38 / 71
第2章
6
しおりを挟む
あの後、どうしても譲らない輝に負けた沙樹は渋々「分かった」と言った。
「え……?」
「……てことは、私たちもAKIRAさんのマンションに?」
結子と凪がポツリと呟く。信じられないと顔を見合わせる。
「結子ちゃんたち悪いけどライブの日、沙樹を頼むね」
ふたりにそう言った輝はにこっと笑って部屋を出ていく。
「凄い人……」
「あんな感じなんだ……」
ポツリと呟く結子と凪。貴裕と柳も顔を見合わせた。
沙樹からすれば妹に対して甘々なのはいつものことで、それが通常。キョトンとする沙樹は、驚かれるとは思ってもなかった。
「でもさ、ほんとに俺らに話して良かったの?」
貴裕は沙樹の顔を見て言う。その貴裕にコクンと頷いた。
「だって……、結子が大切にしてる人たちだから」
小声でそう言った沙樹は、俯いた。その仕草からどんな顔をしているのか、貴裕たちは分からなかった。
(大丈夫……だよね)
心の奥では本当は怖いと思う。自分のことも含めて輝との関係を話すことが怖かった。
だけど隣で見守る結子の顔を見ると、きっと大丈夫と思える。
◇◇◇◇◇
「じゃ、お兄さんにありがとうって伝えて」
帰る頃には凪は落ち着きを取り戻していた。
「はい」
「じゃまたね」
そう言うと4人はバスに乗り込んでいく。その姿を沙樹は見送った。バスが見えなくなると、家に入る。
和室にカーペットを敷いてソファーを置いた部屋。そのソファーに輝は座ってテレビを観ていた。
「もうっ、ほんとにびっくりしたよー」
輝の後ろ姿に声をかけると、ゆっくりと振り返る輝。
「ん?」
「いきなり帰ってくるから」
「俺の方こそ、びっくりだよ。お前が友達連れてくるなんてさ」
「凪先輩が本当に驚いてたよ」
腰を抜かす程に驚いた凪が、最後まで輝がこの家の三男だとは信じなかった。いくつものアルバムを出して見せてどうにか納得させた。
「凪ちゃんはBRのファン?」
「うん。それもお兄ぃ推し」
「俺?」
「そ」
輝の隣に座り、一緒にテレビを観る。久しぶりに輝の隣に座ってるこの時間がくすぐったい。
暫くして由紀子が店から戻って来た。
「あら、輝。帰ってたの?」
「ああ」
「ご飯は?」
「食う」
輝は由紀子の方を見ないで言った。和服姿の由紀子はそのままキッチンへと入る。そのキッチンは昭和の雰囲気が漂うキッチン。割烹着を着てキッチンに立つから余計に昭和な雰囲気だった。
ソファーから立ち上がった沙樹もキッチンへと向かって、由紀子と一緒に夕飯の準備をする。それがこの家の光景だった。
「久しぶりだな」
食卓に並べられた母の料理を見て、輝は言う。
目の前には父親が座り、輝の隣には沙樹が座ってる。店の後を継ぐ為、高幡屋で働く長男の糾はここから程近い自宅へと帰った。
「糾兄も元気そうで良かった」
滅多に実家へと帰らない輝は、兄たちと顔を合わせることも殆どなくなっている。
「柊兄は元気?」
「元気よ。子供も産まれたからドタバタしてるんじゃないかな」
由紀子はそう言って輝によそったご飯を渡した。それを受け取った輝は勢いよく食べ始めた。
兄たちがいた頃、食事の時間はとても煩かった。3人の兄たちが、おかずの取り合いをしていた。それを沙樹は呆れながら食事を取るといった感じだった。
取り合いをしている兄たちを、由紀子はため息をつきながら沙樹のおかずを取り分ける。取り合いをしている隙に取っておかないとなくなるのだ。それが沙樹がこの家に来た時からずっと続いていた。
その取り合いがなくなったのは、糾が他にアパートを借りて暮らし始めて、柊が大学の近くでひとり暮らしをすると言ったあたりからだった。
輝は沙樹とはおかずの取り合いなんかしなかった。食べる量も違うから取り合うことはなかった。
「相変わらず食べる量、少ないな」
沙樹を見た輝は言う。
「輝が食べ過ぎ」
目の前の父親はボソッと言った。
口数の少なくなった父親は、この家では存在感が薄い。沙樹はそんな父親とどう接していいか分からないし、兄たちも父親の隠し子騒動から呆れて話さない。毛嫌いをしてるわけではないが、何を話していいか分からない。だけど沙樹は可愛いと思っていて、兄として目一杯、沙樹を可愛がってきた。そんな兄弟たちを見て由紀子はどう父と子供たちを取り持とうかと、考えあぐねていた。
「輝」
父親が輝を見た。
「今日はうちに泊まるのか?」
その問いに「あ~……」と考えた。
「無理だな。明日、朝からMVの撮影だ」
「そうか」
残念そうに呟く父親を見て、このままじゃいけないことも輝は分かっている。分かってはいるが、どう接すればいいのかこちらも分からないのだ。
(反抗期真っ最中だった時に隠し子騒動だもんな)
素直に父親を許すことは出来なかった。
「え……?」
「……てことは、私たちもAKIRAさんのマンションに?」
結子と凪がポツリと呟く。信じられないと顔を見合わせる。
「結子ちゃんたち悪いけどライブの日、沙樹を頼むね」
