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権力系ホモ★グリス王国編

一生一緒のお兄ちゃん

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どこからかストンと降りてきたジル兄ちゃんは、手に2枚のお皿を持っていた。
いや…、お皿って言うより、さかずきって言うのかな? 赤くて、飲み口の部分が金色の、正月に使うようなやつ。

いきなりどうしたんだろう……。というか、ジル兄ちゃんを見ること自体が久しぶりだ。
前にセキが『アイツはいつもコージを見守っているな』ってこぼしてたから、多分ずっと側にいたんだろうけど……。マジで気付かなかった。ニンジャもビックリの隠密。俺ニンジャじゃないけど。

「では私はこれで失礼しよう。夕食後、湯を浴びて待っていなさい。転移予定の続き部屋にセバスが案内する」

そう言った王様が俺の頭をポンポンして、ブルーノ宰相と部屋を出ていった。
残されたのは、俺とセキセイ、カイル、ルークさん。それとジル兄ちゃん。
ロイはアルバートさんと家族のお話をする為に途中で別れたし、オウは王国騎士団の剣術訓練に飛び入り参加中だ。

「久しぶり、コージ。直接会うのは2度目だな」
「ジル兄ちゃん、久しぶり~…って言っても、ずっと見てたんだよな?」
「あぁ。城に来てから片時も目を離さなかったぞ」
「そっかぁ。………どこにいたの?」
「大体は上に」
「そっかぁ」

よく分からないけど、とりあえず頷いておくか。マジで分からないけど……。
何も分からないままジル兄ちゃんとハグして、真っ黒な外套に顔を埋める。後ろでルークさんがグルグル唸ってる気もするけど、聞こえないフリをしてジル兄ちゃんの持ってる盃に目を向けた。

「んで、俺に用ってなぁに? これに関係すんの?」
「そうだ。聞いてくれるか?」
「うん!」
「コージ、俺はコージが城に来てからずっとコージを見守っていた。朝も昼も夜もだ……」
「ふんふん」
「起床後のトイレから入浴、就寝まで欠かさずに、ずっと」
「ふん…? ふんふん」
「だからコージが朝起きるとまず顔を洗うことも知ってるし、手に付いた油は舐める派なのも知ってるし、怒ると文字通り噛み付きに行くことも知ってるし、ビックリすると口を開けて顎を引いたままフリーズすることも知ってるし、寝相はのびのびとした、バンザイが多いことも知っている」
「ふ、ふん………?」
「コージの全てを知り見守ることが俺の生き甲斐になりつつある今、コージと離ればなれになることは耐えられない」
「……ふん…………」
「だがそんな中、コージは一瞬で俺の前から消えた。俺の全力を持ってしても手の届かない場所に行ってしまった」
「ウン……」

ぅおっと……。なんだか不穏な空気だな?
いやストーカーされてたってだけで充分に不穏なんだけど、もっと不穏な予感がする……。
ヤンデレの気配を感じ、目をパチパチしていると、ジル兄ちゃんが盃の1つを渡してきた。
漆塗りって言うのかな? 金色の三日月の外側に、大きな三日月がもう1つ重なっている。ダブル三日月。斬新でかっけぇ。

「……これ、なぁに?」
「『離れずの盃』というA級指定の魔導具だ」

ほらぁ! 名前からして不穏じゃん。魔導具じゃん。しかもA級指定じゃん!

あ、魔導具な。えーと、魔導具っていうのは、地球でいうところの電機、みたいな?
でも現代日本と違って量産システムはないので、1つ1つが完全手作りだな。つまりめっちゃ高価。
そんで、魔導具の動力源は基本的に魔力になる。使うにはいちいち魔力を入れないといけないけど、魔石が埋め込まれているものは、つまり電池式みたいなものだから楽だ。
まーでも死ぬほど高いんですけど。

「鑑定していーい?」
「いいよ」

許可を貰ったので、この魔導具をレッツ鑑定!

《離れずの盃
華国で造られた、対の盃をかたどった魔導具。この魔導具で同じ飲み物を同時に飲んだ者は、半径5km以上の距離を取れなくなる。強引に離れようとした場合、強制力がはたらく。また、互いへの攻撃魔法が無効化する。効果は半永久的に持続》

お? おぉ~~~……。
半径5km以上離れなくなるんだな。へぇ~。
……………………………へぇ~………。






いやこッわ!! こッッッッッわ!!!!
ヤンデレじゃん。ヤンデレアイテムじゃん!!! ストーカー大歓喜アイテムじゃん!!!!

