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第2部 草月歌
02 学問所
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恐れるものは何一つなさそうな紅蓮だったが、白蘭がいなくなったことが発覚する前に、神殿へ帰すつもりではあったらしい。
しかし、そこで白蘭の飛行訓練などしているうちに――紅蓮の指導はかなり厳しかった――すっかり遅くなってしまった。
紅蓮の髪のように赤い夕刻の光を浴びながら、行きと同じように抱きかかえられて神殿に帰ると、教育係をはじめとする大人たちが、手ぐすね引いて待ちかまえていた。
もちろん、白蘭も紅蓮もこっぴどく叱られたが、事前の打ち合わせどおり、天都の外れの森で遊んでいたことにした。大地に降りたと正直に答えたら、怒られるだけではすまないと紅蓮は知っていた。
紅蓮の引き取りに来た学問所の教官は、ひたすら恐縮した様子で神殿の神官たちに頭を下げていた。誰もが白蘭を紅蓮が唆して外へ連れ出したと思いこんでいるようだった。それでいいと紅蓮は言っていたが、ついに耐えきれなくなって白蘭は叫んだ。
『僕が自分の意志で外へ出ました。彼は悪くありません』
それは白蘭が初めて発した、大人たちに対する反抗の言葉だった。
彼らは怒るより先に驚いて目を丸くし、紅蓮は教官の陰でにやりと笑った。その顔を見て白蘭も微笑み返す。こうして白蘭は被害者ではなく共犯者となったのだった。
結局、もう二度と白蘭と会わないことを条件に、紅蓮は何とか許されて帰っていった。
白蘭はまったく知らなかったが、学問所内はもとより、天都においても手のつけられない悪童として紅蓮は有名だった。その日も勝手に授業をさぼって外を飛び回っていたそうだ。いかにも紅蓮らしい。
だが、白蘭には二度と紅蓮に会ってはならないという言いつけを守る気はまったくなかった。紅蓮と出会って、初めて白蘭は自分の意志を貫くということを覚えたのだ。
――自分も紅蓮と同じ学問所に通いたい。
そう主張すると、案の定、周囲の大人たちはこぞって反対した。
それに対して白蘭は命玉から精気を摂取しないという捨て身の行動に出た。彼にはいったんこうと決めたら容易には肯んじないところがある。それは成長した今でも同じだ。
どんなに宥めても賺しても白蘭が諦めないので、困った彼らは黒蘆に伺いを立てた。しかし、黒蘆が出した結論は、彼らには予想外のものだった。
――白蘭の好きにさせるがよかろう。
その時点ですでに黒蘆には思うところがあったのだろう。何はともあれ、その一言で白蘭は衰弱死することを免れ、学問所でようやく紅蓮と再会することができた。
だが、そうまでして会おうとした白蘭に、当の紅蓮はしれっとした顔でこう言った。
――会うなって言われたって、前みたいにおまえがあそこにいればいつでも会えるだろ。別に結界が張ってあるわけでもないんだし。
言われてみればそのとおりだが、白蘭は無言で紅蓮の頭を叩いた。紅蓮は撫でられた程度にしか感じなかったようだが、それが白蘭が生まれて初めて人に振るった暴力だった。
* * *
紅蓮に会いたくて通いはじめた学問所だったが、そこで白蘭は紅蓮以外の子供たちのことも知った。そして、紅蓮が学問所に居着かず、外ばかり出歩く理由を痛感した。
紅蓮は早熟すぎた。体技でも頭脳でも、彼に匹敵するような子供は一人もいなかった。唯一、感情だけは年相応のままで、白蘭のように適当に受け流すことができず――幼い頃から大人に囲まれて育った白蘭には、これは得意中の得意だった――気に入らないことがあると、ぷいと外へ出ていってしまう。教官たちも紅蓮に対しては半ば指導を諦めているようだった。
白蘭もまた学問所で学ぶことはすでに知っていたが、紅蓮のように欠席することだけはしなかった。聡い彼は、ここは学問を学ぶためだけにあるのではないことをわかっていた。
