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第3章

2 母への思い

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 ホエールが倒れ、シーラの海へ還ってる間にも季節は春に変わっていた。
 いつもなら、街は賑やかに春の訪れを祝っていた。だが、今年はそうはいかなかった。
 城の兵士たちが出兵し出したのだ。今までも何度か出兵していが、今回はそれとはまた規模が違う。それを民は気付いていたのだ。
 それにより、街の学校は一時休校となっていた。

「ユリアーナ」
 学校に行けなくなったユリアーナは、小屋の窓側に座り外を眺めていた。
「森の中なら出ても平気だから、外へ出てみるか?」
 エレンはユリアーナを誘い、小屋の外へと出た。森の中はまだ少し雪が残っているが、花が咲き始めていた。

「みんなは……どうしてるかな」
 ポツリと呟いたユリアーナは、学校の友達を心配していた。
 この森では魔力があるおかげで、外からの危害を防ぐことが出来る。森が寄せ付けないのだ。
 ところが、森の外ではそうはいかない。森に近い場所ならばまだ魔力の影響があるから多少ははね除けられる。だが、ある程度離れた場所からは、そうはいかない。
 ユリアーナが通う学校は、この森から離れている。その為、危害を防ぐことは出来ない。
(城の軍に頼るしかない)
 それを分かってるからこそ、ユリアーナは心を痛めている。友達が無事でいて欲しいと願ってる。

 ユリアーナの手を握り、森の中を歩く。この子は幼い頃から酷く傷付きながら生きてきた。それでも明るくいられるのは、母の愛があったからだと感じる。
 ユリアーナの記憶からそれを感じ取っていた。
「あ」
 ユリアーナは青い小さな花を見つけて近寄る。この国のあちこちで見られる【フェアリーブルー】。文字通り青い妖精と言われる花だった。春先にこの花は咲き乱れる。この花が咲くとみんな春が訪れたと喜びに満ち溢れる。
「お母様が好きだったお花」
 その花を見るとナリアーナのことを思い出すのか、ユリアーナはしゃがみこんだ。
 エレンはユリアーナの気が済むまでそこに立っていた。


「エレン」
 暫く花の傍にいたユリアーナは立ち上がって振り返る。
「お母様は幸せだったのかなぁ?」
 初めてここに来た時よりも大きくなったユリアーナは、エレンにそう聞いた。
 まだまだ小さい。だけど、そんなことを考えるくらい大きくなったのだ。ナリアーナはこんな姿を見たかっただろう。
「当たり前じゃない」
「……そっか」
 微かに笑ったユリアーナ。だけど本当は泣きそうになってることを知ってる。
「ユリアーナが産まれてきたことが、ナリアーナにとって一番幸せな瞬間だったのよ。ユリアーナと過ごした時間は他の何よりも幸せだった筈よ」
 ユリアーナの隣に立って、頭を撫でる。エレンを見上げたユリアーナはニコッと笑った。

「みんな幸せになればいいのに」
 ユリアーナのその言葉は重くエレンにのし掛かった。世界中のみんなが幸せになれることが理想。
 小さな女の子が願うその思いは、母を失った思いからくるのか、それとももっと他の思いからなのか……。
 エレンにはそれを感じ取ることは出来なかった。
 それでも今はこの小さなユリアーナを守ることがエレンにとって一番大切なことだ。ユリアーナを幸せにしてあげたい。ナリアーナが出来なかったことを、自分がしてあげようと強く願った。
 自分が母シェリーから受け継いだものを、ユリアーナに伝える為に──……。
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