え。で、なに!? これを俺に使いたいって!? マジで言ってる!!?
えーと、えーっと、つまり、これで一緒に飲みましょうってことでしょ? 一生、生きてる間はずっと半径5km以内にいなきゃいけないんでしょ? それを、ずっと、死ぬまでぇ……?
いやいやいや困る困る困る! 色々言いたいけど、ちょ、後ろにいるヤンデレーズが怖い!! 断るしかなくないこれ!?

「コ、コマルゥ……」
「そのようだな」

ジル兄ちゃんが俺の顔を見て、フフッと笑った。断られることは想定内みたいだ。
でも、この顔はきっと諦めてない。俺、よくヤンデレの相手するから知ってんだ……。

「安心してくれ、コージ。後ろの男達には了承を得ている」
「……えっ、マジ?」
「確認してみると良い」
「ルークさん、マジすか」
「はぁ……、本当だよ」

俺の言葉に、ルークさんが自分の後頭部を押さえて言った。カイルも苦々しげな顔をして頷いている。
……ど、どうやらマジ中のマジらしい。
えぇ…。どうしちゃったの、ヤンデレーズ。こんなほぼプロポーズみたいなこと、許可しちゃうなんてさぁ……。
セキも異論なさそうだし、3人とも、らしくない。

「コージくんの安全上、それが最適と判断した……。彼の素性は確認出来ているし、我らに負けず劣らず強い。そして何より君への想いは本物だ。強制力の伴う誓約書にも容易に名を連ねた」
「きっ強制力の伴うセイヤクショッ!?」
「あ。……聞かなかったことにしてくれたまえ」
「無理言わないでください」
「知ると君は後悔するだろう」
「お前の苦手なヤンデレ大全だが、それでも見たいか」
「あ、聞かなかったことにしますぅーー」

カイルの言葉に不穏な気配を感じ取った俺は、すぐに自分の記憶を消した。触らぬホラーに祟りなし。ただしヤンデレは触らなくても平気で祟ってくる。ヤンデレ最恐説を俺は推したいね。

「我らには立場がある。その立場ゆえに、君に四六時中寄り添うことは不可能だ。今はまだ」
「最後の一言いらないっす」
「だがその男ならば、君を24時間見守ることが出来る。君の意識の外で、君の邪魔にならない場所で、君を守ることがその男になら可能だ。コージくんも1人きりの時間は欲しいだろう? その男と盃を交わしてくれれば、我々も過保護に見張る……見守る必要もなくなる。どうだね?」
「その、ちょいちょい怖い言い間違いするの止めてもらって良いですか?」

見張るって聞こえたぞ。見張るって聞こえたぞ!! なんだ俺は。犯罪者か? 基本的人権の必要性を切に訴えたい。

まぁー……、でも。ジル兄ちゃんとルークさんの提案自体は、悪いものじゃない気がする。それでみんなが安心出来るなら、盃を交わすだけの価値はあるって思うな。
デメリットは、俺の完全なプライベート空間がなくなる可能性大ってこと。でもそんなの、盃を交わそうが交わすまいが、ジル兄ちゃんがストーカーしてくることに違いはないし。今さら過ぎるな。
他のデメリットとして、ジル兄ちゃんが将来心変わりした時に、この制約は凄く鬱陶しくなる。喧嘩して離れたくなっても離れられないってのは、ちょっと嫌だよなぁ。
それに、ジル兄ちゃんがなんか可哀想な気がする。だって、ルークさんの口振りからして、俺と接触することは少なそうに思えるんだもん。
俺を見守るだけ見守って、接触はあまりしないなんて、なんか仕事量と報酬が釣り合ってないような……。
あ、俺との接触が報酬になるなら、って話だけど!

「俺がコージを見守ることは生き甲斐であり趣味だ。だからコージと接触出来なくても、別に苦痛じゃない」
「そっかぁ。もしかして俺の心、読んだりした?」
「分かりやすい」
「そっかぁ」

今読んだジル兄ちゃんはもちろん、リイサスさんやガレ、ジャックさんですら、結構当たり前に心を読むよな。俺ってそんなに分かりやすいかなぁ。

「コージのすべてを見て知ることは、一晩の濃密な接触より価値のあるものなんだ。気を使わなくて良い」
「わかった!」

実は何にも分かってないけど、ジル兄ちゃんが盃を交わしたがってるってことだけは理解した!
俺は別に構わないぜ。ていうかむしろ、『ジル兄ちゃんがいるから大丈夫!』って言って、1人でお出掛けとかも出来るんじゃないか? ジル兄ちゃんがいるんなら、リイサスさん達も文句言わないでしょ!
ぐへへ、自由度が広がるぜ~!

