上 下
29 / 127

魔術学校.

しおりを挟む
使用人の仕事は掃除や料理だけではなく、雇い主の身の回りの世話もある。
普通なら執事とかがやるんだろうが、イヴにはいないようだから俺がやる。

「イヴさん、俺が服を着替えさせます」

「……それも仕事?」

「あ…えっと」

そうだ、確か風呂場の時と似たような会話をしていた。
イヴは俺を雇っているのに、仕事という言葉を異常に嫌っている。
また仕事と言ったら怒らせるかもしれないから、口を閉ざした。

イヴは俺の口から言葉を出るのをずっと待っていた。

言葉を間違えてはいけない、イヴは俺の雇用主だから…

俺の考えが表情で分かってしまったのか、眉を寄せていたから慌てて口にした。

「俺がしたいからです!…ダメ、ですか?」

「ダメじゃない、ユーリがしたいならいいよ」

イヴはそう言って、微笑んでいたが俺はその瞳に映っているのだろうか。

イヴに服を着せて、やっとの事で脱衣所を出た。
俺は朝食を作るために、エプロンをして厨房に立っていた。

昨日のようにイヴはカウンターの向こう側から俺を見つめていた。
風呂場の事があり、妙にイヴが気になってしまい…チラッと一瞬だけ見るとイヴがジッと俺を見ていて、目を逸らすの繰り返しだった。

包丁を切る音だけが、俺達の気まずい空気を和らげていた。

「ユーリ、今日は早く帰ってくるから」

「忙しくないんですか?」

「んー、皆俺を頼るけど…ユーリが待ってくれる家の方が大事だから」

それっていいのだろうか、聖騎士じゃないと出来ない仕事はあると思うし…

イヴの手が伸びてきて、俺の包丁を掴む手を握った。

びっくりして包丁から手を離してイヴの方を見た。

イヴは嬉しそうに「やっとまともにこっちを見てくれた」と俺の手を撫でていた。

イヴには気まずいという言葉はないらしい。

俺だけ意識していても、恥ずかしいだけだし…苦笑いした。

朝食を食べ終わり、イヴを玄関まで見送った。
イヴは「誰かが訪ねても絶対に出ないでね」と言っていた。
イヴに用があっても訪問者と会話一つしてはいけないらしい。

一番街は治安がいいから変な人なんて来ないと思うけど、余計な事はするなって事なのかな。
頷いて、イヴが手を振って家を出て…俺は洗濯でもしようかと後ろ振り返った。

誰かが訪ねてくるという話だったら正直困っていた。
誰の訪問者も対応しなくていいなら、俺が家にいなくても大丈夫だ。
治安がいい場所だし、セキュリティーも万全だから泥棒の心配はない。

今朝脱いだ服が脱衣所にまだあるから、脱衣所に向かって服をカゴに入れて運ぶ。
脱衣所のとなりにランドリーがあったから、隣の扉を開いた。

俺は20歳だが、まだ学生だ…イヴみたいに成績が良くて20歳で卒業出来るわけもなく、普通の学生だ。
来年卒業試験があるから、住んでいる場所が全焼して生活が変わったとしても休めない。

制服も教材も何もかもがないが、説明すれば何とかなるかな。

ランドリー室に置いてある魔力で動く洗濯機型の魔導機に服を入れる。
風の魔術と水の魔術を使って洗う、この洗濯機型の魔導機はレベル1でも稼働するんだ。
こういう魔力で動く魔導機にはレベルごとに動く種類がある。

レベルが低いと必要魔力は少なくていいが性能は良くない、逆にレベルが高いと必要魔力は多いが高性能だったりする。
イヴの家だから高性能の魔導機かと思ったが、厨房のキッチンといい…風呂場の水と湯といい、俺のレベルで全て出来るような低スペックのものばかりだ。
イヴが魔導機に高性能を求めていないんだろう、イヴほどの力があったら最高級の魔導機だって扱えるのになとクルクル回る洗濯物を見つめていた。

