11 / 34
第2章
2 魔女シェリー
しおりを挟む
エレンは気付いたらここにいた。それでも母はいる……筈。父も多分、いる。
だけど、エレンには両親の記憶はない。本当に気付いたらこの森にいた。それはいつの頃だったのか、分からない。
「だーかーら、俺と一緒になるならお前の親に挨拶……」
と言ったホエールはエレンの顔を見て凍りつく。
「一緒になるつもりはないんだけど」
冷たく言い放たれる言葉には、刺があった。
毎日毎日、ホエールに求婚されているエレンはうんざりしていた。
そもそもそんな人間みたいなことを言ったホエールに呆れていた。
そんなある日。エレンの元にやって来た女性がいた。エレンと同じように黒服を着て箒を持っていた。
◇◇◇◇◇
「久しぶりね、エレン」
記憶の奥にある母の声。忘れていたものが箱から飛び出したかのようにエレンの記憶が呼び覚ます。
「母……様?」
微かに出た声ににっこりと笑うその女性はエレンにそっくりだった。
「きゃー!エレン!」
と抱きついてきたこの女性、エレンの母のシェリー。
シェリーは隣国の山奥に住んでいた。
「覚えてる?私のこと」
少女が話すようにはしゃぐこの母は、エレンを産んで10年、共に過ごしていたがその年に忽然と姿を消した。
というより、エレンをこの森に置き去りにした。
10歳のエレンは今ほど力はなかった。それでも魔力を持って産まれてくる人間よりは力を持っていて、その力によりここまで生きてこれた。
「母様。なんの用ですか」
冷たく言うエレンに「もう、仕方ない子ね」と呟く。
「私を恨んでる?ここに置き去りにしたこと」
「いえ。あなたのことを忘れていましたので何も」
「それは傷つくわぁ」
なんて言いながら小屋を見て回る。
「ふぅ~ん。こんな感じで生活してるのねぇ」
魔女シェリーがエレンの元に来た理由は分からなかった。
シェリーの心が読めなかったのだ。
「警戒してるかしら」
エレンのことが分かるのかそう言うシェリーは、ひとつの小瓶を置いた。
「これは我が家に伝わる秘術が入ってるの」
「……これをどうしよと?」
「あなたに受け継いで欲しいわ」
それに対してエレンは何も答えない。秘術が何か気になるところだが、受け取る理由がなかった。
「なぜ私に?」
「あなたは私の唯一の娘だもの」
うふっと笑うシェリーに吐き気がした。今さら娘と言われても親の顔を知らずにここまで来たのだから、娘と言われたくなかったのだ。
「親らしいことはしてこなかった癖に」
口から出た言葉にシェリーもエレンも驚いた。魔女らしからぬ言葉だったからだ。
「人間……みたいねぇ」
シェリーが不思議そうにエレンを見るとエレンは顔を上げられなくなった。
「まぁ、元々魔女は人間だったからねぇ」
魔女のルーツは人間だったらしいと初めて聞いた。そもそもそんなことを教えてくれる人なぞいなかったからだ。
ならエレンはどうやって魔法を習得したのか?
それは血だろう。エレンの中にある血が魔法や魔術を覚えているからだった。
「おーい、エレン!」
シェリーと話をしていた時、森の中を散策していた筈のホエールが木の実を抱えて帰って来た。
「帰ってくんなよ……」
と頭を抱えるエレンにシェリーが言った。
「え?え?え?この人、エレンの恋人?わー!初めましてーエレンの母のシェリーと言います。よろしくねー」
弾丸のように話すシェリーに嫌気がさす。ホエールはエレンを見て「誰?母親?本当に?」と目をパチパチさせた。
「いやー初めまして!お義母さん。僕はホエールと言いまして」
調子に乗ったホエールがシェリーに握手を求めた。シェリーも気分がいいのかそれに応える。
「やめろ!」
エレンが間に入って止める。
「で、これを渡しに来ただけかよ!だったら帰れよ」
といつになく言葉が悪くなる。そんな自分にも嫌気がさす。
(母親なんて言われても……)
母とはどんな存在なのか分かっていないエレンにとっては、不必要な存在であった。
「仕方ない子ね」
立ち上がりシェリーは小屋を出ていく。
シェリーを見送ることもしない。そのまま木で出来たソファーに座り込んだ。
◇◇◇◇◇
あれから少し経って、エレンの元にジェニファーが子供と一緒に遊びに来ていた。
エレンにとって初めての人間の同性の友達。
「え?母様?エレンの?」
話を聞いたジェニファーは驚きを隠せなかった。母親がいる話はこれまで聞いたことのないことだったから、驚く。
「ずっとひとりで生きてきたんだ。それなのに今になって現れるなんて卑怯だ」
拗ねたエレンが可愛くて思わずクスクス笑うジェニファー。
傍らには籠に入ってる息子のハンスが眠っている。
「でもね、エレン」
眠るハンスを撫でながらジェニファーは言う。
「子供を忘れる親なんていないわ。母親なら尚更よ」
母になったから分かる気持ち。ジェニファーのような母だったらとエレンは思う。
「ハンス。お前は幸せ者だね」
籠を覗き込んでハンスに話しかけた。
「ちゃんと話、聞いて上げた方がいいよ」
ジェニファーは母親の顔で言う。女は子を産むと母の顔になる。それはジェニファーを見て実感する。
それじゃ、魔女は?