天母として作られた美しい子供を、みな最初のうちは遠まきにしていたが、そのうち両腕に白い羽を生やした緑髪の少女――彼より少し年長だった――がおずおずと話しかけてきた。彼女は翠菻と名乗り、昼食を一緒にとらないかと言った。
白蘭の寝所は変わらず神殿にあったが、昼食は皆と同じように、学問所に隣接する寮の食堂でとっていた。いいよと白蘭が答えると、翠菻はほっとしたように溜め息をつき、それがきっかけで他の子供たちも堰を切ったように近づいてきた。彼らも新しい仲間に興味を持っていたのだ。
これ幸いと、それとなく子どもたちから紅蓮のことを訊き出してみたが、彼らは決して紅蓮を嫌っているわけではなかった。ただ、無意識に紅蓮と自分たちとは〝違う〟と感じて距離をとってしまう。それをまた紅蓮も感じ取り、ますます離れていく。そんな悪循環が繰り返されているようだった。
その紅蓮とは、学問所からの帰りにいつも会った。たいてい、紅蓮のほうが先に白蘭を見つけて、あの日のように空から舞い降りてくるのだった。
元はと言えば、紅蓮に会いたくて学問所へ通いたいとごねたのに、その学問所内ではほとんど会えないとは皮肉なことだ。学問所にいない間はどこにいるのかと訊ねてみれば、何と兵士たちの練兵場で剣を教えてもらっているとのことだった。
『君はもう戦いたいの?』
公園の片隅で驚いて訊き返すと、紅蓮は軽く肩をすくませた。
『少なくとも、学問所の中にいるよりは皆に歓迎されそうだ』
『誰も君を嫌ってはいないよ』
教官たちはわからないが、とはあえて言わないでおいた。
紅蓮は苦笑いすると、自分の瞳と同じ色をした夕暮れの空を見つめた。
『そうだな。だから困る』
『君だって、みんなが嫌いなわけではないんだろう?』
『嫌いになりたくないから、近づかないんだ』
才能を持つがゆえの孤独。
きっと紅蓮は寂しいのだ。自分と同じだけの力を持った友が欲しいのだ。
あのとき、紅蓮が白蘭の前に降りたのも、白蘭ならもしかしたらという期待があったのかもしれない。実際には紅蓮を裏切る結果になってしまったけれど。
『だったら、君がこうして僕に話しかけてくれるのは、嫌いになっても構わないから?』
ふと思いついて言葉にしたとたん、白蘭は悲しくなってうつむいた。
『何でそうなるんだよ!』
珍しく、紅蓮は狼狽したような念波を発した。が、すでに潤みはじめている瞳を向けられると、絶句して固まってしまう。
『じゃあ、何?』
『ええと……』
これほど困っている様子の紅蓮は初めて見た。何だかおかしくなって笑ってしまう。紅蓮は安堵したように溜め息をついた。
『うまく言えないけど……』
緋色の髪を掻きむしりながら紅蓮は言った。よく見ると、彼の髪には白蘭のような羽もいくらか混じっている。体の二箇所に羽を持つのは極めて珍しい。それもまた紅蓮が孤立してしまう理由の一つかもしれなかった。
『おまえには、あの場所を見せてやりたいって思ったんだ。あんな辛気くさいところにいるより、あそこのほうが似合うと思った。言っとくけど、あそこに連れていったのはおまえだけだからな』
紅蓮の返答は少しも問いの答えにはなっていなかったが、彼が白蘭のことを嫌いになってもいいと思っているわけではないことだけは何となく伝わった。
『もうあそこには連れていってくれないの?』
小首を傾げて訊ねると、紅蓮はなぜかまた慌てだした。
『いや、いいけど……いいのか?』
さっきから言っていることが支離滅裂だ。それでも紅蓮の言いたいことはわかる。
『あれから飛ぶ練習もしているよ。君ほど速くは飛べないだろうけど、今度は自分一人の力で飛んでいけると思う。でも、行くなら学問所が休みのときだけだよ』
これには紅蓮は曖昧に笑って翼を広げた。そのまま、羽を羽ばたかせて立ち去ろうとする。
『紅蓮!』
