【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀

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【本編】永遠の旅人

09 戻れる旅人・戻れない旅人

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 その質問を達也が口にできるまで、長い時間が必要だった。

「人類滅亡って……じゃあ、ライアンたちは何?」
「それに答えるのは、簡単なようで難しいね」

 ライアンは苦笑いして、自分の顎を撫でた。

「〝ロボット〟というよりは〝アンドロイド〟に近いかな。より正確に言えば、有機物と無機物の混合体ということになるんだが、その比率はかなり個人差がある。たとえば、私の場合は九割近くが有機物だ。まあいずれにしろ、君のような〝天然もの〟ではない」
「そんな……魚じゃないんだから……」

 衝撃のあまり、無表情に達也が突っこむと、ライアンは愉快そうに笑った。

「君、時々面白いこと言うね。……私たちのことを怖いとは思わないのかい?」

 達也はすぐには答えられなかった。
 今まで、ライアンたちが人間ではないなど、考えたこともなかった。
 ライアンの手はごく普通に温かかったし、抱きすくめられたときには鼓動だって聞こえた。今も達也と一緒にコーヒーを飲んでいたではないか。
 しかし、アンドロイドだというのなら、ライアンが肩を撃たれてもまったく平然としているのも、ここの職員たちが全員若く美しいのも納得できる。
 彼らは〝つくりもの〟だったのだ。

「怖い……ってことはないけど。いったい何でまたそんなことに?」

 無心に訊ねる達也に、ライアンは苦笑をもらした。
 おそらく、彼は自分が人間ではないことを告白することによって、達也に恐れられるとばかり思っていたのだろう。
 だが、達也にしてみれば、人間であろうがなかろうが、ライアンはライアンだ。ライアンであれば、恐れる対象ではない。

「今から話すことは、あくまで私たちが知っている過去だ。君にとってはまだ不確定の未来だということを念頭において聞いてほしい」

 ライアンは静かにそう前置きした。

「昔。まだ君と同じ〝天然もの〟の人間が大勢いた頃。彼らの一部は自分たちそっくりのロボットを作ることに情熱を傾けていた。彼らがやりたくない、あるいはやれない仕事をやらせるために。もしくは〝神〟になるために。それはある程度までは成功した。ある程度――彼らがやらせたかった仕事をこなす程度までは。そこで満足すればよかったのに、彼らはもっと多くのことを望んだ。つまり――ロボットに人格を与えて、さらに人間に近づけようとした。いや、もしかしたら、彼らは人間そのものを作り出したかったのかもしれないが、いずれにしろ馬鹿げたことだった。皆そう思っているよ。
 だが、これはなかなか成功しなかった。まあ、当然といえば当然だね。人間というのは矛盾の固まりだ。矛盾を好まない人工頭脳とは対極にある。そこで、実に悪魔的な――人間的な、と言うべきかな――発想をした。人工の頭脳が駄目ならば、頭脳を組みこんでみよう。さらにその二つを融合させれば、完璧な頭脳になるに違いない。……そして、実際にそれをやった。最初は、死んだ研究者の脳を使ったそうだよ。
 達也。SFでよくこういうのがあるだろう。ロボットが反逆して人間を支配、あるいは滅ぼす。――あれはね、嘘だ。あれは人間や動物としか対したことがない、人間の発想だ。ロボットは人間に反抗したりしない。プログラムにないことは絶対にしない。
 人間の脳を組みこんだロボットは、確かに予想以上の成果を上げた。ロボット特有の正確性、持続性、沈着性。人間特有の独創性、融通性、。これらがすべて備わっていて、しかも人間にはありえない能力や理想的な外見も持っている。だが、そのうちそのロボットたちの人間性だけが肥大化した。人間の脳などを組みこんだりしたその報いだよ。――人間に反抗した」
「……ライアンも?」

 不安になって小声で確認すると、ライアンはまた苦く笑って、首を横に振った。

「我々は人間を守る側に回った少数派だった。だが、全ロボットの三分の一弱と数的に不利だったうえに、向こうは環境のことなどおかまいなしに攻撃してきたからね。しまいに人間だけを腐敗させる生化学兵器を使用して、地球上から一人残らず抹殺した。……死ぬほど後悔したよ。まさかそこまではすまいと油断していた。奴らの頭の中身は人間なんだから、人間と同じことをするに決まっているのにね。
 我々にとっては、人間を守ることが最優先事項だった。だが、それが同時に足枷となっていた点もいなめない。守るべきものを失った我々は、今度は復讐のために奴らに攻勢をかけたが、案外あっけなく倒すことができた。もちろん、一体残らず破壊したよ。しかし、そうして奴らを滅ぼしてみても、人間が生きて帰ってくるわけでもない。クローン技術を使えばできないこともなかったが、我々はそれよりも、最初からこんなことが起こらなかった世界を望んだ」
「最初から?」
「そう。そもそも、なぜ人間が奴らに全滅させられる羽目になったのか? ――人工頭脳と人間の脳との融合実験が成功してしまったからだ。では、もしその実験が失敗に終わっていたら? 誰もロボットの人間化など考えなかったら? ――だから、我々はクローンや環境再生ではなく、タイム・マシンの開発に傾倒した」
「できるまで、どれくらいかかった?」