エレンの中で芽生える疑問。
シェリーはエレンをどう思っていたのか……?
エレンにとってはいないのも当たり前だったからなんとも思ってはいない。
ただ、なぜ私をここに置いて行ったのか。
それだけが知りたかった。
◇◇◇◇◇
「行くのか?」
必要なものを小さなバッグに詰め込んでいるエレンにホエールが言う。
小さなバッグなのにこれでもかという物が詰め込まれていく。それをホエールはただ見るしかない。
「あ、これも」
と、シェリーが置いて行った小瓶も忘れずに入れる。
「会ってどうする」
「意味を知りたい。私が存在する意味を」
そう言うとホエールに振り返る。
「私がいない間に小さな女の子が薬をもらいに来る」
フラダの町のユリアーナ。ユリアーナは母の薬を取りに来る。
「ユリアーナにこの薬とこの砂糖菓子を渡してくれ。この薬はユリアーナの母の大事なものだ。砂糖菓子はユリアーナにとって大切なものだ。ユリアーナには代金は次の時にもらうと言ってくれ」
メモ書きをして棚の小さな籠にまとめて入れる。
「他の客人は来ない筈だ。森が入れないだろう」
「分かった」
小屋の外に出ると箒に跨がった。そして地面を蹴ると空高く飛び上がった。
空から見る森は美しい。
森は何を考えて何を思っているのか。
静かにエレンを見送った。
◇◇◇◇◇
シェリーは隣国の山にいる。隣国では「魔女の山」と言われているらしい。
なぜそう言われるのか山に着いたシェリーは実感する。
山の麓に降り立ったエレンはこの山のどこかにいる、シェリーを探すことにした。
山へと入るとバサバサと真っ黒い物体が飛び出した。
「鴉……」
エレンの森にも鴉は多数いる。だが、ここの鴉は数が多かった。
山へ入ると魔力が強いのが分かる。
(どこだろう)
歩いていると、魔女に出会う。そしてまたひとりと魔女に出会う。
(魔女の森とはこういうことか……)
どうやら魔女の棲みからしい。だから魔力が強いのだ。
エレンはある一軒の家を見つける。誰に言われたわけでもない。そこがシェリーの家なのだ。
ギィィィ……。
鈍い音を立てて開く扉。その扉の向こうには、シェリーがいる……筈。
(静かだ)
留守でもしているのかと思い、家の中を見渡す。気配はするのに、いない。
一階は炊事場と食卓が置いてあった。あとごちゃごちゃと魔力が強い物たち。
鉢植えもいくつかあった。これも魔力が強い。
「うちもごちゃごちゃと物があるけど、母様のところもだな」
階段を見つけ、2階へと上がる。ある一部屋の扉を開けるとベッドが置いてあった。そのベッドに横たわるシェリーの姿があった。
「母……様?」
シェリーはうっすら目を開けてエレンを見た。ベッドから手を出しこちらへ来るように促した。
ゆっくりと近寄ると、シェリーはエレンの手を握った。
「……こんな姿、見せたくはなかったのよ……」
「母様……」
「私ね、もうすぐ死ぬのよ……。だからあなたに会いたかった……」
死ぬ前の魔女な筈なのにそうは見えないのは何故だろう。
とても人とは違い、魔力が強いから肌が健康な人と変わらない。痩せこけているわけでもない。魔女や魔法使いは死にたい姿で死ねるのだ。
「この秘術は……」
持ってきた小瓶を渡す。シェリーはその小瓶を触るとにっこりと笑う。
「これは……私が母から受け継いだもの。国を左右する魔術……。誰にもこれを渡してはならない。使ってもならない」
シェリーは耳元でこの魔術が何なのかを教えてくれた。誰にも聞かれないように……。
「さぁ……。もう……、行きなさい……。早く自分の森へ……。ここには……、敵となる魔女たちがいる……」
シェリーはそう言う。そして最後にひとつの光る卵を渡す。記憶の卵だった。
「あなたには……、知る……権利が……あるから。私の……、記憶を……」
小瓶と卵をバッグに詰め込むと、もう一度シェリーを見た。
「愛してるわ、シェリー……。私の箒を使いなさい。あれはあなたのおばあちゃんが作った最高の箒よ……。もう……、何千年も壊れずに……いたのだから……。それで早く……戻りなさい……」
