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からくり城奇譚

14 今度こそ

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 ノウトが伸ばした手は、しかしガイには届かなかった。
 そのときには、ガイはノウトのはるか上方にいたからだ。

「空中浮揚は落ち着かなくていかん」

 ぶつぶつ言いながら、ガイは空中であぐらをかいていた。
 天馬は大きく翼を広げたままガイの傍らへと舞い上がり、そこで静止した。
 やはり、この翼を使って飛んでいるわけではないらしい。でも、この翼がなかったら、とても乗る気にはなれなかっただろう。

「そんな技が使えるんなら、飛んで僕をあの城に運んでくれたらよかったのに」

 ノウトは恨めしくガイを睨んだ。

「歩けるところは歩くのが俺の主義」
「なら、どうして歩いてあの城から出なかったんですか?」
「さっさと外に出たかったからだよ」

 涼しい顔でガイは笑った。白銀の髪が風になびいて、欠けた月の光を反射する。
 夜空に浮かんでいることもあって、その姿はまったく夢幻じみていた。
 何も知らない者が見たら、彼こそ〝トゥエルの魔物〟だとばかり思っただろう。

「それに、こっちのほうが気持ちいいだろ?」
「すごい、飛んでるわ、飛んでる!」

 その言葉を裏づけるように姫君が悲鳴に近い歓声を上げていた。ノウトがしっかり支えていないと馬から転げ落ちてしまいそうだ。
 空から眺めると、あの城は黒い巨大な箱のように見えた。
 ティータのいたあの部屋だけが、ガイのあけた大穴のせいで妙に明るい光を放っていて、まるで灯台のようだとノウトは思った。
 だが、あれを目指す人々はいないだろう。あれは希望ではなく、救われなかった絶望の光なのだから。隊商の野営の炎ではなく、盗賊に襲われ殺された後の鬼火なのだから。

「じゃあ、このまま空飛んで城に帰るか」

 ガイが立ち上がって、サンアールの王城の方向に目を向ける。

「あの……下に兵隊さんたちがいるみたいなんですけど……」
「だ・か・ら。めんどくさいじゃん」

 とガイが手を振ったそのときだった。
 凄まじい破壊音が、夜の張りつめた空気を震わせた。

「ガイ兄様! 城が壊れていくわ!」

 ティータが叫んで指をさす。黒い城は内部から一気に崩れ落ちていた。

「ああ。……やっぱりな」

 ガイの表情に驚きはない。ノウトも驚きはしなかった。
 ただ、かつて自分が作った模型の城の実物が模型と同じように崩壊していくのだという、何とも言えない感慨があった。

「ガイ兄様のせいで壊れたの?」
「バカ言うな。壁に穴あけたくらいであんな壊れ方するかよ。あの城の主が自分でやったのさ。ダ……ノウト、自殺教唆だね」

 皮肉られてノウトは少し眉根を寄せたが。

「でも、他に方法はなかったでしょう?」
「ま、そりゃそうだけどさ。じゃあ、もしあんたがあの男だったら、やっぱり自殺してた?」
「してたでしょうね。動けないのは退屈です。それに、あれじゃ何も作れません。それが僕には何より辛い」
「なるほど。あんたにとっては生きることは作ることなわけね」
「ガイさんはどうなんです? 自殺はしないんですか?」
「しないね」

 けろっとガイは答えた。

「せっかくだし、宿屋でも経営して、人おちょくって遊ぶ。気に入んなきゃ閉め出せばいいし、なかなか楽しいじゃん?」

 正直言ってノウトは呆れた。が、そう言われるとそういう生き方も面白そうな気がしてきた。
 あの魔物はロリアンにそんな提案はしなかったのだろうか。

「結局、自分で自分の墓を作ったわけだな、あの男は」

 すっかり瓦礫の山と化した城を、ガイは感慨深げに見下ろした。

「あの女の人も死んだのかしら」

 ぽつりとティータが呟く。
 不思議なことだが、彼女は自分をさらったあの魔物を憎んではいないらしい。

「さあな」

 そう言うガイの声も、なぜか深い同情に満ちていた。

「死ねたらいいけどな。……今度こそ」
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