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第3話【2月20日】再会と大宴会

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観察者との契約の翌日、東京駅から東北方面へと向かう新幹線のグランクラスを予約。
出発の前に姉へと連絡して今から帰ることを伝えた。突然の電話と帰省報告にとても驚いた様子であったが久々に聞いた声はなんだか嬉しそうだった。

乗り込んだ快適な車内でサービスのビールを飲みながら、残された時間で何をすればいいのだろうという、経験したことのない難問について考え始めた。
これまではスーパースターになって金を稼ぎ、姉家族をはじめ応援してくれた親戚や地元のみんなに恩返しをしたい!などとありきたりな事を漠然と考えて生きていたのだけれども、生きている時間も限られてきた今、いったい何をするべきなのか…?形を残す何かをしようにも2月23日には俺のことなど誰も覚えてはいないのだ。

駅に到着すると、姉からの連絡をうけたいとこ達が勢揃いで迎えにきてくれていた。
久しぶりの再会を懐かしんだ後、車へと乗り込んだ俺はいつも通りのハイテンションでアメリカでの生活の話や、今までに出会ってきた有名人の話をした。
普段、聞くこともないであろう話に皆のテンションが上がり、次々と質問を投げ掛けてくる。久しぶりに頭の中に飛び込んでくる懐かしい東北訛りの言葉たちは、英語ばかり聴いて疲れていた俺の脳に束の間の癒しを与えてくれた。

話は尽きぬまま、姉の家へと到着する。
チャイムを鳴らすと義兄と子ども達が出迎えてくれた。大きくなった甥姪の姿に思わず笑みが溢れる。嬉しさを押さえきれなくなり、二人まとめて抱き抱えると"苦しい"と言いながらも楽しそうに暴れだすまで離さなかった。

そして姉との久しぶりの再会。
リビングに通された俺は数年ぶりに会った姉の姿に少しドキッとした。最後に会った時は下の子が産まれたばかりだった為、通常よりも若干ふっくらとはしていたのだがその頃からすると多分、20kg近くは痩せているのではないだろうか。

バレないように静かに深呼吸すると
「姉ちゃんただいま!何?ついに産後ダイエットに成功したの?びっくりしたわ!」
というなんとも失礼な言葉を発した。

姉は弱々しく頷くと
「おかえりなさい、第一声がそれ?
相変わらず失礼なこというやつだね」
と笑いながら言った。

久しぶりの姉弟の会話。
これ以上の言葉は全く出てこなかった。

場の空気を変えるため、甥姪達に向けて
「よ~し、夜ご飯は大リーガーの俺様が
何でも好きなものを食べさせてやるぞ!」

と偉そうな態度で笑いをとりながらその場を切り抜ける。想像以上の姉の変化に、それ以降姉の姿を直視することはできなかった。

肉が食べたいと口々に叫ぶ意見を聞き入れ、小さい頃から両親に連れられてよく行っていた焼肉店に電話をする。店に予約が入っていないことを確認するとここで、スーパースターの出番だ。店主に話をつけ焼肉屋は本日、店を貸しきりにしてくれることとなった。
皆にその事を伝えると、日常では滅多にできない経験にとても興奮した様子で喜んでいる。

その光景は、姉の家から悪いものが、全て飛んでいってしまうのではないかと思うように明るく騒がしい光景だった。

"今から焼肉屋○○に集合!
時間あったらきてね。
勿論全て、俺様のおごりです。
by東北が生んだスーパースターより"

というメールを親戚中に送る。
姉は、あまり人には会いたくないだろう。
昔から人に弱味をみせたりしない姉が、病と戦い、命果てようとしている姿を親戚とはいえ他人に見せたいはずがない。

しかしここは、姉の気持ちには気づかないふりをすることにした。なんせ俺には時間がないのだ。忘れられるとは言え、1人でも多くお世話になった人々の顔を見ておきたいと思うのは普通のことだろう。

何台かの車に分かれ、焼肉店を目指す。
俺は姉の車には乗らないことにした。

焼肉屋に到着した俺様一行は
店主への挨拶と注文を済ませると
各々が店内の好きな場所に座ることにした。

勿論、スーパースターの俺様は座敷の上座だ。この場所に座ると入口から店内全てを見渡せるから都合がいい。体調が優れない姉の為に、仕切りを借りて座敷奥のほうに座布団を並べ、いつでも横になれるように準備もした。

いよいよ人生最後の大宴会が始まる。
まぁ俺以外の皆には関係のないことだが…。

大人はビールなどのアルコール類を好きに注文し、子ども達はドリンクバー飲み放題ということにしてもらった。

肉はわざわざ注文するのも大変なので、店にあるものをバイキングのように並べてもらい、なくなりそうになったら確認をして補充という形にする。これで店主とアルバイトはドリンクオーダーに専念できるのだ。気分だけでも味わってもらおうと、姉にはノンアルコールビールを用意したがあまり欲しくはなさそうだ。

楽しそうな親戚一同だが、後三日もしたら綺麗さっぱり俺のことを忘れてしまうんだなと思うと寂しさが込み上げ、死ぬことが少し怖くなってきた。人は死んでも心の中で生き続けるなんて言葉もあるが、俺にはそれすら許されないとは、何て理不尽な契約をしてしまったのだろうとも思うが、自分が選択したこと。
もう後戻りはできない。

そんな気持ちを忘れる為、残っていたビールを飲み干し、勢いよく立ち上がると

「よーし、俺様サイン大会始めるぞー!ただし欲しいやつは俺様の目の前で渾身の変顔をすることー!」

という、何とも風変わりなサイン大会を始めることにした。最初はブーイングの嵐だったが1人でもやれば皆続く、それが日本人というものだ。子どもから大人まで思い思いに繰り広げられる変顔のオンパレードに、さっきまでの暗い気持ちも忘れることができた。

ある程度、変顔大会?が終わると最初にいた人数よりも大幅に人数が増えている店内の様子に気づく。賑やかな店内を覗き、1人でも知ってる人間がいれば呼ばれていなくても入ってきてしまう田舎の習慣のようなものだ。
狭い地域の中で暮らすとは、そういう人との繋がりの繰り返しであり、都会にはない田舎ならではの微笑ましい光景だ。もういいこの際、県民全員まとめてかかってこいや~!そんなことを考えながら、もう何杯目かわからないビールに口をつけた。

店にきて二時間ほど経っただろうか…
はしゃぎすぎて、そろそろ眠くなってきた子ども達と酒を浴びるほど飲み、気持ちよくなってうとうとしているおじさん達の様子を眺める。
そろそろお開きと言わないといけないのは、わかっているのだが、この宴が終わった瞬間に俺の死がまた一歩、近づいてくるのだと思うと中々言い出せない自分がいた。
姉は既に、最初に作っておいた休憩ゾーンへと籠っている。
そろそろ締めるとしますか。

「えぇ、皆様本日はお集まり頂き誠にありがとうございました。宴もたけなわではございますが、そろそろお開きにしようと思います。子供もだけど、そこのでっかい子供も眠そうだしね~!いや~今日は本当に楽しく過ごせました!
やっぱり日本は最高だよ。言葉も通じるし。最後に一つだけいいかな?…生きていれば、何故自分ばかり?と思うような辛いことや理不尽なことも日々の生活の中にあると思う。でも、たまに訪れる幸せだな~生きててよかったな~と思える瞬間の為にまた明日から、みんなそれぞれの道で、頑張りましょう。皆さんちゃんと生きてる事に感謝しましょうね~?」

今までふざけてばかりいた俺が発した
言葉に"しん"と静まりかえる店内。


"おいお~い!
これから死ぬヤツの挨拶か~?"

「ちょっと~!死ぬ人がこんな元気な訳ないでしょ?酔っていいこと言いたくなったんじゃないの~?」

いい感じに酔っ払っていた、おじさん連中のヤジをはね飛ばし支払いを済ませると、レシートにサインをして甥っ子に渡した。

「お前は賢いから、いつの日にかこの意味がわかると信じてるよ。母ちゃんは必ず良くなるから心配するな。」

難しい顔をしていたが、裏に書かれたサインを見て目を輝かせ、何度も頷く可愛い甥っ子。
その様子をみて俺は"これでいい、これでいいのだ"と自分に言い聞かせることしかできなかった。


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