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第5章 地下都市編

第94話 一方その頃、暁の旅団は (10)

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 扉を開いた先の宇宙空間の浮いているいくつかの小島を進んだ先で待っていたのは、宇宙を眺めてこちらに背を向けて佇んでいる一人の男だった。
 俺はミミとソーニャを手でここで留まるように制止して、彼の元へと向かう。

 彼の足元には一人の女性、おそらくはエリーが倒れ、左後方に鮮血にまみれた最早誰であったか分からない肉片と、その奥にはダクネスが倒れていた。
 その男からはかつてダクネスから感じたものを更に超えるような、凄まじい重圧を伴う強烈な魔力を感じる。
 おどろおどろしく禍々しい、決して触れてはいけない、目にしたら直ぐに逃走しないといけないというような根源的な恐怖。
 その男の後ろ姿から俺に想起されたのはそういった感情だった。

「やっとここまで来たな」

 その男が発した声は聞き覚えがある声だった。

「お前を追放してからというものとことんついてなかった。辛酸を舐め、暁の旅団は壊滅状態にもなったが、立て直し、力をつけるが、上には上がいた。お前もどんどん腕を上げていったしな」

 その声はランドルフのものだった。
 話している内容もランドルフに違いない。
 しかし、今、背を向けて立っているこの男は本当にランドルフなのか?
 彼から発せられるその魔力は余りにその力が強すぎて周りの空間を歪めているようにも見受けられる。
 元人間だった男がここまで力を獲得できるのか?
 邪神がふざけてランドルフのマネでもしているのではないか?
 そういった疑念が次々と湧いてきた。

「まさかお前が勇者と魔王の息子だったとはな。だが俺は諦めなかった。お前の後進を踏み、復讐を諦めるくらいなら死を選んだほうがマシだったからな。そしてついに――」

 両手を広げてランドルフは振り返る。
 その姿は魔族ではなくに人間だった時の姿に戻っていた。
 最も戻っているのはその姿形だけで、そこに秘められている魔力は人間が持てるレベルをとうに超えている。

「遂に邪神と闇の理りの力を手に――最強の存在へと遂に至ったのだッ!!!」

 咆哮と共にランドルフはその魔力を周囲に発散する。
 発せられたその魔力は物理的な実体を持たないはずであるが、あまりに強力なせいか、瞬間的な暴風が辺り一体に起こったようにも感じられた。

「邪神と闇の理りの力だと? どうやってその力を手に入れた?」
「エリーがな……エナジードレインの反転魔法を邪神とダクネスにしてくれてな。いい女だった、俺の為にその命を捧げるとはな」
「………………」

 嘘ではないだろう。
 目の前にはその証明のように禍々しい魔力を携えたランドルフが立ち、その傍らでエリーは倒れている。
 俺は瞠目する。そして無限魔力のそのポテンシャルをすべて使うように――無限魔力の根源とのチャンネルを全開にする。

「ほう……」

 俺の魔力を確認したランドルフのから驚きの呟きが漏れる。
 俺とランドルフのお互いの強力すぎる魔力によってその間の空間は時空が歪むように歪んで見えた。

「それがヒルデガルドをも圧倒していた力だな。面白い! これが最終決戦だ! 人間界だけでなく、神々の争いも含めてな! お前を倒せば俺にはもう敵はいない。世界を悪と闇一色に染めてやるわ!」

 ランドルフは両手を天に掲げ――

『アルティメットメテオ/究極隕石飛来』

 宇宙の真空の空間に大きな時空の裂け目が発生し、そこから嘘のように巨大な隕石が突然出現して、それは凄まじいスピードで俺に向って飛来してくる。

「お前の思い通りになどさせるか! 重ねた悪行の数々、ここですべて精算させてケリをつけてやる!」

『インフィニティパワー/無限魔力』

 俺は魔力球を構成して、そこに魔力を無尽蔵に注入していく。
 魔力球はどんどん大きくなり――――巨大な隕石と変わらないくらいの大きさとなった時に俺はそれを隕石に向けて放つ――少し離れた宇宙空間で双方は衝突し、そして――

 おそらく、遠大な宇宙の異なる銀河からも目撃できたのではないかという程の閃光を放ち、言葉にできないほどの凄まじい衝撃音は真空の宇宙空間へと吸い込まれていった。

「重ねた悪行の数々だと?
 俺が犯したという悪行とななんの事だ?
 人を殺した事か? それの何が悪いんだ? 
 戦時の殺人は英雄だが平時の殺人は犯罪。それはなぜだ? 
 結局の所、人が人を殺してはいけない理由というものは自分が殺されない為。これに尽きる。
 人はてめえがかわいいから道徳という観念を作り、それを脳死で凡人どもが無条件で信じて盲信しているだけの事だ!」

