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第5章 地下都市編
第96話 凱旋帰還
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馬車の道のデコボコからの振動も今日は心が踊っている為か心地よいものに感じる。
カラカス都市まで後、僅か。見覚えのある風景が辺りには広がっていっていた。
「懐かしいですね……カラカスを出たのはそんなに昔でもないのに」
「確かに……遠いようで近い記憶。不思議」
馬車の後部座席にはソーニャとミミともう一人が乗っている。
エヴァは邪神との戦いを父親に報告しないといけないとの事で冥界に帰っていた。
随分と昔だった気もするし、つい先日の事のようにも思える、暗黒世界になってカラカスを出発したあの日。
出発時、黒雲に覆われていた大空は、今では雲ひとつない真っ青な気持ちの良い青空となっていた。
小高い丘の頂上を超えた辺りで――
「あっ!……見えてきた、カラカス」
出発時はスタンピードでボロボロだった都市の様子も復旧が進み、元の都市の姿へと戻っているようだった。
街道を活発に行き交う商隊達の馬車。並ぶ露天のそこを行き交う人々。
魔物の影に怯え、人々の交流も極端に減っていた出発前のカラカス都市の姿は最早そこにはなかった。
馬車の鞭を振るう力にも心なしか少し力が入る。
ランドルフを、結果的に邪神を打ち倒したあの後、いろいろとあったものの、地下都市は地上の神聖教徒都市から独立、自治を勝ち取り、不平等、不当な扱いから解放され、バティストを建国のリーダーに新たな道を進んでいる。
魔導機械という唯一無二の強み。今は弱小国家の一つに過ぎないが、きっといつしか世界の強国の一つになっていくだろうと思っている。
すれ違う馬車の操縦手に手を上げて軽く挨拶する。
馬車の荷台には家族連れだろうか子供たちも乗り込んでおり、好奇の眼差しでこちらを見ていた。
災厄の傷跡は世界中に見受けられるが今まで経由してきた都市の復旧は終わっており、世界は暗黒世界から完全に立ち直ったように思える。
都市への入り口の大きな門を検問を通過してくぐる。
この門もスタンビートで酷く破壊されていたはずだが、綺麗に復旧されていた。
都市には昏い目をして道端にへたり込んでいるような人はもういないかった。
通りでは子どもたちが元気に走り回り、露天各所からは商人たちの元気の良い客寄せの口上が述べられていた。
クリスティンには帰ってくる事は前もっては伝えていない。
だが執事のハーバートには伝えている。
サプライズでクリスティンには驚き、喜んでもらいたかったからだ。
カラカス都市の統治。
俺たちの出発後、魔物だけでなく、近隣の盗賊化した都市からの攻撃など危機は何度か訪れたようだが、旧エディンバラ王国の優秀な冒険者たちが集まってくれていた為、どうにか切り抜けられたらしい。
今では優れた統治者として領内の人々の信頼を完全に勝ち取り、近隣都市の正常化にも乗り出し、クリスティンは益々その優れた手腕を発揮しているらしかった。
見知った邸宅の前で馬車を止める。
馬車を降り、荷物を片手に玄関のドアを軽くノックする。
玄関の扉を開けたのは――白髪の老人、よく見知った顔のハーバートだった。
ハーバートは何も言わずに、頷いて、俺たちを邸宅内へといざなう。
すっと2階にその手を向け、クリスティンが2階の執務室に居ることを俺たちにジェスチャーを持って示す。
俺たちは物音を立てないようにこっそりと階段を上り、執務室の前まで到達する。
ドキドキ。ランドルフと対峙した時以上にもしかしたら別の意味でドキドキしているかもしれない。
思えばカラカスを旅立ってから一度も連絡を取っていなかった。
クリスティンの事を忘れたわけではない。
でももし愛想をつかされていたら……という不安もカラカスに帰るという段になってから何度もよぎった。
都合の良いことだ――というのは自分でも分かっている。
だがクリスティンへの気持ちは変わってないし、あの時のままでいて欲しいという身勝手な願望は捨てきれない。
