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雨降る日に……

3 アイツの場合

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 私が好きになったのは幼馴染みの彼だった。でも長く一緒にいすぎたせいか、その言葉は言えない。だから彼の恋路を邪魔するような行動を取ってしまうようになった。それはいつからだったのかは覚えていない。

 何度目かの彼の恋。まだその人とは恋人の関係でもないらしい。それをいいことに私は彼のアパートに入り浸る。
 この日も彼が彼女からデートの誘いを受けて出掛けるということを知っていた。だから彼のアパートに行き、彼女の元へ行かせないようにしていた。
もちろん、スマホは取り上げてる。

 そりゃそんなことをすれば彼が怒るのは分かってるよ。分かってるけど、行かせたくないの。

「お前なっ!いい加減にしろ!約束に遅れる!」
 怒鳴り散らされても彼女のところへは行って欲しくないの。そんな私の気持ちなんか知らない彼は本気で私に怒鳴る。

(いつかこの気持ちに気付いて欲しい……)

「いい加減帰れ!」
 私からスマホ取り戻した彼は私を追い出し、慌ててアパートを出ていく。走り去る後ろ姿を見てとても辛くなってしまった。

「またやっちゃった……」
 彼を困らせたいわけじゃないのに。どうしてこんな行動を取ってしまうんだろう。

 トボトボと歩いて行くと雨が降りだした。この雨に打たれていなくなってしまいたい。

 彼と彼女の待ち合わせ場所までは知らない私はとりあえず雨の中歩き回った。歩き回って行き着いたところは一軒の喫茶店。レトロブームな世の中、よくテレビとかでも紹介されてる。そんな雰囲気の喫茶店だった。
 でも今私は雨で濡れている。彼のアパートに行った時は降ってなかった。雨が降るなんて天気予報も言ってなかった。だから傘は持ち合わせてなく、ただ濡れるだけだった。濡れたままの私は店の中に入るわけにはいかなかった。

 その日はそのまま帰路に着くことにした。

 後日、私は思いもよらずあの喫茶店に行くことになった。それは私にとっては理解のある高校時代の先生とだった。
「また彼の恋路を邪魔してしまったのか」
 そういう先生は私が今まで彼にしてきたことを知ってる。高校生の時も彼が誰かとそういう雰囲気になりそうになると間に入って邪魔をしてきた。それを先生は知ってる。

「ま、少し話を聞こうじゃないか」
 そう言って先生と私はあの喫茶店に入ったのだった。

「ご注文は?」
 店主がそう言うと先生は「アイスコーヒーとアイスティー」と言った。先生は私の好みを知っている。卒業してからもこうやって会って話を聞いてくれる、いつまでも私の先生なのだ。
(奥さんになんか言われないかしら)
 そう思いながらも会って話を聞いてもらうことが多い。

「それで?君はどうしたいの?」
 先生の言葉に答えられなかった。どうしたいのか。いつも彼の邪魔をして嫌われるのは分かってる。私から離れていくことも分かってる。それでも彼の隣に私じゃない誰かがいることが許せなかった。

「お待たせしました」
 考え込んでると店主がアイスコーヒーとアイスティーを持ってきた。キレイなグラスに入ったそれを一口飲んで、店内を見渡す。やはり落ち着いた雰囲気の店内で、レトロなレジの近くの壁には鳩時計がかけられていた。
 そして私たちが座ってる窓際の席から右側へ目をやると、大きなアンティーク調の本棚が置かれていてその中にはたくさんの本が入っていた。

「君は……、君たちのことは高校3年間見てきたから知っている。好みも性格も知っている。だから君がどう思っているのか、彼がどう思っているのか、分かってる。君は離れるのが怖いんだろう。彼が君から離れていくことが怖いんだろう」
 そうか。私は彼から離れるのが怖い。彼が離れていくのが怖いんだ。だから彼の隣に私じゃない誰かがいることが許せなかった。

(分かってるんだよ、本当は……)
 それでもやっぱり彼を取られたくない。そう思うのに自分の気持ちを言えない最低なやつなんだ。

「本当はどうすればいいのか分かってるんだろ。君は頭いい子だから」
 先生の言葉にまた考え込む。
「さてと。私はもう行くよ」
 伝票を持って先生はレジでお金を払う。そんな仕草をただ見ていた。

「またな」
 扉を開ける前にもう一度私を見てそう言う。私は頷いて微かに笑ってみせた。
 
 先生が帰ってから暫くそのまま動けなかった。先生の言ってることが的確過ぎて自分が情けなくなる。
「はぁ……」
 思わずため息が出る。こんな自分が嫌だと思う。

 ふと、店内の本棚に目を向ける。その本棚は本当にキレイで、目を惹く。たくさんの本が埋まっていて、思わず手に取ってしまいたくなるくらい。
「あの……」
 店主に声をかけ、本棚を指差す。
「見てもいいですか?」
「どうぞ。読んで下さい」
「ありがとう」
 席を立ち本棚の前に行くと一冊の本が私を読んでる気がした。

「雨降る日に……」
 タイトルを口にする。聞いたことのないタイトル。作家名も知らない。でもそれは単なる私が読まない人だからかもしれない。

「私の本です」
 カウンターから声が届く。
「子供の頃から作家になるのが夢で、それは自主製作したものです」
 自主製作……。お金を払ってまで本を出したいなんて、余程好きなんだなぁ。私はそれを手にして窓際の席に戻った。


 店主の本はとても優しかった。悔しくなるくらい、優しくて温かくて……。私がやっていることは本当にダメなんだと思わずにはいられないくらい、優しかった。

(そうだよ、もう区切りをつけなきゃ……)
 本棚に本を戻して店主に向かって「ありがとう」と言った。店主はにっこりと優しく微笑みを見せてくれた。



 彼に会いに行こう。
 ちゃんと会って自分の気持ちを伝えて終わりにしなきゃいけない。先に進む為に。彼を忘れる為に……。
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