上 下
9 / 33
第1章

9 港の男 後編

しおりを挟む
 最初にアランが来てから半月頃。再びアランが森へやってきた。
(アランが来たってことは魔道剣士たちはどうにも出来なかったのかしら)
 魔道剣士とは王国の軍の組織のひとつ。魔法を使った剣士たち。魔法を扱う者。魔法を使って戦うことが出来る者。中には癒しの魔法を使う者もいるらしい。
「どうにも出来なかったのかしら?」
 そう尋ねるとアランはエレンに言った。
「詳しいことは俺には分かりゃせんでぇ。とにかくエレン様にシーラの町まで来てくれるようにと言われましてぇ」
 この男はどうも癖のあるしゃべり方をするらしい。
「一緒に来て下さいますかぃ。エリック様がお待ちしてますんでい」
「分かった」
 エレンはこの前と同じように箒を持ち、小屋に魔法をかけて消してしまった。そして箒に跨がりアランにも跨がるように言う。
「急ぐよ」
 地面を蹴ったエレンがバランスよく箒に乗って飛び出す。アランは二度目の空だが、また「うわぁーすっげぇや!」と歓声を上げる。
 エレンはスピードを上げてシーラの町へと降り立った。
「ひゃー、ほんとすげぇや」
 アランは降りた後もそう騒いでいた。
「そんなことよりエリック様の所へ」
「おぅ。そうだぁそうだぁ」
 と、エリックの屋敷まで急ぐ。その間、町の様子を伺うエレン。何処と無くこの前来た時と何かが違う。
(気のせいかな)
 エレンは気にし過ぎと思い、エリックの屋敷へ急いだ。



     ◇◇◇◇◇



 応接間に通されたエレンは、屋敷の中の空気も違うことに気付いた。
 それが何でかは分からないけど、確かに何かが違うのだ。
「待たせたね」
 応接間に入ってきたエリックの姿を見てエレンは驚いた。エリックは車椅子に座って執事に押されて来たのだ。

 ガタッ!
 思わず立ち上がったエレンは椅子を思いっきり倒してしまった。
「エリック様!」
 まさか、エリックが車椅子で登場するとは思ってもいなかった。
「どうしたのですか」
「エレン、精霊が囚われてると言ってたね」
「あ、はい」
「精霊、囚われていたよ」
 エリックの話によると、魔法剣士たちが海へ向かうと波の間から人影が現れたという。その人影は海に浮かんでおり、だがその姿は張り付けにされているような状態だったと言う。
 魔力のない者には見えないが、魔法剣士たちは魔力が強い。その為その姿を見ることが出来たのだ。そして、その場にはエリックもいた。 
 張り付けにされたような人影はやはり海の精霊だった。その精霊を捉えていたのは海に住む魔の生き物。姿はクジラのように大きく、深海魚のようなギョロとした目を持ち、口も人間などをひと飲み出来そうな程大きい。


「私はその魔の生き物の魔力に当てられてしまったのだよ」
 その生き物の魔力は負の魔力だろう。エリックは魔法剣士たちよりは魔力はないだろうから、負の魔力を浴びて足が動かなくなってしまったのだろう。
「手助けが出来ればと思い、私も海まで行ったのが間違いだったようだ」
「町が違和感で溢れているのはその魔力のせいですね」
 エレンはそう言うと立ち上がった。
「魔法剣士たちはどうしてます?無事ですか?」
「レベルが高い士官クラスはどうにか無事だが、それ以外の下の者たちは魔力を浴びてどこかしら動かなくなっている」
「そうですか。では、私が手を出すしかないようですね」
 なるべく関わりを持ちたくない相手だった。海の魔の生き物、ホエールデビル。昔、エレンと対峙したことがあった。その時、ホエールデビルはエレンに求愛をしてきた。