部屋を出ようとしてシェリーに振り返る。
「母様。愛してる」
自然とそう口から出た言葉に驚いた。
そしてそのまま母の箒を掴み空へ翔んだ。
山の魔力は凄くて下山しないで翔べるか分からなかったが、母の箒の魔力が強くて飛び出すことが出来た。
そしてその箒は早かった。急いで森へという気持ちもあったからなのか、とても早く辿り着いた。
翔び立った後、山からの魔力がこっちに向かってきていたが、それらを振り払って森へ戻ってきたのだった。
森に着くと森の魔力がエレンを包み込んだ。他の魔力は受け付けないという風に包み込む。
小屋の場所まで来ると、見覚えのある家が隣に建っていた。
(……っ!)
さっきまでいたシェリーの家だった。シェリーの魔力が死んでも強いことが分かった。シェリーが死んだ後、シェリーの持ち物たちがここへ転送されるようになっていたのだ。
「エレン!」
小屋からはホエールが飛び出してくる。
「なんか、隣に家がっ!」
「母様の家だよ」
「え」
「母様が亡くなった……」
そう言うとシェリーの箒を握りしめて泣いた。
だけど、エレンには両親の記憶はない。本当に気付いたらこの森にいた。それはいつの頃だったのか、分からない。
「だーかーら、俺と一緒になるならお前の親に挨拶……」
と言ったホエールはエレンの顔を見て凍りつく。
「一緒になるつもりはないんだけど」
冷たく言い放たれる言葉には、刺があった。
毎日毎日、ホエールに求婚されているエレンはうんざりしていた。
そもそもそんな人間みたいなことを言ったホエールに呆れていた。
そんなある日。エレンの元にやって来た女性がいた。エレンと同じように黒服を着て箒を持っていた。
◇◇◇◇◇
「久しぶりね、エレン」
記憶の奥にある母の声。忘れていたものが箱から飛び出したかのようにエレンの記憶が呼び覚ます。
「母……様?」
微かに出た声ににっこりと笑うその女性はエレンにそっくりだった。
「きゃー!エレン!」
と抱きついてきたこの女性、エレンの母のシェリー。
シェリーは隣国の山奥に住んでいた。
「覚えてる?私のこと」
少女が話すようにはしゃぐこの母は、エレンを産んで10年、共に過ごしていたがその年に忽然と姿を消した。
というより、エレンをこの森に置き去りにした。
10歳のエレンは今ほど力はなかった。それでも魔力を持って産まれてくる人間よりは力を持っていて、その力によりここまで生きてこれた。
「母様。なんの用ですか」
冷たく言うエレンに「もう、仕方ない子ね」と呟く。
「私を恨んでる?ここに置き去りにしたこと」
「いえ。あなたのことを忘れていましたので何も」
「それは傷つくわぁ」
なんて言いながら小屋を見て回る。
「ふぅ~ん。こんな感じで生活してるのねぇ」
魔女シェリーがエレンの元に来た理由は分からなかった。
シェリーの心が読めなかったのだ。
「警戒してるかしら」
エレンのことが分かるのかそう言うシェリーは、ひとつの小瓶を置いた。
「これは我が家に伝わる秘術が入ってるの」
「……これをどうしよと?」
「あなたに受け継いで欲しいわ」
それに対してエレンは何も答えない。秘術が何か気になるところだが、受け取る理由がなかった。
「なぜ私に?」
「あなたは私の唯一の娘だもの」
うふっと笑うシェリーに吐き気がした。今さら娘と言われても親の顔を知らずにここまで来たのだから、娘と言われたくなかったのだ。
「親らしいことはしてこなかった癖に」
口から出た言葉にシェリーもエレンも驚いた。魔女らしからぬ言葉だったからだ。
「人間……みたいねぇ」
シェリーが不思議そうにエレンを見るとエレンは顔を上げられなくなった。
「まぁ、元々魔女は人間だったからねぇ」
魔女のルーツは人間だったらしいと初めて聞いた。そもそもそんなことを教えてくれる人なぞいなかったからだ。
ならエレンはどうやって魔法を習得したのか?
