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第1章
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家に帰ると部屋の中に入ったまま出ていこうとしない。実母のことを話した沙樹は、心の奥に押し込めた思いが爆発寸前だった。だけどそれを由紀子には話せなかった。
《週末迎えに行く》
とメッセージが入る。メッセージの相手は、輝だった。それはいつもの別荘への誘いのメッセージだったのだ。たった短い文面だけど、輝の言いたいことは分かっていた。
「お兄ちゃん……」
いくら仲のいい輝にでも話せないことだった。実母を殺したという思いが沙樹を縛っている。そのことに気付かないフリして生きていたのだ。
苦しくてどうしようもなかった。涙が出てくるのを黙って感じていた。
「沙樹ちゃん」
部屋のドアを開けた由紀子は、膝を抱えている沙樹に近付いた。
「どうしたの?何があったの?」
「何でもない……」
と沙樹は言う。とてもじゃないが、実母のことを言える感じではなかった。
由紀子は沙樹を実の娘のように育ててくれた。だからこそ言えなかったのだ。
「ご飯よ」
「うん」
由紀子は沙樹の様子がおかしいのを分かっていたが、何も聞かずに部屋を出て行った。そのうち話してくれることを信じていたのだ。
沙樹は由紀子の後を追って居間の方へ向かった。
居間では、父が座っていた。
女遊びが酷い父だったが、沙樹を引き取ってから家での立場が更に悪くなり大人しくなっていた。3人の息子たちからも責められていたから、家に居場所はない。だが、これ以上家族の印象を悪くするとここにはいられないと女遊びはやめた。というよりは出来なかったのだ。由紀子に紗那が亡くなったのは「あんたがいけない」と責められていたのだ。「もっと早く紗那さんたちのアパートに戻っていれば助かったかもしれないのに!」と。
そんな父とここ最近話をすることはない。食事の時にも話さない。由紀子とは話はするが、父とはどう話したらいいのか分からない。それは思春期特有のものなのかもしれない。
静かな食事の後、沙樹は食器を台所へと持って行き黙って洗い物を始めた。
「沙樹ちゃん。いいのよ」
由紀子はそう言うが、沙樹は「ううん。やらせて」と続ける。黙って洗い物をしていると、居間でテレビの音が聞こえる。食事の時はテレビをつけない高幡家。食事が終わるとこうして父がテレビをつける。その音を聞きながら沙樹と由紀子は台所を片付けていた。
◇◇◇◇◇
週末。輝の運転するワンボックスカーが高幡家の前に停まった。輝が家の中へと入ると、元気のない沙樹と目が合う。
「準備出来たか?」
輝がそう言うと黙って頷いた。
沙樹は部屋へ荷物を取りに向かった。
「輝。あの子、なにかあったみたいで……」
由紀子の言葉に輝は「分かった」と答える。
「お願いね」
「ああ」
沙樹が部屋から荷物を持って出てくくると、その荷物を持って家を出る。ワンボックスカーに乗り込むと、輝はゆっくりと車を走らせる。車には輝と沙樹だけだった。沙樹は後ろの席に座っていた。いつもこの車に乗ると後ろだった。それは輝と一緒にいるところを見られないようにする為だった。
「タカたち、拾っていくから」
そう言って車を走らせる輝は得に何か聞くことはしなかった。
都心に入ると、真司と崇弘を拾った。真司は荷物多い。その反対に崇弘は荷物が少なかった。それはいつものことだったから驚くことはなかった。
「真司。本当に荷物多い」
輝は呆れて真司を見る。
「何かあるかもしれないだろー」
「なんもねぇよ」
崇弘も呆れた声を出す。
「なぁ、沙樹」
元気のない沙樹に気付いてか、ポンと頭に手を置いた。
「どうした?」
「なんでもない」
結子たちに実母のことを話してから、沙樹の中はずっと苦しい思いでいっぱいだった。そんな沙樹に気付いているのか気付いていないのか、崇弘はそっと沙樹の隣に座る。
あのキスの日から一度も会っていないふたり。沙樹の方は初めてのキスだった。だが今はそんなことを考えている余裕がないくらい、自分を責めていた。