 達也としてはいちばん気になったことを訊ねたまでだったが、ライアンは意表を突かれたような顔をした。が、すぐに愉快そうに口角を上げた。

「うーん……実用化できるまで、百年はかかったかな。長いようで短かったよ。今となってみればね。……試作品が完成すると、開発チームは例の実験を妨害するために、さっそく過去へ跳んだ。しかし、何の変化も起こらなかったばかりか、開発チームも戻ってこなかった。誰もが失敗したと考えて、マシンを改良し、次々と過去へ跳んだが、やはり変化なし・帰還なしだ。
 そのあたりでようやく我々も気づいた。ほら、最初に話しただろう? 〝過去へ時間旅行した者は、過去へ跳んだ瞬間に、因果律からはずれた存在になってしまう〟。さらに、〝一度この因果律からはずれてしまうと、自分が元いた世界には二度と戻れなくなる〟。
 つまり、過去へ跳んで首尾よく実験を失敗させることができたとしても、その影響を自分がいた未来に及ぼすことはできない。ただし、そこから未来へ跳んだら、我々が夢見ていたとおり、人間が奴らに滅ぼされずに済んでいるかもしれない。が、それを自分がいた未来の世界の我々に知らせることはできない」
「何つーか……むなしい……」

 それだけしか言えなかったが、それだけで充分だとでもいうようにライアンは目を細めた。

「そのとおり。我々は絶望したよ。しかし、改めて考えてみれば、人間が滅びた後の未来に拘泥する必要などない。それより、跳んだ先の時代に住みついて、自分たちが望む世界になるよう工作していったほうが現実的だ。――まあ、はっきり言って、自分の家に帰れなくなった旅行者の負け惜しみだが、実際問題、それ以外に我々に残された道はなかったんだ。
 だが、旅行者の数が増えるにつれて、偶然同じ世界で出会うことも多くなってきた。旅行者同士で情報交換を重ねた結果、再び我々を絶望させる事実が二つ明らかになった。一つ。どれほど過去を改変して未来に跳んでも、人間は奴らに滅ぼされている。二つ。――これが我々にとって最もショックだったんだが――ロボットの反乱が起こった際、人間の側に立ったロボットは

 ライアンの話は長く、達也には複雑すぎたが、その彼でも最後の一言の異常さには気がついた。

「え……じゃあ、ライアンたちは?」
「タイム・ジャンプを繰り返している間に、我々が存在している世界へ跳べなくなってしまっていたんだよ。これも〈協会〉を創設したきっかけの一つになった。ちなみに、今が君がいた時代より一〇〇〇年以上先なのは、〝船〟を稼働させたのが、西暦三〇〇〇年だったから。
 あのJは、ちょうど奴らが人間をいたぶりながら殺していた頃の生まれでね。彼が生まれた世界では、我々は存在していなかったから、すべてのロボットが人間の〝敵〟だったわけだ。君やエレナを撃ち殺そうとしたことは決して許せないが、我々から逃れたかった気持ちはわかる。どれだけ説明されても、彼にとっては我々も奴らも〝同類〟だったんだろう」

 自嘲するように笑うライアンを見て、達也はふと、あるいはようやくそのことに思い至り、非難に近い眼差しを向けた。

「あいつの他にも、ここにはジャンパーがいるんだよな? ――あんたたちは、ジャンパーに何をやらせてんの?」

 達也の表情を見て、ライアンは困ったように苦笑いした。

「確かに〝工作員のように〟とは言ったけど、スパイ活動をさせているわけではないよ。ジャンパーは現時点でJ以外に七人いる。ここに入会している旅行者の救出や捜索をしてもらうこともあるけど、通常は〝探索〟かな」
「探索?」
「〝理想郷探し〟だよ。もしかしたら、ジャンパーなら見つけ出せるかもしれないと思ってね。……三〇〇〇年になっても、人間が奴らに滅ぼされることなく、平和に暮らしつづけている世界を」

 本当かどうかはまだわからない。だが、達也はほっとしたと同時に、思わず呟いてしまった。

「過去に行けば、人間なんか腐るほどいるのに」
「それはまあ、そうなんだがね。実際、もう探すことをあきらめて、過去に帰化してしまった旅行者も少なくない。ここの職員のほとんどは、どうしてもあきらめきれない者たちだ。もしそんな世界が存在しているのであれば、そこの歴史を知りたい。いったいどうしたら人間と暮らしつづけることができたのか、その方法を知りたい。――知ったところで〝家なき子〟になってしまった我々にはもうやり直すことはできないが、そうならないように今跳べる世界の過去に関与することはできる。もっとも、そうすることによってやはりあの結末に至ってしまうかもしれないのだがね。そこがまた悩ましいところだ」
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