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第3章
4 無能者 後編
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「やっぱり来たか」
扉を開けた状態でワドーナを見るエレンはニヤッと笑った。そして中に入るように促す。
「ユリアーナ」
「なあに?」
「お客だから部屋へ行っといで」
「はあい」
ユリアーナはエレンの言うことをよく聞く。幼い頃からここへ通い、母の薬をもらいに来ていた。その時必ずエレンはユリアーナに小瓶に詰めた砂糖菓子を渡していた。その頃から随分と大きくなったユリアーナはもう6歳だ。6歳になっても好物は変わらない。
「砂糖菓子を持ってお行き」
「ありがとう、エレン」
くるっと背を向けて、階段を昇って行く。その後ろ姿を見送ってワドーナに振り返る。
「座って」
小屋の中にある木のソファー。それに座るように促した。
「今のがお前の娘か?」
炊事場で湯を沸かしてお茶を入れる。
「まぁ、そんなところだ」
「人間だよな」
「そういうのは分かるんだ」
「……っ」
「よくここに母親の薬を取りに来ていた子だ」
「その母親は?」
「亡くなった。行き場がないあの子をここに呼んだ」
「孤児院へやることは考えなかったのか」
「小さい頃から知っていたからね」
コトンと、テーブルの上にカップを置く。エレン特性のハーブティーだ。
「飲みたくないなら飲まなくていい。お前は魔女を毛嫌いしてるだろ」
「そんなことも分かるのか」
「魔女だからな」
そのその場にワドーナは黙った。
「すまない。魔女に縁がないのでな」
本当に申し訳ないという風に言うワドーナは、本来人当たりは良いのかもしれない。
「で、なんの用でここに来た?」
「それも分かっているのだろう」
「……能力か」
黙って頷くワドーナは真剣そのものだった。この国の民は何かしらの能力を持って産まれてくる。だがその一割が無能で産まれてくる。ワドーナはその一割の人物だった。
「無能者が能力を得ることはない。知っているだろう」
「だがっ!」
「部下は皆、能力を持っているのだな?」
「その通りだ」
「皆、お前が何かしらの能力を持っていると思っていると」
「そうだ」
「……ワドーナ」
エレンはワドーナの顔をじっと見た。
(どこかで見た顔だ)
いつもこの顔を見ていた。古い友人の顔にそっくりだった。
「お前、実家は農民か?」
「そうだ」
「田舎はニムラの村か」
「そう……だが」
「成程。お前の先祖にワドロフスキーという名の男がいただろう」
「聞いたことがある」
「お前が隊長に選ばれた理由が分かった。お前、戦略を考えるのが得意だろ」
「得意だが」
「先祖の血だな」
ワドーナは意味が分からないという顔をしてエレンを見た。
「先々代の王の友人が塔に住んでいてな」
エレンの話を黙って聞くワドーナ。
「その男の名がワドロフスキー。彼も無能者だった。だが、戦略に長けていてな。先々代王のお気に入りだった」
「それが?」
「ワドロフスキーは塔に住む前までは田舎で女房と子供がいた。子供の名前は確か……そうだ!ワーグだ」
「私の祖父の名と同じだ。……え?」
エレンの話を聞いていたワドーナが混乱した顔を見せる。
「先々代王の時に友人だった人が曽祖父だったってことか?」
「混乱してるね。先々代王は魔法の力により、普通の人間の寿命よりも遥かに長く生きられた。ワドロフスキーもこの森の影響を受けて長く生き抜いたのだ」
この森の魔力が先々代王にもワドロフスキーにも影響していたのだ。その為、先々代王は推定200歳。ワドロフスキーは300歳近くまで生きたのだ。
「私はその者の子孫だと……?」
ゆっくり頷いたエレンは記憶の瓶を取り出した。その記憶は先々代王の記憶と、ワドロフスキーの記憶。
小瓶を開けると目の前に彼らふたりの記憶が目の前で繰り広げられた。
