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第1章

5 魔女の弟子

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 街に魔女の弟子と名乗る者が現れたと噂になったのは、ワドロフスキーが亡くなって暫くしてからだった。
 まだワドロフスキーを失った悲しみが癒えていない頃にそんな噂が流れてきたのだ。


「森が教えてくれた」
 エレンはそうセレスティーニに言う。
「街でそんなことを言ってる輩が出てきたということか」
 こくんと頷く。
 その正体はまだ分からない。ま、エレンに実害がないから放っておこうかと思っているところだった。
「いいのか。放っておいて」
「害はないし」
「まぁな。勝手に言ってるだけだろうし」
 エレンは様子を見ることにした。



     ◇◇◇◇◇



 ある日。エレンの元にやってきたのはスティール王都の街人、レオン。
 歳は15といったところか。
 エレンの元に来れたということは、森が受け入れたということ。

「お前はなんだ」
 エレンは聞いた。ここに着いてからこっちを睨んでくるレオンにそう冷たく言い放つ。
 レオンはへへっと笑い、エレンに言った。
「俺、弟子になる!」
「はぁ?」
 いきなり言った言葉が理解出来なかった。
『弟子にして下さい』じゃなく、『弟子になる』と言われたから呆気にとられる。
(何を言ってるんだ)
 と、不思議の生き物を見てるかのようにレオンを見る。
 エレンの見立てだと魔力も持ち合わせてない。ほんの少しも魔力を感じられない。それなのに弟子になると言われた。

「見たところ、魔力なんかないように思えるが……」
 レオンに告げると、ニカッと笑って言う。
「弟子になれば魔力がつくでしょ」
「はい?」
「弟子になれば魔法が使えるでしょ」
「……使えない。潜在魔力がないと修行しても魔力は強くならない。君は全く魔力がない」
「えー!嘘だー!」
 大騒ぎをするレオンは本当に15歳なのか。もう少し子供っぽいように感じられた。
「潜在的に魔力の欠片がないと、どんなに頑張っても魔法は使えない。君の両親は魔法は使えるのか?」
「使えないよ。うち、街のパン屋だ。普通の父さんと母さんだよ」
「じゃ、無理だ。どんなに頑張っても無理だ」
 パン屋の主人が魔力を隠し持ってることはまずないだろう。魔力を持っているとしたら、このレオンにも何かしか力を感じる筈だ。それがないということは本当に魔力を持たない家系なのだろう。

「俺は魔女の弟子なんだから!使えるようになる!」
 と言って聞かないこのレオンは、頑なだった。
「子供みたいに駄々をこねるな」
「自分だって子供の癖に」
 エレンのことを子供だと思ってるレオンにため息を吐く。
「魔女が姿を変えられないとでも?」
「え」
「この姿は都合がいいから少女に化けてるだけだ」
 エレンは後ろを振り返り、本来の顔に戻す。
 エレンの本来の顔は美しい女性だった。だが、それでも実際の年齢の姿ではない。エレンの年齢はワドロフスキーよりも遥かに年上だ。だが、自らの魔力で本来の年齢よりもずっと若く美しい姿を保っていられるのだ。


 エレンの姿を見たレオンはポカンとした。
 先程までの姿と違うエレンに見惚れていた。
「本来はもっと歳は上だ。子供の姿の方がやり易いからだ」
 レオンを見下ろすとその迫力、魅力にますます取り憑かれる。
「なぜ、弟子になりたい?」
 更にエレンは尋ねる。
「パン屋の息子だろう。パン屋をやるのじゃ物足りないか」
 それに対してレオンはポツリポツリと、話し出した。


「俺は13歳なんだけど……」
(なんだ、13歳か)
 歳を聞いたエレンは見た目より幼いことを知って驚いた。
「親の仕事。継ぐことが決まってる。それが嫌なんだ」
「お前の親はそんなに汚い仕事でもしているか?」
「そうじゃない。決められてることが嫌なんだ」
「だから魔女の弟子と名乗っていたのか?」
 それに頷く。
「弟子は無理。そもそも弟子を取らないからな」
 エレンはレオンに言うと、炊事場の方からティーセットを持ってきた。
 エレンが厳選したハーブティー。
 それを注ぐと飲むように言った。

「少し落ち着きな」
 エレンのハーブティーは心を落ち着かせる。香りもそうだが、飲んでいて爽やかにな気持ちになる。
「親は嫌いかい?」
「そんなことない」
「パン屋は?」
「そんなことない」
「だったら何が不満なのさ」
 エレンの言葉にレオンは息を吐く。
「つまらないじゃん」
 俯いたレオンがまたポツリポツリと話す。
「学校の友達に魔力を持ったやつがいてさ。そいつ、モテるんだ。女の子が寄ってくる。俺はそんなことないから羨ましい」
「……はぁ」
 エレンはため息を吐くと、棚から小瓶を取り出した。


「はい」
 レオンの目の前に差し出した小瓶には、小さな蜥蜴のようなものが入っていた。
「蜥蜴じゃないよ。ドラゴンの赤ちゃんの死体。これをどうにか出来たらここに通うことを赦す」
「え」
「ドラゴンの死体はなかなか処分は出来ない。薬の材料とかにもならない。それ程強い力を持ってる。例え赤ちゃんでも」
 嘘は言ってない。だが、このドラゴンの死体は何かをしてくることはない。
 ただ、諦めさせるために渡した。


「これをどうにか……って」
 小瓶を手に取り、中身に瓶越しに見る。
「薬にするか、まじないにするか。それはお前次第。出来なければここに来ることは叶わぬ」
 エレンはじっとレオンを見ていた。
 魔力のない者が弟子になろうとは無謀なことなのだ。
 レオンは小瓶をしっかり手にして街へ帰って行った。
 その後ろ姿を見てため息を吐く。
「さて。どうするかな」
 エレンはそう呟き、小屋へと戻っていく。

 レオンがどうなるかは分からない。魔力がないのは確かだから、どうにもならない。
 ドラゴンの死体はもうなんの効力はないもの。それを持って帰るレオンは諦めてくれればいいと、普通の生活も悪くないと感じてくれればいい。
 エレンはそう思った。
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