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第2章

12 戦争の前触れ 後編

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 剣を手にしたデュークは、立ち上がる。その姿を見てエレンはギュッと拳を握る。
「大丈夫ですか。私はあなたを守りきれません」
「これでも剣の腕は立つつもりだよ。魔力だってある方だよ」
 デュークの魔力はいかづきの魔力。その攻撃力は強いとの噂だった。王家の人々の魔力は様々だ。癒しの力を持つ者もおればデュークのように攻撃の力もある。人の心を読み解く力もあれば、守りの力を持つ者もある。
「では、元の場所に戻ります」
 エレン自身は杖を懐に入れていた。それを取り出すと、一気に魔力を解放させ次元を元の場所へと戻す。
 ぐにゃりとした感覚と共に戻った瞬間、外では鈍い音と声が響いていた。
 迷わず外へと出るエレンはフードに杖を向けて攻撃呪文を唱えていた。

 エレン自身は攻撃呪文を実際に使ったことはない。だが魔術の本を読み漁りそれを記憶して、魔女の血がそれを覚えているのだ。
 パーンッ!とフードは飛び、ホエールから離れた。
(ホエール……)
 あの身体の大きいホエールが簡単に傷だらけにされている。いくら本来の力を出せないとはいえ、ここまでとは思ってもいなかった。

 エレンの呪文で倒れたフードはゆっくりと立ち上がっていた。
「ガ……ガガ……」
 不気味な音を鳴らしたフードは、人ではないと実感した。魔法使いでも魔女でもない。
 呪いまじないをかけられた人間にんぎょうだった。
 直視した時にそれを感じ取った。

 エレンの後ろでデュークが剣を構え、剣に魔力を溜めていた。
 フードがこつらに向かってやってきた時に、エレンと共にデュークがその剣を振りかざしていた。剣の腕は立つと言っていたが、それはその通りで魔力がなくとも強い。その力でフードを吹き飛ばしていた。フードはこっちを見ては不気味な笑みを浮かべた。そしてふっと消えた。

「き、消えた……?」
 その場に呆然と立ち尽くしたエレンとデュークは暫く動けなかった。



     ◇◇◇◇◇



「ホエール!」
 はっとしたようにホエールに駆け寄るエレン。ホエールの右肩から血が流れている。
 エレンはすぐに癒しの魔法をかけ止血を試みた。
(海へ連れていかねばならぬか)
 元々は海の主。海の力があれば回復するかもしれないとエレンは思った。

「エレン!」
 パタパタと走ってくる小さな人影。ユリアーナだ。
「ホエール、どうしたの?」
 学校から帰ってきたユリアーナはホエールの状態を見て驚いた。そして心配そうにホエールを見ていた。
「大丈夫。部屋へ戻って」
 エレンを見上げるユリアーナは頷いて小屋の中へと入って行く。

「エレン」
 デュークは一連の流を見ていた。
「今の子は……」
「私が預かってる。親が亡くなったので」
「そうか」
 そしてホエールに目線を移すと「この者は人ではないのか」と尋ねる。
「シーラの海にいたホエールデビルです。陸で生活出来るように私がしたのです」
「そうか」
「デューク様。あのフード、もしかしたら隣国のものかも知れません」
 エレンはそう言うとホエールの傷口に傷薬を塗った。
「やはり……」
「以前、あのフードの記憶を持つ男が依頼してきた時にあの記憶に怯えていたのです。それは隣国の者だと、今思い出しました」
 それが事実ならば、隣国ナトゥール公国とはいい関係ではなくなる。関係を壊したのはナトゥール公国。それ相応の代償は受けることだろう。

「ありがとう。本来の依頼とは別の課題が出来てしまったが」
 頭を悩ませるデュークはひとつため息を吐いた。
「とりあえず隣国の問題と向き合うことにしよう」
「こちらでもフードのことは探ってみます。それと、本来の依頼の話はまた改めてお伺いします。今はこれをなんとかしないと……」
 エレンの視線はホエールに向けられた。
「分かった。では何かあったら知らせてくれ。彼の為にも何かをしてやりたい」
 身体を張ったホエールに目を向けると頭を下げた。



     ◇◇◇◇◇



 ホエールはシーラの海に一度戻った。海がホエールを癒してくれるだろう。
 デュークは城に戻ってからあのフードのことを報告したようだった。エレンの方でフードのことを調べているが、まだ何も分かってない。
 もしかしたら本格的に戦争が始まってしまうのかもしれない──……。
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