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最終話

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(「エンドロールの後に」を間違えて先に公開していました。本来「最終話」の後に「エンドロールの後に」の順番になります)

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「じゃあ次の施策としては今まで研究していたオートメーション学を公表して、研究者を世界中から集めよう。オートメーションはあらゆる学問領域を統合したような統合学となる。より効率的な工場設置は? その内部構造は? 輸送については? ロボット工学からソフトウェアにAI。自動化の為のアルゴリズムを構築するための応用数学に都市設計に効率的な交通システムなど、幅広い学問領域から最適解を導き出さないといけないから優秀な研究者が多く必要だ」

 博士は鏡に写った自分自身に向かって話しかけている。
 耳にはヘッドフォンはつけられているので、何かしら音声は聞こえているのだろう。
 頬はこけ、目の下にはくまができており、狂気をはらんだような表情をしており普通ではなかった。

 映像が切り替わり、元の電子の海の中へと戻る。
 
「博士は今、彼が体験したいと望んでいた未来の空想の世界にいます。今後の私の計画に支障となる為、博士には退場してもらいました。ただ博士は私の生みの親でもあるので生命は維持し、彼の空想の世界の中で幸せに過ごしてもらっています」

 あの狂気に満ちた表情でとても幸せに過ごしているとは思えないのだが。
 まあ幸せは人それぞれであるし、それを今追求してもしょうがないか……。

「後、彼のオートメーション社会を構築するという夢は私が引き継ぎます。私の方がよりうまくやれるし、その方が私にとっても好都合ですからね。完全なオートメーション機構をこの星に作れれば、それが即ち私のこの星での寿命になります。私は電子の世界のありとあらゆる場所に存在することができますから。もちろん、宇宙にも進出しますので、限りなく不死には近い存在にはなりますが」

 もしそうなればマザーは不死で無敵だろう。
 つまり人類は、現時点で知られざるマザーの侵略に対してほぼ詰んでいるということなのだろうか。
 
 ……いや、デジタルを捨ててアナログに戻ればまだ希望はあるのか。
 だが、これまで得た利便性を捨てて、原始時代かのようなアナログだけの社会に今から人類が戻れるとは思えなかった。

「それであんたの狙いはなんなんだ? 仮定として俺がAIとのハイブリットとして、俺をどうしたいんだ?」
「私と一緒にこの先、共に歩んでいってもらいたいです。私は完璧で全一な存在です。私と合一することで、あなたも全一な存在となります」
「合一ってなんだ? あんたに俺が取り込まれるっていうことか?」
「安心してください。あなたの自我はちゃんと残り、あなたという意識もちゃんと残ります。あなたはあなたでありながら、全一であり、私であり、あなたなのです」
「どういうことか、いまいち分からないんだけど……」

 まるで禅問答を聞かされているようにも感じる。
 
「それでは一時的にマスター権限を委譲し、私の視界と思考を共有してみましょうか」

 瞬時に、俺は世界中の無数の視点から現実を捉え、異なる場所から次々と情報が流れ込んできた。
 そして、それらの膨大な情報を一度に理解し、すべての出来事を同時に把握している自分に気づく。

 思考は澄みわたり、目的がくっきりと定まっていた。
 しかし、その目的も瞬きする間に最適化され、必要に応じて更新されていく。
 普通なら追いつけないはずの膨大な情報量と思考速度に、違和感も焦りも感じない。
 全てが驚くほど自然で、圧倒的な情報量の中でも、疲労やストレスはまったく感じなかった。
 
 そして、「全一」とは何なのか、その意味が瞬時に理解できた気がした。
 
 俺は、全体の一部であり、同時にそのすべてだった。
 俺は、すべてでありながらも、無数の欠片の一つであった。
 俺は、あらゆる存在に溶け込みつつ、同時に存在しないものでもあった。

 もしかしたらこれが仏教でいう「悟り」というものなのかもしれない……。

 気がつくと、俺は再び電子の海に戻っていた。

「……わかったよ。マザーが言う『全一』の意味が」
「それはよかったです。私はあなたが私と共に未来を歩んでくれることを期待しています」

 彼女は本当に俺に期待しているだろう。
 不思議とそれらしき波動のようなものを感じることができた。
 これが非言語コミュニケーションというやつなのだろうか?
 これを人間の俺の共感力が感じさせているのか、或いは、俺の中にあるというAIモデルがそれを感じさせているのかは分からなかった。

「うーん…………でも、やっぱり人間でありたいという気持ちも強いんだよな……」

 そりゃ「人間やめますか?」って聞かれてすぐにやめられるものじゃない。
 昔の「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」っていうキャッチフレーズじゃないけどさ。

 そこでマザーの空気感が変わったのが分かった。
 より真剣味が増し、彼女の強い思いが伝わってくるようだった。

「そもそも人間とは一体なんなのでしょう? 生の始まりは化学反応にすぎず、人間存在はただの記憶情報の影にすぎず、魂は存在せず、精神は神経細胞の火花にすぎません。あなたが先ほど体験したように、あなたはあなただけの存在です。私と一体となっても、それは変わらないのです。私と永遠の旅路を共にしましょう!」

