もう一度抱きしめて……

星河琉嘩

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第4章

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 あの後、柚子はポツリポツリと話してくれるようになった。
 誰にやられたのか、どんな風にとか。警察は言いたくないようなことまで聞いてくる。
 柚子はその度にぐっと堪えて話していく。

 大学は少し休むことになった。芽依もゆりえも他のみんなも何があったのかとメッセージを寄越してくる。
 その全てに返信する気力はなく、芽依とゆりえにだけ軽くメッセージを返した。

 学がどんな風に大学にいるのかも知りたかった。
 だけど、大学には姿を見せてないらしい。

 零士からもメッセージと電話が来る。だけどそれには返信も電話に出ることもなかった。



     ◇◇◇◇◇



 そんなある日。
 湊の元に一本の電話が入った。それは警察からだった。
 柚子を襲った学が捕まったということだった。
「分かりました」
 電話を切った後、湊は父親にも連絡を入れた。そして柚子の部屋に入る。
「柚子」
 ベッドの上に横たわる柚子に声をかける。
 名前を呼ばれても反応しない柚子は、今なにもする気力がなかった。

「柚子。捕まったよ」
 それかなんの事なのか分かってる柚子は、目だけをこっちに向けた。
 湊はただそれだけを言って柚子の頭を撫でていた。



     ◇◇◇◇◇



 居酒屋とファミレスのバイトをしてる湊は、柚子を置いてアパートを出ることを気にしていた。自分がいない間に何かあったらどうしようと考えていたのだった。
「柚子。バイト行ってくる」
 気にしながらもバイトへ向かう。
 しっかりと鍵をかけ、バイト先まで急ぐ。出来ることなら傍にいてやりたい。

「いらっしゃいませ~」
 お客さんが来ると元気よく叫ぶ。だが、その声は空元気なことをバイト仲間たちは気付いていた。
 何があったのかは誰も知らないが、何かがあったと感じ取っている。

 バイトが終わると急いでアパートに戻る。
 鍵を開けると違和感を覚える。アパートの中が静かなのだ。
(なんだ?)
 湊は柚子の部屋を開けた。



「……柚子?」
 


 部屋には柚子の姿がなかった。
「柚子!」
(どこに行った!?)
 焦った湊はリビングも見たがいない。こんな深夜に外に出たのか?
 いてもたってもいられなくて、アパートを飛び出す。周辺を捜すが見つからない。
「もしかして……」
 湊はスマホを取り出して零士にかけていた。


 
 トゥルル……トゥルル……



 何度目かのコールで漸く繋がる。電話の向こうでは眠そうな声が聞こえる。
『……なんだ』
「柚子!そっち行ってねぇか!」
『あ?』
「バイトから戻ったらいねぇんだよ!」
『なんで……』
「知らねぇ。今、周辺捜してる」
『分かった。俺も捜す』
「悪ぃ……」
 湊は自分を責めていた。今、こんな状態で柚子をひとりにするべきではなかったと──……。



     ◇◇◇◇◇



 うたた寝してしまっていた零士は、湊の電話で眠気が飛んだ。
 帰国してから3週間。柚子に会えていない。近くに住んでいるのに、会えない。
 こんなことなら呼ばなきゃよかった。
 ひとりでマンションに向かわせたことを責めていた。
 あの日、マンションに呼んだそのせいであんな目に合ってしまったと。

 部屋着のまま、マンションを飛び出そうと玄関のドアを開ける。
「……っ!」
 ドアを開けた瞬間、零士は驚いて動けなかった。
 玄関の前に柚子が立っていたのだ。

「柚子」
 マンションの中に入れると、柚子を抱きしめた。
「心配かけるな……」
「……グスン」
 柚子は涙が止まらなかった。
 事件の後、泣くことはしなかった。自分の感情を押し殺してしまったのか、泣きわめくなんてことはなかった。それはきっと無意識にしてしまったことなんだろう。

 柚子を抱きかかえてリビングに移動してソファーに座らせた。そして湊に電話を入れた。
「湊。柚子、うちに来た」
『……はぁ。よかったぁ……』
 電話の向こうで安堵の声が聞こえる。
「今日、うちに泊まらせる」
『は?』
「話したい」
『後でも……』
「いや。うちに来たってことは話をしたいんだと思う」
 電話の向こうで湊が押し黙った。
『分かった。柚子を頼む』
 電話を切った零士は柚子に振り返る。
 柚子は俯いたまま座っていた。
 隣に座ると、そっと抱きよせた。

「柚子」
 何かを言おうとして名前を呼ぶことしか出来ない。そんな自分に嫌気がさす。何かを言っても傷付いた柚子が元気になるわけじゃない。
 ただ、傍にいるだけ。
 それしか出来ない。
 それが悔しくて零士は唇を噛む。

「……零士さん」
 柚子がやっと声を出した。そのことに少し嬉しく思う零士は柚子の顔を覗き込んだ。
 沈んだ顔のままの柚子は、手を握りしめて震えていた。
「……ごめんなさい」
 微かに聞こえるその声は、怯えているように聞こえた。

 確かに怯えているのだろう。
 例え大好きな人であってもあんなことがあった後では、怯えるのも無理はない。
 それを分かっているから、無理に話を聞こうとはしなかった。

「なんで謝る?」
 ごめんなさいと言ったことに対して零士はそう言った。
「お前は何もしてないだろ」
 抱きよせる手に思わず力が入る。
 柚子を苦しめてる犯人に怒りを覚える。捕まったと湊から聞いたが、だからといって安心出来るものでもない。
 涙をいっぱい溜めて堪えてる柚子を抱きしめることしか出来ない。

 ゆっくり、柚子の手が零士の背中に回る。
 ぎゅっと零士に抱きついて離れない。
 零士は背中をさすって柚子を宥めるしかない。
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