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会場の反応は二つに分かれた。一つは目の前のお馬鹿二人の様に名に聞き覚えがなく首を捻る少数。そしてもう一つは。
「ヴェント!? まさかあのヴェントなのか!?」
「あのが何を指すのかはわかりませんが、この国で『勇者』と呼ばれる存在を指すのでしたら間違いありませんわ」
王太子を始めとするかなりの者は知っているらしい。内心少しホッとする。国を救った英雄の名がたかが十五年で忘れられているのだとしたら、この国をあの人が救った意味がまるでないから。
今から二十年程前。この国を突如悲劇が襲った。何処からともなく異形のモノ達ーー魔物が現れ始めたのだ。深い森の奥ならまだしも、辺境の村や時には王都に近い町に現れた事もあったという。程なく神託が下され、魔物は異界からの侵略であり、民を守る為に戦士を選抜す、と教会より国中に通達がなされた。
魔物は溢れかえる程の数ではなかったらしいが、一体一体が人を越える力を持っていた上に、このまま厄災が増え続ければいずれこの世界で言う『王』に当たる存在、所謂『魔王』すら現れるだろう、と。
栄誉を望む者、報奨を望む者、家族を殺され復讐を目論む者……様々な理由から集まった者達は貴賤に関わらず全て神の名の下に篩にかけられ、その中から三人……騎士、魔術師、神官……『神の使徒』が選ばれ、神剣、神杖、神棍がそれぞれ与えられた。
しかし、ヴェントはその中の一人ではない。彼は神ではなく精霊に選ばれたのだ。
フォスキーア子爵家は豊かな森を領土に持ち、森の恵みを特産に栄えた家だった。ヴェントも幼き頃より森に入り、恵みの恩恵を受け育った。フォスキーアの森が豊かであった理由。それは精霊界への入り口があったからだ。
精霊はこの国の民が知らなかっただけでずっと人と近い存在だ。人が使う魔法は人の魔力を代償に精霊が現象化しているからだ。遠国では精霊の存在を認め、それによって魔法の研究において多大な功績を残しているらしいが、この国ではこの時まで精霊はお伽噺の存在と見られていた。
私は神の存在を信じていない。誰の目にも映らず、声を聞けるのは大神殿の教皇のみと言われている神。それに対して精霊は確かにそこかしこに存在している。彼らの助けがなかったら幼い私が生き延びる事など不可能だった。私を導いてくれていたのは神ではなく精霊なのだ。
教会の権力が強いこの国で、神ではなく精霊に選ばれたヴェントは、たった一人で無辜の民の為魔物と対峙する為旅立った。
何故精霊がわざわざ戦う者を選んだのか。魔物がこの世界に現れるよりも前。奴らはまず精霊界へとやって来ていた。精霊はそこかしこに存在するが、精霊として独自に力が振るえるのは精霊王を始めとした少数の上位精霊のみで、大多数の精霊はほんの少し……たとえば小枝に火を付けたり、桶に水をちょっと溜めたりする程度だ。魔術師と呼ばれる連中は、精霊の力を借りて行うそれらを、自分の魔力だけで行っていると思っていたのだ。
そんな小さな精霊達を、精霊界に現れた魔物は食い荒らした。精霊達が彼らの力だけで対抗出来る手段はほぼない。ろくに抵抗できず次第に数を減らす精霊に対して出来た事は、上位精霊が魔物を現世へと追い出すだけだったらしい。
だから精霊は力を貸す事にしたのだ。幼き頃より精霊の声を聞き、姿を見る事が出来ていたヴェントへと。
無論物語の様に何の障害も無く旅が始まった訳ではない。とくに腕っぷしが強いという事もなく、剣で身を立てようとしていたという訳でもないただの青年が、精霊の加護を受けたからといってすぐさま恐ろしい魔物と戦えるとは誰も思わなかった。家族も領民も、そして婚約者も思い止まるよう何度も説得したが、頑として諦めようとしなかった。
しかし、精霊の森から溢れ出た何体かの魔物を軽々と討伐した事、そして教会から出立した『神の使徒』三人が、立地的に重要視されていない土地や、弱小貴族の領地には寄り付かず、被害が少ないにも拘わらず王領や上位貴族の領都ばかりを回っている事実を聞き及び、泣く泣く彼を送り出す事を決めたのだ。
当然順調な旅ではなかった。次第に民から『勇者』と呼ばれるようになるにつれて、教会からの横槍が入るようになった。『精霊などというお伽噺に踊らされるな、貴様も神に選ばれた戦士だ、神の名の下に戦え』。そう教会騎士団に強要されもした。
しかしヴェントは信念を曲げなかった。幼き頃より親しんだ精霊の為に戦っている事を公言してまわった。その噂は次第に庶民から広がり、ついには王家にまで届き、その結果正式に勇者として認められたのだった。流石に王家に認められては教会もそれ以上は口出しできない。代わりに教会は無理矢理『神の使徒』三人をヴェントに押し付け、その頃とうとう現れてしまった『魔王』の討伐に向かわせた。
長い激闘の末、『魔王』は滅んだ。奇しくもその日は私がこの世に生を受けた日だったという。
「ヴェント!? まさかあのヴェントなのか!?」
「あのが何を指すのかはわかりませんが、この国で『勇者』と呼ばれる存在を指すのでしたら間違いありませんわ」
王太子を始めとするかなりの者は知っているらしい。内心少しホッとする。国を救った英雄の名がたかが十五年で忘れられているのだとしたら、この国をあの人が救った意味がまるでないから。
今から二十年程前。この国を突如悲劇が襲った。何処からともなく異形のモノ達ーー魔物が現れ始めたのだ。深い森の奥ならまだしも、辺境の村や時には王都に近い町に現れた事もあったという。程なく神託が下され、魔物は異界からの侵略であり、民を守る為に戦士を選抜す、と教会より国中に通達がなされた。
魔物は溢れかえる程の数ではなかったらしいが、一体一体が人を越える力を持っていた上に、このまま厄災が増え続ければいずれこの世界で言う『王』に当たる存在、所謂『魔王』すら現れるだろう、と。
栄誉を望む者、報奨を望む者、家族を殺され復讐を目論む者……様々な理由から集まった者達は貴賤に関わらず全て神の名の下に篩にかけられ、その中から三人……騎士、魔術師、神官……『神の使徒』が選ばれ、神剣、神杖、神棍がそれぞれ与えられた。
しかし、ヴェントはその中の一人ではない。彼は神ではなく精霊に選ばれたのだ。
フォスキーア子爵家は豊かな森を領土に持ち、森の恵みを特産に栄えた家だった。ヴェントも幼き頃より森に入り、恵みの恩恵を受け育った。フォスキーアの森が豊かであった理由。それは精霊界への入り口があったからだ。
精霊はこの国の民が知らなかっただけでずっと人と近い存在だ。人が使う魔法は人の魔力を代償に精霊が現象化しているからだ。遠国では精霊の存在を認め、それによって魔法の研究において多大な功績を残しているらしいが、この国ではこの時まで精霊はお伽噺の存在と見られていた。
私は神の存在を信じていない。誰の目にも映らず、声を聞けるのは大神殿の教皇のみと言われている神。それに対して精霊は確かにそこかしこに存在している。彼らの助けがなかったら幼い私が生き延びる事など不可能だった。私を導いてくれていたのは神ではなく精霊なのだ。
教会の権力が強いこの国で、神ではなく精霊に選ばれたヴェントは、たった一人で無辜の民の為魔物と対峙する為旅立った。
何故精霊がわざわざ戦う者を選んだのか。魔物がこの世界に現れるよりも前。奴らはまず精霊界へとやって来ていた。精霊はそこかしこに存在するが、精霊として独自に力が振るえるのは精霊王を始めとした少数の上位精霊のみで、大多数の精霊はほんの少し……たとえば小枝に火を付けたり、桶に水をちょっと溜めたりする程度だ。魔術師と呼ばれる連中は、精霊の力を借りて行うそれらを、自分の魔力だけで行っていると思っていたのだ。
そんな小さな精霊達を、精霊界に現れた魔物は食い荒らした。精霊達が彼らの力だけで対抗出来る手段はほぼない。ろくに抵抗できず次第に数を減らす精霊に対して出来た事は、上位精霊が魔物を現世へと追い出すだけだったらしい。
だから精霊は力を貸す事にしたのだ。幼き頃より精霊の声を聞き、姿を見る事が出来ていたヴェントへと。
無論物語の様に何の障害も無く旅が始まった訳ではない。とくに腕っぷしが強いという事もなく、剣で身を立てようとしていたという訳でもないただの青年が、精霊の加護を受けたからといってすぐさま恐ろしい魔物と戦えるとは誰も思わなかった。家族も領民も、そして婚約者も思い止まるよう何度も説得したが、頑として諦めようとしなかった。
しかし、精霊の森から溢れ出た何体かの魔物を軽々と討伐した事、そして教会から出立した『神の使徒』三人が、立地的に重要視されていない土地や、弱小貴族の領地には寄り付かず、被害が少ないにも拘わらず王領や上位貴族の領都ばかりを回っている事実を聞き及び、泣く泣く彼を送り出す事を決めたのだ。
当然順調な旅ではなかった。次第に民から『勇者』と呼ばれるようになるにつれて、教会からの横槍が入るようになった。『精霊などというお伽噺に踊らされるな、貴様も神に選ばれた戦士だ、神の名の下に戦え』。そう教会騎士団に強要されもした。
しかしヴェントは信念を曲げなかった。幼き頃より親しんだ精霊の為に戦っている事を公言してまわった。その噂は次第に庶民から広がり、ついには王家にまで届き、その結果正式に勇者として認められたのだった。流石に王家に認められては教会もそれ以上は口出しできない。代わりに教会は無理矢理『神の使徒』三人をヴェントに押し付け、その頃とうとう現れてしまった『魔王』の討伐に向かわせた。
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