 ランドルフは今度は手で印を作り――彼の周りに巨大な魔法陣が構成される。

「お前のその理屈は自分勝手な思いやりの欠片もないグズの論理でしかない!
 人殺しが許容される状況など極めて限定的な状況でしかありえないだろう。
 人を殺し、不当に蹴落とし、その先に一体何がある?
 修羅の道の行き着く所は悲惨な末路しかないという事を証明してやる!」

 俺は念の為、妖精王の剣に魔法剣として莫大な魔力を溜め込んでいく。

「人を不当に蹴落としたらいけないのか?
 …………くっくっく。
 お前は恵まれているからそんな事が言えるのだ。
 この世界のほとんどの者が生まれながらに奪われている。
 才能というかけがいのない代替えの効かないものをな。
 才能がない者が才能が有る者に勝つには手段を選べない。
 なぜなら既に奪われているからだ!
 公平を主張するなら前提をすべて公平にすべきだ!
 生まれ落ちた状況がすでに不当であり、それを是正しているに過ぎない。
 お前の主張は詭弁に過ぎん!」

 巨大な魔法陣、一つだったものが――二つ――三つっとその数を徐々に増やしている。

「論理のすり替えをするな!
 俺が言っているのは他者の尊厳を踏みにじるような行為をするなと言っているんだ!
 不当に蹴落とすとはお前がやったゴブリンから逃げる時に村の人々を騙すような手段の事を言っている。
 俺を正当に評価せずにパーティーから追放するような行為の事を言っている。
 恵まれないからといって何をやってもいいという訳では断じてない!」

 宙一面――といっても宇宙の大きさから言えばたかが知れているような範囲であるが、無数に構成された巨大な魔法陣はそれぞれ高速に回転を始めた。

「他者の尊厳だと? そんなものはお前が妄想で作り上げた虚構にすぎない。
 人間など等しく肉袋だぞ。笑い泣きそして言葉をしゃべり小賢しく様々な解釈を持つだけの肉袋だ。
 肉袋を背負い、それを自覚せずに踊っていく。それが人生だ。
 さあ踊れ、深淵からの魔物――エストールの記憶の底に眠っていた、暗黒の召喚獣よ、いでよ!」

 高速に回転している魔法陣の数々のその中央部から光線が宙域の一点に向けて発射される。
 その一点は最初は漆黒の小さな円球だったものが、徐々にその大きさを増していき、城が一つ収まるのではないかという程の巨大な大きさへと成長した後――
 何の前触れもなく、目を開けていられないような強い光を放ったと思ったら、その巨大な漆黒の円球があった宙域に巨大な――おそらくはブラックドラゴンと呼ばれる伝説の竜種が出現した。

 ブラックドラゴンはその全身をブラックダイアモンドかという程の輝きを放つ鱗で覆われており、遠目から眺めるだけでもそれらが強力な防御力を持っているものであろうという事が推測される。

 ブラックドラゴンは最初は何事かと辺りを眺めた後、俺を敵として認識、見定めたようで、俺に向って全身がビリビリと震える程のでたらめな音量の咆哮を放ってきた。
 咆哮の後、ブラックドラゴンのその体のあちらこちらからその漆黒の表皮の一部が赤く点滅する。
 それと同時にその巨大な口をガバッと開けると、その口の内部で黒色の炎が生成されているようであった。

「人間は決して…………肉袋などではない。
 それぞれがかけがいのない心を持ち、そしてそれが通じ合う事によって俺達の人生に祝祭がある。
 人が人を信じられなくなった時――お前のように――そうなった時には人生に彩りはなくなり、それは生存競争を行うだけの快楽を追求する獣に成り下がっていく。
 邪悪なるものは何であろうと滅してやるッ!!」

 妖精王の剣に込められた莫大な魔力はすでに一つの大きな火柱のように剣に収まりきらずに、放出されている。
 俺はそれを――『ドラゴンヘッドブレイク/竜頭斬空波』――として、放つ。
 絶大な魔力を伴った斬空波として宙域に放たれたそれは――途中で一つの細長い竜のようにその姿を徐々に変えていき――ブラックドラゴンに直撃した後もその体をうねるように何周も周りながらダメージを与える。

 ブラックドラゴンはその攻撃に苦悶の叫びを上げながら、口に溜めていた黒色の炎を一気に俺に放ってきた。

『ライトニングワールド/光速世界』

 スローモーションの世界と変わった中で、俺はゆっくりと迫っている黒色の獄炎に対して大きな半球状のバリアを構成する。
 一重のそれは当然のように獄炎によって溶解されるが――何重――十――百とバリアを重ねていく事でようやくそれはバリアによって完全に弾かれる。