ハーバードのクールな表情からは彼が何を思っているのか推し量る事はできなかった。
ドアノブに手をかけてゆっくりとそれを回す。
『ライトニングワールド/光速世界』――を発動している訳ではないが、世界は勝手にスローモーションのようになる。
扉を開けると――
執務室で椅子に座って何かの書類に目を通していたクリスティンの姿。
その姿を認識した時に懐かしさと共に友愛の気持ちが胸に広がる。
クリスティンは何気なく――誰か部屋に入ってきたな――と俺たちの方へと視線が向かう。
彼女の目は最初は見開かれ――そして、その後、「えっ……」という驚きの表情をした後に――頬を膨らませたようなお怒りの表情へとその表情が変わる。
(まずい……怒っていたんだ……)
俺は狼狽しそうになるが、悪いのこちら。覚悟を決めて――
「や、やあ……久しぶり……」
となんとも気の利かないセリフを精一杯、絞り出す。
「…………今まで何やってたの……なんで連絡寄越さないの!」
「……ご、ごめん……」
クリスティンの射抜くような視線を向けられ、俺は思わず俯いて侘びを入れる。
しばらく気まずい沈黙がその場に流れる。
後ろのミミとソーニャも借りてきた猫のようになって縮こまっている。
「…………よかった……無事で………」
クリスティンのその顔はくしゃくしゃになり、その瞳からは涙がこぼれる。
「……ごめん」
俺はクリスティンに歩み寄り、そっと彼女を抱きしめる。
「…………もう、ダメなんだって……暗黒世界は打ち払われたけど……その代償として……よかった……」
彼女の柔らかく、そして温かいその体の温もりを感じる。
「…………ごめん、連絡してなくて」
「……許さない、でも……帰ってきてくれて、ありがとう」
その次の日の夜、特別にカラカス都市を上げての宴が開かれる事になった。
冒険者の他にも、カラカス都市の防衛に寄与した英雄たち、市民すべてを労い、そしてランスたち英雄の帰還を祝う宴が盛大に開催された。
急遽用意された打ち上げ花火が夜空を彩っている。
宴の一方を聞き、駆けつけた吟遊詩人たちが音楽を奏で、それに併せて人々が踊って、そのリズムに乗っている。
ある所からは陽気な歌声が聞こえ、ある所からは快活な笑い声が響いている。
「おい、やったみたいだな、ランスお前」
ビールジョッキを片手に随分と出来上がっている冒険者仲間のライリーが俺たちの席までやってきて話しかけてくる。
「やったって何が?」
「ああ!? 帝国だよ、ラゼールて・い・こ・く。お前、英雄として祭り上げられてるぞ」
そう言えばそうだった。
てかあんまり持ち上げるのは止めてくれといってフィリド王子とは別れたはずなんだけど……。
「こっちも色々と大変だったみたいじゃないか。ラムズフェルド盗賊団が隣の都市を制圧して攻めてきたって?」
「そうなんだよ。しょうがねえなあ、じゃあ、聞かせてやるか、俺たちの英雄伝を」
ライリーは近くの椅子に腰を下ろすと、嬉しそうに自分たちの活躍を俺に聞かせる。
そうしていると俺だけでなく、ミミとソーニャも一人、二人と見知った冒険者の酔っぱらい達に絡まれていく。
周囲からはとりとめのない話により笑い声が幾つも上がり、すでに夜更けに差し掛かっていたが、酔いは益々進み、赤ら顔をした気のいい友人たちは時折、哄笑を上げながら、談笑は続いていゆく。
話しを切れ目を狙っていたのか――「ランス、ちょっと」――と俺はクリスティンにその酔っぱらいの集団から引き剥がされる。
「どうしたの?」
俺はフラフラとしながらご機嫌で尋ねた。
「…………この後、どうする……」
「え? なに?」
クリスティンの言葉の最後が酔っぱらいたちの哄笑によってかき消された為、再度尋ねる。
「ランスはこの後、どうするつもりなの? まだ、冒険の旅を続けるの?」
それはこのカラカスへと帰還している時に考えていた事であった。
まだ世界のすべてを見た訳ではない。世界はまだまだ広い。
感動するような光景、景色に見たことのないドキドキ・ワクワクするものというのもきっとあるだろう。
しかし、こと冒険者としてこれ以上の成長は、特に戦闘面に於いてはもう望めないのではないかとも思う。
であればこの先の人生、何を目標に生きるのか?
