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第1章
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柚子の言った通り、BRのメンバーはレコーディングを終えて帰国してきた。
《ただいま》
現国の授業中。ポケットに入れてあったスマホの振動が伝わる。授業中だから、スマホを見ることは出来なかった沙樹は、授業が終わると同時にスマホを触った。
「あ……」
思わず声に出てしまった沙樹に気付いた結子は、沙樹の顔色を伺う。
「なにか良いことでもあった?」
結子の問いかけにうふふっと笑う沙樹は恋する乙女だった。それに気付かない結子ではない。
「連絡来たの?」
「……うん」
はにかみながら頷く沙樹が可愛い。
「進展、あるといいねぇ」
顔を真っ赤にしてる沙樹に、結子はプレッシャーをかける。
「もうっ、結子っ!」
恥ずかしくて顔を隠す沙樹に、圭太が近付いてくる。結子と仲良くなっていった間も、変わらず沙樹に話しかけていた唯一の男子。
「進展ってなんだ?」
沙樹と結子の顔を交互に見る。
「田山には関係ないの」
結子にそう言われた圭太は、それでも沙樹を見ていた。
「なんの話してたんだ?」
「田山には関係ない」
沙樹もそう言うとスマホをポケットに入れた。
◇◇◇◇◇
放課後はやっぱりいつものメンバーといた。3年3組の教室。貴裕を筆頭に凪に柳がいつも笑顔でそこにいる。沙樹はその空間が好きだった。今まではそんな風に誰かと過ごすなんてなかったから、ちょっとくすぐったい。
「ねぇ」
と凪は沙樹の名前を呼ぶ。
「そろそろくっつけない?」
「え」
「あのふたり」
結子と柳の関係が全くといって進展しないのだ。それを見ていた凪は、もう我慢ならなかったのだ。
「本当にじれったいのよ」
「ほっとけよ」
そう言ったのは貴裕だった。
「見ていて面白い」
「それは貴裕だけでしょ」
「お前はおせっかいが過ぎるんだよ」
貴裕は凪に言うと、沙樹を見た。
「お前の好きな男はどんなやつなんだ?」
「え……」
「いるんだろ?」
顔を真っ赤にした沙樹は何も答えられない。崇弘のことは誰にも言えないことなのだ。結子に話したが、他の人には話せない。それは輝が必死に沙樹を隠しているから。兄のことを思うと自分のことは話せないのだ。
仲良くしてくれてる先輩たちには申し訳ないなと、沙樹は感じている。それでも話せない。
「沙樹?」
「それは……、内緒です」
「内緒なんだー」
凪は沙樹の肩を組んで言った。
(誰にも言えない……)
大好きな空間にいるけど、自分のことを話せないのは結構キツイ。みんなは自分の話をよくしてくれる。凪はBRのファンだということ。だけど英語が苦手で、BRの英語の歌詞はまるで分っていない。貴裕は逆にBRのことはあまりよく知らない。数学と理科が得意で将来の夢は数学の教師になること。柳は体育が得意なサッカー小僧。勉強は嫌いだ。結子はおしゃれが大好きな女の子。将来はファッション関係の仕事に就きたいと思っている。
それに対して沙樹はみんなに自分のことを話してはいない。高幡の家を継ぐのは長兄の糾。沙樹が高幡に関係する仕事をすることはない。
「沙樹は自分のことを話さないよなぁ」
結子とじゃれていた柳が沙樹に近付き言った。
「俺、お前のことは高幡の愛人の子ってことしか知らないぞ」
「柳!」
愛人の子という言葉を使った柳に対して貴裕は声を荒げた。
「お前っ!」
「なんだよ……」
滅多に大声を出さない貴裕に怯んだ。凪も柳を睨んでる。
「悪かったよ。そんなつもりはないんだよ……」
シュンとなった柳が妙にかわいく見えた沙樹は思わず笑った。
「いいですよ、ほんとのことだし」
そう言うと、沙樹は床をじっと見て息を大きく吸った。
そして自分の出生のことを話し出した。
「私の母の名前は山川紗那と言うんです」
ゆっくりと話し出す。
もう記憶にはほぼない実母。名前は高幡の母である由紀子から聞いた。小学校に上がる前に由紀子は沙樹に話をしたのだ。これから出生のことで色々と言われるだろうと。他人から聞かされるよりも自分から話した方がいいと思ったからだった。
「父と母が出会ったのは飲み屋だったそうです」
「ベタな出会いだな」
「そうですね」
「飲み屋のスタッフだった母とお客だった父が仲良くなったのは時間がかからなかったそうです。半年くらいして母は妊娠してそのまま出産しました。それが私です。父は母を全面的にサポートしていたらしくて。父は当時母と私が住んでいた隣町の小さなアパートに帰って来ていました。だけど帰って来ない日もあって。幼い私はなぜなんだろうと思って泣いていたらしいです」
そこまで話して一息ついた。ふぅ……と息を吐いた。
「沙樹。無理に話さなくていいよ」
結子は沙樹の手を握った。沙樹は首を横に振って「大丈夫。聞いて欲しいの」と結子の目を見た。
「5歳になった日。母が倒れたの。幼かった私は何も出来なくて、父が帰ってくるのを震えながら待っていた。その日。父は遅くに帰って来て、倒れてる母を見つけてすぐに救急車を呼んだ。救急車が来て私を連れて病院に行った。そして母はそのまま……」
沙樹の手は震えていた。ずっと抱えていたもの。実母は自分が殺したという思いがあったのだ。
「沙樹……」
由紀子や兄たちにも話せていなかった心の奥にあった思い。自分が誰かに助けを求めていたなら助かったかもしれないと。
その日はそれ以上話せなかった。それに気付いた貴裕は、沙樹の頭にそっと手を置いた。その手はとてもあたたかかった。
《ただいま》
現国の授業中。ポケットに入れてあったスマホの振動が伝わる。授業中だから、スマホを見ることは出来なかった沙樹は、授業が終わると同時にスマホを触った。
「あ……」
思わず声に出てしまった沙樹に気付いた結子は、沙樹の顔色を伺う。
「なにか良いことでもあった?」
結子の問いかけにうふふっと笑う沙樹は恋する乙女だった。それに気付かない結子ではない。
「連絡来たの?」
「……うん」
はにかみながら頷く沙樹が可愛い。
「進展、あるといいねぇ」
顔を真っ赤にしてる沙樹に、結子はプレッシャーをかける。
「もうっ、結子っ!」
恥ずかしくて顔を隠す沙樹に、圭太が近付いてくる。結子と仲良くなっていった間も、変わらず沙樹に話しかけていた唯一の男子。
「進展ってなんだ?」
沙樹と結子の顔を交互に見る。
「田山には関係ないの」
結子にそう言われた圭太は、それでも沙樹を見ていた。
「なんの話してたんだ?」
「田山には関係ない」
沙樹もそう言うとスマホをポケットに入れた。
◇◇◇◇◇
放課後はやっぱりいつものメンバーといた。3年3組の教室。貴裕を筆頭に凪に柳がいつも笑顔でそこにいる。沙樹はその空間が好きだった。今まではそんな風に誰かと過ごすなんてなかったから、ちょっとくすぐったい。
「ねぇ」
と凪は沙樹の名前を呼ぶ。
「そろそろくっつけない?」
「え」
「あのふたり」
結子と柳の関係が全くといって進展しないのだ。それを見ていた凪は、もう我慢ならなかったのだ。
「本当にじれったいのよ」
「ほっとけよ」
そう言ったのは貴裕だった。
「見ていて面白い」
「それは貴裕だけでしょ」
「お前はおせっかいが過ぎるんだよ」
貴裕は凪に言うと、沙樹を見た。
「お前の好きな男はどんなやつなんだ?」
「え……」
「いるんだろ?」
顔を真っ赤にした沙樹は何も答えられない。崇弘のことは誰にも言えないことなのだ。結子に話したが、他の人には話せない。それは輝が必死に沙樹を隠しているから。兄のことを思うと自分のことは話せないのだ。
仲良くしてくれてる先輩たちには申し訳ないなと、沙樹は感じている。それでも話せない。
「沙樹?」
「それは……、内緒です」
「内緒なんだー」
凪は沙樹の肩を組んで言った。
(誰にも言えない……)
大好きな空間にいるけど、自分のことを話せないのは結構キツイ。みんなは自分の話をよくしてくれる。凪はBRのファンだということ。だけど英語が苦手で、BRの英語の歌詞はまるで分っていない。貴裕は逆にBRのことはあまりよく知らない。数学と理科が得意で将来の夢は数学の教師になること。柳は体育が得意なサッカー小僧。勉強は嫌いだ。結子はおしゃれが大好きな女の子。将来はファッション関係の仕事に就きたいと思っている。
それに対して沙樹はみんなに自分のことを話してはいない。高幡の家を継ぐのは長兄の糾。沙樹が高幡に関係する仕事をすることはない。
「沙樹は自分のことを話さないよなぁ」
結子とじゃれていた柳が沙樹に近付き言った。
「俺、お前のことは高幡の愛人の子ってことしか知らないぞ」
「柳!」
愛人の子という言葉を使った柳に対して貴裕は声を荒げた。
「お前っ!」
「なんだよ……」
滅多に大声を出さない貴裕に怯んだ。凪も柳を睨んでる。
「悪かったよ。そんなつもりはないんだよ……」
シュンとなった柳が妙にかわいく見えた沙樹は思わず笑った。
「いいですよ、ほんとのことだし」
そう言うと、沙樹は床をじっと見て息を大きく吸った。
そして自分の出生のことを話し出した。
「私の母の名前は山川紗那と言うんです」
ゆっくりと話し出す。
もう記憶にはほぼない実母。名前は高幡の母である由紀子から聞いた。小学校に上がる前に由紀子は沙樹に話をしたのだ。これから出生のことで色々と言われるだろうと。他人から聞かされるよりも自分から話した方がいいと思ったからだった。
「父と母が出会ったのは飲み屋だったそうです」
「ベタな出会いだな」
「そうですね」
「飲み屋のスタッフだった母とお客だった父が仲良くなったのは時間がかからなかったそうです。半年くらいして母は妊娠してそのまま出産しました。それが私です。父は母を全面的にサポートしていたらしくて。父は当時母と私が住んでいた隣町の小さなアパートに帰って来ていました。だけど帰って来ない日もあって。幼い私はなぜなんだろうと思って泣いていたらしいです」
そこまで話して一息ついた。ふぅ……と息を吐いた。
「沙樹。無理に話さなくていいよ」
結子は沙樹の手を握った。沙樹は首を横に振って「大丈夫。聞いて欲しいの」と結子の目を見た。
「5歳になった日。母が倒れたの。幼かった私は何も出来なくて、父が帰ってくるのを震えながら待っていた。その日。父は遅くに帰って来て、倒れてる母を見つけてすぐに救急車を呼んだ。救急車が来て私を連れて病院に行った。そして母はそのまま……」
沙樹の手は震えていた。ずっと抱えていたもの。実母は自分が殺したという思いがあったのだ。
「沙樹……」
由紀子や兄たちにも話せていなかった心の奥にあった思い。自分が誰かに助けを求めていたなら助かったかもしれないと。
その日はそれ以上話せなかった。それに気付いた貴裕は、沙樹の頭にそっと手を置いた。その手はとてもあたたかかった。
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