ワドロフスキーが塔の上で軍の隊長、そして先々代王と共に戦略を立ててる様子。ちょっとした休憩の時に、王とふたりで談笑している様子。ワドロフスキーが子を抱き上げてる様子。先々代王がまだ幼い王子を連れてワドロフスキーの元へと来た時の様子。平和になってからも塔から隣国を見るワドロフスキー。城にいてもワドロフスキーを心配している先々代王。
様々なふたりの記憶が繰り広げられていた。
「ふたりの記憶の複製だ」
エレンは言うと、小瓶の蓋を閉じた。蓋を閉じると見えていたものがパッと消えて見えなくなった。
「お前は無能者だが、他にはないものがある。それによって隊長までのし上がったのだろう?」
ワドーナを見ると何かを考え込んでる。自分にない力が悔しいとでもいうような顔。
(ない者はある者が羨ましくなるのだな)
人間の心は複雑だ。特にこの国の人間は魔力を持つ人間とそうでない人間がいる。それにより差別的なことが少なからずある。だからこそ、無能者は力を欲する。
「民を守りたい。部下を守りたい」
ポツリと呟いた。その思いは痛いくらいに伝わった。
「私もユリアーナを守りたい」
魔女がこんなことを思うなんて不思議だった。それはエレン本人もだった。
「もっと力が欲しいのだ」
「……ふぅ」
息を吐いたエレンは、あるものを差し出した。
「これは私の呪いがかけてある腕輪だ」
それを手にしたワドーナはエレンを見た。
「強い魔力がかけてあるから、少なくともこれを持っている間はお前の命を守るだろう。それと同時に部下も守ることが出来るだろう。だがその力はあくまでこの腕輪の力だ。お前の力ではないことを理解して頂きたい」
「エレン……」
「戦争から帰ってきたらこれを返しに来い。必ず」
「了解した」
「ほら。さっさとここを出てお行き」
そう言うとワドーナを追い出すよう背中を押し出していく。その後ろ姿を見送ってエレンは考える。人間は能力なんかなくてもいいのではいかと。無能者であってもいいのではないかと。だがこの世界はそうではない。魔女や魔法使いもいる。精霊も聖女もいる。ましてや永く生きる王様もいる。そんな世界だから。
「難しいな。無能者であることに納得してもらえればいいのだが」
ポツリと呟いて小屋へと戻って行った……。
扉を開けた状態でワドーナを見るエレンはニヤッと笑った。そして中に入るように促す。
「ユリアーナ」
「なあに?」
「お客だから部屋へ行っといで」
「はあい」
ユリアーナはエレンの言うことをよく聞く。幼い頃からここへ通い、母の薬をもらいに来ていた。その時必ずエレンはユリアーナに小瓶に詰めた砂糖菓子を渡していた。その頃から随分と大きくなったユリアーナはもう6歳だ。6歳になっても好物は変わらない。
「砂糖菓子を持ってお行き」
「ありがとう、エレン」
くるっと背を向けて、階段を昇って行く。その後ろ姿を見送ってワドーナに振り返る。
「座って」
小屋の中にある木のソファー。それに座るように促した。
「今のがお前の娘か?」
炊事場で湯を沸かしてお茶を入れる。
「まぁ、そんなところだ」
「人間だよな」
「そういうのは分かるんだ」
「……っ」
「よくここに母親の薬を取りに来ていた子だ」
「その母親は?」
「亡くなった。行き場がないあの子をここに呼んだ」
「孤児院へやることは考えなかったのか」
「小さい頃から知っていたからね」
コトンと、テーブルの上にカップを置く。エレン特性のハーブティーだ。
「飲みたくないなら飲まなくていい。お前は魔女を毛嫌いしてるだろ」
「そんなことも分かるのか」
「魔女だからな」
そのその場にワドーナは黙った。
「すまない。魔女に縁がないのでな」
本当に申し訳ないという風に言うワドーナは、本来人当たりは良いのかもしれない。
「で、なんの用でここに来た?」
「それも分かっているのだろう」
「……能力か」
黙って頷くワドーナは真剣そのものだった。この国の民は何かしらの能力を持って産まれてくる。だがその一割が無能で産まれてくる。ワドーナはその一割の人物だった。
「無能者が能力を得ることはない。知っているだろう」
「だがっ!」
「部下は皆、能力を持っているのだな?」
「その通りだ」
「皆、お前が何かしらの能力を持っていると思っていると」
「そうだ」
「……ワドーナ」
エレンはワドーナの顔をじっと見た。
(どこかで見た顔だ)
いつもこの顔を見ていた。古い友人の顔にそっくりだった。
「お前、実家は農民か?」
「そうだ」
「田舎はニムラの村か」
「そう……だが」
「成程。お前の先祖にワドロフスキーという名の男がいただろう」
「聞いたことがある」
「お前が隊長に選ばれた理由が分かった。お前、戦略を考えるのが得意だろ」
「得意だが」
「先祖の血だな」
ワドーナは意味が分からないという顔をしてエレンを見た。
「先々代の王の友人が塔に住んでいてな」
エレンの話を黙って聞くワドーナ。
「その男の名がワドロフスキー。彼も無能者だった。だが、戦略に長けていてな。先々代王のお気に入りだった」
「それが?」
「ワドロフスキーは塔に住む前までは田舎で女房と子供がいた。子供の名前は確か……そうだ!ワーグだ」
「私の祖父の名と同じだ。……え?」
エレンの話を聞いていたワドーナが混乱した顔を見せる。
「先々代王の時に友人だった人が曽祖父だったってことか?」
「混乱してるね。先々代王は魔法の力により、普通の人間の寿命よりも遥かに長く生きられた。ワドロフスキーもこの森の影響を受けて長く生き抜いたのだ」
この森の魔力が先々代王にもワドロフスキーにも影響していたのだ。その為、先々代王は推定200歳。ワドロフスキーは300歳近くまで生きたのだ。
「私はその者の子孫だと……?」
ゆっくり頷いたエレンは記憶の瓶を取り出した。その記憶は先々代王の記憶と、ワドロフスキーの記憶。
小瓶を開けると目の前に彼らふたりの記憶が目の前で繰り広げられた。
ワドロフスキーが塔の上で軍の隊長、そして先々代王と共に戦略を立ててる様子。ちょっとした休憩の時に、王とふたりで談笑している様子。ワドロフスキーが子を抱き上げてる様子。先々代王がまだ幼い王子を連れてワドロフスキーの元へと来た時の様子。平和になってからも塔から隣国を見るワドロフスキー。城にいてもワドロフスキーを心配している先々代王。
様々なふたりの記憶が繰り広げられていた。
「ふたりの記憶の複製だ」
エレンは言うと、小瓶の蓋を閉じた。蓋を閉じると見えていたものがパッと消えて見えなくなった。
「お前は無能者だが、他にはないものがある。それによって隊長までのし上がったのだろう?」
ワドーナを見ると何かを考え込んでる。自分にない力が悔しいとでもいうような顔。
(ない者はある者が羨ましくなるのだな)
人間の心は複雑だ。特にこの国の人間は魔力を持つ人間とそうでない人間がいる。それにより差別的なことが少なからずある。だからこそ、無能者は力を欲する。
「民を守りたい。部下を守りたい」
ポツリと呟いた。その思いは痛いくらいに伝わった。
「私もユリアーナを守りたい」
魔女がこんなことを思うなんて不思議だった。それはエレン本人もだった。
「もっと力が欲しいのだ」
「……ふぅ」
息を吐いたエレンは、あるものを差し出した。
「これは私の呪いがかけてある腕輪だ」
それを手にしたワドーナはエレンを見た。
「強い魔力がかけてあるから、少なくともこれを持っている間はお前の命を守るだろう。それと同時に部下も守ることが出来るだろう。だがその力はあくまでこの腕輪の力だ。お前の力ではないことを理解して頂きたい」
「エレン……」
「戦争から帰ってきたらこれを返しに来い。必ず」
「了解した」
「ほら。さっさとここを出てお行き」
そう言うとワドーナを追い出すよう背中を押し出していく。その後ろ姿を見送ってエレンは考える。人間は能力なんかなくてもいいのではいかと。無能者であってもいいのではないかと。だがこの世界はそうではない。魔女や魔法使いもいる。精霊も聖女もいる。ましてや永く生きる王様もいる。そんな世界だから。
「難しいな。無能者であることに納得してもらえればいいのだが」
ポツリと呟いて小屋へと戻って行った……。
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