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「皆様どうやら勘違いなさっている様ですが、私には生まれたときから魔力がありますわよ?」
「ば、馬鹿なことを言うな!! 貴様は確かに魔力検査で無しと判定された!」
何故勘違いをしたのかは勿論わかっていたが、どうせ説明したところで誰も信じないので、言わなかっただけだ。特に伯爵は自分の目に見えるものしか信じないタイプだ。今も当時の検査結果を思い出し、その時の怒りが再燃しているのだろう。
「確かに検査では魔力が検知されなかったでしょうね。魔力検査は五歳の時に行われます。ですが、私の魔力は三歳の時からある事に使っていたので、検査では明確化されなかったのですわ」
「ある事……だと?」
それが私の身体の中にブリランテがあった理由でもある。
「十五年前、勇者ヴェントの働きにより魔物は姿を消しましたが、当然それまでの被害が無くなる訳ではありません。そして誰も知りえない被害。それは精霊界が甚大な損害を被っていたことでした」
精霊界は、その名の通り精霊達の世界。精霊以外が立ち入る事は決して出来ない。勿論私も行ったことは無い。精霊達に話を聞いただけだ。お伽噺の中には人間が迷い混んで出てきたら数十年経っていた、なんてものもあったが、それこそ正真正銘のお伽噺だ。
だから魔物に荒らされた精霊界の様子は、精霊にしかわからない。しかし、魔物が出現し始めてから、大規模な魔法を使うことが出来なくなっていたらしい事から、人間界にも影響が出ていた事は確かだ。
大規模な魔法とは、大抵が沢山の下位精霊が集まって魔力と引き換えに展開するらしい。ヴェントの様に精霊に愛されていれば上位精霊が力を貸す事もあるようだが。精霊界で魔物に沢山の精霊達が食い荒らされてしまった為に、いくら魔力を提供しても受け取る精霊が居ないのでは魔法は使えない。
精霊はどこから生まれるのか。それは精霊界にある『精樹』と呼ばれる大木に実がなり、熟すと中から精霊が生まれるのだという。当然精樹は精霊界でも特別な存在だ。精霊は生まれ落ちると人の世界へ向かい、自然から発生する魔力ーー人間が発する魔力も含むーーを糧に成長し、その後精霊界に戻り蓄えた魔力と共に精樹の礎となり生涯を終えるのだ。そこに個の意思と呼べるものは無い。長きに渡り繰り返されてきた精霊達のサイクルだ。
魔物が精霊界を襲った時、精樹も傷つけられた。実を付ける力が弱まり、新たに精霊が生まれてくる事が少なくなった。精霊の全体数が減り、そのために人間界では魔法が使いづらくなったのだという。
精霊が魔力を糧にし、精樹へと受け渡す行為には、意思は無いが意味はある。浄化だ。当たり前だが魔力そのものに志向性はない。だが、詳しくはわかっていないが何らかの外的要因により魔力に意思の様なものが生まれる事があるらしい。それが魔物の発生原因だ。決して異界(?)からの侵略などではない。
魔力とは悪しき魔物にも、清き精霊にもなる力。
精霊とて万能ではない。この世界にあまねく目を光らせている訳ではない故に、起こりうる事だったのだ。
だが前回の魔物は、まず発生してすぐ精霊界が襲われた事により被害が拡大したといえるだろう。精霊達の気付かなかった所で発生した魔物が、精樹を傷付けた所為で、魔力を浄化させるシステムにひびが入った。魔王にまでなってしまった魔力の塊を、なんとか人と精霊、精樹の力を合わせて浄化させる事が出来たものの、精樹の力は衰えたままだ。このままでは、またすぐに第二の魔王が現れるやも知れない。
ありうる将来を怖れた精霊達の王ーー精霊王は、特に魔力を生み出す力が強い人と精樹を精霊を介さず直接結び付ける事によって、精樹の回復を図る事は出来ないかと考えた。
そこで目を付けられたのが私だ。本来はヴェントが受ける筈であったその使命。だが彼は死んだ。愚かな人の手によって。
そして精霊王は探し、……私の存在へと辿り着いた。
今でも覚えている。当時私は三歳。普通であればまだ両親に甘えたい年頃だが、母は自分が産んだ二人の子供にはまるで無関心。父……いや伯爵は自分の子である一つ下の妹はそれなりに可愛がるが、私に対する態度は何処か憎々しげで、そんな私を使用人達もきちんと面倒を見ようとせず、いつも放ったらかしだった。
あの日も確か些細な粗相を使用人に咎められ、庭で一人泣いていたのだったと思う。何故なら私が庭に出るといつも精霊が集まってきたからだ。まだあの頃は精霊というものがどういうものかは全く知らなかったし、彼らと意志疎通も出来なかったが、ふよふよと漂う光る何かを見ると心が安らいでいた様に思う。単に精霊は私の魔力に惹かれて寄ってきていただけだったのだと思うが。
いつもと同じ庭。だがその日はいつもとは違っていた。ふよふよと漂う精霊の代わりに『彼』が現れたからだ。
見知らぬ人にやや怯えつつ、だあれ?と問うと、『見つけた』と噛み合わない返事。流石に三歳だ。理解力を求めて貰っても困るが、彼ーールージェは言ったのだ。『助けて欲しい』、と。
誰かに助けて貰う事はあっても助けを求められた事などある筈もない。いつも使用人に邪険にされている自分にも出来ることがあるのか……それが嬉しくて、内容も聞かず「いいよ」と返事をした事を後悔した事は無い。例えそれが、剣を身体に突き立てられる羽目になったとしても、能無しと蔑まされても……
