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第三話 若林博士、最後の挑戦!
第八章 Wの挑戦(2) ロボコン会場・駐車場
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三度目である。
ドームを思わせるようなあの白いホールも、すでに馴染みの感がある。
今日はクリスマスイブのせいか、予想以上に道が混んでいて、来るのに三十分以上かかってしまった。
ホールの正面玄関近くの駐車場はすでに使用されていたため、若林はかなり離れた場所に車を停めた。約千台駐車可能という広大な駐車場はもう六割がた埋まっており、そこかしこにいつになく着飾った人々が立っていた。
ここは一般駐車場だから、ここにいる人々のほとんどは出品者ではなく一般客である。しかし、ロボット・コンテストなどというまだまだマニアックなものにわざわざ来るような人々だから、その大半はロボット関係者だ。
そのため、一般客といえど男性が多くなるのがロボット・コンテストの常なのだが、それだと華やかさがないと言うことで、今回、スリー・アールは女性同伴の男性にはチケット代の半分を払い戻すという作戦に出た。もちろん、その女性のほうは無料である。
この作戦は幸いにして成功したようで、今日は女性客の姿も多く見えた。正木が美奈を連れてきたのはこのせいかもしれないが、すでに得した分をはるかに上回る金を美奈の衣裳につぎこんでいるような気がする。
こうしたスリー・アールのロボット・コンテストに対する姿勢は、他のコンテスト主催者には軽すぎると非難されているが、若林は別に嫌いではない。
彼にとっては、日本ロボット工学会の学会発表もスリー・アールのコンテストも、自分のロボットを見せびらかしているという点でたいした違いはないのだ。
基本的に若林は、夕夜と美奈をロボットとして人目に晒したくない。できたら、自分の〝子供〟としてこのままずっと手元に置いておきたい。それが本心だ。
だが、ここまで来てしまった以上、もう腹をくくるしかない。若林は思いきって車を降りた。
若林の隣の助手席には、一分の隙もないタキシード姿の正木が座っていた。
出発する少し前に着替えてきた彼を一目見たとたん、若林は美奈のときよりも驚いてしまった。
普段と違いすぎる。
正木はいつも洗いざらしのシャツと色のさめたジーンズを身につけている。それはとても正木には似合うのだが、こういうフォーマルな格好をしてもそれがものすごく板についている。おまけに、今日は髪をゆるく三つ編みにしているものだから、何だか本当に別人のように見える。まるで一流モデルのようだ。
惚れ直した、というよりは、やはり正木は自分とは違う種類の人間なんだと改めて思ってしまって、若林は寂しさを感じた。
その正木は、若林が車を降りたのとほぼ同時に自分も外に出て、自分の後ろの後部席のドアを実に優雅な仕草で開けた。
「どうぞ、お嬢様」
「まあ、ありがとう」
正木が差し出した手を、美奈がすました顔で取って車外へと降り立つ。
家で言っていたように、美奈は白い毛皮のコートを着ている。これも正木がこの日のためにドレスと一緒に買ってやったものだ。
正木は趣味のためになら、いくらでも金を遣う。今日は美奈と一緒に上流階級ごっこをして遊ぶつもりのようだ。よく気の合っている二人である。
「楽しそうですね」
自分でドアを開けて外に出た夕夜が、そんな二人を見ながら呆れたように若林に言った。
夕夜もタキシード姿だが、こちらは普段からスーツを着ているので、あまり違和感はない。
いちばんあるのは、やはり何と言っても自分だろう。サイズはぴったりだったが、こんなものを着たのはこれが初めてだ。何だか気恥ずかしくて、若林は落ち着かなかった。
だが、実際のところ、長身の若林がいちばん様になっていて、そんな彼に、ああやっぱり似合うと思った、やっぱりいい男だ、と正木が内心惚れ直していたのだが、そんなことを若林が知るはずもない。
「じゃあ、俺たちはもう中に入っちまうから、おまえらは飛び入りの受付してこいよ」
美奈に自分の腕をつかませた正木が若林たちに言った。言葉遣いまでは上流になりきれないようだ。
「ちゃんと相手はウォーンライトって指定しとけよ。じゃあなー」
「じゃあねー」
言いたいことだけ言って正木は美奈と仲よく手を振ると、すでに多くの人間が入りはじめているホールの正面玄関へ堂々と歩いていった。
「目立つよな、あの二人」
その後ろ姿を見送りながら、思わず若林は呟いてしまった。
現に、駐車場に点在していた人々も、何かこの世ならぬものを見たような顔をして正木たちを見送っている。
「そうですよね。浮世離れしてますよね」
そう言う自分だって充分浮世離れしているのだが、夕夜は真顔でうなずいた。
この二人はお互い常識人を自任している。それが一種の仲間意識につながっているのだが、先ほどから自分たちも周囲の注目を浴びていることに気がついていない点では、正木たちと五十歩百歩かもしれない。
「ええと……今十時半ちょっと前か。まあ、ちょうどいいくらいだな。もうウォーンライトは来てるかもしんないけど、俺としては勝負のときまで会いたくないな」
自分の腕時計を見ながら、若林は苦い顔をする。
「それは僕だって同じですよ。中に入れば人込みにまぎれてしまうかもしれませんから、早めに受付を済ませてしまいましょう」
「そうだな」
傍目には同性愛者のカップルに見えないこともないこの二人組は、すでに周りにそう思われかけていることなど夢にも知らず、出品者専用の出入り口へと早足で向かった。
ドームを思わせるようなあの白いホールも、すでに馴染みの感がある。
今日はクリスマスイブのせいか、予想以上に道が混んでいて、来るのに三十分以上かかってしまった。
ホールの正面玄関近くの駐車場はすでに使用されていたため、若林はかなり離れた場所に車を停めた。約千台駐車可能という広大な駐車場はもう六割がた埋まっており、そこかしこにいつになく着飾った人々が立っていた。
ここは一般駐車場だから、ここにいる人々のほとんどは出品者ではなく一般客である。しかし、ロボット・コンテストなどというまだまだマニアックなものにわざわざ来るような人々だから、その大半はロボット関係者だ。
そのため、一般客といえど男性が多くなるのがロボット・コンテストの常なのだが、それだと華やかさがないと言うことで、今回、スリー・アールは女性同伴の男性にはチケット代の半分を払い戻すという作戦に出た。もちろん、その女性のほうは無料である。
この作戦は幸いにして成功したようで、今日は女性客の姿も多く見えた。正木が美奈を連れてきたのはこのせいかもしれないが、すでに得した分をはるかに上回る金を美奈の衣裳につぎこんでいるような気がする。
こうしたスリー・アールのロボット・コンテストに対する姿勢は、他のコンテスト主催者には軽すぎると非難されているが、若林は別に嫌いではない。
彼にとっては、日本ロボット工学会の学会発表もスリー・アールのコンテストも、自分のロボットを見せびらかしているという点でたいした違いはないのだ。
基本的に若林は、夕夜と美奈をロボットとして人目に晒したくない。できたら、自分の〝子供〟としてこのままずっと手元に置いておきたい。それが本心だ。
だが、ここまで来てしまった以上、もう腹をくくるしかない。若林は思いきって車を降りた。
若林の隣の助手席には、一分の隙もないタキシード姿の正木が座っていた。
出発する少し前に着替えてきた彼を一目見たとたん、若林は美奈のときよりも驚いてしまった。
普段と違いすぎる。
正木はいつも洗いざらしのシャツと色のさめたジーンズを身につけている。それはとても正木には似合うのだが、こういうフォーマルな格好をしてもそれがものすごく板についている。おまけに、今日は髪をゆるく三つ編みにしているものだから、何だか本当に別人のように見える。まるで一流モデルのようだ。
惚れ直した、というよりは、やはり正木は自分とは違う種類の人間なんだと改めて思ってしまって、若林は寂しさを感じた。
その正木は、若林が車を降りたのとほぼ同時に自分も外に出て、自分の後ろの後部席のドアを実に優雅な仕草で開けた。
「どうぞ、お嬢様」
「まあ、ありがとう」
正木が差し出した手を、美奈がすました顔で取って車外へと降り立つ。
家で言っていたように、美奈は白い毛皮のコートを着ている。これも正木がこの日のためにドレスと一緒に買ってやったものだ。
正木は趣味のためになら、いくらでも金を遣う。今日は美奈と一緒に上流階級ごっこをして遊ぶつもりのようだ。よく気の合っている二人である。
「楽しそうですね」
自分でドアを開けて外に出た夕夜が、そんな二人を見ながら呆れたように若林に言った。
夕夜もタキシード姿だが、こちらは普段からスーツを着ているので、あまり違和感はない。
いちばんあるのは、やはり何と言っても自分だろう。サイズはぴったりだったが、こんなものを着たのはこれが初めてだ。何だか気恥ずかしくて、若林は落ち着かなかった。
だが、実際のところ、長身の若林がいちばん様になっていて、そんな彼に、ああやっぱり似合うと思った、やっぱりいい男だ、と正木が内心惚れ直していたのだが、そんなことを若林が知るはずもない。
「じゃあ、俺たちはもう中に入っちまうから、おまえらは飛び入りの受付してこいよ」
美奈に自分の腕をつかませた正木が若林たちに言った。言葉遣いまでは上流になりきれないようだ。
「ちゃんと相手はウォーンライトって指定しとけよ。じゃあなー」
「じゃあねー」
言いたいことだけ言って正木は美奈と仲よく手を振ると、すでに多くの人間が入りはじめているホールの正面玄関へ堂々と歩いていった。
「目立つよな、あの二人」
その後ろ姿を見送りながら、思わず若林は呟いてしまった。
現に、駐車場に点在していた人々も、何かこの世ならぬものを見たような顔をして正木たちを見送っている。
「そうですよね。浮世離れしてますよね」
そう言う自分だって充分浮世離れしているのだが、夕夜は真顔でうなずいた。
この二人はお互い常識人を自任している。それが一種の仲間意識につながっているのだが、先ほどから自分たちも周囲の注目を浴びていることに気がついていない点では、正木たちと五十歩百歩かもしれない。
「ええと……今十時半ちょっと前か。まあ、ちょうどいいくらいだな。もうウォーンライトは来てるかもしんないけど、俺としては勝負のときまで会いたくないな」
自分の腕時計を見ながら、若林は苦い顔をする。
「それは僕だって同じですよ。中に入れば人込みにまぎれてしまうかもしれませんから、早めに受付を済ませてしまいましょう」
「そうだな」
傍目には同性愛者のカップルに見えないこともないこの二人組は、すでに周りにそう思われかけていることなど夢にも知らず、出品者専用の出入り口へと早足で向かった。
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