呼び止めると、紅蓮は空中に静止したまま、白蘭を見下ろした。
『明日は、学問所に来てね。君がいないと、僕が寂しい』
白蘭は思ったままを伝えただけだったのだが、紅蓮は大きく目を見張っていた。だが、はっと我に返ると、何の返事もせずに飛び去ってしまった。
――怒ったのかな。
そう思うと、胸がちくりと痛んだ。他の子供たちと一緒にいるのも楽しいけれど、やはり紅蓮と一緒にいるときがいちばん楽しい。
あの日、紅蓮が空から降りてこなかったら、きっと今でも白蘭はあの神殿の中で一人きりでいた。紅蓮と会って、初めて白蘭は今までの自分が孤独だったことを知ったのだ。
それなのに、孤独から白蘭を救ってくれた紅蓮自身が、深い孤独に苦しんでいる。できることなら白蘭も紅蓮を救ってやりたい。紅蓮にも自分と共にいるときがいちばん楽しいと思ってもらいたい。
我知らず、深い溜め息を吐き出すと、白蘭は頭の羽を広げて空を飛んだ。
今ではかなり上達したが、もっとうまくならなければいけないと思った。全速力で飛ぶ紅蓮についていけるように。
翌朝、どきどきしながら学問所に行くと、いつものように紅蓮の姿はなかった。
前日の朝までなら、またかで済ませることもできたが、本人に来てと言った翌日にこの結果では、ひどく落ちこむ。
とてもがっかりしてうなだれていると――翠菻などは心配して、どこか具合が悪いのか、医務室へいったほうがいいのではないかと言ってくれた――始業時間の直前になって、緋色の影が教室の中へと滑りこんできた。
紅蓮だった。子供たちは一瞬ざわめき、静かになった。
見るからに不機嫌そうな顔をした紅蓮は、白蘭の前にまっすぐやってくると、ぶっきらぼうにこう言った。
『来たぞ』
『……うん』
もう来ないと諦めていただけに、嬉しさはひとしおだった。思わず泣きそうになると、紅蓮がまたあたふたしだした。
『来たのに何で泣くんだよ!』
『だって……嬉しいから』
『悲しくても嬉しくても、おまえは泣くのか』
弱りきったように紅蓮は嘆息すると、とにかくもう泣くなと言って、白蘭の隣の席に音を立てて座った。
しかし、そこで白蘭の飛行訓練などしているうちに――紅蓮の指導はかなり厳しかった――すっかり遅くなってしまった。
紅蓮の髪のように赤い夕刻の光を浴びながら、行きと同じように抱きかかえられて神殿に帰ると、教育係をはじめとする大人たちが、手ぐすね引いて待ちかまえていた。
もちろん、白蘭も紅蓮もこっぴどく叱られたが、事前の打ち合わせどおり、天都の外れの森で遊んでいたことにした。大地に降りたと正直に答えたら、怒られるだけではすまないと紅蓮は知っていた。
紅蓮の引き取りに来た学問所の教官は、ひたすら恐縮した様子で神殿の神官たちに頭を下げていた。誰もが白蘭を紅蓮が唆して外へ連れ出したと思いこんでいるようだった。それでいいと紅蓮は言っていたが、ついに耐えきれなくなって白蘭は叫んだ。
『僕が自分の意志で外へ出ました。彼は悪くありません』
それは白蘭が初めて発した、大人たちに対する反抗の言葉だった。
彼らは怒るより先に驚いて目を丸くし、紅蓮は教官の陰でにやりと笑った。その顔を見て白蘭も微笑み返す。こうして白蘭は被害者ではなく共犯者となったのだった。
結局、もう二度と白蘭と会わないことを条件に、紅蓮は何とか許されて帰っていった。
白蘭はまったく知らなかったが、学問所内はもとより、天都においても手のつけられない悪童として紅蓮は有名だった。その日も勝手に授業をさぼって外を飛び回っていたそうだ。いかにも紅蓮らしい。
だが、白蘭には二度と紅蓮に会ってはならないという言いつけを守る気はまったくなかった。紅蓮と出会って、初めて白蘭は自分の意志を貫くということを覚えたのだ。
――自分も紅蓮と同じ学問所に通いたい。
そう主張すると、案の定、周囲の大人たちはこぞって反対した。