『お前、俺の一部になれ。そしてこの海の主となるのだ』



 そう言われたことを思い出していた。エレンはあの頃、思いっきり振っていた。
(また言われるのかな)
 ため息を吐いて海へと向かう。アランが付いて来ようとしたがそれは丁重に断った。
 箒に乗って海まで行く。
 町は店がひとつも開いていない状態だった。
 人々も外には出ていなかった。
(本来ならキレイな町なのに)
 ホエールデビルを赦せなかった。自然界のことには手を出さないが、これは自然界のことではない。魔法界のことだ。
 力を持つものが持たないものに危害を加えたらダメだ。
「ここは私がなんとかしないとっ!」




     ◇◇◇◇◇



 船着き場に降り立ったエレンは、深呼吸をした。そして海に向かって名前を呼んだ。

「ホエールデビル。いるんでしょ」
 静かにそう言うと波が大きく揺れて高く上がっていく。空は雲で覆い塞がれている為、昼間でも暗い。
 海からザバーンっ!と姿を現したその生き物がエレンを見下ろしていた。
「久しいのぉ。愛しのエレン」
 本当に恋しているのかホエールデビルは頬を赤らめてる。
「ようやくワシと一緒になってくれる決心がついたか」
「違うわ。あなたに精霊を解放して貰いにきたの」
 海の精霊シーラ。シーラの町の名前の由来はこの精霊からだ。
「シーラを離して」
「嫌だね」
「ホエールデビル」
「シーラはワシを消そうとした」
「ホエールが悪さしたからでしょ」
「エレンもそう思うのか」
 ギョロとエレンを見るその目は普通の人ならば一溜りもない。その眼力でエリックや魔法剣士たちはやられたのだ。

「やはり、エレンには効かぬか」
 エレンの魔力は相当なものだとホエールデビルも知っていた。
「ホエール。精霊を捉えるとどんなことが起こると思ってる。己の身にも危険が及ぼすぞ」
 少しの沈黙の後、ホエールデビルは言った。
「分かっておる」
「なら離せ」
「……エレンが私のものになるなら」
 ホエールデビルはスッと人形ひとがたの姿になった。そして海から出て船着き場まで来る。
「私はエレンが欲しいのだよ」
「お前は500年前に私の魔力で眠りについた筈だろう。また同じことをさせる気か」
「エレンが欲しい」
「話を聞け」
 ふたりの話は噛み合わない。そのことに呆れてしまうエレンは、深いため息を吐く。

「私は海では生活出来ない。お前も陸では生活出来ない」
 それを聞いたホエールは悲しそうな顔をして見せた。
「なぜ……なんだろうな。ワシはお前が欲しいのに、手にすることは叶わぬ」
「だからといって精霊を捉えるのはどうかと思う」
 そう言ったエレンにもう一度悲しい顔をした。
「お前が何かしら精霊にやったから、シーラはお前を消そうとしたのだろう。でなければ、シーラは何もしない。シーラはこの海を守る者だから」
「……そうだ。ワシが悪い」
「ならばまた眠るか」
「それは嫌だね」
「ホエール!」
 ホエールはエレンを見た。
「頼みがある。ワシを陸で暮らせるように出来ぬか?」




     ◇◇◇◇◇



 あの日。ホエールがエレンにした頼みとは陸で暮らせるようになりたいというものだった。
 エレンならそれが出来ると頼み出た。確かにエレンはそれだけの魔力がある。
 ならばとエレンからは精霊の解放と、エリックたちにかかった魔力を解除することだった。


「エレン様」
 頭を下げるエリックに慌てる。
「ありがとう。この町を守ってくれて」
「守ってなんかいない!昔の知り合いと話をしただけだ」
「それでも海は元に戻り、精霊は解放された。我々も元の身体へと戻った。それだけでも充分なのだ」
「だけど、あの海の現状は少なくとも私が関わっていたようで、申し訳ないです」
「そんなことはないです。我々ももう少し海を大事にしなければいけまんね」
 屋敷から外を見るエリックはこの町を大切にしている。
 それが分かるからこの町は素敵な町なのだろう。今日は久しぶりに広場で大きなマルシェが行われている。町並みも活気づいている。



