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それを見てホッとしたものの、同時に申し訳ない気持ちにもなった。
この人を騙していることに対する罪悪感があったのだ。
そんなことを考えているうちに、話は進んでいたようだった。
「そうだったんですね……それは大変でしたね……」
そう言いながら慰めてくれる彼に感謝しつつ、話を続けることにする。
「はい、本当に辛かったです……ですが、今はもう大丈夫です。私には仲間がいるのですから」
その言葉を聞いた途端、胸が熱くなるのを感じた。
(そうだ……俺には仲間がいるじゃないか)
そう思うと、不思議と力が湧いてくるような気がした。
今なら何だってできるような気がするくらいだ。
だから、思い切って聞いてみることにした。
「あの、もしよろしければ、私達を雇っていただけないでしょうか?」
すると、彼女は驚いたように目を見開いた後で、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありませんが、あなた方を雇い入れることはできません」
それを聞いて落胆すると同時に、やはり駄目だったかという思いもあった。
最初から期待していなかったとはいえ、実際に言われると辛いものがあるな。
そんなことを考えていた時だった。突然扉が開いて誰かが入ってきたかと思うと、
その人物はそのままこちらに近づいてきた。
何事かと思って見ていると、そいつはいきなりこんなことを言い出したのだった。
「今日からお前は俺のもんだ、いいな?」
突然のことで頭が追いつかなかった。
何を言ってるんだこいつは?
と思った次の瞬間、今度は別の方向から声が聞こえてきた。
そちらを見ると、そこには見覚えのある顔があった。
確か、名前はアリアといったはずだ。
彼女もまた、驚きの表情を隠せずにいた。
無理もないだろう。
俺だって驚いているのだから。
それにしても、どうしてこんなところにいるのだろうか……?
不思議に思って見つめていると、その視線に気づいたのか、彼女はハッとした表情を浮かべた後に慌てて頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい、私、夜中にふと目が覚めて……怖くて一人になれなくて」
彼女は怯えた様子でそう言った。
その様子を見ているうちに、なんだか可哀想になってきたので、安心させるように優しく頭を撫でてあげた。
最初はビクッとしていたが、次第に慣れてきたのか大人しく受け入れているようだ。
その様子はまるで小動物のようで可愛らしいものだった。
しばらく続けているうちに落ち着いたのか、表情も和らいできたように見える。
そんな様子を見ていると、何だか微笑ましい気分になってきて、自然と笑みが溢れてくる。
それを見ていた周りの人達も釣られて笑っていたようで、いつの間にか場の雰囲気が良くなっていた。
そんな中、不意に声をかけられたような気がして振り向くと、そこには見知った人物が立っていた。
それは、かつて共に戦った仲間の一人で、名をアリアと言う少女だった。
アリアは俺の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
そして、そのまま抱きついてくるものだから、驚いて固まってしまった。
その隙を狙っていたかのように、後ろから何者かに羽交い締めにされてしまった。
振り返るとそこには、不敵な笑みを浮かべたアリアの姿があった。
どうやら罠に嵌められてしまったらしい。
完全に油断していた。
「ふふ、捕まえましたよ、ご主人様♡」
そう言って笑う彼女の顔はとても妖艶で、不覚にもドキッとしてしまった。
「くっ、離せ!何をするつもりだ!?」
必死に抵抗するが、全く振り解けない。
それどころかますます強く締め付けられる始末だ。
このままでは窒息してしまうかもしれないと思い始めた頃、ようやく解放された。
「げほっ、ごほおっ!!」
咳き込みながらその場に蹲っていると、頭上から声が降ってきた。
顔を上げると目の前にいたのは、やはりアリアであった。
彼女は微笑みながらこちらを見つめている。
その瞳からは強い意志のようなものが感じられた。
どうやら本気のようだ。
こうなったら仕方ないと思い覚悟を決めることにした。
俺は大きく深呼吸をした後、意を決して口を開いた。
そして、はっきりとした口調で告げることにしたのである。
その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が凍りついた気がした。
(やってしまった……!)
そう思った時には遅かったようだ。
恐る恐る見上げると、そこには呆然とした様子の仲間達の顔があった。
皆一様に固まっているようだ。
いや、一人だけ例外がいたようだ。
それは他ならぬ自分自身だったわけだが……まあそれはそれとしておこうか。
そんなことを考えているうちに、我に返ったらしい彼女達が一斉に騒ぎ出したため、一気に騒がしくなってしまった。
まあそれも仕方のないことだろうと思うし、むしろ当然の反応だと思うわけで、などと考えながら現実逃避していると、
やがて落ち着きを取り戻したらしいアリアが話しかけてきた。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
おずおずといった感じで聞いてくる彼女に大丈夫だと答えると、安心したように胸を撫で下ろしていた。
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