」
私を睨みつけていた男が、急に腰を抜かしてしまった。
怯えた顔で、私の後ろ――ルーク様を見上げている。
「ルーク様?」
私が後ろに振り返ると、彼はニコリと優しい笑みを浮かべていた。
まさか、このお顔に怯んだわけじゃないわよね……?
ルーク様は、手にしていた通魔石へと口を近づけて状況を伝達する。
「すまない、アルウェン。事故があって男を拘束することになった」
【見ていましたよっ! 我々もすぐに向かいます!】
……う~ん。
ごめんなさい、みんな。
◇
結局、あの場所にいたのはフードの男だけだった。
私達は彼を駐屯所へと連れ帰り、今は騎士団が尋問を行っている最中だ。
「ザターナ嬢、思いのほか無茶する方だったんですね」
「お恥ずかしい限りです……」
「男にビンタかますご令嬢なんて、初めて見ましたよ!」
「面目ございません……」
……うぅ。
ハリー様とアトレイユ様が、私をからかってくる。
私の行為が、よほどおかしなものに映ったみたい。
そりゃあ殿方を引っぱたくような淑女なんて、そうそういないでしょうよ。
「笑いごとじゃないぞ、二人とも。ザターナの勇気ある行動が、一人の少女を救ったんだ。素晴らしい決断だった」
「でも、これで黒幕の手掛かりが断たれてしまったら……」
「その時はその時だ。私がきみを守ってやるさ」
ルーク様が私に励ましの声をかけてくれた。
そう言ってくれると、嬉しい。
「べ、別にザターナ嬢を馬鹿にしたわけじゃないぞ!」
「そうですよ! そういう一面もあるんだな、という話をしただけですっ」
アトレイユ様とハリー様が、慌てた様子で弁明してくる。
別に気にしてなんていませんよ?
むしろ、さっきから私の背中をチクチク刺してくるヴァナディスさんの視線の方が気になるわ。
その時、アルウェン様が部屋へと入ってきた。
顔色が曇っていると言うことは――
「すみません。黒幕の手掛かりはほとんど掴めませんでした」
――そういうことよね……。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いいえ! あの場では、ザターナ嬢が誰よりも正しい判断をなさいました。気を落とさないでください」
「ありがとう、アルウェン様」
「それに、まったく手掛かりがないというわけでもありません」
アルウェン様が、手に持っていた紙を私達へと差し出した。
「あの男は、拉致犯から荷物を受け取って金を払うだけの役回りでした。ただの物乞いですが、金とこの手紙を受け取って、指示通りに動いていたようです」
手紙には、今日の日付と時刻と場所、そして今アルウェン様がおっしゃった通りのことが書かれていた。
「まさに指示書だな。これは誰から?」
「一昨昨日、路上で目を覚ましたら傍にこの手紙と金が置いてあったそうです」
「そうか。この手紙から依頼主までたどり着くのは、困難だな……」
そう言いながら、ルーク様が手紙を手に取る。
すると――
「……まさか! 嘘だろう……!?」
――突然、ルーク様が顔色を変えた。
明らかに動揺している。
「ルーク様、どうしたのですか?」
私の声にも反応せず、彼は手紙を見下ろしたまま、おののいている。
しばらくすると、彼は――
「この筆跡は、レイアのものだ」
――手紙を握り潰して、言った。
「レイア? レイアって……まさか……」
私の脳裏に、銀髪の美しい女性の顔が思い起こされる。
「過去、私は何度も彼女と手紙のやり取りをしたことがある。これは、間違いなくレイア・マリアン・フォース・セントレイピアの筆跡だ!!」
部屋の中の誰もが、衝撃の事実に身を強ばらせていた。
そして私は、彼女から言われた言葉を思い出す。
『分不相応な振る舞いばかりしていると、思わぬ苦汁を味わうことになるかもしれませんわよ?』
あの言葉って、こういうことだったの!?
「ルーク様、これは少々……いえ、かなり厄介なことに……」
「その通りだ、アルウェン。レイアが聖女に――ザターナに危害を加えようと画策したのなら、王族であっても許されることではない!」
「この事実を知っているのは、私を含めてこの場の六人だけです――」
この場の六人。
アルウェン様に、ルーク様、アトレイユ様、ハリー様。
そして、ヴァナディスさんと私、か……。
「――報酬役の男が消えたことを知られれば、王女殿下は何らかの手を打ってくるかもしれません。陛下の第四子である彼女に大きな力はありませんが、それでも支持者は大勢います」
「事が荒立つ前に、決着をつけねばなるまいな」
ルーク様の手から、ポトリと丸まった手紙が落ちる。
「私がレイアに事実確認する。アルウェン、きみも同行してくれ」
「承知しました」
「すまないが、内々で進めたい。アトレイユとハリーは、このことを決して他言しないでくれ」
ルーク様の言葉に、アトレイユ様もハリー様も無言で頷く。
私は、顔をしかめるルーク様に居ても立っても居られなくなり、つい言ってしまった。
「私も同行します!」
その言葉に、ルーク様を始めその部屋の全員が目を丸くした。
「狙われたのは、きみなんだぞ」
「ですが、命を狙われたわけではありません。髪の毛を切れという指示は、きっと私への嫌がらせのようなもの。それ以上でもそれ以下でもないと思います」
「それはレイアを問い詰めなければわからない!」
「彼女の怒りを買う理由があったのなら、私はそれを謝りたいのです」
「おおよその見当はつく……っ。きみはおそらく関係ない」
「えっ。そうなのですか? 私もおおよその見当がついていたのですが」
「えっ。なんだって?」
ルーク様が目を丸くしている。
どういうこと?