それは血だろう。エレンの中にある血が魔法や魔術を覚えているからだった。
「おーい、エレン!」
シェリーと話をしていた時、森の中を散策していた筈のホエールが木の実を抱えて帰って来た。
「帰ってくんなよ……」
と頭を抱えるエレンにシェリーが言った。
「え?え?え?この人、エレンの恋人?わー!初めましてーエレンの母のシェリーと言います。よろしくねー」
弾丸のように話すシェリーに嫌気がさす。ホエールはエレンを見て「誰?母親?本当に?」と目をパチパチさせた。
「いやー初めまして!お義母さん。僕はホエールと言いまして」
調子に乗ったホエールがシェリーに握手を求めた。シェリーも気分がいいのかそれに応える。
「やめろ!」
エレンが間に入って止める。
「で、これを渡しに来ただけかよ!だったら帰れよ」
といつになく言葉が悪くなる。そんな自分にも嫌気がさす。
(母親なんて言われても……)
母とはどんな存在なのか分かっていないエレンにとっては、不必要な存在であった。
「仕方ない子ね」
立ち上がりシェリーは小屋を出ていく。
シェリーを見送ることもしない。そのまま木で出来たソファーに座り込んだ。
◇◇◇◇◇
あれから少し経って、エレンの元にジェニファーが子供と一緒に遊びに来ていた。
エレンにとって初めての人間の同性の友達。
「え?母様?エレンの?」
話を聞いたジェニファーは驚きを隠せなかった。母親がいる話はこれまで聞いたことのないことだったから、驚く。
「ずっとひとりで生きてきたんだ。それなのに今になって現れるなんて卑怯だ」
拗ねたエレンが可愛くて思わずクスクス笑うジェニファー。
傍らには籠に入ってる息子のハンスが眠っている。
「でもね、エレン」
眠るハンスを撫でながらジェニファーは言う。
「子供を忘れる親なんていないわ。母親なら尚更よ」
母になったから分かる気持ち。ジェニファーのような母だったらとエレンは思う。
「ハンス。お前は幸せ者だね」
籠を覗き込んでハンスに話しかけた。
「ちゃんと話、聞いて上げた方がいいよ」
ジェニファーは母親の顔で言う。女は子を産むと母の顔になる。それはジェニファーを見て実感する。
それじゃ、魔女は?
エレンの中で芽生える疑問。
シェリーはエレンをどう思っていたのか……?
