精霊の守り子

瀬織董李

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 そんな感じで穏やかに毎日を過ごしていたある日。オーナーが渋い顔をしながら、悪筆と格闘していた私の所へやって来た。

「……どうされました?」

「面倒臭い事になった」

 聞けば私に会いたいという御仁が居ると言う。オーナーの態度から嫌な予感がバリバリする。御仁という言い方もだが、恐らく高位貴族なのだろう。どうしてこう彼らは私を放っておいてくれないのか。客観的に見て美女とは縁遠い容姿の私に、彼らが近寄ってくる理由がよくわからない。

 面倒臭いの言葉通り会うのは気が進まないが、断るのもそれはそれで面倒だ。仕方無しにオーナーに取り次ぎをお願いすると、翌日その面倒が自らやって来た。

 流石に恋文の代筆依頼では無いだろう。依頼者との面談用に空けてある部屋へ入ると、ローブにすっぽりと身体が覆われ、フードを目深に被っているせいで顔が全く見えない人間? がソファに座っていた。体格からして男だろうか? 顔を隠さないといけない様な相手には不信感しかわかない。ただ。

 ーーなにこれ。

 男の周りをふよふよと精霊が漂っている。精霊は私に気付くと楽しそうに小さな手を振った。ここまで精霊が好意的なのは初めて見たかもしれない。

 男は驚いて固まってしまった私に気付くと、僅かに顔をあげた。しかしその表情は見えない。

「君がこの手紙を書いたひと?」

 挨拶も名乗りも無しにいきなり質問された。指で指したテーブルの上を見ると、以前に使った覚えがある気がする紙が数枚置かれていた。

 私が代筆している手紙は主に女性が男性に向けた恋文なので、文面だけでなく用紙も指定されている事が多い。大抵上質な紙で、中には透かしが入ったりしている高級品もある為、非常に気を使うので本当はやりたく無いのだが、料金もそれなりなので渋々受けていた。最近受けた仕事の一つだろうか。だがそれを私の所へ持ってくる理由がわからない。

 適当な事を言ってはいけないので近くに寄り手紙を確認する。一週間程前に依頼があった男爵令嬢の手紙だったと思う。爵位は男爵だがどうやら金で買ったものらしく、娘までも『成金』て感じの令嬢で、いくら文をそれらしくしようと実際に会って話せば数分で化けの皮が剥がれるだろうと予測できたものだ。

 しかし、いくら仕事とはいえあからさまに『私が代筆しました』と言って良いものか迷う。ただここに名指しで来ている以上は正直に言った方が良いのだろう。

「これは私が『代筆』させていただいた物です。ですが、文章そのものを考えたのは、私ではありません」

 この手紙は『代筆のみコース』だった。つまり依頼人が適当な紙に書いた文章を書き写しただけだ。依頼人によっては『添削コース』とか『丸投げコース』とかあったりする。恋文を他人に丸投げで書かせるなんてどういう神経だと思うが、貴族だと意外とあるらしい。まあ、基本が政略だからか。

「文章は関係ない。手紙から精霊の気配がした」

 なるほど、そういう事か。この手紙には出す前に香水を軽く振りかけていた。私が精霊と一緒に調香したしたものだ。普通は香水を作るのに専用の機材が必要なのだろうが、私は精霊に頼んで好きな花から抽出して貰っているのだ。どうしても売っている物で、自分の好みにあった香りが無かったからだ。

 公爵家を辞する時、調香を仕事にする事も考えたが、やはり仕事となると魔法を使える事を公示しない訳にはいかないし、つても無い。あくまで趣味のつもりだったのだが、手紙を受け取りに来た男爵令嬢が、私が纏う香りに気付き、手紙にも付けろと言い出したのだ。これは私が趣味で作ったもので売るつもりは無いこと、今回のみ、の二点を何とか納得させた上で手紙に振りかけたのだが。まさか、そんな事でとは思わなかった。

「精霊の気配? どういう意味です?」

「見えているのだろう? 此処へ来てから僕の精霊達が浮き足だっていた。精霊達は君に会えて嬉しいらしい」

  彼に付いていたらしい精霊が、今は私の周りをよくふわふわしている精霊達と仲良くダンスをしている。
これが見えているのだとしたら、誤魔化すのは無理だろう。

「確かに精霊の姿は見えています。彼らにお願いして魔法を使うことも出来ます。……ですが、その事で来られたのだとしたらお帰りいただきたいです。私は魔法使いを生業とするつもりはありませんから」

「!? 何故だ!? こんなにも精霊との親和性が高いのだ! これならもしかしたら失われた魔法を復活することも夢ではないというのに!!」

 力説する目の前の彼に、付いてきていた精霊が不安そうな顔をする。ああ、要はアレな人って事ね。

「どうでもいいです」

「何!?」

「御大層な事をおっしゃっいますが、結局のところ貴方の目的は自分の好奇心を満たす事だけでしょう? その為になら誰がどんな不幸なめにあっても構わない、と」

「そんな事はない!!」

「いいえ、あります。そもそも失われたものを復活させてどうするのです? 失われた事に意味はないのですか? 何故それに私が付き合う義理があると?」

 失われる、ということは何らかの理由があったと思う。危険なものであったり、使える人が居なくなったりで。使える人が居なくて消えたものを復活させたとしてどうするというのか。消えて困るものならば当時の人達だってなんとかしようとした筈だ。

「しかし!」

「そもそもです」

「な、なんだ?」

 なおも何か言い募ろうとした彼の言葉を強い口調で遮ると、彼が僅かに怯む。多分身分からして苦言を呈される事があまりないのだろう。

「名乗りもせず、顔も見せない相手の何処に信を置けと?」
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