ルーク様にも心当たりがあると言うの?
私はてっきり、昨日の名前の呼び方で機嫌を損ねたせいだと思っていたわ。
でも、昨日の今日で、今回のことを仕組むのは無理よね……。
「本当に同行するつもりですか、ザターナ嬢」
「はい。ご迷惑とは重々承知ですが、連れて行ってください」
「ルーク様、どうなさいますか?」
「……言っても聞かぬご様子だ。こうなれば、ザターナにも同行してもらおう」
ルーク様は観念したと言わんばかりに、私へと苦笑を浮かべる。
ワガママを言ってごめんなさい。
それでも私、王女殿下の真意を知りたいんです。
◇
その日の正午。
私とアルウェン様は、ルーク様に連れられて離宮の通路を歩いていた。
「ずいぶん警備が手薄ですね」
「そうなるように仕向けた。以前から離宮の蔵書を増やしたいと要請があったので、一度に大量の本を届けてやったのさ。ここの警備も本の搬入に回さないといけないほどにな」
「なるほど。だから大量の本を積ませた馬車も一緒に連れてきたのですね」
「もっとも、私でなければこんな簡単にはいかなかったろうがね」
ルーク様とアルウェン様が、離宮突入時の種明かしを話している。
離宮には、あれだけの本を収める書庫があるのかぁ。
……羨ましい。
「レイアには、常に侍女が帯同している。戦闘訓練を受けているボディガードだ」
「留意しました」
「部屋に飛び込み次第、まずは彼女らを制圧する」
「御意」
二人が話しているうちに、王女殿下のお部屋へとたどり着いた。
「ザターナ。扉を開いた後は、私が呼ぶまで廊下に待機しているんだぞ」
「は、はい」
物騒な話をしていたので、不安になってくる。
誰も怪我をしなければいいけど。
「行くぞ!」
ルーク様が扉を蹴破り、アルウェン様と共に中へと飛び込んだ。
女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、声はすぐに止んで――
「入ってきていいぞ、ザターナ」
――ルーク様が普段と変わらない声で、私を呼んだ。
恐る恐る部屋に入ると、床に組み伏せられている侍女達と、顔を真っ青にして立ちつくす王女殿下の姿があった。
「あ、あなた……ザターナッ!?」
私を目に留めると、王女殿下が動揺した様子で私の名前を叫んだ。
「なぜ我々がこの場にやってきたのか、わかるな」
「……そう。そういうこと」
ルーク様は、取り押さえた侍女をアルウェン様に任せて、王女殿下の前へと進み出た。
彼女は、今にも泣きそうな顔でルーク様を見上げている。
「ルーク。どうして、わたくしを拒絶し続けるの?」
「なぜ報復の矛先をザターナに向けた。憎いのは私だろう」
「そうよ、あなたが憎い。でも、愛しているのっ」
王女殿下がルーク様へとすがりついた。
でも――
「触れるなっ!」
――彼は、無慈悲にも彼女を払い除けた。
「わたくしが第四子だから? あなたの野望の力になれないから!?」
「罪を認めて、ザターナに詫びるんだ」
「嫌よ」
「私がきみに会いにきたのはそのためだ。でなければ、きみと顔を合わせる理由はない」
「そんな……っ!」
今までの一連の流れ、まるで小説の中の出来事みたい。
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憎悪――彼女の眼差しは、その言葉通りの感情が宿っているように感じられた。
「――ならば、せめて相手はわたくし自身で選びたい。そのくらいの自由、わたくしにあってもいいのではなくてっ!?」
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でも、彼はそれを望まなかった。
……。
私は、心の内に何か熱いものが煮えたぎってくるのを感じ始めた。
「ルーク。あなたにとって、わたくしは宮廷の情報を引き出すための道具でしかなかったの?」
「すでに民は飢え始めている。貴族達だけでなく、宮廷にも腐敗が拡がっている今、それを正すには生半可な権力ではダメなんだ」
「わたくしには無く、聖女にはそれがある……というわけ」
「この国の未来のため、俺は誰に恨まれようと成し遂げなければならない使命がある。その結果、地獄へ落ちる覚悟も俺にはある」
「わたくしも地獄へお供したかった――」
不意に、王女殿下は懐に手を入れた。
そして。
「――先に向こうでお待ちしていますわ。愛しいお方」
短剣を取り出し、自らの喉へと当てた。
「! やめ――」
ダメだ。
ルーク様の声では、間に合わない。
「レイアッ!!」
私はとっさに彼女の名を叫んだ。
呼び捨て――それはもう、王族に対して無礼極まる呼び方だ。
でも。
「……ザターナ……」
だからこそ、彼女は手を止めてくれた。
直後、私は無言でルーク様の前まで歩み寄り――
「天・罰っ!!」
――その頬を、思いきり引っぱたいた。
「……!? 何を……っ」
「あなたの傲慢が! レイアを傷つけたっ!!」
「な……!」
「理由なんて関係ない! 野望なんて知るもんですか! 女の子を泣かせるような男性に、国の未来がどうとか語る資格ないわっ!!」
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……ルーク様のことは一切、伏せた上で。
彼女へ課せられた罰は、王位継承権の剥奪と、辺境への追放。
事が事だけに審問会の内容は秘匿され、その経緯を知るのはご家族と、この時レイア様の部屋にいた人間のみ。
私は、部屋を連れ出された時のレイア様のお言葉――
「迷惑をかけましたね、ザターナ。ごめんなさい……ありがとう」
――それをずっと忘れられずにいる。
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