俺はありがたいと思いながら、洗濯が終わる前に厨房に向かった。
今日の夕飯を考えてから学校に行った方が、帰ってからすぐに夕飯を作れる。
夕方くらいには終わるからイヴが帰ってくるまでには帰れるから、伝える必要はないと考えていた。
そんな早くにイヴだって帰れないだろうけど、とりあえず伝言だけ置いておこうと紙とペンを借りて「学校に行ってきます、夕方までには帰ります」と書いて玄関近くにある花瓶の下に挟んだ。

帰ってきたら一番に目立つ場所に置いたから大丈夫だろう。

そろそろ洗濯も終わったかなとランドリー室に戻った。

終わった洗濯物をランドリー室内で干して、風の魔術の球体を使って乾かす。
俺の魔術じゃ、乾かすのに時間が掛かるけど明日には乾いているだろう。

そろそろ時間かな、と思って部屋に戻ってエプロンを脱いでから鏡で身なりを整えて家を出た。

貴族街から出る時は行く時よりもスムーズに進んだ。
いつも見慣れた道なのに、貴族街から登校するとなると違った景色に見えた。

物凄く後ろめたいこの気持ちはいったいなんなんだろう。

知り合いに貴族街から出てきたところを見られていないか気にしてキョロキョロ見てしまう。

いつもはもっと早く学校に向かっているからか、俺以外に学生はあまり見かけない。
ちょっと遅刻してしまったかなと歩くスピードを速めた。

遅刻しても怒られるわけではない、18歳までは時間厳守で授業もびっしりと入っていた。
でも19歳からは好きな授業に参加出来る選択式の授業で、学校がやっている時間まで何時でも登校していい。
でも、卒業出来るかは自分の選択した授業で左右される。
多く授業を取ってもいいし、一つだけでもいい…出席日数も卒業に関係するからまるっきり行かなかったら当然卒業出来ない。

俺はレベルが低いからかなり頑張らないと卒業が難しいと先生に言われている。
だからかなりの数入れている、当然仕事との両立を考えてちゃんと調整している。

だから授業の一つに遅刻してしまった、怒られる事はないが遅刻して困るのは自分自身だ。
俺は卒業して、早く一人前のなんでも屋になりたいんだ…そのためには必要な授業は全て受けたい。

一人で任される事があっても、まだまだ一人前とは呼べない。
なんでも出来るようにならないといけないんだ。

学校に到着して、すぐに先生のいる職員室に向かって事情を説明した。
昨日の騒ぎを知っていたのか、すぐに信じてくれて予備の制服と教材を借りた。

給料が貰ったら、また自分で買うつもりだ…それまで借り物で授業を受ける事になった。

更衣室で紺色の軍服のような制服に着替えて、授業に急いで向かった。

俺の選んでいる授業は、体力と勉学と戦闘力だ。
重い荷物をよく持つし、高いところにも登るから体力が必要だ。
店番をしたりする事もあるから経営専門の勉学も必要だ。
今のところ俺はないが、先輩達は貴族の用心棒とかをやった事があるらしくて、いつか俺もやる時が来るかと思ってその時に備えて剣術を使う戦闘力も必要だ。

イヴは雇ってくれたが、それは永遠ではない。
いつかまたなんでも屋に戻った時のために授業は疎かになりたくない。
イヴの家でも学ぶ事は多いが、授業でしか学べない事も多い。
だから一つも授業を逃したくはないと思っている。

今の時間は勉学の授業をしていて、すぐに教室に入った。
途中で入ってきたから、皆の視線が突き刺さり頭を下げて机に座る。

俺が教室に入ってきて止まっていた授業は、すぐに再開された。

俺の物語は何事もなく進んでいた、当て馬として生まれたが当て馬になることなくのんびりとした時間を過ごしていた。
ライバルキャラであるイヴは思ったより優しくて、今朝は怖かったけど…それ以外は無理難題を言うわけではないから仕事としてやりやすい。

普通の日常を過ごし過ぎて、きっと俺の頭からここは漫画の世界の内容が抜け落ちていたんだ。

背後に迫る真っ黒な影にも気付かず、ノートにペンを走らせていた。

漫画の物語は既に始まっている、それは漫画の登場人物の俺とも無関係ではなかった。

もし、平和ボケをしていないでイヴに気を付けていたらきっと関わる事はなかったのかもしれない。

もう、あの時から運命が決まっていたとしたら転生したその日から俺は逃れる事が出来ない運命の中にいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先の執事が愛しているのは「僕」であって「俺」ではない

BL
如月蒼羽(きさらぎ あおば)はある日突然何者かに襲われ、数多の異種族の共存する異世界へと転生を果たす。金髪青眼の可愛らしい顔立ちをした少年、アトレへと転生した蒼羽だったが、アトレに仕えるイケメン執事に何故か命を狙われる羽目に! 絶対に死にたくない蒼羽と、あの手この手で命を狙ってくる執事の物語 ━━その忠誠心が俺に向けられる事は絶対にない… 異世界転生とはいうけれど、転生された者の魂は何処へ在る? ※表紙はAI画像で制作いたしました

ビッチな僕が過保護獣人に囲われている件について。

ミイ
BL
小学生の時にイタズラをされたことがきっかけで後ろでの快感を知った陽介(ようすけ)はその後、自分で致す時は後ろを弄らないとイけなくなってしまう。そんな性癖を持って中・高を過ごし、大学生になって一人暮らしを始めた陽介は夜な夜な一夜限りの相手を探すようになった。 そんな生活が2年程続き、20歳になった陽介は何故か自慰の後、目覚めると男性のみ、それも獣人しかいない世界へ異世界トリップしていた。 そこでは人間であるヒト科は絶滅危惧種で保護対象。運良く保護してくれた獣人は自分を大切にする余り一切触れようとはしない。 そんな中、自分を王家に保護してもらうと言い出してー…。 「僕の性欲はどうなるの…!?」 そう思った陽介は王家に行かないために逃げることを計画する。 *争いごとを好まないマイペース主人公。性的欲求には忠実です。 *主人公が本命を見つけるまで複数と身体の関係を持ちます。苦手な方はご遠慮下さい。 *本編完結・番外編執筆中

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です

深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。 どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか? ※★は性描写あり。

当て馬にも、ワンチャンあってしかるべき!

紫蘇
BL
タイトル先行型。 今度こそコメディ路線にしたい。 妙に貞操観念がゆるいR18のBLゲーに転生してしまった当馬譲(とうまゆずる)。 そのゲームとは、スーパー攻様が無双する学園物で、魔法やら剣やらのお決まりの設定にやたらとエロが絡むとんでもない内容で…。 スーパー攻様(王子様)が気になっている男の子にまとわりつき、あの子を落としたいと思わせるためだけに存在する「当て馬君」に転生してしまった譲は、インターネットで見ただけのゲームの知識と前世の知識で、どこまで戦えるのか!? 当て馬君の未来はどっちだ!? ドS王子✕幼馴染み ※主人公カップル以外の描写もあり

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

可愛い男の子に異世界転生したおじさん、領主のイケメンご子息に溺愛される

八神紫音
BL
【9話以降、1日1話更新】  昔からモテなかったアラフォーの俺は、気付いたら異世界転生していた。  というか、スライムに激突されて前世の記憶が蘇り、異世界転生した元おじさんだと言うことを思い出した。  栗色のサラサラなマッシュヘアーにくりくりのエメラルドの瞳。めちゃくちゃ可愛い美少年に転生していた。  そんな『ディオン・ラグエル』としての第二の人生を楽しんでいた俺は、3つ上の幼馴染の青年に恋をしている。だけどそれは決して叶うことのない恋であり、片思いのまま終わらせるつもりだったのだが……。  ※R18の話には*がついています。  ※エールありがとうございます!

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

処理中です...