「ば、馬鹿なことを言うな!! 貴様は確かに魔力検査で無しと判定された!」
何故勘違いをしたのかは勿論わかっていたが、どうせ説明したところで誰も信じないので、言わなかっただけだ。特に伯爵は自分の目に見えるものしか信じないタイプだ。今も当時の検査結果を思い出し、その時の怒りが再燃しているのだろう。
「確かに検査では魔力が検知されなかったでしょうね。魔力検査は五歳の時に行われます。ですが、私の魔力は三歳の時からある事に使っていたので、検査では明確化されなかったのですわ」
「ある事……だと?」
それが私の身体の中にブリランテがあった理由でもある。
「十五年前、勇者ヴェントの働きにより魔物は姿を消しましたが、当然それまでの被害が無くなる訳ではありません。そして誰も知りえない被害。それは精霊界が甚大な損害を被っていたことでした」
精霊界は、その名の通り精霊達の世界。精霊以外が立ち入る事は決して出来ない。勿論私も行ったことは無い。精霊達に話を聞いただけだ。お伽噺の中には人間が迷い混んで出てきたら数十年経っていた、なんてものもあったが、それこそ正真正銘のお伽噺だ。
だから魔物に荒らされた精霊界の様子は、精霊にしかわからない。しかし、魔物が出現し始めてから、大規模な魔法を使うことが出来なくなっていたらしい事から、人間界にも影響が出ていた事は確かだ。
大規模な魔法とは、大抵が沢山の下位精霊が集まって魔力と引き換えに展開するらしい。ヴェントの様に精霊に愛されていれば上位精霊が力を貸す事もあるようだが。精霊界で魔物に沢山の精霊達が食い荒らされてしまった為に、いくら魔力を提供しても受け取る精霊が居ないのでは魔法は使えない。
精霊はどこから生まれるのか。それは精霊界にある『精樹』と呼ばれる大木に実がなり、熟すと中から精霊が生まれるのだという。当然精樹は精霊界でも特別な存在だ。精霊は生まれ落ちると人の世界へ向かい、自然から発生する魔力ーー人間が発する魔力も含むーーを糧に成長し、その後精霊界に戻り蓄えた魔力と共に精樹の礎となり生涯を終えるのだ。そこに個の意思と呼べるものは無い。長きに渡り繰り返されてきた精霊達のサイクルだ。
魔物が精霊界を襲った時、精樹も傷つけられた。実を付ける力が弱まり、新たに精霊が生まれてくる事が少なくなった。精霊の全体数が減り、そのために人間界では魔法が使いづらくなったのだという。
精霊が魔力を糧にし、精樹へと受け渡す行為には、意思は無いが意味はある。浄化だ。当たり前だが魔力そのものに志向性はない。だが、詳しくはわかっていないが何らかの外的要因により魔力に意思の様なものが生まれる事があるらしい。それが魔物の発生原因だ。決して異界(?)からの侵略などではない。
魔力とは悪しき魔物にも、清き精霊にもなる力。
精霊とて万能ではない。この世界にあまねく目を光らせている訳ではない故に、起こりうる事だったのだ。
だが前回の魔物は、まず発生してすぐ精霊界が襲われた事により被害が拡大したといえるだろう。精霊達の気付かなかった所で発生した魔物が、精樹を傷付けた所為で、魔力を浄化させるシステムにひびが入った。魔王にまでなってしまった魔力の塊を、なんとか人と精霊、精樹の力を合わせて浄化させる事が出来たものの、精樹の力は衰えたままだ。このままでは、またすぐに第二の魔王が現れるやも知れない。
ありうる将来を怖れた精霊達の王ーー精霊王は、特に魔力を生み出す力が強い人と精樹を精霊を介さず直接結び付ける事によって、精樹の回復を図る事は出来ないかと考えた。
そこで目を付けられたのが私だ。本来はヴェントが受ける筈であったその使命。だが彼は死んだ。愚かな人の手によって。
そして精霊王は探し、……私の存在へと辿り着いた。
今でも覚えている。当時私は三歳。普通であればまだ両親に甘えたい年頃だが、母は自分が産んだ二人の子供にはまるで無関心。父……いや伯爵は自分の子である一つ下の妹はそれなりに可愛がるが、私に対する態度は何処か憎々しげで、そんな私を使用人達もきちんと面倒を見ようとせず、いつも放ったらかしだった。
あの日も確か些細な粗相を使用人に咎められ、庭で一人泣いていたのだったと思う。何故なら私が庭に出るといつも精霊が集まってきたからだ。まだあの頃は精霊というものがどういうものかは全く知らなかったし、彼らと意志疎通も出来なかったが、ふよふよと漂う光る何かを見ると心が安らいでいた様に思う。単に精霊は私の魔力に惹かれて寄ってきていただけだったのだと思うが。
いつもと同じ庭。だがその日はいつもとは違っていた。ふよふよと漂う精霊の代わりに『彼』が現れたからだ。
見知らぬ人にやや怯えつつ、だあれ?と問うと、『見つけた』と噛み合わない返事。流石に三歳だ。理解力を求めて貰っても困るが、彼ーールージェは言ったのだ。『助けて欲しい』、と。
誰かに助けて貰う事はあっても助けを求められた事などある筈もない。いつも使用人に邪険にされている自分にも出来ることがあるのか……それが嬉しくて、内容も聞かず「いいよ」と返事をした事を後悔した事は無い。例えそれが、剣を身体に突き立てられる羽目になったとしても、能無しと蔑まされても……
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