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しおりを挟む私は実の父の事があり、魔力はきっと多いだろうと目されていた。母の事は愛していたかもしれないけれど、私の事はおそらく生まれる前から将来の政略の駒にとしか考えていなかった伯爵は、結果に愕然とし、そして激怒したという。
魔力とはこの国において魔法を使うための源、その為魔力が大きければ強力な魔法を使う事が出来る、と考えられている。だが事実は違う。いつからそうなったのか、何故今もそう考えられているのかわからないが、その考え故に国が滅びそうになった事に誰も気付いていなかった。
俗物である伯爵も、私が実の父の魔力を継いでいれば、王家に捩じ込む事も出来るのでは?と皮算用していたらしい。それがまさかの『魔力無し』。あれほど愛……というより執着していた母もろとも追い出す程にその怒りは大きかった様だ。
私はその時五歳。母は元男爵令嬢。それなりに裕福であった実家で何不自由なく育った母は、自ら何かをするといったら手慰みの刺繍くらいで、着替えすら自分では出来なかったのに、伯爵は追い出したのだ。死ねと言われたのと同義だ。まさかそれから五年も二人だけで生活出来るとは思わなかったのだろうけど。
「あら?黙秘なさるおつもりですの? 妹と違ってわたくしには貴方に似ているところなど欠片もありませんのに」
この夜会は公爵家の主催。上昇志向の塊である伯爵も参加している。元々私のエスコートがヴィットルで、婚約者の居ない妹のエスコートが伯爵だ。伯爵も挨拶回りに妹を放置している間にこの様な騒ぎを起こすなどとは思わなかったのだろう。苦々しい顔でこちらを……というか私を睨んでいる。お馬鹿さん二人の性格を理解していた私には何処かで失態を演じるだろうなと思っていたけれど。それにしたって王太子殿下も参加されているというのに騒ぎを起こすなど、普通に考えたら正気の沙汰ではないけれど。
伯爵が黙っているのには理由がある。私は伯爵の『実子』として届け出がされているからだ。我が国では相続でもめないよう貴族の出生は厳格に定められている。女性が離婚してから半年は再婚出来ないのと同じで、婚前に妊娠が発覚した場合、胎の子は『婚外子』と戸籍に記載する事が義務付けられているからだ。
婚外子は例え実の両親の元に産まれていても実子としての相続が認められない。財産は相続出来ても爵位は相続出来ないのだ。何故出産してからならともかく、妊娠が発覚した時点なのかはよくわからないが、その為婚前交渉など以ての外。令嬢は厳重に箱入りで育てられる。たまに親の目を掻い潜って火遊びする放蕩娘も居るらしいが。目の前に一人居る気もするけれど、まあどうでもいい。
なんらかの理由で子供が出来ず、養子を取る場合もあるが、その時は王家から直々に必要性を精査されるらしい。痛くないとも言えない腹を探られる事になる訳なので、出来れば避けたい。となればどうするか。
簡単な話だ。誤魔化せば良いのだ。医者に小金を握らせて妊娠の時期をずらしたり、そもそも他所で作った子を妻の子として届けたり……。大っぴらには出来ないが、多くの貴族が大なり小なりやっている事。魔力至上と同じく歪んだ貴族の歪んだ法律だ。
だが、バラされたら困る事ではある。そんな婚外子を王家に捩じ込む事など無理だからだ。そして当然法を犯す行為でもある。そして当たり前だが一度届け出を出してしまったら取り消す事は出来ないのだ。
精々が小悪党の伯爵は、自分の手を汚して私と母をこの世から消す方法を選ぶ事は無かった。『療養』の名目で掘っ建て小屋に追い出すのが精一杯だった様だ。それは私の実の父の影に怯えていたに他ならないが。
「バージル伯爵が君の父でないとしたら、君は一体誰の子なのか興味あるな」
突然人垣から声がかかる。まるで滝を割る様に周りを囲んでいた人が離れた先には二人の青年が立っていた。声を発したのは手前の青年。輝く金の髪に深海を思わせる深い青の瞳。王家を象徴するその色を纏った者はこの会場でただ一人、王太子殿下である。後ろの青年はこの夜会の主催である公爵の子息。王太子殿下の側近だ。
王太子と公爵子息とは、何度か王宮で開催された茶会でお会いしたことがある。最もいつも高位貴族の子息令嬢に囲まれている為、挨拶を交わした程度だが。
どうやら騒ぎが始まってから少し離れた所から高みの見物をしていた様だ。それが何故今頃になって口を挟む気になったのだろうか。
「お騒がせして申し訳ありません、殿下」
この場で最上位の殿下の登場に、皆が一斉に頭を下げる。いや、一斉では無かった。私の隣のルージェと目の前のお馬鹿さん二人は立ったままだ。ルージェは兎も角二人は自分達の立場がわかっていないのだろうか? ああ、きちんと理解出来る頭があればこんなところで騒動など起こすわけがないか。
「よい。余興と思えばそれなりに楽しめた。して、君の実の父は一体誰だと言うのかい? 私の知る人物だと良いのだが」
「?」
何故私の実の父が気になるのだろう。興味本位にしては若干熱意を感じる気がするが、王太子に聞かれて答えない訳にはいかない。元々全部ぶっちゃけていくつもりだったし。
「止せ! 話すな!」
私が口を開こうとした瞬間、伯爵が慌てて制止の声をあげる。愚かだ。母が彼と結婚する前に婚約者が居た事など調べればすぐにわかるというのに。ただ誰も興味がなかっただけで。
「ヴェント。ヴェント・フォスキーア。それが私の実の父の名ですわ」
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