「これ、同じ飲み物ってジュースとかで良いの?」
「……じゃあ、了承してくれるのか?」
「うん、いーよ。あーでも、ジル兄ちゃんが将来心変わりした時、すっごい不便になるかもだけど」
「こ、心変わりなどしない。任せてくれ。一生守ると誓おう」
「あ、それホントにプロポーズみたいで緊張するからヤメテ」
「プロポーズのつもりだが」
「………。そっか………………」

周囲のヤンデレーズの雰囲気が変わった。やっぱ怒ってんだろお前ら!



********************



「えーっと、じゃあ乾杯?」
「あぁ。乾杯」

食堂。
コージくんが首を傾げながら、赤い器をジル・ブレイクの持つ器と軽くぶつけた。『作法とかマジで知らねぇけど良いのかな……。てか盃って乾杯すんの……?』とさっきまで悩んでいたが、鑑定結果には特に作法の指定はなかったらしい。

コージくんのぷにぷにで柔らかい唇が、金の縁に付いた。器が傾いて、中のオレンジジュースが小さなおくちの中に吸い込まれて行く。
対するジル・ブレイクも、それを見て一気にジュースを飲み干し、片方の眉をクイと上げて満足そうに笑った。
まるで婚姻のような一連の行為に、目頭が痙攣する。それは隣に腕を組んでいるカイルも、首を横に45度傾けて2人を冷やかに見詰めるセキ殿も同じだった。

「えっと……、これで良いのかな」
「魔導具が効力を発揮する条件は満たしたはずだ。コージ、俺の手に小さく攻撃してみてくれるか。初級電雷属性なんかで」
「え。大丈夫?」
「効力が発揮されていれば、攻撃は互いに通用しない」

その言葉に納得したコージくんが、ジル・ブレイクの腕を両手でぎゅっと握り、『電雷属性の神様ぁーっ』と呟いた。そんなコージくんの願いに応えるようにして、コージくんの両手から黄色と黄緑色の小さな稲妻が走る。
あれが生身に走れば、結構痛いだろう。初級と言ってもコージくんの魔法だ。きっと半日は麻痺する。
……ところが、ジル・ブレイクは難なく掌をグ、パと動かしてみせた。

「うん、まったく効かないな。魔導具が正常に使えた証だ。これで、俺たちはずっと一緒だな」
「………半径5キロってだけだよね?」
「ハハハ」
「………………」

ジル・ブレイクの不気味な笑いに、コージくんの顔が引きつる。本当にヤバい男だと今さら気付いたらしい。
しかしこの男のコージくんを守るという決意は、間違いなく本物だ。ガレの用意したB級魔導具、『銘記の巻物』は記された制約に反する者は絶対に書き込めないものであり、【アルカ十字団】の面々は、全員がこの魔導具……魔導紙に名を連ねている。書き込めない者は、コージくんを愛し守り抜くと誓えぬ者。逆に言えば、これに書き込めた者は真にコージくんを想っている者。魔導紙に書いた名前がその証になる。
ジル・ブレイクは難なく書き込んだ。それはつまり、この男は必ずコージくんを守ってくれるということだ。
コージくんと一生離れられないなど、男として死ぬほど羨ましいし正直今すぐブチ殺したい。羨ましい。すごく羨ましい。
しかしコージくんが安全安心、健やかに育ち過ごすために………、涙を飲んで幹部全員が頷いた。最後まで反対していたカイルすらも、リイサス、ガレ、ワーナーからの了承の手紙と、私の説得に応じてくれた。

「まぁでも、一生一緒なのはマジだもんな。これから末永くよろしくお願いします、ジル兄ちゃん!」
「あぁ。よろしく頼むぞ、コージ」

ニコニコのコージくんと、心の底から幸せそうに笑うジル・ブレイク。
自然と拳に力が入って、青筋が浮き出ている。割り切れるほど大人になれないのは、私だけではなかった。


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