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第4章 帝国編

第65話 み空色の空

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 嘆きの渓谷。
 父さんと母さんが謀殺された場所はそんな名称がついた場所だった。
 地獄の底のように灯りが届きにくい深い谷だからそんな名称が付いたのか、或いは、ちゃんとした由来があるのかは定かではない。

「もう行くのか?」
「はい、暗黒世界も解消されて元に戻ったみたいだし。故郷で待ってる人もいるんで、そこに一旦戻ろうかと思います」

 傍らにいる王子フィリドに頼んで作ってもらった両親の墓の前で俺は王子にそう伝える。
 墓は簡素な物で墓石には、
「ルーファスとエイレンがここに眠る」
 とだけ2人の素性は隠した形で彫られている。

 光の教団本部にあった闇の塔は戦闘後に行ってみたが、すでにもぬけの殻だった。
 最後の闇の塔の効力が切れたからか、今、空は雲ひとつない晴天となっており、散在して残っていた黒雲も消え去って晴れ渡っている。
 世界は暗黒世界からようやく元の世界に戻ったようだ。

 スコッドを倒した後、その化け物じみた戦闘を目撃していた光の教団側の兵たちは、戦意を失い、帝国に投降していって呆気なく幕引きとなったらしい。
 戦闘で囚われていた子供たちの死者はなく、帝国側の完全勝利といった結果となった。

「お前が望むなら皇帝以外の地位ならなんでもくれてやるのだがな。帝国騎士団長、帝国軍総司令、それに宰相だってな」
「すみませんが、いずれも俺の望む所ではありません」

 王子からは引き続き帝国に留まり力を貸してほしいと強い引き留めにあっていた。
 政治や内政は正常化したが長年の宰相スコッドの執政の影響により、帝国内部は随分と弱体化しボロボロになってしまっている。
 その立て直しの為に尽力して欲しい、そのために望む地位があればなんだって与えるという事であった。
 だが俺としては地位や名誉といったものにはさほど興味は持てない。
 それよりかはまだ世界を色々と見てみたいという気持ちの方が強かった。

 それに今回の報酬としては白金貨10枚に加えて、皇帝陛下からも特別報酬として白金貨100枚を与えられている。
 また祝賀会も開かれ、その際には帝国の英雄として数限りない賞賛を受けた。
 英雄として後世に伝える為に俺たちの銅像を作るなどと言われたのでそれについては固辞した所だった。
 すでに十二分の働きに対する対価はもらっているという認識だ。

「非常に残念だ。まあ、また帝国に立ち寄る事があれば声をかけてくれ。特別待遇で迎える。また帝国の威光、俺の名は他の国であっても出してもらって構わない。力になれる事があればできるだけ尽力しよう。ああ、後、ランスは冒険者ランクSSになったぞ」

 まるでなんでもない事とでも言うように王子フィリドから冒険者ランクSSという言葉がでる。

「そんな何かのおまけみたいに……」
「正当な評価がされたまでの事だ。まあ、ランスは十二分にその実力があるから俺の方から冒険者ギルドに申請しといたらすぐに通ったぞ。おそらく世界中探しても片手で数えられる何人目かのSSランクだろう」

 まるで自分の事のように誇らしげに語る王子と、その言を聞いて鼻を高々にしているミミとソーニャ。
 エヴァは何のことかイマイチピンときていないようであった。
 俺は照れくさくて頭をポリポリとかく。

 とその時、天から眩い光が突然、辺りに降り注いだと思ったら――

「ランス、よくやってくれました」

 女神アテネが実体をもたない半透明の姿でまた俺たちの前へその姿を現した。

「おお、あなたが女神様ですか! 私、帝国皇太子のフィリドと申します」
「フィリド殿下ですね、把握しております。この度は闇の勢力討伐の為のご尽力誠にありがとうございました」
「いえ、とんでもありません。そもそもあそこまで闇の勢力に侵食されていた事は、面目ないとしか言いようがなく……ほとんどはランスたちのおかげです」

 その王子の言葉に女神は微笑をもって応えた後。

「さて、ご挨拶はこの辺りにしまして、ランス」
「はい」
「よくやってくれました。暗黒世界から世界は元の平常な世界へと戻る事ができました。光の神を代表しまして礼を言います」
「いえ、俺自身の選択でもありましたので……」
「ですが、まだ闇の勢力がすべて消え去った訳ではありません。ランドルフ。この名に聞き覚えはありますね」

 俺を追放し、覚醒のきっかけを作った男。
 盗賊に成り果てていたのは目撃したがまだ生き長らえているのだろうか

「はい、俺が元いた冒険者パーティーのリーダーだった男です」
「そのランドルフですが邪神の元へ走っています」
「……それで?」
「彼の者のような邪悪な者を生かしておいては世界に取って有害です。それに闇の御子のダクネス…………ダクネスは邪神の手にあると思われます。邪神がダクネスがどう扱うつもりなのか……、邪神の出方によっては世界は一変する可能性があります」
「なるほど……それで俺たちにどうしろと?」
「神聖教徒都市。あなた方はそこに訪れた事がありますよね? 神聖教徒教会の総本山にして私を主神として崇拝している宗教都市。実はそこの地下は表世界とは真逆の裏世界。ソドムと呼ばれる地下都市があります。そこは表世界の掃き溜めにして、世界中の犯罪者、ならず者に落ちこぼれたちが行き着く都市でもあります。そして光の教団を名乗っていた魔族の仲間、並びに邪神もその都市のどこかに潜伏しているものと思われます。人間の姿に变化して」

 神聖教徒都市は前に訪れた限りではよく区画整理されて街並みも綺麗だった。
 あんな都市にそんなスラムのような地下都市があるなどとは想像だにできないが……。

「前に訪れたときはそんな片鱗すら伺えなかったですけど……そこに行き、最終的には邪神を倒せという事ですか?」
「その通りです。それでこの世界の真の平和、輝かしい光に包まれた未来が切り開かれる事でしょう。それでは頼みましたよ……ランス……」
「ちょっ……」

 まだ話したい事があったのだが、女神は以前と同じようにその半透明の姿の透明度をどんどん高めていき、いつしかその姿は目視で確認できなくなった。

「ちっ、アテネか。相変わらず、いけ好かん顔をしておるのう」

 腕組みをしたエヴァが嫌そうに顔を歪めている。

「……嫌だったらエヴァはこの先、無理に同行してくれなくてもいいけど」
「気に食わないのはあの女だけじゃ、同行は嫌ではない。ソドムとかいう地下都市にはまだ訪れた事がなくて興味もあるしな」
「ミミとソーニャは大丈夫?」
「はい、ランスにこのままお供しますよ」
「ミミの冒険はまだまだ続く」
「よし! それじゃ次の旅の用意の為に帝都に一旦戻ろう」

 邪神が潜んでいるのが地下都市ソドムという事以外の詳しい事はまるで分かっていないが、現地で情報収集等進めていくしかないだろう。

 各々来る時に乗っていた馬車に戻っていく。
 俺は少しの間、両親の墓と対面した後、

「……父さん……母さん……行ってくるよ……」

 と他の人に聞こえないような小声で呟き、踵を返して馬車の方へと歩みを進めていく。
 するとしばらく歩みを進めた所で、

「……ランス……ありがとう……」

 微かな呟き声のような声が空から聞こえてきて、俺は歩みを止めてその方向を振り向いた。
 その方向には人の姿は何もなく。
 目に入るのは雲ひとつない晴天でまるで吸い込まれるような薄い青の、み空色の空だけだった。
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