 妖精王の剣にはまだ莫大な魔力が込められている。
 俺は次々と――『ドラゴンヘッドブレイク/竜頭斬空波』――を追撃で放つ。

 ブラックドラゴンの体をうねる細長い竜の数が10を超えたくらいの所で、苦悶の咆哮の叫びが大きくなり、その体がドンドン削られていく。
 元の体の大きさが嘘のように小さくなり、最終的にはボール大の大きさまで削られた後に――――ブラックドラゴンが居た空間には元の虚空が広がっていた。

 気づくとランドルフから立ち上っている魔力がそれぞれ竜のようになって立ち上がり、ヤマタノオロチのように複数の竜頭が上空の宙域で揺らめいていた。

「遂に証を立てられる。俺が生きたというその証を……」

 そう呟いたランドルフの複数の竜頭から一斉に俺に向って、漆黒の光線が放たれた。


 ミミとソーニャは二人のその様子に目を奪われていた。
 満天の星空を背景にランスとランドルフは宙域を縦横無尽に飛び回り、そして、衝突の爆発によって生じた、煌めく閃光を度々放っている。
 ランドルフの竜頭はランスに度々迫るが、ランスはそれをまるで時が止まったかのような高速でかわし、更に攻撃を加え、目視ではその攻防を全て負う事は不可能だった。
 度々の衝突によって生じる衝撃波は凄まじく、随分と距離を取って観戦しているにも関わらず、内蔵にも響くような振動がここまで達している。
 漆黒の空間で生じる攻防の煌めきは美しくもあり、興奮と同時になぜか厳粛な神秘性、神々の戦いとはこんなものなのだろうか、とでもいうようななんともいい難い感覚をもたらした。
 おそらく生涯で二度と見る事は敵わないであろうというその、枠外の頂上に達した者たちのその戦い。
 極上のスペースオペラに二人は心奪われ、そして、必死にランスが勝つように、と強く両手を絡ませて祈りを捧げていた。


 最後の一頭を切って落とす。
 俺が上段から振り下ろした魔法剣が描いた魔力の残滓による軌跡が、真空の宙域に拡散して消え去っていく。

「ここでお前を倒せば遂に立てられるのだ!
 俺が生きたというその証を! 手始めに世界を征服したその後には光の神々に戦いを挑み、そして――。
 その結果は正直どうでもいいんだ。だが、その後には俺は伝説となり、神話に残るような人物として後世に名を残す事になるだろう」

 ランドルフがその肉体の闘気を高めているのが分かった。
 後ろを振り向くと――すたすたと祭壇に向って歩いていき、そこに立てかけている、おそらく邪神のものであろう、巨大な両手剣、とても人間では扱えないであろう質量をもっていそうな人の背丈程の長さとまるで岩石のようなゴツゴツとした素材で構成され、人を切るためというよりは、すり潰す為に使用するのではないかと思われる、その剣を片手で軽々と手に取った。

「その為には…………お前にここで負ける訳にはいかない……。
 誓いを立てて、故郷を出て、紆余曲折……遂にたどり着いたこの場所……。
 絶対に、絶対に、絶対にッ!! 負けるわけにはいかないッ!!!」

 ランドルフの闘気がさらに高まっていくのが分かる。
 極暗黒闘気。ヒルデガルドがその身に纏っていたその闘気を遥かに超えるその闘気。

 来る――という直感と共に――ランドルフの攻撃は俺の想像を超えてくるだろうというよく分からない予感が生じる。

『ライトニングワールド/光速世界』


 俺は瞠目する。

 今入る場所は世界の瀬戸際。
 ここで俺が負ければ世界には辛苦と悲痛と悲惨がもたらされるだろう。
 しかし、驚くほど落ち着いている。
 思考はクリアだ。やるべき事は決まっている。

「おまえみたいな、適なしの無能は、このパーティーから追放だ!」

 ランドルフにそう罵られ、パーティを追放されたあの日の事を思い返す。
 思えば随分前のような、だが、つい最近でもあったような不思議な感覚。
 かつての暁の旅団のメンバーたちは一人死に、一人罪人として捕まり……そして、エリーもおそらくはもう生きてはいないだろう。

 目を見開き、満天の星空を見上げると、その時――

「………………」

 俺の胸に去来したこの感覚を言葉で表現する事は非常に難しい。
 例えば慈悲の根源。限りなく優しいが、それでいて、一切の価値判断は通用しない存在。
 確実に繋がっており、すべてが――自分自身とそれがそう感じたもの、存在と根源の深い所で繋がっているという絶対的な安心感のようなもの。
 その感覚はすぐになくなり――俺にもたらされた一種の全能感、とでもいうようなものはすぐに消え去ってしまったが……。

 ランドルフと向き直る。
 ストンと腑に落ちた。
 なぜ俺が追放されたのか。
 なぜ俺がランドルフと出会ったのか。
 なぜ俺がミミやソーニャ、エヴァとこの旅を続けたのか。
 分かった、ではなく、腑に落ちた。理屈ではない。
 でも、そういう事だったのだな! とは思える。

 一体いつまで高まるのか。と疑問に思うほど、ランドルフのその闘気はまだ高まっている。
 ランドルフは俺の想像を超えてくる。
 俺はそれを更に超えないといけない。
 最早人の範疇を超えた今の攻防。
 お互い、取り出せる力は無限に近い。
 ならば勝敗を分けるのは最終的には想像力だ。
 想像力の上限を突破する必要がある。
 ランドルフは俺の想像を超えてくる……。

 俺は妖精王の剣を腰の鞘へと収める。
 そして――

『瞬神』

 更に凝縮された時間軸の中で魔力球を構成する。
 大きさは握り拳ほどのボール球。大きくはないが、そこに俺の無限魔力から供給される魔力を根限り注ぎ込んでいく。
 極限まで凝縮されていく魔力球はそれ自体が質量を持ち始める。
 キィイイィーーーンッという音を途中で響かせるようになるが、それでも魔力球への魔力の供給を止めない。
 魔力球の周りに時空間の歪みが見受けられるようになるが、それでも魔力球への魔力の供給を止めない。
 そして更に拳大であった魔力球を凝縮してビー玉ほどの大きさへ圧縮していくが、それでも魔力球への魔力の供給を止めない。
 魔力球が発する音は甲高い音から途中、地響きのような重低音を奏でだすが、、それでも魔力球への魔力の供給を止めない。
 そして、いつしか――――魔力球が全てを飲み込むブラックホールへと変質した時に、俺は魔力球への魔力の供給を止めた。

 元の時間軸の世界へ立ち戻る。

 ランドルフは…………最早人ではなくなった、彼は今では一人の神なのだ――という事がはっきりと感覚として分かる。
 闘気――という言葉の範疇を超えた、言わば強力な神気を纏っており、おそらく今、彼が剣を振るえば、その防御が絶対的に不可能であるのはもちろん、一つの惑星であっても、回復不能な程のダメージを与えられるのだろうなという事を感覚的に察する。

(あの剣を振り下ろされれば俺はおそらく負ける――)

 最早小さなブラックホールと化した魔力球を俺はランドルフへと放つ!!

 おそらく――俺から放たれた魔力球を不思議そうに眺め、それを受け止めたランドルフは、きっとその攻撃に耐えうる、どんな攻撃であっても耐えうる絶対的な自信があったのだと思う。
 それほどまでに彼が纏っていた神気は完成されたものであったし、俺が妖精王の剣を用いた、魔法剣などの攻撃手段を取っていたら、もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。

 ランドルフに到達した、その小ブラックホールへと引きずりこまれそうになってランドルフは必死にそれに抵抗する。
 あまりの引力にその宙域の空間に歪みまで発生し、ランドルフの姿が不自然に歪む。
 が――予想できた事であるが、ランドルフはその引力に抵抗して、引力が及ぶ範囲から離れそうになったその時――

 俺は手を前に突き出し、閉じていた拳を開くと同時に――

「拡散。さらばだ、かつての仲間よ」

 小ブラックホールにまでなった魔力を一気に解放した。


 ミミとソーニャの目には一瞬の事であった。
 ランスとランドルフが向き合って膠着し、その尋常ではないお互いの様子から次がおそらく勝負所だと思われた、次の瞬間。
 ブラックホールの爆散はまるで一つの星が大爆発を起こした時のように、まずは閃光が彼女たちの目に到達した。
 あまりの眩さに目を閉じて、次に目を開いた時には到達してきたのは、聞いた事のないような爆音――遠大な宇宙でもし星が爆発したらこんな音がするのだろうな――とでも予想される高低音と重点音が混じり合ったような不思議な轟音。
 そしてその次に到達するはずであった衝撃波からは――いつの間にか――おそらくランスが何十にも構成したであろうバリアによって守られていた。
 近くの目視できる惑星にまでその衝撃波は到達し、惑星自体を振動させ、そしてその見た目――おそらく大気に影響を与えた為であろう――が変化している事までを確認した。
 比較的近くにいたため無事では済まなかったはずの小島、それ自体は何事もなかったかのように宙域に変わらず浮かんで、自分たちに足場を提供してくれている。
 それを不思議に思いながらも、ランスの姿を探して、無事なその姿に安心し、そして次にランドルフの姿を探すとその姿は――
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