ふたりにそう言った輝はにこっと笑って部屋を出ていく。
「凄い人……」
「あんな感じなんだ……」
ポツリと呟く結子と凪。貴裕と柳も顔を見合わせた。
沙樹からすれば妹に対して甘々なのはいつものことで、それが通常。キョトンとする沙樹は、驚かれるとは思ってもなかった。
「でもさ、ほんとに俺らに話して良かったの?」
貴裕は沙樹の顔を見て言う。その貴裕にコクンと頷いた。
「だって……、結子が大切にしてる人たちだから」
小声でそう言った沙樹は、俯いた。その仕草からどんな顔をしているのか、貴裕たちは分からなかった。
(大丈夫……だよね)
心の奥では本当は怖いと思う。自分のことも含めて輝との関係を話すことが怖かった。
だけど隣で見守る結子の顔を見ると、きっと大丈夫と思える。
◇◇◇◇◇
「じゃ、お兄さんにありがとうって伝えて」
帰る頃には凪は落ち着きを取り戻していた。
「はい」
「じゃまたね」
そう言うと4人はバスに乗り込んでいく。その姿を沙樹は見送った。バスが見えなくなると、家に入る。
和室にカーペットを敷いてソファーを置いた部屋。そのソファーに輝は座ってテレビを観ていた。
「もうっ、ほんとにびっくりしたよー」
輝の後ろ姿に声をかけると、ゆっくりと振り返る輝。
「ん?」
「いきなり帰ってくるから」
「俺の方こそ、びっくりだよ。お前が友達連れてくるなんてさ」
「凪先輩が本当に驚いてたよ」
腰を抜かす程に驚いた凪が、最後まで輝がこの家の三男だとは信じなかった。いくつものアルバムを出して見せてどうにか納得させた。
「凪ちゃんはBRのファン?」
「うん。それもお兄ぃ推し」
「俺?」
「そ」
輝の隣に座り、一緒にテレビを観る。久しぶりに輝の隣に座ってるこの時間がくすぐったい。
暫くして由紀子が店から戻って来た。
「あら、輝。帰ってたの?」
「ああ」
「ご飯は?」
「食う」
輝は由紀子の方を見ないで言った。和服姿の由紀子はそのままキッチンへと入る。そのキッチンは昭和の雰囲気が漂うキッチン。割烹着を着てキッチンに立つから余計に昭和な雰囲気だった。
ソファーから立ち上がった沙樹もキッチンへと向かって、由紀子と一緒に夕飯の準備をする。それがこの家の光景だった。
「久しぶりだな」
食卓に並べられた母の料理を見て、輝は言う。
目の前には父親が座り、輝の隣には沙樹が座ってる。店の後を継ぐ為、高幡屋で働く長男の糾はここから程近い自宅へと帰った。
「糾兄も元気そうで良かった」
滅多に実家へと帰らない輝は、兄たちと顔を合わせることも殆どなくなっている。
「柊兄は元気?」
「元気よ。子供も産まれたからドタバタしてるんじゃないかな」
由紀子はそう言って輝によそったご飯を渡した。それを受け取った輝は勢いよく食べ始めた。
兄たちがいた頃、食事の時間はとても煩かった。3人の兄たちが、おかずの取り合いをしていた。それを沙樹は呆れながら食事を取るといった感じだった。
取り合いをしている兄たちを、由紀子はため息をつきながら沙樹のおかずを取り分ける。取り合いをしている隙に取っておかないとなくなるのだ。それが沙樹がこの家に来た時からずっと続いていた。
その取り合いがなくなったのは、糾が他にアパートを借りて暮らし始めて、柊が大学の近くでひとり暮らしをすると言ったあたりからだった。
輝は沙樹とはおかずの取り合いなんかしなかった。食べる量も違うから取り合うことはなかった。
「相変わらず食べる量、少ないな」
沙樹を見た輝は言う。
「輝が食べ過ぎ」
目の前の父親はボソッと言った。
口数の少なくなった父親は、この家では存在感が薄い。沙樹はそんな父親とどう接していいか分からないし、兄たちも父親の隠し子騒動から呆れて話さない。毛嫌いをしてるわけではないが、何を話していいか分からない。だけど沙樹は可愛いと思っていて、兄として目一杯、沙樹を可愛がってきた。そんな兄弟たちを見て由紀子はどう父と子供たちを取り持とうかと、考えあぐねていた。
「輝」
父親が輝を見た。
「今日はうちに泊まるのか?」
その問いに「あ~……」と考えた。
「無理だな。明日、朝からMVの撮影だ」
「そうか」
残念そうに呟く父親を見て、このままじゃいけないことも輝は分かっている。分かってはいるが、どう接すればいいのかこちらも分からないのだ。
(反抗期真っ最中だった時に隠し子騒動だもんな)
素直に父親を許すことは出来なかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
私の大好きな彼氏はみんなに優しい
hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。
柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。
そして…
柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる