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第3章
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午後の授業が始まる数分前。結子が顔を真っ赤にして、教室に戻って来た。
(その反応は……?)
結子を目で追った沙樹は、結子が話してくれるまで待つことにした。
だけど結子は話すことなく、授業が始まってしまった。その授業中の結子の様子が、少しおかしいことにも気が付いた。
行動が挙動不審に近いのだ。
普段なら落とさない筆箱や教科書。教科書のページも、違うところを開いてみたり。そんな結子らしからぬ行動を起こしていた。
それに沙樹だけでなく、さちも朱莉も気付いていた。
(どうしたんだろ……)
授業中、結子のことが気になって仕方なかった。
◇◇◇◇◇
「で、どうなったの?」
授業が終わるなり結子に詰め寄る。そんな3人に圧倒されたのか、結子は小さくなっていた。
この行動もやっぱり、結子らしからぬことだった。
「あ、あのね……、柳先輩と、付き合う……ことになった」
モジモジとした結子の口から出た言葉に、3人は歓喜の声を上げた。
「やったじゃない!」
「すごい~!」
「よかったね」
ニコニコと笑う沙樹は、心の中で「やっとか」と思っていた。これを凪や貴裕に話したらきっとふたりも「やっとか」と言うだろう。
「そ、それでね……」
沙樹を見る結子が申し訳なさそうにする。
「今日、一緒に帰ることになったの……」
「うん。じゃ私は朱莉たちと帰るね」
「ごめん」
「なに、言ってんの」
親友のこういう姿が、新鮮でなんだかおかしい。
「ほんと、よかったね」
沙樹たちは顔を真っ赤にしている結子を置いて、教室を出ていく。
「あんな結子、初めて見るね」
廊下を歩きながら話す、3人。
(一緒に下校する……。私には無理な話だな)
結子が羨ましいと感じる。それは沙樹だけでなくて、さちも朱莉もそうだった。
「好きな人と下校……」
「してみたいなぁ」
「うん……」
ふたりの言葉に頷く沙樹に、朱莉が言う。
「好きな人いる人は、いいじゃん」
「私らはその好きな人すらいなーい!」
そんな他愛もない話をしながら、バスに乗った。
◇◇◇◇◇
《会いたい。次いつ会える?》
メッセージアプリから、崇弘へとメッセージを送る。
なかなか会えないのは分かっていても、会いたいと願う。
「柚子ちゃん、よく堪えたよね……」
ベッドの上でスマホを握りしめて、切なくなる。
柚子もこんな思いをしてきたのかなと、苦しくなる。
「まだ私はいい方なのかな」
柚子は一度別れているから、もっと苦しかったのかもしれない。
「明日、柚子ちゃんに会いに行ってこよっ」
今の自分の思いを分かってもらえるのは、柚子だけだった。柚子ならニコニコしながら話を聞いてくれると、思ったのだ。
次の日の放課後。ひとりで下校して向かった先は、柚子と零士の家。ふたりの家は柚子の実家からほど近い場所にある。いつでも柚子の両親が来れるようにと、零士が見つけて来た土地に家を建てた。そしてその場所は、高幡家からも近い場所なのだ。
「いらっしゃい」
柚子はいつものように笑って招き入れてくれる。
だけど今日の柚子は、なんだか元気がないように見えた。
「柚子ちゃん?」
「なぁに」
キッチンでお茶の用意をしてくれている柚子に声をかける。
「どうしたの?それにさくらちゃんは?」
今日はなぜかさくらの姿が見えない。
「母にね、ちょっとお願いしてて」
さくらはこの春に4歳になっていた。普段は幼稚園に通ってるさくらは、ずいぶんとお姉さんらしくなってきていた。
「沙樹ちゃんには話しておくね」
と、柚子は微かに笑った。
テーブルにお茶とお菓子を置いて、沙樹を見る。
「あのね、私のこの中に……、いるの」
お腹に手を置いた柚子は、幸せそうな顔をしている。元気がないように見えたのは悪阻のせいだろう。
柚子の話を聞いた沙樹は、自分のことのように嬉しかった。
「ほんと?すごいー!」
沙樹の笑顔に柚子はほっとする。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと……ね」
「れいちゃんは知ってるの?」
「まだ話してないの」
忙しく働いてる零士と、話す時間がないのかもしれない。
「なんで……?」
「ん。言うのが怖い……かな」
沙樹より年上のはずの柚子が、小さく見えた。子供が出来て幸せいっぱいの筈が、不安もあるみたいだった。
「さくらの時……」
ポツリと話し出す。
「しばらく、気付かなかったの。私の……、精神的な問題で気付くのが遅かったの」
初めて聞く話だった。いくら身内だからといって、まだ子供の沙樹には話せなかったのかもしれない。
「さくらがお腹にいるって気付いた時、さくらに申し訳なくて……」
「柚子ちゃん……」
「零士さんと結婚して、一緒に暮らし始めた頃……」
柚子はお腹に手を当てて、話している。
「零士さんのマンションに、ファンが押し掛けてきたことがあったの」
「え」
「零士さんのマンションは、ファンの子たちに知られていたから」
「そう……なの?」
「うん。他のメンバーの家も……ね」
「そう……なんだ」
メンバーの家まで知られてるなんて、沙樹は知らなかった。そういえば前に崇弘が言ってた気がすると、思った。あの時は流してしまったけど、熱狂的なファンは家に押し掛けてくるのかもしれない。
「その時にね、過激なファンに色々言われたりして……。零士さんがファンクラブ通して言ってくれなかったら、きっと……」
さくらはもしかしたら、産まれて来なかったかもしれない。柚子はまた傷付くことになっていたかもしれない。
それを察した沙樹は、苦しくなった。
「柚子ちゃ……」
「ダメね。今、不安定みたい」
笑って沙樹を見る。その笑顔は無理に作ってるような気がした。
(その反応は……?)
結子を目で追った沙樹は、結子が話してくれるまで待つことにした。
だけど結子は話すことなく、授業が始まってしまった。その授業中の結子の様子が、少しおかしいことにも気が付いた。
行動が挙動不審に近いのだ。
普段なら落とさない筆箱や教科書。教科書のページも、違うところを開いてみたり。そんな結子らしからぬ行動を起こしていた。
それに沙樹だけでなく、さちも朱莉も気付いていた。
(どうしたんだろ……)
授業中、結子のことが気になって仕方なかった。
◇◇◇◇◇
「で、どうなったの?」
授業が終わるなり結子に詰め寄る。そんな3人に圧倒されたのか、結子は小さくなっていた。
この行動もやっぱり、結子らしからぬことだった。
「あ、あのね……、柳先輩と、付き合う……ことになった」
モジモジとした結子の口から出た言葉に、3人は歓喜の声を上げた。
「やったじゃない!」
「すごい~!」
「よかったね」
ニコニコと笑う沙樹は、心の中で「やっとか」と思っていた。これを凪や貴裕に話したらきっとふたりも「やっとか」と言うだろう。
「そ、それでね……」
沙樹を見る結子が申し訳なさそうにする。
「今日、一緒に帰ることになったの……」
「うん。じゃ私は朱莉たちと帰るね」
「ごめん」
「なに、言ってんの」
親友のこういう姿が、新鮮でなんだかおかしい。
「ほんと、よかったね」
沙樹たちは顔を真っ赤にしている結子を置いて、教室を出ていく。
「あんな結子、初めて見るね」
廊下を歩きながら話す、3人。
(一緒に下校する……。私には無理な話だな)
結子が羨ましいと感じる。それは沙樹だけでなくて、さちも朱莉もそうだった。
「好きな人と下校……」
「してみたいなぁ」
「うん……」
ふたりの言葉に頷く沙樹に、朱莉が言う。
「好きな人いる人は、いいじゃん」
「私らはその好きな人すらいなーい!」
そんな他愛もない話をしながら、バスに乗った。
◇◇◇◇◇
《会いたい。次いつ会える?》
メッセージアプリから、崇弘へとメッセージを送る。
なかなか会えないのは分かっていても、会いたいと願う。
「柚子ちゃん、よく堪えたよね……」
ベッドの上でスマホを握りしめて、切なくなる。
柚子もこんな思いをしてきたのかなと、苦しくなる。
「まだ私はいい方なのかな」
柚子は一度別れているから、もっと苦しかったのかもしれない。
「明日、柚子ちゃんに会いに行ってこよっ」
今の自分の思いを分かってもらえるのは、柚子だけだった。柚子ならニコニコしながら話を聞いてくれると、思ったのだ。
次の日の放課後。ひとりで下校して向かった先は、柚子と零士の家。ふたりの家は柚子の実家からほど近い場所にある。いつでも柚子の両親が来れるようにと、零士が見つけて来た土地に家を建てた。そしてその場所は、高幡家からも近い場所なのだ。
「いらっしゃい」
柚子はいつものように笑って招き入れてくれる。
だけど今日の柚子は、なんだか元気がないように見えた。
「柚子ちゃん?」
「なぁに」
キッチンでお茶の用意をしてくれている柚子に声をかける。
「どうしたの?それにさくらちゃんは?」
今日はなぜかさくらの姿が見えない。
「母にね、ちょっとお願いしてて」
さくらはこの春に4歳になっていた。普段は幼稚園に通ってるさくらは、ずいぶんとお姉さんらしくなってきていた。
「沙樹ちゃんには話しておくね」
と、柚子は微かに笑った。
テーブルにお茶とお菓子を置いて、沙樹を見る。
「あのね、私のこの中に……、いるの」
お腹に手を置いた柚子は、幸せそうな顔をしている。元気がないように見えたのは悪阻のせいだろう。
柚子の話を聞いた沙樹は、自分のことのように嬉しかった。
「ほんと?すごいー!」
沙樹の笑顔に柚子はほっとする。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと……ね」
「れいちゃんは知ってるの?」
「まだ話してないの」
忙しく働いてる零士と、話す時間がないのかもしれない。
「なんで……?」
「ん。言うのが怖い……かな」
沙樹より年上のはずの柚子が、小さく見えた。子供が出来て幸せいっぱいの筈が、不安もあるみたいだった。
「さくらの時……」
ポツリと話し出す。
「しばらく、気付かなかったの。私の……、精神的な問題で気付くのが遅かったの」
初めて聞く話だった。いくら身内だからといって、まだ子供の沙樹には話せなかったのかもしれない。
「さくらがお腹にいるって気付いた時、さくらに申し訳なくて……」
「柚子ちゃん……」
「零士さんと結婚して、一緒に暮らし始めた頃……」
柚子はお腹に手を当てて、話している。
「零士さんのマンションに、ファンが押し掛けてきたことがあったの」
「え」
「零士さんのマンションは、ファンの子たちに知られていたから」
「そう……なの?」
「うん。他のメンバーの家も……ね」
「そう……なんだ」
メンバーの家まで知られてるなんて、沙樹は知らなかった。そういえば前に崇弘が言ってた気がすると、思った。あの時は流してしまったけど、熱狂的なファンは家に押し掛けてくるのかもしれない。
「その時にね、過激なファンに色々言われたりして……。零士さんがファンクラブ通して言ってくれなかったら、きっと……」
さくらはもしかしたら、産まれて来なかったかもしれない。柚子はまた傷付くことになっていたかもしれない。
それを察した沙樹は、苦しくなった。
「柚子ちゃ……」
「ダメね。今、不安定みたい」
笑って沙樹を見る。その笑顔は無理に作ってるような気がした。
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