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森戸銀子~別れ~
しおりを挟む『森戸銀子~別れ~』
その後銀子は、何が起きたのか家族に打ち明け、自ら警察へ連絡し、逮捕された。
事情聴取中、担当刑事から創一の検死結果を聞かされた。
「死因は、頸部圧迫による窒息死。森戸さんの自白通り、息子さんはあなたに首を絞められて死んだ。」
「・・・・・・・・。」
銀子は、虚ろな目で話を聞く。
「それと、息子の創一くんは、死ぬ直前しきりに頭を抑えていたと仰いましたね?その原因も分かりました。」
「・・・・・・・?」
「悪性の腫瘍があったんですよ。ゴルフボールサイズの。」
「しゅ・・・腫瘍?」
銀子は、目を見開いて聞き返す。
「ええ。場所が場所だし、かなりデカいので、手術も治療も難しい段階だった。以前から激しい頭痛・目眩・吐き気・幻覚などの症状が続いていた可能性が高いというのが、検死官の見立てです。早期発見出来ていれば・・・まだ治療法はあったかもしれません。だが、死因は絞殺です。あなたの罪であることに変わりはない。」
「ええ、刑事さん。その通りです。」
銀子は、静かにそう答え、担当刑事に頭を垂れる。
「早く、眠らせてあげて下さい。」
「・・そのつもりですよ。だが、どうしても腑に落ちません。森戸さん、何故創一くんを殺したんです?」
「・・お話ししたとおりです。」
「・・殺したいから殺した。間違いありませんか?」
「はい。」
「・・・・・・・。」
この時の担当刑事が、まだまだ若く血気盛んな権三だった。だが、母親が犯人であることは明らかなので、形式的な聴取のみで済ませるよう上からの指示があったため、それ以上の追求はしなかった。
鑑識・検死結果と本人の自白を基に、故意による殺人により、5年の懲役となった。
銀子は、警察へ連絡する直前、家族と話し合いをした。
銀子の希望で、創一が空き地で動物を虐待死させていたことは伏せ、創一の体調が全く良くならず、思い詰めた末に銀子が犯行に及んだことにした。
旦那も雅紀も反対した。それでは、悪戯に刑期を延ばすだけだからだ。
銀子は一歩も譲らず、話を聞いていた父親が、[銀子がそれで気が済むなら、そうしてやろう。]と告げたことで、旦那と雅紀は渋々受け入れた。
そして、警察が来るのを家族皆で待つ間、父親が懺悔するように口を開いた。
「・・実は、慧が死んだ時、一言書き置きをしていてな。」
「え・・・?」
「[まってるよ そういち むこうで]と。」
銀子も旦那も雅紀も、両手に力を込める。
「お前に見せたくなくて、破り捨てて黙っていた。今思えば・・・アイツは気づいていたのかもしれん。」
創一の死期が近いことを。と、父親は終わりまで口にできなかったが、皆にしっかり伝わり、銀子は歯がみし、旦那は目を閉じる。
「・・分かるもんか。」
雅紀は、憎々しく呟く。
「あんな事するヤツに。家族ってものも、創一の強さも、母親の思いも・・・。ただの、負け惜しみだよ。」
「・・・ああ。そうだな。雅紀の言うとおりだ。」
そう言って、父親は雅紀の肩に手を置く。そして、慧を生かしておいた後悔を胸に秘め、それ以上何も話さなかった。
銀子の獄中生活が始まって間もなく、父親は他界した。創一の葬儀から、2週間後のことだった。それを、面会に来た旦那の口から聞いた。
「そう。心臓発作で・・・。」
「タツが、うちへ知らせに来たんだ。雅紀と一緒に駆けつけたら、自宅の庭に倒れていたんだ。突発性の発作で、あっという間だった筈だって、医者が言ってたよ。葬儀は、村の人達が協力してくれるから心配要らない。」
「・・迷惑ばかりかけて・・・ごめんなさい。」
「なぁに言ってんだ。銀子さんは俺の奥さんで、お義父さんは俺にとっても実の父親みたいに大事な人なんだ。しっかり見送って、留守も守るよ。」
「・・相変わらず、いい旦那だねぇ~。」
旦那は、冗談っぽく笑顔で頭を掻いてみせる。
「店は、村長と相談して、一時的に俺が店主になって継続することにした。」
「え?」
「いやあくまで、一時的にだよ。銀子さんが戻るまで、あの店は開けておきてぇんだ。出所したら引き継げとかそういう事じゃないよ?ただ、森戸家も店も、銀子さんの大事な居場所だ。帰ってくるまで、生かしておきたいんだ。その後煮るなり焼くなり、対処は銀子さんに任せる。」
「・・・分かった。じゃあ、あたしが帰るまで頼むよ。」
「うん、承知した。だからさ、銀子さん。必ず帰ってくるんだよ?雅紀も俺も、それだけを願って頑張ってんだ。変な気は起こさないでくれ。な?」
「ああ、必ず帰るよ。約束する。創一とも・・・約束してるからね。」
「創一?」
「あの子・・・店の傍の崖にタロと一緒にいてさ、あたしを見て笑って、[母さん、僕の分まで生きて。ちゃんと見張ってるからね。]ってさ。夢の中で、晴々しい笑顔見せて脅してきたんだよ。」
「へっ、創一らしいな・・・。」
「あの子、あたし達のこと見てるんだよ。どっかで。だったら、意地でも精一杯生きて、それから会いに行くことにしようって決めたんだ。」
「そうしよう。アイツみたいに、たくさん足掻いて生きようじゃねぇか。」
「うん。そうしよう。」
2人は頷き合い、心に決めた。
翌日、銀子不在の中、父親の葬儀と火葬が行われた。お骨はしばらく父親の家の仏壇へ祀り、タツは森戸家に引き取るつもりだったが、家を守るように玄関先から動かなかったため、毎日見に来ることにした。
だがその2日後、飼い主の後を追うようにタツは眠りについた。
「・・・辛いよなぁ~・・・?大切な人がいない世界で暮らすのは。本当に・・・辛いなぁ。」
横たわるタツの亡骸を優しく撫で、旦那は涙を流す。
雅紀もその隣りに屈み込み、
「もうきっと、爺ちゃんと婆ちゃんと一緒だよ。タツはもう辛くないよ。」
そう言ってタツの頭を撫でる。
「創一の事は・・・きっとタロが面倒見てくれてる。」
「・・そうだ、うん。そうだな、きっと。」
涙が止まらない父親の肩を、雅紀はなだめるようにしばらく擦っていた。
まだ創一の死を受け入れられない雅紀は、父親のように涙を流すことは出来なかった。
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