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第3話 もう少し考えてほしい

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 エドウィンに水を渡して、休憩するように促す。
「お前、すっげーな! なんでそんなにいろいろわかんだよ?」
 エドウィンは汗を拭きつつ俺に尋ねてきた。
「……むしろ、俺が訊きたい。なんで俺にでもわかることを、お前は気付かないんだよ?」
 エドウィンは、確かにそこそこ体格がいい。俺は高身長だが、エドウィンも俺と並ぶ。きっと体力はある方だろう。
 だけど、あんなふうに敵へ突っ込みなぎ払って、を何度も繰り返したら俺だってもたない。

 俺はため息をつくと、説明した。
「……あんな戦い方を繰り返すんなら、もっと体力をつけないとダメだ。朝と放課後の自主トレを増やすか?」
「自主トレ、あんま好きじゃねーんだよな……」
「でも、もしここでゴブリンの集団に襲いかかられたら、死ぬだろ」
 俺が言うと、エドウィンは俺を真っ直ぐに見た。
「確かにそうかもしんねーけどな。お前はすぐ死ぬんじゃねーかって考えすぎだ。最悪の事態ばっか考えて、普通に戦うことをまるで考えてねぇ。周りを見渡して耳を澄ませてみろよ。ゴブリンの集団が迫ってきてるか?」
「…………」
 俺は黙って視線を逸らせた。
 確かに、ひととおり駆逐して、草原には何もいない。森の奥には怪しげな気配はするが、まだずいぶんと遠い。
「少し肩の力を抜けよ。こんなとこじゃ、そう簡単に死にゃしねーよ。俺たち、案外丈夫に出来てんだからよ」
 言い返そうとしたが、なぜか言い返せなかった。エドウィンの言葉には実感がこもってる気がしたからだ。

 俺には人がすぐ死ぬという実感があり、エドウィンにはそう簡単に死なないという実感がある。

 俺は息を吐くと空を見上げた。
「……確かに、ゴブリンくらいじゃそう簡単に死なないかな」
 俺は呟くと立ち上がった。
「なら、もう行こうぜ。お前はゴブリンごときにフルパワーを使いすぎ。俺は戦えないわけじゃないんだ、一人で全部やろうとするなよ」
 そしたら、エドウィンが笑った。
「俺は好きにやってるだけだぜ。戦いたいならお前も戦えよ」
 そのセリフを聞いて俺は思った。
 ……もしかして、エドウィンは俺を気遣ったのか?

 森に入った。
 エドウィンは相変わらず大暴れだ。木々や蔓が邪魔をするため森だと槍は不利だが、使い慣れているようでうまく操っている。
 俺はどうしようか悩んだが、エドウィンの討ち漏らしを退治することにした。
 エドウィンが疲れたら俺が真面目に戦えばいいや、と達観しつつ、討ち漏らしを始末し、ドロップアイテムを拾っていた。

「……なんか、おかしくねーか?」
 しばらく戦った後、エドウィンが俺に言ってきた。
 実は俺もそう思ってた。
 だけど、言いたくなかったんだ。
「これ、ゴブリンの集落が出来てねーか?」
 俺は黙ってドロップアイテムを拾う。
「あァん? ――もしかしてテメェ、気づいてやがったな!?」
 しぶしぶ身体を起こした。
「言いたくなかった。言ったら最後、最悪の展開を迎えそうだから」
「やっぱあるのか!」
 だって、こんなにゴブリンが出るのはおかしいだろう。

 魔物の種類にもよるが、同じ魔物が集まり集落を形成することがある。
 繁殖しているのか知らないが、それが出来ると爆発的に増殖する。
 だから、集落は早めに潰せが原則だ。
 ……だけど、エドウィンはすでにバテ気味だ。
 どの程度増殖しているかわからないんだから、一度撤退して教官に報告した方がいい。
 エドウィンが気付かなかったら、適当なところで『疲れたから帰ろう』と言って切り上げ、ドロップアイテムを納品しつつ報告したんだけどな……。

「なら、潰しとかねーとじゃねーか!」
 ホラな、言うと思った!
 俺はしかめっ面をして体を起こす。
「お前、すでにバテてるじゃないか。数千とか増殖してたら、普通の展開でも死ぬから」
「ダイジョウーブだ、行くぞ!」
 大丈夫じゃないだろ!
「お前、マジで待てって! 冗談ごとじゃない、本気で死ぬぞ!」
 俺はエドウィンの肩を掴んだが、振り返ったエドウィンが眼光鋭く俺を見た。
「どうせ誰かがやんだろ。なら、俺でも構わねぇじゃねーか」
「お前がバテてなければな!」
「バテてねぇよ! アレだ、ウォーミングアップとかいうヤツだ!」
 嘘つけぇ!
 だが、エドウィンは掴んでいる手を外させると、逆に俺の肩を叩いた。
「たかがゴブリン、数千出ても問題ねーよ。つか、そもそもそんなにいねーだろ。数千も出てたらもっと湧いて出てるわ」
 そう言うと、くるりと背を向け走っていってしまった。
「……あーもう!」
 マジで猪突猛進バカ!
 俺は慌てて追いかけた。

 集落は、ちょっとだけ拓けた広場のような場所だった。
 巣穴の場合もある。そっちの方が毒煙や火を流せばいいので楽なんだが……。
 その楽じゃない方の集落に突っ込んでいくバカ。
「先制攻撃だ! ――火炎よ、槍に灯れ」
 いきなり槍が燃え上がったかと思ったら、その槍をぶん投げた!

 エドウィン、そうとう遠投が上手いぞ。ものすごい勢いでまっすぐ飛んでったよ。
 槍に当たったゴブリンが消し飛んでいる。かすったゴブリンは勢いよく燃え上がっている。
 そのまま勢いを落とさず、いくつかの巣のようなものを破壊し燃やしら遠くの木に突き刺さって止まった。

「……っしゃあっ! 見たかオラァッ!」
「バカ野郎!!」
 俺は怒鳴った。

「あァん? なんでだよ?」
 キョトンとしているのがおかしい!
「森で火炎魔法は禁止だろうが! 退学どころじゃない、延焼で山林火事になったらお前、とんでもない額の賠償金ものだぞ! 待ち受けるのは借金奴隷だ!」
 授業で習っただろうが!
「…………マジか」
 エドウィンが青くなった。
 さすがに『最悪の事態ばっか考えて』などと言わず慌てている。
 俺は燃えている木々に向かって駆け出しながら、さらに怒鳴った。
「お前は火炎魔法以外でゴブリンを倒せ! 俺は消火に当たる! バテてるなら正直に言えよ! 俺がなんとかする!」
 まさかコイツ、槍を投げておいてさっきの槍以外武器を持ってませんとか言わないよな? と、考えながら水流魔法を使った。
「清き水よ、迸れ!」
 燃えている木や巣穴に水を放出しつつエドウィンを見ていたら、アイツ……投げた槍を召喚しやがった。マジかよ、武器召喚魔法なんてあるのか!?
 そして、今度は槍に氷を纏わせながら投げてる。

 ……舐めてたな。バカだとは思うけど、槍と魔法に関してはかなり才能がある。槍の扱いは飛び抜けて巧いし、そもそも武器の召喚魔法なんて聞いたことがない。魔法を二種類使える奴もそうはいないって聞いたぞ。
 ただ、もう少し考えて動けよな……と切実に思う。才能はあるのに行動でダメにしているタイプだ。
 ……でも、なんでワースト二位なんだ? 確かに他のチームをよく知っているわけじゃないが、今日倒したゴブリンだけでもワーストから脱出するだろう。
 しかも、(俺が止めたにもかかわらず)集落に突撃するタイプだ。これだけ暴れれば駆除しきれなくて撤退を選んでも、そこそこいくだろ。俺以外のワーストランキングに名を連ねているのは、魔物が怖くてバディに討伐を任せているような子のはずだ。俺は、討伐証明であり成績の評価基準となるドロップアイテムをユーノがほとんど独占している、って理由で最下位だったんだけど……もしかして、コイツもなのか?

 なんとか消火を終えて辺りを見回したら、俺の水流魔法とエドウィンの氷結魔法ですっかり凍りきっていた。
 すごく寒い。
 ドロップアイテムも凍ってしまっているので、小声で火炎魔法を使って解かしながら拾い集めた。

「ハァッ……! オイ見たか全滅させたぜオラッ! ……やべっ」
 息は上がりフラフラになっているエドウィンが、氷に足を取られて転んだ。
「わかったわかった。すごいなー。大したもんだよだから休んどけ」
 俺は、エドウィンがどうしてこんなにも猪突猛進なのかがわかった。
 エドウィンは俺に、どこまで自分がやれるかを見せたかったらしい。
「……テメェ! スゲーって思ってねぇだろ!」
「思ってるから休んどけ。こっから帰るんだからな。しかも、集落に戻ってくるゴブリンを退治しつつだ。無事に帰るまでが任務達成だっつってただろ」
「…………おぅ」
 覚えてないらしい。ホント……才能はあるくせに頭が悪いのかよ。頭が悪いなりに、もう少し真面目に勉強しろって。