それに対して白蘭は命玉から精気を摂取しないという捨て身の行動に出た。彼にはいったんこうと決めたら容易には肯んじないところがある。それは成長した今でも同じだ。
どんなに宥めても賺しても白蘭が諦めないので、困った彼らは黒蘆に伺いを立てた。しかし、黒蘆が出した結論は、彼らには予想外のものだった。
――白蘭の好きにさせるがよかろう。
その時点ですでに黒蘆には思うところがあったのだろう。何はともあれ、その一言で白蘭は衰弱死することを免れ、学問所でようやく紅蓮と再会することができた。
だが、そうまでして会おうとした白蘭に、当の紅蓮はしれっとした顔でこう言った。
――会うなって言われたって、前みたいにおまえがあそこにいればいつでも会えるだろ。別に結界が張ってあるわけでもないんだし。
言われてみればそのとおりだが、白蘭は無言で紅蓮の頭を叩いた。紅蓮は撫でられた程度にしか感じなかったようだが、それが白蘭が生まれて初めて人に振るった暴力だった。
* * *
紅蓮に会いたくて通いはじめた学問所だったが、そこで白蘭は紅蓮以外の子供たちのことも知った。そして、紅蓮が学問所に居着かず、外ばかり出歩く理由を痛感した。
紅蓮は早熟すぎた。体技でも頭脳でも、彼に匹敵するような子供は一人もいなかった。唯一、感情だけは年相応のままで、白蘭のように適当に受け流すことができず――幼い頃から大人に囲まれて育った白蘭には、これは得意中の得意だった――気に入らないことがあると、ぷいと外へ出ていってしまう。教官たちも紅蓮に対しては半ば指導を諦めているようだった。
白蘭もまた学問所で学ぶことはすでに知っていたが、紅蓮のように欠席することだけはしなかった。聡い彼は、ここは学問を学ぶためだけにあるのではないことをわかっていた。
天母として作られた美しい子供を、みな最初のうちは遠まきにしていたが、そのうち両腕に白い羽を生やした緑髪の少女――彼より少し年長だった――がおずおずと話しかけてきた。彼女は翠菻と名乗り、昼食を一緒にとらないかと言った。
白蘭の寝所は変わらず神殿にあったが、昼食は皆と同じように、学問所に隣接する寮の食堂でとっていた。いいよと白蘭が答えると、翠菻はほっとしたように溜め息をつき、それがきっかけで他の子供たちも堰を切ったように近づいてきた。彼らも新しい仲間に興味を持っていたのだ。
これ幸いと、それとなく子どもたちから紅蓮のことを訊き出してみたが、彼らは決して紅蓮を嫌っているわけではなかった。ただ、無意識に紅蓮と自分たちとは〝違う〟と感じて距離をとってしまう。それをまた紅蓮も感じ取り、ますます離れていく。そんな悪循環が繰り返されているようだった。
その紅蓮とは、学問所からの帰りにいつも会った。たいてい、紅蓮のほうが先に白蘭を見つけて、あの日のように空から舞い降りてくるのだった。
元はと言えば、紅蓮に会いたくて学問所へ通いたいとごねたのに、その学問所内ではほとんど会えないとは皮肉なことだ。学問所にいない間はどこにいるのかと訊ねてみれば、何と兵士たちの練兵場で剣を教えてもらっているとのことだった。
『君はもう戦いたいの?』
公園の片隅で驚いて訊き返すと、紅蓮は軽く肩をすくませた。
『少なくとも、学問所の中にいるよりは皆に歓迎されそうだ』
『誰も君を嫌ってはいないよ』
教官たちはわからないが、とはあえて言わないでおいた。
紅蓮は苦笑いすると、自分の瞳と同じ色をした夕暮れの空を見つめた。
『そうだな。だから困る』
『君だって、みんなが嫌いなわけではないんだろう?』
『嫌いになりたくないから、近づかないんだ』
才能を持つがゆえの孤独。
きっと紅蓮は寂しいのだ。自分と同じだけの力を持った友が欲しいのだ。
あのとき、紅蓮が白蘭の前に降りたのも、白蘭ならもしかしたらという期待があったのかもしれない。実際には紅蓮を裏切る結果になってしまったけれど。
