大人初恋

星河琉嘩

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 その日はどうやって自宅に戻ったのか覚えていなかった。気付いたら仕事部屋で次の作品のことを考えていた。
 翔からの連絡も一切断っていた。
 モヤモヤした気持ちのままじゃ、言ってはいけないことを言ってしまいそうだったからだ。
 本人に一緒にいた女性のことを聞く勇気も、菜々美にはなかった。
 恋愛小説を書いているが、恋愛偏差値は物凄く低い。だからこういう時、どうしたらいいのかさえも分からないのだ。

(いろんな恋愛小説書いてきたのになぁ……)
 本当の恋愛は、小説や漫画のようにはいかない。分かってるつもりでも、今日の出来事が痛い程、痛感してしまったのだ。



《なんで電話にも出てくれないの?》
 


 メッセージアプリに翔からメッセージが入る。電話もメッセージも返さないから、相当心配しているのが分かる。
 だけど、菜々美はそれに返信することは出来なかった。

(今日はひとりでいたい……)
 そう思った菜々美は、スマホの電源を落とした。
 仕事部屋で好きなバンドの音楽をかけ、パソコンを開いてはキーボードを叩いていく。
 部屋には音楽とカタカタカタという音が響いていた。



     ◇◇◇◇◇



 ピンポーン──……。


 音楽とキーボードの音が響く中、インターフォンが鳴った。
 小説仕事に夢中になっていた菜々美は、それを中断されて不機嫌になる。


 ピンポーン──……。


 もう一度、鳴った。
 うんざりしながら立ち上がり、部屋を出る。リビングにあるインターフォンのモニターを見る。そこには翔が映っていた。
 翔の顔を見て、戸惑った。まさか、マンションにまで来るとは思わなかったからだ。
 どうしようかと迷った。が、今は深夜0時を回っている。ここで騒がれたら近所迷惑だ。
「ふぅ……」
 ため息をひとつ吐いて、玄関へと向かった。


 ガチャ……。
 ゆっくりとドアを開ける。
 そこには困った顔をした翔がいた。
 菜々美は無言でリビングに戻り、珈琲を入れる。翔はその菜々美を後を追ってリビングに行くと、黙って翔に珈琲を出した。
「菜々美……」
「今日は……、ちょっとひとりになりたい気分なの」
 そう言うと仕事部屋へと入る。
 音楽が鳴りっぱなしの部屋でパソコンと向き合う。
 疲れなんかないってくらいに集中していた。
 そんな菜々美を見ていた翔は、何も言わずにリビングへと戻っていく。

 一体、菜々美はなんでそうなのか……と翔は不思議だった。
 自分が何かしたのではないかと思って頭を悩ませる。だけど考えてもそれが分からない。
 それでもここにいるしかなかった。


 暫くして菜々美は仕事部屋から出てきた。時間もう深夜の3時になろうとしていた。
「菜々美……」
 キッチンに向かった菜々美は、冷蔵庫から缶ビールを出した。そしてそのままそこでビールを飲み干した。
「眠くないの?」
「話をしたい」
「無理。ちょっと疲れた」
 そう言って寝室に向かう菜々美を追って翔も寝室に行く。
「菜々美」
 後ろから抱きしめられてた菜々美は、ドキドキが止まらない。

(こんなに好きなのに……)
 好きが溢れてきそうだった。
 それなのに、ちゃんとそのことを言えない。
「なんて情けない……」
 ポツリと呟く菜々美に不思議そうにする。
「菜々美?」
「なんでもない……」
 分かってはいるけどやっぱり伝えられない菜々美は、何かを言う気力はなかった。
 力なく手を下ろす菜々美に気付いたのか、翔は菜々美をベッドに座らせた。

「ごめん。帰るわ」
 その言葉に顔を上げる。
「帰る……って?」
 こんな時間に帰るってどうやって?と頭の中がグルグルしていた。駅に行ってもタクシーは掴まらないだろう。もちろん、電車も止まってる筈だ。
「翔……」
 思わず翔のジャケットの裾を掴んだ。
 帰って欲しくない気持ちはあるのだ。だけど、何を話していいのかも分からなくて、自分の気持ちが上手くコントロール出来なかった。
「いて欲しいの……?」
 隣に座った翔に何を言えばいいんだろう。どうすればいいんだろうと、考える。



「菜々美?」



 気付いたら涙を流していた──……。
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