 そしてホエールデビルはというと……。



「エレン」
 エレンの傍から離れないこの男。銀髪の長身。筋肉質。
 これがホエールデビルだ。人形になるとこんな姿。自分をイケメン化していた。
「その姿、なんとかならないのか」
 呆れて見るエレンに「いいだろ?」とどや顔。
「どんだけ自分好きなんだよ」
(こういうところが昔っから嫌なんだ)
 頭を抱える事態になってる。

 そう。ホエールは陸に上がり、エレンの傍で生活をするようになっている。エレンは基本森からは出ないからホエールにとっては居心地悪いのかもしれないが、今のところエレンに何かをするわけでもなかった。
 ただ一緒にいるだけだった。


「帰るよ、ホエール」
 箒に跨がり空を飛ぶ。一緒に箒に跨がりここぞとばかりにエレンに抱きつくホエール。
「触りすぎ!落とすよ」
 そう言われてもそうはしないことを知ってるからホエールはエレンが好きなのだ。
 空から見たシーラの町はとてもキレイだった。
 海には精霊シーラが見守っているのが見えた。

 この町は大丈夫だろう。
 エレンは町を見下ろしてはそう感じた。
  



 第1章   END
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔双戦記アスガルドディーオ 神々の系譜

蒼井肇
ファンタジー
手に紋章が浮かび上がった。それは魔神イフリートの紋章だった。魔剣イフリートの継承者ファイは魔神剣士として、三大世界構造アスガルドに侵攻してくる魔王アガスラーマとの戦いの日々が仲間たちと始まる。 第三シリーズ始動。闇の王の戦いの末、魔族フォライーが現る。エトワル帝国の皇太子が復活の書というものを持っているのだが。 バトルファンタジー。 主人公ファイ、美剣士ヒョウ、魔法騎士キュラ。天才魔法使いエリュー、 戦いの絵巻は続いていきます。 連載再開です。応援よろしくお願いします。 (更新、滞っていましたが、毎日更新していきます。応援よろしくお願いします。キャラ、物語など気に入ってもらえたら、お気に入りお願いします)お気に入りありがとうございます。 読者様の応援が頼りです。読者様の応援が作者の書く気力にかわります。 第十章スタート! 復活するのか! 更新滞っていましたが、更新していきます。 *表紙キャラ、ファイ。  (ファウストプリンセス、∞インフィニティナイツにもファイ出てます。魔双戦記サイドストーリー) 魔双戦記とリンクしています。

チート狩り

京谷 榊
ファンタジー
 世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。  それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜

ガトー
ファンタジー
まさに社畜! 内海達也(うつみたつや)26歳は 年明け2月以降〝全ての〟土日と引きかえに 正月休みをもぎ取る事に成功(←?)した。 夢の〝声〟に誘われるまま帰郷した達也。 ほんの思いつきで 〝懐しいあの山の頂きで初日の出を拝もうぜ登山〟 を計画するも〝旧友全員〟に断られる。 意地になり、1人寂しく山を登る達也。 しかし、彼は知らなかった。 〝来年の太陽〟が、もう昇らないという事を。  >>> 小説家になろう様・ノベルアップ+様でも公開中です。 〝大幅に修正中〟ですが、お話の流れは変わりません。 修正を終えた場合〝話数〟表示が消えます。

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう
ファンタジー
修学旅行中の飛行機が不時着。 かろうじて生きながらえた学生達。 遭難場所の海岸で夜空を見上げれば、そこには二つの月が。 ここはどこだろう? 異世界に漂着した主人公は、とあることをきっかけに、人狼へと変化を遂げる。 魔法の力に目覚め、仲間を増やし自らの国を作り上げる。 はたして主人公は帰ることができるのだろうか? はるか遠くの地球へ。

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

処理中です...