戦い以外にも、例えば魔術開発、錬金による新規素材生成など興味を持っているものはあるが、カラカスという都市でしばらくのんびり過ごすのもいいかなという気がしていた。
何よりもここにはクリスティンがいるし。
一緒にカラカス都市がもっと発展するように内政を手を取りやって行っていくのも面白いかもしれない。
「あっ、そうだ、忘れてた。ちょっと待ってて」
俺はそう言い残して、あいつの元へ向かう。
すっかり忘れていた。寂しい思いしていただろうか。謝らないと。
懐かしい面々、特にクリスティンに会えた事によって頭の中からすっかり抜け落ちていた。
どこか手持ち無沙汰な様子をしているクリスティンの元へ連れてきたあいつを引き合わせる。
「あら、この子は……まさか、ランス、あなたの子供とか……」
「いやいや、そんな訳ないでしょ。ほら自己紹介して」
モジモジと恥ずかしそうにしている。
人間の子供なら2歳か3歳くらいに見えるだろう。
クリスティンは中腰になり、目線が同じ高さになるよう合せる。
「ダクネス……」
「ダクネスっていうの、いい名前だね。何歳?」
ダクネスは俺の方へ、救いを求めるように視線を向ける。
正直俺もダクネスが何歳なのか分かっていないんだが……。
「1歳だ……たぶん」
「何よたぶんって」
「この子は捨て子みたいなもんで、詳しく分かってないんだ。それで……お願いがあるんだけど……」
「もしかして、引き取って世話をみたいって?」
「……うん……できればこの街で……クリスティンも手伝ってくれたら嬉しいななんて……」
俺は上目遣いでクリスティンの反応を伺う。
クリスティンは両手を腰に当て、少し悩んだ様子を見せた後にため息を一つ吐いて。
「もーしょうがないな。じゃあ、ランスはカラカスに留まるって事でいいのね」
「ああ、一緒にいるよ」
俺のその答えを聞いた後に、パァーと音が聞こえるような笑顔をクリスティンはする。
そんな笑顔を見せられるとこちらも嬉しくなってくる。
俺はクリスティンをそっと抱き寄せ――唇を重ねようとしたその時――
ぐぅーーー
傍らのダクネスから元気のいい腹の虫が聞こえてきた。
「ああ、ごめんごめん。腹減ってるよな」
「ご馳走一杯あるから、お腹いっぱい食べてね」
俺とクリスティンがダクネスの両サイドに周り、それぞれその小さい手と手を繋ぎながら、哄笑が溢れる、仲間たちのテーブルへと戻っていく。
ダクネスは嬉しそうに俺とクリスティンの顔をそれぞれ見上げ、
「みんな仲良し、みんな楽しい……生まれてよかった」
と言った。俺はその言葉から言いようのないような喜びを感じたのであった。
カラカス都市まで後、僅か。見覚えのある風景が辺りには広がっていっていた。
「懐かしいですね……カラカスを出たのはそんなに昔でもないのに」
「確かに……遠いようで近い記憶。不思議」
馬車の後部座席にはソーニャとミミともう一人が乗っている。
エヴァは邪神との戦いを父親に報告しないといけないとの事で冥界に帰っていた。
随分と昔だった気もするし、つい先日の事のようにも思える、暗黒世界になってカラカスを出発したあの日。
出発時、黒雲に覆われていた大空は、今では雲ひとつない真っ青な気持ちの良い青空となっていた。
小高い丘の頂上を超えた辺りで――
「あっ!……見えてきた、カラカス」
出発時はスタンピードでボロボロだった都市の様子も復旧が進み、元の都市の姿へと戻っているようだった。
街道を活発に行き交う商隊達の馬車。並ぶ露天のそこを行き交う人々。
魔物の影に怯え、人々の交流も極端に減っていた出発前のカラカス都市の姿は最早そこにはなかった。
馬車の鞭を振るう力にも心なしか少し力が入る。
ランドルフを、結果的に邪神を打ち倒したあの後、いろいろとあったものの、地下都市は地上の神聖教徒都市から独立、自治を勝ち取り、不平等、不当な扱いから解放され、バティストを建国のリーダーに新たな道を進んでいる。
魔導機械という唯一無二の強み。今は弱小国家の一つに過ぎないが、きっといつしか世界の強国の一つになっていくだろうと思っている。
すれ違う馬車の操縦手に手を上げて軽く挨拶する。
馬車の荷台には家族連れだろうか子供たちも乗り込んでおり、好奇の眼差しでこちらを見ていた。
災厄の傷跡は世界中に見受けられるが今まで経由してきた都市の復旧は終わっており、世界は暗黒世界から完全に立ち直ったように思える。
都市への入り口の大きな門を検問を通過してくぐる。
この門もスタンビートで酷く破壊されていたはずだが、綺麗に復旧されていた。
都市には昏い目をして道端にへたり込んでいるような人はもういないかった。
通りでは子どもたちが元気に走り回り、露天各所からは商人たちの元気の良い客寄せの口上が述べられていた。
クリスティンには帰ってくる事は前もっては伝えていない。
だが執事のハーバートには伝えている。
サプライズでクリスティンには驚き、喜んでもらいたかったからだ。
カラカス都市の統治。
俺たちの出発後、魔物だけでなく、近隣の盗賊化した都市からの攻撃など危機は何度か訪れたようだが、旧エディンバラ王国の優秀な冒険者たちが集まってくれていた為、どうにか切り抜けられたらしい。
今では優れた統治者として領内の人々の信頼を完全に勝ち取り、近隣都市の正常化にも乗り出し、クリスティンは益々その優れた手腕を発揮しているらしかった。
見知った邸宅の前で馬車を止める。
馬車を降り、荷物を片手に玄関のドアを軽くノックする。
玄関の扉を開けたのは――白髪の老人、よく見知った顔のハーバートだった。
ハーバートは何も言わずに、頷いて、俺たちを邸宅内へといざなう。
すっと2階にその手を向け、クリスティンが2階の執務室に居ることを俺たちにジェスチャーを持って示す。
俺たちは物音を立てないようにこっそりと階段を上り、執務室の前まで到達する。
ドキドキ。ランドルフと対峙した時以上にもしかしたら別の意味でドキドキしているかもしれない。
思えばカラカスを旅立ってから一度も連絡を取っていなかった。
クリスティンの事を忘れたわけではない。
でももし愛想をつかされていたら……という不安もカラカスに帰るという段になってから何度もよぎった。
都合の良いことだ――というのは自分でも分かっている。
だがクリスティンへの気持ちは変わってないし、あの時のままでいて欲しいという身勝手な願望は捨てきれない。
ハーバードのクールな表情からは彼が何を思っているのか推し量る事はできなかった。
ドアノブに手をかけてゆっくりとそれを回す。
『ライトニングワールド/光速世界』――を発動している訳ではないが、世界は勝手にスローモーションのようになる。
扉を開けると――
執務室で椅子に座って何かの書類に目を通していたクリスティンの姿。
その姿を認識した時に懐かしさと共に友愛の気持ちが胸に広がる。
クリスティンは何気なく――誰か部屋に入ってきたな――と俺たちの方へと視線が向かう。
彼女の目は最初は見開かれ――そして、その後、「えっ……」という驚きの表情をした後に――頬を膨らませたようなお怒りの表情へとその表情が変わる。
(まずい……怒っていたんだ……)
俺は狼狽しそうになるが、悪いのこちら。覚悟を決めて――
「や、やあ……久しぶり……」
となんとも気の利かないセリフを精一杯、絞り出す。
「…………今まで何やってたの……なんで連絡寄越さないの!」
「……ご、ごめん……」
クリスティンの射抜くような視線を向けられ、俺は思わず俯いて侘びを入れる。
しばらく気まずい沈黙がその場に流れる。
後ろのミミとソーニャも借りてきた猫のようになって縮こまっている。
「…………よかった……無事で………」
クリスティンのその顔はくしゃくしゃになり、その瞳からは涙がこぼれる。
「……ごめん」
俺はクリスティンに歩み寄り、そっと彼女を抱きしめる。
「…………もう、ダメなんだって……暗黒世界は打ち払われたけど……その代償として……よかった……」
彼女の柔らかく、そして温かいその体の温もりを感じる。
「…………ごめん、連絡してなくて」
「……許さない、でも……帰ってきてくれて、ありがとう」
その次の日の夜、特別にカラカス都市を上げての宴が開かれる事になった。
冒険者の他にも、カラカス都市の防衛に寄与した英雄たち、市民すべてを労い、そしてランスたち英雄の帰還を祝う宴が盛大に開催された。
急遽用意された打ち上げ花火が夜空を彩っている。
宴の一方を聞き、駆けつけた吟遊詩人たちが音楽を奏で、それに併せて人々が踊って、そのリズムに乗っている。
ある所からは陽気な歌声が聞こえ、ある所からは快活な笑い声が響いている。
「おい、やったみたいだな、ランスお前」
ビールジョッキを片手に随分と出来上がっている冒険者仲間のライリーが俺たちの席までやってきて話しかけてくる。
「やったって何が?」
「ああ!? 帝国だよ、ラゼールて・い・こ・く。お前、英雄として祭り上げられてるぞ」
そう言えばそうだった。
てかあんまり持ち上げるのは止めてくれといってフィリド王子とは別れたはずなんだけど……。
「こっちも色々と大変だったみたいじゃないか。ラムズフェルド盗賊団が隣の都市を制圧して攻めてきたって?」
「そうなんだよ。しょうがねえなあ、じゃあ、聞かせてやるか、俺たちの英雄伝を」
ライリーは近くの椅子に腰を下ろすと、嬉しそうに自分たちの活躍を俺に聞かせる。
そうしていると俺だけでなく、ミミとソーニャも一人、二人と見知った冒険者の酔っぱらい達に絡まれていく。
周囲からはとりとめのない話により笑い声が幾つも上がり、すでに夜更けに差し掛かっていたが、酔いは益々進み、赤ら顔をした気のいい友人たちは時折、哄笑を上げながら、談笑は続いていゆく。
話しを切れ目を狙っていたのか――「ランス、ちょっと」――と俺はクリスティンにその酔っぱらいの集団から引き剥がされる。
「どうしたの?」
俺はフラフラとしながらご機嫌で尋ねた。
「…………この後、どうする……」
「え? なに?」
クリスティンの言葉の最後が酔っぱらいたちの哄笑によってかき消された為、再度尋ねる。
「ランスはこの後、どうするつもりなの? まだ、冒険の旅を続けるの?」
それはこのカラカスへと帰還している時に考えていた事であった。
まだ世界のすべてを見た訳ではない。世界はまだまだ広い。
感動するような光景、景色に見たことのないドキドキ・ワクワクするものというのもきっとあるだろう。
しかし、こと冒険者としてこれ以上の成長は、特に戦闘面に於いてはもう望めないのではないかとも思う。
であればこの先の人生、何を目標に生きるのか?
戦い以外にも、例えば魔術開発、錬金による新規素材生成など興味を持っているものはあるが、カラカスという都市でしばらくのんびり過ごすのもいいかなという気がしていた。
何よりもここにはクリスティンがいるし。
一緒にカラカス都市がもっと発展するように内政を手を取りやって行っていくのも面白いかもしれない。
「あっ、そうだ、忘れてた。ちょっと待ってて」
俺はそう言い残して、あいつの元へ向かう。
すっかり忘れていた。寂しい思いしていただろうか。謝らないと。
懐かしい面々、特にクリスティンに会えた事によって頭の中からすっかり抜け落ちていた。
どこか手持ち無沙汰な様子をしているクリスティンの元へ連れてきたあいつを引き合わせる。
「あら、この子は……まさか、ランス、あなたの子供とか……」
「いやいや、そんな訳ないでしょ。ほら自己紹介して」
モジモジと恥ずかしそうにしている。
人間の子供なら2歳か3歳くらいに見えるだろう。
クリスティンは中腰になり、目線が同じ高さになるよう合せる。
「ダクネス……」
「ダクネスっていうの、いい名前だね。何歳?」
ダクネスは俺の方へ、救いを求めるように視線を向ける。
正直俺もダクネスが何歳なのか分かっていないんだが……。
「1歳だ……たぶん」
「何よたぶんって」
「この子は捨て子みたいなもんで、詳しく分かってないんだ。それで……お願いがあるんだけど……」
「もしかして、引き取って世話をみたいって?」
「……うん……できればこの街で……クリスティンも手伝ってくれたら嬉しいななんて……」
俺は上目遣いでクリスティンの反応を伺う。
クリスティンは両手を腰に当て、少し悩んだ様子を見せた後にため息を一つ吐いて。
「もーしょうがないな。じゃあ、ランスはカラカスに留まるって事でいいのね」
「ああ、一緒にいるよ」
俺のその答えを聞いた後に、パァーと音が聞こえるような笑顔をクリスティンはする。
そんな笑顔を見せられるとこちらも嬉しくなってくる。
俺はクリスティンをそっと抱き寄せ――唇を重ねようとしたその時――
ぐぅーーー
傍らのダクネスから元気のいい腹の虫が聞こえてきた。
「ああ、ごめんごめん。腹減ってるよな」
「ご馳走一杯あるから、お腹いっぱい食べてね」
俺とクリスティンがダクネスの両サイドに周り、それぞれその小さい手と手を繋ぎながら、哄笑が溢れる、仲間たちのテーブルへと戻っていく。
ダクネスは嬉しそうに俺とクリスティンの顔をそれぞれ見上げ、
「みんな仲良し、みんな楽しい……生まれてよかった」
と言った。俺はその言葉から言いようのないような喜びを感じたのであった。
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