もう一度抱きしめて……

星河琉嘩

文字の大きさ
上 下
35 / 104
第3章

5

しおりを挟む
 芽依が勇一に言ったことが原因なのか分からないが、今のところ何も言ってこない。それが不気味で仕方なかった。それでも何も言われないのがこんなにも快適なのかと柚子は思う。
 期末試験が終わり、夏休みの話題で持ちきりだった学校。その中でもBRのライブ行ける人と行けない人の差が酷かった。柚子たちはチケット取れたが、クラスの大半は取れなかったと嘆く。他のクラスも同様にそうだ。そのくらいの倍率でのチケット争奪戦なのだ。だからこそ、零士は柚子にチケットを用意しておこうかと言ったのだった。
(例え用意してくれてたとしても申し訳ない感じがあってきっと楽しめないよなぁ)
 クラスの子たちを見てるとそう思わずにいられなかった。



     ◇◇◇◇◇



『最終日は幼馴染みと来るのか』
 スマホ越しの声に頷く柚子。
『じゃあ、会うの無理かな』
「私は……、会いたい」
『でも友達いるんだろ?』
「……ん」
『柚子。友達とちゃんと帰った方がいいよ』
「零士さん……」
 最終日に会うという約束がなしになってしまったことがショックでならない。それでなくてもなかなか会えないのに、会えるかもという時に会えなくなるのがとても辛かった。

「ごめんなさい……」
 思わず口をついて出た言葉に優しい声が降りてくる。
『また調整しよう』
「うん……」
 電話を切った後、零士に会いたくて会いたくて胸が苦しくなった。だけど、どうしようもない。
(会いたい……)
 会いたい気持ちが涙となる。頬に流れる涙が余計に苦しめる。

 分かってる。
 なかなか会えないのは。
 そういう人と付き合ってるのだから。

 分かってるけど、もどかしさが柚子の中に充満するようだった。



     ◇◇◇◇◇



《駅まで出てきて》
 そうメッセージが入ったのは電話ををした日から一週間経った頃だった。
 学校帰りだった柚子は芽依と別れて駅へと向かう。制服姿のまま零士に会うのは初めてでドキドキしていた。
 バスを降りるといつもの白い車が停まっているのが見えた。窓から中を覗くとキャップを被ってメガネ姿の零士が乗っていた。
 零士は中からドアを開けると柚子に乗るように促す。
「どうしたの、急に」
「ちょっと、渡したいものがあってね」
 と、ポケットから何かを取り出す。
 柚子の手を掴みてのひらを開いてその上にポトンと何かを置いた。
 それを見ると鍵だった。
「マンションの鍵」
「え」
「いつでもうちに来ていいから。いない時が多いけどね」
「零士さん……」
 マンションの鍵を握りしめ、胸の奥が暑くなる。

「懐かしいな、その制服」
 制服姿の柚子を見て笑う零士は優しい目をしている。零士はどんな高校生活を過ごしていたのか、と柚子は気になる。
 彼女はいたのかとか、モテたんだろうなぁとか。
 考えてるととても切なくなる。
「柚子」
 柚子の頬に触れる。
「キスしていい?」
 顔を近付けると軽いキスをした。
「制服姿だから、いけないことしてるみたいだ」
 唇を離した零士は少し照れていた。

「零士さん……。ここ、駅……」
 見られてると言おうとした柚子のおでこに零士は自分のおでこをつける。
「周りなんか気にするな」
「もう……っ!」
 車の中は冷房が効いてるのに熱いのは、ふたりの思いが熱いからだろう。

「柚子。ごめん、時間ないから送っていけない」
 申し訳なさそうにする零士に対して首を振る。
「少しでも会えたから。大丈夫」
「俺もまた頑張れる」
 もう一度キスをした零士は名残惜しそうにする。それでも時間がない零士は柚子に「悪いな」と言う。
「じゃ、またね」
 柚子が車を降りると零士はエンジンをかけて走らせる。それをじっと見ている柚子は貰った鍵を握りしめてバス停に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

社内恋愛~○と□~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。 彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。 別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。 それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。 そんな中、迎えた慰安旅行で……。 『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

泥々の川

フロイライン
恋愛
昭和四十九年大阪 中学三年の友谷袮留は、劣悪な家庭環境の中にありながら前向きに生きていた。 しかし、ろくでなしの父親誠の犠牲となり、ささやかな幸せさえも奪われてしまう。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

処理中です...