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好みの話

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「ユーリ」と名前を言われるだけでドキッとする。

「エマ様がなんだって俺達に関係ない」

「ご、ごめん…イヴがエマ様を好きになるとかそういう意味で言ったわけじゃないんだ」

「当然だ、そう思っていたらユーリを分からせるだけだけど」

「んっ…」

ユーリが俺の服の中に手を入れて、腰に触れていた。
イヴは俺の耳元で「俺はユーリの理想の騎士になれた?」と囁いてきた。

理想、どういう事か考えたいのにイヴの息遣いが脳を思考停止させる。

「俺は神話の騎士のようになるつもりはないが、ユーリが望むなら俺は俺を作るよ」

「イヴはイヴだよ、そのままのイヴで居てほしい」

「ユーリがそう望むなら」

イヴは俺から手を離して、枕の横に置いてあった本を掴んだ。
読むわけではなく、パラパラとページを捲ると本を閉じるとベッドから降りた。

本棚に本を戻して、俺の横に座って布団を掛けてくれた。
イヴは今の自然体のままがいい、作られたものではないと思いたい。
誰かの理想になるために偽るなんて、間違っている。

イヴの方を見ると前髪を触られて、くすぐったかった。

「イヴ、俺は自分らしいイヴが見たい…誰かに言われて真似するなんて変だよ」

「自分らしいって?俺にはなにが正しいのか分からないよ、ユーリに導いてほしいな」

「えーっと、好きな料理とか!自分の好みは人それぞれだから一番身近に感じられるよ!」

「好きな料理……ユーリの作るもの」

「それはちょっと違くないかな、俺がイヴの嫌いな料理を作ったら好きな料理とか言えないんじゃ…」

「俺に嫌いな料理なんてないよ」

「イヴが食べてないだけであるかもしれないよ」

「そうかな?じゃあユーリが教えてくれる?」

「でも俺はイヴの嫌いな食べ物は作りたくないから」

「じゃあそれでいいんじゃない?俺の好きな料理はユーリの手料理だよ」

イヴの本音と好みを知りたかったのに、イヴの方が一枚上手だったみたいだ。
俺の手料理って、失敗した料理でもイヴの好きな料理になるのか?
……いや、イヴにそんなものを食べさせるわけにはいかないからイヴの好みは謎のままだ。

いつか、イヴが苦手な料理を作ってしまうかもしれない。
イヴの好みが分からないと避けようがない。

でも、イヴの苦手な料理を知ると…イヴには悪いがホッとしてしまう。
イヴは魔導士だけど、人間味がないように感じた。
さっきも俺のために自分を偽ろうとしていたし、イヴの本音が聞きたい。

俺じゃあ頼りないかもしれない、でも俺だってイヴのためになにかしたい気持ちは一緒だ。

「イヴ、なにかあったら俺に言って…力になるから」

「ありがとうユーリ」

イヴは心からそう思っているのか分からないが、今…確かなのは手のひらの暖かな温もりだけだ。
目蓋を閉じて、眠りにつく。

俺は夢を見た、真っ暗な夢。

その夢の中心に座り込んでいる人の姿があった。
黒髪が腰まで長く一つに束ねている姿は、あの本の挿絵にあった神話の聖騎士にそっくりだった。
泣いている声が聞こえる、何故泣いているのか俺には分からなかった。

夢の中の俺には両手も両足も口さえもないから何も出来ない。
ただ、なにかに運ばれるように体が浮いて近付いていく。

すると、泣いていた声はピタリと止み…その人物はゆっくりと振り返った。
その顔はだんだん真っ黒に皮膚が染まり、真っ黒な目から赤い雫がこぼれ落ちた。

「うわぁぁ!!!!」

本を見ていた影響で夢に出るのは分かるが、なんでホラーなんだよ!
そういうの魔物とかで見せられてトラウマなのに…

心臓がバクバク言いながら起き上がると、外はまだ暗かった。
汗が出ていて、かなりの悪夢だったのだと分かる。

首筋に触れる冷たい手の感触がして、イヴなんだと思って手に触れる。
でもなにか変だとすぐに気付いて、イヴの方を見た。

なにが起きたのか一瞬分からなかった。
でも『その人』はイヴなんだと、それだけは分かった。
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