『だったら、君がこうして僕に話しかけてくれるのは、嫌いになっても構わないから?』
ふと思いついて言葉にしたとたん、白蘭は悲しくなってうつむいた。
『何でそうなるんだよ!』
珍しく、紅蓮は狼狽したような念波を発した。が、すでに潤みはじめている瞳を向けられると、絶句して固まってしまう。
『じゃあ、何?』
『ええと……』
これほど困っている様子の紅蓮は初めて見た。何だかおかしくなって笑ってしまう。紅蓮は安堵したように溜め息をついた。
『うまく言えないけど……』
緋色の髪を掻きむしりながら紅蓮は言った。よく見ると、彼の髪には白蘭のような羽もいくらか混じっている。体の二箇所に羽を持つのは極めて珍しい。それもまた紅蓮が孤立してしまう理由の一つかもしれなかった。
『おまえには、あの場所を見せてやりたいって思ったんだ。あんな辛気くさいところにいるより、あそこのほうが似合うと思った。言っとくけど、あそこに連れていったのはおまえだけだからな』
紅蓮の返答は少しも問いの答えにはなっていなかったが、彼が白蘭のことを嫌いになってもいいと思っているわけではないことだけは何となく伝わった。
『もうあそこには連れていってくれないの?』
小首を傾げて訊ねると、紅蓮はなぜかまた慌てだした。
『いや、いいけど……いいのか?』
さっきから言っていることが支離滅裂だ。それでも紅蓮の言いたいことはわかる。
『あれから飛ぶ練習もしているよ。君ほど速くは飛べないだろうけど、今度は自分一人の力で飛んでいけると思う。でも、行くなら学問所が休みのときだけだよ』
これには紅蓮は曖昧に笑って翼を広げた。そのまま、羽を羽ばたかせて立ち去ろうとする。
『紅蓮!』
呼び止めると、紅蓮は空中に静止したまま、白蘭を見下ろした。
『明日は、学問所に来てね。君がいないと、僕が寂しい』
白蘭は思ったままを伝えただけだったのだが、紅蓮は大きく目を見張っていた。だが、はっと我に返ると、何の返事もせずに飛び去ってしまった。
――怒ったのかな。
そう思うと、胸がちくりと痛んだ。他の子供たちと一緒にいるのも楽しいけれど、やはり紅蓮と一緒にいるときがいちばん楽しい。
あの日、紅蓮が空から降りてこなかったら、きっと今でも白蘭はあの神殿の中で一人きりでいた。紅蓮と会って、初めて白蘭は今までの自分が孤独だったことを知ったのだ。
それなのに、孤独から白蘭を救ってくれた紅蓮自身が、深い孤独に苦しんでいる。できることなら白蘭も紅蓮を救ってやりたい。紅蓮にも自分と共にいるときがいちばん楽しいと思ってもらいたい。
我知らず、深い溜め息を吐き出すと、白蘭は頭の羽を広げて空を飛んだ。
今ではかなり上達したが、もっとうまくならなければいけないと思った。全速力で飛ぶ紅蓮についていけるように。
翌朝、どきどきしながら学問所に行くと、いつものように紅蓮の姿はなかった。
前日の朝までなら、またかで済ませることもできたが、本人に来てと言った翌日にこの結果では、ひどく落ちこむ。
とてもがっかりしてうなだれていると――翠菻などは心配して、どこか具合が悪いのか、医務室へいったほうがいいのではないかと言ってくれた――始業時間の直前になって、緋色の影が教室の中へと滑りこんできた。
紅蓮だった。子供たちは一瞬ざわめき、静かになった。
見るからに不機嫌そうな顔をした紅蓮は、白蘭の前にまっすぐやってくると、ぶっきらぼうにこう言った。
『来たぞ』
『……うん』
もう来ないと諦めていただけに、嬉しさはひとしおだった。思わず泣きそうになると、紅蓮がまたあたふたしだした。
『来たのに何で泣くんだよ!』
『だって……嬉しいから』
『悲しくても嬉しくても、おまえは泣くのか』
弱りきったように紅蓮は嘆息すると、とにかくもう泣くなと言って、白蘭の隣の席に音を立てて座った。
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