エレンにとってはいないのも当たり前だったからなんとも思ってはいない。
ただ、なぜ私をここに置いて行ったのか。
それだけが知りたかった。
◇◇◇◇◇
「行くのか?」
必要なものを小さなバッグに詰め込んでいるエレンにホエールが言う。
小さなバッグなのにこれでもかという物が詰め込まれていく。それをホエールはただ見るしかない。
「あ、これも」
と、シェリーが置いて行った小瓶も忘れずに入れる。
「会ってどうする」
「意味を知りたい。私が存在する意味を」
そう言うとホエールに振り返る。
「私がいない間に小さな女の子が薬をもらいに来る」
フラダの町のユリアーナ。ユリアーナは母の薬を取りに来る。
「ユリアーナにこの薬とこの砂糖菓子を渡してくれ。この薬はユリアーナの母の大事なものだ。砂糖菓子はユリアーナにとって大切なものだ。ユリアーナには代金は次の時にもらうと言ってくれ」
メモ書きをして棚の小さな籠にまとめて入れる。
「他の客人は来ない筈だ。森が入れないだろう」
「分かった」
小屋の外に出ると箒に跨がった。そして地面を蹴ると空高く飛び上がった。
空から見る森は美しい。
森は何を考えて何を思っているのか。
静かにエレンを見送った。
◇◇◇◇◇
シェリーは隣国の山にいる。隣国では「魔女の山」と言われているらしい。
なぜそう言われるのか山に着いたシェリーは実感する。
山の麓に降り立ったエレンはこの山のどこかにいる、シェリーを探すことにした。
山へと入るとバサバサと真っ黒い物体が飛び出した。
「鴉……」
エレンの森にも鴉は多数いる。だが、ここの鴉は数が多かった。
山へ入ると魔力が強いのが分かる。
(どこだろう)
歩いていると、魔女に出会う。そしてまたひとりと魔女に出会う。
(魔女の森とはこういうことか……)
どうやら魔女の棲みからしい。だから魔力が強いのだ。
エレンはある一軒の家を見つける。誰に言われたわけでもない。そこがシェリーの家なのだ。
ギィィィ……。
鈍い音を立てて開く扉。その扉の向こうには、シェリーがいる……筈。
(静かだ)
留守でもしているのかと思い、家の中を見渡す。気配はするのに、いない。
一階は炊事場と食卓が置いてあった。あとごちゃごちゃと魔力が強い物たち。
鉢植えもいくつかあった。これも魔力が強い。
「うちもごちゃごちゃと物があるけど、母様のところもだな」
階段を見つけ、2階へと上がる。ある一部屋の扉を開けるとベッドが置いてあった。そのベッドに横たわるシェリーの姿があった。
「母……様?」
シェリーはうっすら目を開けてエレンを見た。ベッドから手を出しこちらへ来るように促した。
ゆっくりと近寄ると、シェリーはエレンの手を握った。
「……こんな姿、見せたくはなかったのよ……」
「母様……」
「私ね、もうすぐ死ぬのよ……。だからあなたに会いたかった……」
死ぬ前の魔女な筈なのにそうは見えないのは何故だろう。
とても人とは違い、魔力が強いから肌が健康な人と変わらない。痩せこけているわけでもない。魔女や魔法使いは死にたい姿で死ねるのだ。
「この秘術は……」
持ってきた小瓶を渡す。シェリーはその小瓶を触るとにっこりと笑う。
「これは……私が母から受け継いだもの。国を左右する魔術……。誰にもこれを渡してはならない。使ってもならない」
シェリーは耳元でこの魔術が何なのかを教えてくれた。誰にも聞かれないように……。
「さぁ……。もう……、行きなさい……。早く自分の森へ……。ここには……、敵となる魔女たちがいる……」
シェリーはそう言う。そして最後にひとつの光る卵を渡す。記憶の卵だった。
「あなたには……、知る……権利が……あるから。私の……、記憶を……」
小瓶と卵をバッグに詰め込むと、もう一度シェリーを見た。
「愛してるわ、シェリー……。私の箒を使いなさい。あれはあなたのおばあちゃんが作った最高の箒よ……。もう……、何千年も壊れずに……いたのだから……。それで早く……戻りなさい……」
部屋を出ようとしてシェリーに振り返る。
「母様。愛してる」
自然とそう口から出た言葉に驚いた。
そしてそのまま母の箒を掴み空へ翔んだ。
山の魔力は凄くて下山しないで翔べるか分からなかったが、母の箒の魔力が強くて飛び出すことが出来た。
そしてその箒は早かった。急いで森へという気持ちもあったからなのか、とても早く辿り着いた。
翔び立った後、山からの魔力がこっちに向かってきていたが、それらを振り払って森へ戻ってきたのだった。
森に着くと森の魔力がエレンを包み込んだ。他の魔力は受け付けないという風に包み込む。
小屋の場所まで来ると、見覚えのある家が隣に建っていた。
(……っ!)
さっきまでいたシェリーの家だった。シェリーの魔力が死んでも強いことが分かった。シェリーが死んだ後、シェリーの持ち物たちがここへ転送されるようになっていたのだ。
「エレン!」
小屋からはホエールが飛び出してくる。
「なんか、隣に家がっ!」
「母様の家だよ」
「え」
「母様が亡くなった……」
そう言うとシェリーの箒を握りしめて泣いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――


幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、

彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる