もう一度会いたい……【もう一度抱きしめて……】スピンオフ作品

星河琉嘩

文字の大きさ
上 下
18 / 97
第1章

15

しおりを挟む
 柚子の言った通り、BRのメンバーはレコーディングを終えて帰国してきた。



《ただいま》
 現国の授業中。ポケットに入れてあったスマホの振動が伝わる。授業中だから、スマホを見ることは出来なかった沙樹は、授業が終わると同時にスマホを触った。
「あ……」
 思わず声に出てしまった沙樹に気付いた結子は、沙樹の顔色を伺う。
「なにか良いことでもあった?」
 結子の問いかけにうふふっと笑う沙樹は恋する乙女だった。それに気付かない結子ではない。
「連絡来たの?」
「……うん」
 はにかみながら頷く沙樹が可愛い。
「進展、あるといいねぇ」
 顔を真っ赤にしてる沙樹に、結子はプレッシャーをかける。
「もうっ、結子っ!」
 恥ずかしくて顔を隠す沙樹に、圭太が近付いてくる。結子と仲良くなっていった間も、変わらず沙樹に話しかけていた唯一の男子。
「進展ってなんだ?」
 沙樹と結子の顔を交互に見る。
「田山には関係ないの」
 結子にそう言われた圭太は、それでも沙樹を見ていた。
「なんの話してたんだ?」
「田山には関係ない」
 沙樹もそう言うとスマホをポケットに入れた。



     ◇◇◇◇◇



 放課後はやっぱりいつものメンバーといた。3年3組の教室。貴裕を筆頭に凪に柳がいつも笑顔でそこにいる。沙樹はその空間が好きだった。今まではそんな風に誰かと過ごすなんてなかったから、ちょっとくすぐったい。
「ねぇ」
 と凪は沙樹の名前を呼ぶ。
「そろそろくっつけない?」
「え」
「あのふたり」
 結子と柳の関係が全くといって進展しないのだ。それを見ていた凪は、もう我慢ならなかったのだ。
「本当にじれったいのよ」
「ほっとけよ」
 そう言ったのは貴裕だった。
「見ていて面白い」
「それは貴裕だけでしょ」
「お前はおせっかいが過ぎるんだよ」
 貴裕は凪に言うと、沙樹を見た。
「お前の好きな男はどんなやつなんだ?」
「え……」
「いるんだろ?」
 顔を真っ赤にした沙樹は何も答えられない。崇弘のことは誰にも言えないことなのだ。結子に話したが、他の人には話せない。それは輝が必死に沙樹を隠しているから。兄のことを思うと自分のことは話せないのだ。
 仲良くしてくれてる先輩たちには申し訳ないなと、沙樹は感じている。それでも話せない。
「沙樹?」
「それは……、内緒です」
「内緒なんだー」
 凪は沙樹の肩を組んで言った。
(誰にも言えない……)
 大好きな空間にいるけど、自分のことを話せないのは結構キツイ。みんなは自分の話をよくしてくれる。凪はBRのファンだということ。だけど英語が苦手で、BRの英語の歌詞はまるで分っていない。貴裕は逆にBRのことはあまりよく知らない。数学と理科が得意で将来の夢は数学の教師になること。柳は体育が得意なサッカー小僧。勉強は嫌いだ。結子はおしゃれが大好きな女の子。将来はファッション関係の仕事に就きたいと思っている。
 それに対して沙樹はみんなに自分のことを話してはいない。高幡の家を継ぐのは長兄の糾。沙樹が高幡に関係する仕事をすることはない。

「沙樹は自分のことを話さないよなぁ」
 結子とじゃれていた柳が沙樹に近付き言った。
「俺、お前のことは高幡の愛人の子ってことしか知らないぞ」
「柳!」
 愛人の子という言葉を使った柳に対して貴裕は声を荒げた。
「お前っ!」
「なんだよ……」
 滅多に大声を出さない貴裕に怯んだ。凪も柳を睨んでる。
「悪かったよ。そんなつもりはないんだよ……」
 シュンとなった柳が妙にかわいく見えた沙樹は思わず笑った。
「いいですよ、ほんとのことだし」
 そう言うと、沙樹は床をじっと見て息を大きく吸った。
 そして自分の出生のことを話し出した。

「私の母の名前は山川紗那と言うんです」
 ゆっくりと話し出す。
 もう記憶にはほぼない実母。名前は高幡の母である由紀子から聞いた。小学校に上がる前に由紀子は沙樹に話をしたのだ。これから出生のことで色々と言われるだろうと。他人から聞かされるよりも自分から話した方がいいと思ったからだった。
「父と母が出会ったのは飲み屋だったそうです」
「ベタな出会いだな」
「そうですね」
「飲み屋のスタッフだった母とお客だった父が仲良くなったのは時間がかからなかったそうです。半年くらいして母は妊娠してそのまま出産しました。それが私です。父は母を全面的にサポートしていたらしくて。父は当時母と私が住んでいた隣町の小さなアパートに帰って来ていました。だけど帰って来ない日もあって。幼い私はなぜなんだろうと思って泣いていたらしいです」
 そこまで話して一息ついた。ふぅ……と息を吐いた。

「沙樹。無理に話さなくていいよ」
 結子は沙樹の手を握った。沙樹は首を横に振って「大丈夫。聞いて欲しいの」と結子の目を見た。
「5歳になった日。母が倒れたの。幼かった私は何も出来なくて、父が帰ってくるのを震えながら待っていた。その日。父は遅くに帰って来て、倒れてる母を見つけてすぐに救急車を呼んだ。救急車が来て私を連れて病院に行った。そして母はそのまま……」
 沙樹の手は震えていた。ずっと抱えていたもの。実母は自分が殺したという思いがあったのだ。
「沙樹……」
 由紀子や兄たちにも話せていなかった心の奥にあった思い。自分が誰かに助けを求めていたなら助かったかもしれないと。
 その日はそれ以上話せなかった。それに気付いた貴裕は、沙樹の頭にそっと手を置いた。その手はとてもあたたかかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

処理中です...