 あちこち歩き、ドロップアイテムを拾い集め終えた。
 凍ってるのでやっかいだったな。いつもは風吹魔法で集めてしまうんだけど。
 大の字でひっくり返っているエドウィンの隣に座る。
「……お前って、いつもこんな調子なのか? だとすると、お前がワースト二位なのはおかしいと思うんだけど。どう考えてもこれだけ倒せてたら、もっと上位ランクにいくだろ」
 エドウィンが顔を上げて俺を見た。
「あー……。そりゃ、ドロップアイテムを拾わねぇからだな」
「…………は?」
 俺は、聞き間違いかと思って聞き返した。
「めんどくさくてよ。たまにしか拾わねぇ。でもって、だいたいが相方が拾うな。でもって、教官に渡してるな」
「…………」
 俺は頭痛がしてきた。
 指でこめかみを揉むと、息を整え、思いきり吸い……。

「拾え、バカ!」
 大声で怒鳴った。

「いいか! お前はいろいろと舐めすぎだ! 俺は確かに考えすぎだけどな、授業で習ったことは頭に入れてるよ! お前はこのアカデミーで習ったことをなんだと思ってんだよ! 教官はいいかげんなことを言ってるわけじゃない、俺たちに基本のキと、常識を教えてるんだよ! セイバーズってのは、バカみたいに突っ込んで敵を倒すだけじゃねーんだ、ちゃんとドロップアイテムも持ち帰り、それを求めてる人に供給するのも重要なんだよ! 敵を倒すだけしか出来ねーバカはセイバーズとしてやってけねーんだよ、バカ!」
 エドウィンが啞然としている。
 でもって、笑った。……何がおかしいんだよ、このバカは……!
「ワリ。そういやそうだな! 次からは拾うわ」
 俺はガックリと肩を落とした。

 ……俺、コイツの元バディのハムザ・ヘンダーソンの方と気が合うかもしれない。
 次にどこかで会ったら、アイツの肩を叩いて「大変だったな……」ってしみじみと言ってやりたいって気持ちになった。

 帰り道はエドウィンと交代して俺が戦うことにした。
 ゴブリン程度なら瞬殺だし、効率的な戦いが出来る。
 俺はエドウィンに手を出すなと言って、奇声を上げながらこちらに走り寄ってきたゴブリンをギリギリまで引きつけて石を指で弾いた。
 石はゴブリンの頭骨に当たり、こちらに向かいながらも絶命する。
 そうすると、ドロップアイテムがこちらに飛んでくるような形で落ちてくるのだ。
 それを、すくい取る。
 エドウィンが驚いて目をみはった。
「手慣れてんな……」
「ゴブリンならな。そもそも石で死ぬレベルの敵だから」
 そっけなく言った後、付け足した。
「拾うのが地味に大変だから工夫した。……正直、お前がめんどいっていう気持ちはわかるよ。俺だってめんどいって思う。でも、俺はちゃんとセイバーズになりたいから」
 そう言うと、エドウィンがちょっと眉根を寄せて俺を見た。
「……ちゃんとなりたいっつーのに、俺よか成績が悪いのはなんでだよ」
 エドウィンのその言葉は、俺をあげつらうでも純粋な質問でもなく、詰るような声だった。
 俺はなんというべきか悩み、けっきょくこう言った。
「……ちゃんとなりたい、ってのは言葉の綾かもな。……最初はそう思ってたけど、考えすぎて立ち止まってる。そもそもが、セイバーズになるべきかも悩んで、けっきょく結論が出ないまま現状維持だ」
「ハッ!」
 エドウィンが鼻で笑った。
「俺をバカだっつーけど、お前だって大概だろ。頭でばっかり考えてねーで、体で考えろよ。頭で考えすぎるから結論が出せずに一歩も前に進んでねーんだろうが。そんなら考えずに前に突っ走った方がよっぽど先に進めるぜ」
 ……確かにその通りだ。けど。
「いや、お前はもう少し頭を使えよ。少なくとも任務の内容は確認しろ? アカデミーだから倒してドロップアイテムを持ってかなくても成績が下がるくらいで済んでるけどな、卒業してそれだと任務失敗で罰金だぞ」
「マジかよ!? わーった、お前に任せるわ!」
 わかってないだろ!
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