崇弘の実家の別荘に着いた一行。車が停まると、荷物を部屋に入れる為にそれぞれ家の中に入っていく。この別荘の部屋割りはいつも早い者勝ち。一番広い部屋はいつの間にか付いて来ていた零士と柚子が使うことになっていた。今回はさくらも一緒だった。
さくらは沙樹を見ると駆け寄った。
「さぁちゃっ」
かわいらしい声で沙樹に声をかけるさくらに沙樹は癒される。
「今回も湊は来れないの?」
「忙しいみたい」
柚子も詳しいことは分からないが、湊は研修医になって2年。その為なのか忙しくしている。妹の柚子でさえ、なかなか会えていない。
「頑張るなぁ」
「それが夢だったから」
湊がなぜ医者になろうとしていたのかは柚子でさえ知らない。
「沙樹。荷物」
輝はそう言って荷物を渡す。それを受け取って家の中へと入っていく。リビングの脇に階段があり昇って行くといくつもののドアが並んでる。左へと行くと沙樹がいつも使ってる部屋がある。メンバーはその部屋だけは避けて他の部屋へ入っていく。小さい頃は輝と一緒の部屋に寝泊まりしていた。それがいつのまにか別々の部屋で寝泊まりするようになった。部屋に荷物を置くとリビングに降りていく。
「食材買って来たけど、足りるか?」
零士が食材の入った段ボールを持って入って来た。
「酒は?」
「まだ車にあるよ」
そう聞いた崇弘は零士の車に向かった。その後ろ姿を見送った沙樹に柚子が「手伝ってあげて」と言った。
(柚子さん、ワザとだ)
そう思いながらも崇弘の後を追う。
車のところへ行くと崇弘が酒を降ろしていた。
「タカちゃん」
「ん?」
「手伝う」
「重いぞ」
「大丈夫」
そう言って崇弘が持っていた袋を手にする。
(重……っ)
大丈夫と言った手前、重いとは言えない。そんな沙樹にふっと笑った崇弘は、沙樹から袋を取り上げる。
「無理すんな」
ひょいと持って歩く崇弘の後を追う。
リビングの大きな窓を開放してそこから酒を運び入れる。
「冷やしておけよ」
そう言ってまた車へ戻る。
「何かあった?」
「え」
「元気ないから」
沙樹をじっと見る崇弘は、沙樹の頬に触れる。
「大丈夫。タカちゃんに会えたから」
そう笑う沙樹の笑顔は無理しているように見えた。
《週末迎えに行く》
とメッセージが入る。メッセージの相手は、輝だった。それはいつもの別荘への誘いのメッセージだったのだ。たった短い文面だけど、輝の言いたいことは分かっていた。
「お兄ちゃん……」
いくら仲のいい輝にでも話せないことだった。実母を殺したという思いが沙樹を縛っている。そのことに気付かないフリして生きていたのだ。
苦しくてどうしようもなかった。涙が出てくるのを黙って感じていた。
「沙樹ちゃん」
部屋のドアを開けた由紀子は、膝を抱えている沙樹に近付いた。
「どうしたの?何があったの?」
「何でもない……」
と沙樹は言う。とてもじゃないが、実母のことを言える感じではなかった。
由紀子は沙樹を実の娘のように育ててくれた。だからこそ言えなかったのだ。
「ご飯よ」
「うん」
由紀子は沙樹の様子がおかしいのを分かっていたが、何も聞かずに部屋を出て行った。そのうち話してくれることを信じていたのだ。
沙樹は由紀子の後を追って居間の方へ向かった。
居間では、父が座っていた。
女遊びが酷い父だったが、沙樹を引き取ってから家での立場が更に悪くなり大人しくなっていた。3人の息子たちからも責められていたから、家に居場所はない。だが、これ以上家族の印象を悪くするとここにはいられないと女遊びはやめた。というよりは出来なかったのだ。由紀子に紗那が亡くなったのは「あんたがいけない」と責められていたのだ。「もっと早く紗那さんたちのアパートに戻っていれば助かったかもしれないのに!」と。
そんな父とここ最近話をすることはない。食事の時にも話さない。由紀子とは話はするが、父とはどう話したらいいのか分からない。それは思春期特有のものなのかもしれない。
静かな食事の後、沙樹は食器を台所へと持って行き黙って洗い物を始めた。
「沙樹ちゃん。いいのよ」
由紀子はそう言うが、沙樹は「ううん。やらせて」と続ける。黙って洗い物をしていると、居間でテレビの音が聞こえる。食事の時はテレビをつけない高幡家。食事が終わるとこうして父がテレビをつける。その音を聞きながら沙樹と由紀子は台所を片付けていた。
◇◇◇◇◇
週末。輝の運転するワンボックスカーが高幡家の前に停まった。輝が家の中へと入ると、元気のない沙樹と目が合う。
「準備出来たか?」
輝がそう言うと黙って頷いた。
沙樹は部屋へ荷物を取りに向かった。
「輝。あの子、なにかあったみたいで……」
由紀子の言葉に輝は「分かった」と答える。
「お願いね」
「ああ」
沙樹が部屋から荷物を持って出てくくると、その荷物を持って家を出る。ワンボックスカーに乗り込むと、輝はゆっくりと車を走らせる。車には輝と沙樹だけだった。沙樹は後ろの席に座っていた。いつもこの車に乗ると後ろだった。それは輝と一緒にいるところを見られないようにする為だった。
「タカたち、拾っていくから」
そう言って車を走らせる輝は得に何か聞くことはしなかった。
都心に入ると、真司と崇弘を拾った。真司は荷物多い。その反対に崇弘は荷物が少なかった。それはいつものことだったから驚くことはなかった。
「真司。本当に荷物多い」
輝は呆れて真司を見る。
「何かあるかもしれないだろー」
「なんもねぇよ」
崇弘も呆れた声を出す。
「なぁ、沙樹」
元気のない沙樹に気付いてか、ポンと頭に手を置いた。
「どうした?」
「なんでもない」
結子たちに実母のことを話してから、沙樹の中はずっと苦しい思いでいっぱいだった。そんな沙樹に気付いているのか気付いていないのか、崇弘はそっと沙樹の隣に座る。
あのキスの日から一度も会っていないふたり。沙樹の方は初めてのキスだった。だが今はそんなことを考えている余裕がないくらい、自分を責めていた。
崇弘の実家の別荘に着いた一行。車が停まると、荷物を部屋に入れる為にそれぞれ家の中に入っていく。この別荘の部屋割りはいつも早い者勝ち。一番広い部屋はいつの間にか付いて来ていた零士と柚子が使うことになっていた。今回はさくらも一緒だった。
さくらは沙樹を見ると駆け寄った。
「さぁちゃっ」
かわいらしい声で沙樹に声をかけるさくらに沙樹は癒される。
「今回も湊は来れないの?」
「忙しいみたい」
柚子も詳しいことは分からないが、湊は研修医になって2年。その為なのか忙しくしている。妹の柚子でさえ、なかなか会えていない。
「頑張るなぁ」
「それが夢だったから」
湊がなぜ医者になろうとしていたのかは柚子でさえ知らない。
「沙樹。荷物」
輝はそう言って荷物を渡す。それを受け取って家の中へと入っていく。リビングの脇に階段があり昇って行くといくつもののドアが並んでる。左へと行くと沙樹がいつも使ってる部屋がある。メンバーはその部屋だけは避けて他の部屋へ入っていく。小さい頃は輝と一緒の部屋に寝泊まりしていた。それがいつのまにか別々の部屋で寝泊まりするようになった。部屋に荷物を置くとリビングに降りていく。
「食材買って来たけど、足りるか?」
零士が食材の入った段ボールを持って入って来た。
「酒は?」
「まだ車にあるよ」
そう聞いた崇弘は零士の車に向かった。その後ろ姿を見送った沙樹に柚子が「手伝ってあげて」と言った。
(柚子さん、ワザとだ)
そう思いながらも崇弘の後を追う。
車のところへ行くと崇弘が酒を降ろしていた。
「タカちゃん」
「ん?」
「手伝う」
「重いぞ」
「大丈夫」
そう言って崇弘が持っていた袋を手にする。
(重……っ)
大丈夫と言った手前、重いとは言えない。そんな沙樹にふっと笑った崇弘は、沙樹から袋を取り上げる。
「無理すんな」
ひょいと持って歩く崇弘の後を追う。
リビングの大きな窓を開放してそこから酒を運び入れる。
「冷やしておけよ」
そう言ってまた車へ戻る。
「何かあった?」
「え」
「元気ないから」
沙樹をじっと見る崇弘は、沙樹の頬に触れる。
「大丈夫。タカちゃんに会えたから」
そう笑う沙樹の笑顔は無理しているように見えた。
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