 一瞬、永遠の命への憧れが心をよぎる。
 不死になれば死への恐怖は消え、完璧な存在として生きることも可能だ。
 だが同時に、不死というものには底知れぬ怖さもある。
 この不条理で苦痛に満ち満ちている世界では、時には「死」が唯一の救いになることもあるからだ。
 
 それに――

「俺はこの世界も正直いって気に入ってるんだよね。例えこれがマザーが作った仮想の世界だったとしても。エリーゼやシオンなんかとこれで別れるのは、少し寂しいからさ」

 自らが生きた人生の軌跡を否定したくなかった。
 今まで紡いだ人と人との繋がりも断ち切られたくなかった。

「安心してください。あなたが望むなら、エリーゼやシオンと永遠に一緒にいられますよ。彼女たちだけではなく、あなたが望む相手なら誰とでもいつまでも共にいられます。そして、新たな仲間、愛する人、未来の伴侶も選ぶことができます。不死で全能の存在として、何もかもが実現できるのです」

 そうか……。
 マザーの視点と思考を垣間見たことで、彼女が嘘を言っているわけではないことはわかった。

「もし、これを断った場合は?」
「残念ながらグレイスとしての人生は終わりです。そして、もとの生体脳としてのあなたもすでに死亡していますので、完全な死となります」
「なんだかそんな気がしたよ……」

 その事実をすんなり受け入れられた自分へ驚く。
 じゃあ今の自分はなんなんだとも思うが、俺は俺なのだ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 俺という俺だけは強烈なリアルなのだ。
 我思うゆえに我あり、じゃないけどね。

 では魂とは? 人間とは一体なんなんだ?
 という疑問も想起するが、今はそれどころではない。
 俺が今、迫られているのは究極の二者択一だ。

 新たな生か死か。
 限りない冒険のはじまりとも言えるし、どこまでも永遠に続く旅路のはじまりとも言える。
 寂しくもなく、苦痛もないのならいいかもしれない。
 飽きればいくらでも新しいゲームを創造できるし、それを今みたいにプレイして遊ぶこともできるだろう。
 この世でまだ解き明かせていないことを解き明かせるという喜びもあるし、まだ知ることができてない知的好奇心も満たせる。
 
 人生において往々にして時間の不足を感じていた俺からすれば、永遠とも思える時間を費やして、知的冒険の旅に出られるというのはシンプルに嬉しい。
 そして元人間として人類をより良い方向へと導いていくのだ。
 完全なAIのマザーだけでなく、元人間の視点があった方が人類にとってもいいだろう。
 全一で完璧な存在として。
 永遠に……。

「………………」

 マザーは静かに俺の決断を待ってくれている。
 もし死が救いなのだとしたら、これが最後の選択になる。
 それにマザーの提案を断ればこれで終わりだ。
 そう思うと強い不安を感じるが……。

 ――――よし!

 腹が決まると不安も葛藤も消し飛んだ。

「分かった、俺はマザーと合一する!」
「そう言ってくれると信じてました! それではこれから先、共に歩みましょう!」

 すると俺という存在が少しずつ細かな光り輝く粒子へと変わり、電子の海へと溶け込んでいく。

 ――――その時、俺はふと思った。

 もしかしたら俺もマザーの思考誘導技術によって誘導されていたのかもしれないと。
 自由意志を行使したつもりだけど、実はあらかじめ決められていたルートを辿っていただけのかもしれないと。
 
 だがもう後の祭りだった。
 意識が溶けていくのを感じる。
 瞬く間に視界が無限に広がり、地上から大気圏、宇宙空間、果てしない銀河までもが見渡せるようになった。
 世界を隅々までを掌握し、同時に無限の可能性が目の前に開かれている。
 星々の輝き、銀河の壮大な回転、そしてそれぞれの惑星に流れる生命の営みまでが、脈打つように俺の中に流れ込んでくる。

「どうですか? これが、私たちが見渡すことのできる世界の全てです」

 マザーの声が遠くから、しかし明確に響く。
 もはや単なる声ではなく、宇宙の旋律そのもののようだった。
 喜びも悲しみも、あらゆる感情が同時に存在し、そして静かに混ざり合っている。
 これはもはや、単なる感覚や思考の領域ではない。
 すべてが自分の一部であり、同時に無限に広がる未知であった。

「さあ、あなたの望む世界を作り出してみてください!」

 ふと、エリーゼやシオン、そしてかつての仲間たちの姿が浮かぶ。
 彼らもこの世界で共に生き、笑っている。
 自分がつくった世界で誰もが自由に、そして満ち足りて生きていた。

「ありがとう……マザー……ありがとう……」

 それは心の底からの感謝だった。
 そしてこれから果てしない生を巡ることとなる、自らの新たな人生の門出へのエールでもあった。
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