もう一度抱きしめて……

星河琉嘩

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第3章

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 湊がアパートを出てから零士は柚子を宥めるのに必死だった。
 ずっと泣いてるのは零士に顔向け出来ないと思っているから。零士がいるのに他の人とキスをしたことが罪悪感になっている。
 柚子の隣に座った零士は自分の方に抱き寄せた。抱き寄せて背中を擦り、頭を撫でた。

「柚子。今、湊が滝山んとこに行って話つけてくると思うから」
 優しい声で言う。
 その言葉にピクンと反応するように顔を上げる。
「お兄ちゃん、滝山くんのとこに行ったの……?」
 泣いていたせいで、湊が出ていったことに気付かなかった柚子ははっとした。
「お兄ちゃん、止めなきゃ……」
「ん?」
「お兄ちゃん、私のことになると周り見えなくなるから……。きっと騒ぎ起こしてる」
 ふらふらと立ち上がった柚子はアパートを出ていこうとする。
「待て、柚子」
 腕を掴み、どういうことだ?と迫る。
「殴るよ、滝山くんを……。お医者様になるのにそんなこと……、ダメだよ」
 柚子の頭をぽんと軽く手を置くとテーブルに置き去りになってるアパートの鍵を掴んだ。
「柚子。おいで」
 そう言ってアパートを出て零士の車に乗り込んで地元まで戻って行く。
 地元近くに来た頃、助手席に座る柚子に振り返った。
「そうだ。忘れてた」
 と、信号待ちをしている時に柚子にキスをした。
「上書き」
 そしてまた車を走らせた。

 一瞬のことでなにがあったのか分からないくらいだった。
 柚子がぼーとしていると、車は見覚えのある場所へと入って行く。今日の零士の車は赤い車だったので、この住宅街では目立つ。
 柚子たちの家から程近い住宅街へ入っていくと、ある家の前に湊の車が停まっていた。そしてその玄関先で揉めている湊たちがいた。



     ◇◇◇◇◇



「お前にっ!柚子の気持ちが分かるかっ!」
 健一に抑えられてる湊が勇一に向かって叫んでいた。勇一は地面に尻もちをついて動けなくなっていた。
「お兄ちゃんっ!」
 車を降りた柚子が湊に飛び付く。
「柚子……」
 柚子を抱き止めた湊は驚いた顔をしていた。そしてもうひとり歩いてくる人物を見た。
「零士……」
「よう、滝山」
 零士が健一を見下ろす。湊と零士は同じ身長。健一はそれよりも低い為、少し見下ろす形になる。
「大槻!なんでお前もいる!」
「なんでってそりゃ……、彼女が泣いてりゃあな」
「零士!」
「湊、お前やり過ぎ。俺が何も出来ねぇじゃん」
 そして動けないでいる勇一の傍にしゃがみ込んで「ふーん」と呟いた。
「これがお前の弟か」
「そうだけど」
「身の程知らず」
「……REIJI?」
「そうだ」
「身の程知らずって……」
「誰の女に手、出したと思ってる」
 低い声だった。いつもの声とは違う。低い声。
「お前ぇ、俺の女に手出したんだ。覚悟してるだろうな」
「え」
「零士」
 湊が止めるのも聞かずに零士は続ける。
「柚子は俺のだ。手ぇ、出すんじゃねぇ」
「え」
 勇一はその言葉に驚き、柚子を見た。柚子は何も言わずに湊の傍にいた。
「あの……REIJIと……柚子が……?」
「柚子って呼んでんじゃねーよ」
 零士は勇一を睨む。そして振り返らずに柚子に言った。
「こいつに柚子・・って呼ばせてんの?」
 首を横に振った柚子は「やめてって言ってるのにやめてくれない」と答える。
「ふーん」
 しばらく勇一を睨む零士に健一が言う。
「大槻。お前、本当に愛川の妹と?」
「そうだよ」
「いつから?」
「お前に教える必要、なくねぇ?」
 健一はそれ以上言えずに立ち尽くす。
 辺りはもう暗くなっていて、その暗さが余計に怖さを増す。零士の後ろには湊もいる。湊はガタイもいいから余計に勇一を怯えさせた。

「ほ、ほんと……に?」
 やっと出た言葉が震えてる。勇一が怯えてるのが分かったのか、柚子が零士の腕を掴む。
「も……いいから」
 立ち上がった零士は柚子を抱きしめる。
「いいのか?本当に?」
「ん」
「零士さんを悪く言われたくない……」
 優しく頭を撫でる。
「分かった。湊。帰るぞ」
「ああ……」
 柚子の肩を抱いて零士は歩き出す。そして振り返った。
「俺と柚子の事を誰かに話してみろ。その時は殴りにくる」
 帰ろうとした零士に勇一が言った。
「本当に!本当に付き合ってるんですか?そんな風に見えないんですけど!」
「見えなくてもいい。事実だから」
 柚子の肩をしっかりと抱いた零士は歩いて車へ向かう。


「零士。いいのか」
 後を追ってきた湊は零士に問う。
「なにが」
「柚子とのことを言って」
「話しても誰も信じないだろ。あいつらが孤立するだけだ」
 零士は柚子を見た。
「今日は家に帰りな」
 首を横に振る。
「ひとりでいたくない……」
「ダメだ」
 ぎゅっと零士の服の裾を掴む。それを見てため息を吐いた。
「湊」
 湊に助けを求める零士に湊も参ったという顔をする。
「柚子。帰るぞ」
「……嫌」
「お前なぁ」
(甘やかし過ぎたな)
 湊は今まで柚子への行動を振り返った。
「いいよ、湊」
「あ?」
「連れて行く」
「お前なぁ。明日、仕事は?」
「午後からバンドのミーティング」
「じゃダメじゃん」
「うちに迎えに来て」
「零士」
「話もしたいから」
 柚子を抱き寄せて言う。 
 ふぅ……と息を吐いた湊は「一回、実家行く」と告げて柚子を車に乗せた。
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